テーマ:闘病日記(4004)
カテゴリ:難病関連
※1週間遅れで書いています
3/11は東日本大震災だった もう3年?まだ3年? 私もこの年、大変な変化があった 震災の1週間前の3/4に、気管切開をして呼吸器をつけたのだ 去年もおととしも、4日の『気管切開記念日』は忘れたことないのに 今年は、5日のTAKAHIROの2ndシングルの発売日のことで頭がいっぱいで忘れてて、 次の日のカニューレ交換のときに思い出した(笑) どんだけ夢中なんだよってカンジだよね(笑) だけど、こんな大変で悲惨な状況も、TAKAHIROのおかげでかなり救われている ところで、まだ気切に踏み切ったときの思いを書いたことがないかな?と思うので 今年は書こうと思います 呼吸器をつけることは、告知されたときから決めていたから 『そのとき』が来たらつけることになっていた その時期は自分で決めようと思っていた 体調や数値が悪くなってくると、外野から早く気切しろとうるさいほど言われた 考えが甘い、とか、死んだらどうするんだ、とか そのたびに『うるせぇなぁ、そんなのアタシが1番考えてんだよ!ほっとけ!ボケ!』 とか思ってた(笑) 決断したのは、いつ息が吸えなくなるか?って不安と恐怖に疲れたから 躊躇の最大の理由は、ハッキリ言って「見た目」(笑) だってさ~、首からホ-スだよ? もっとさ~、なんとかならないわけ?って思うよ コ-ドレスとかワイヤレスの時代にさ ホ-スレスとか開発してほしいわよ(笑) 声が出なくなるとか、食べれなくなるとかについては、そんなに抵抗がなかったかな 元々しゃべるのも食べるのも、めんどくさい人だから(笑) 見た目が悪くなるからギリギリまで粘ったけど、やっぱりつけるしかなかった でも死ぬよりはいいよね それでも、入院の前夜は泣いた泣いた 同級生がかけつけてくれて、一晩中一緒にいてくれた EXILEの『もっと強く』を聞きながら号泣 この歌の歌詞で 「絶望の中に一人で迷ったとしても 必ず信じていて この場所でいつでもあなたを待っているよ」というのがあるんだけど、 もし呼吸器をつけて絶望的な気持ちになったとしても この人がきっと心の支えになってくれるはずだと思った 勝手に(笑) 再会した頃『オルちゃんはオルちゃんだよ』って言ってくれたのも 決断をラクにしてくれた言葉だった だから、首にホ-スがついていてもガッカリされないように、 これからも美しくかっこよくがんばります こんな私だけど、みなさん、これからもよろしくお願いします そもそも、14年前に突然こんな病気(ALS)になっちゃってさ~ 超元気だったのにさぁ 離婚して、超楽しくやってたのにさ(笑) 人生何が起こるかわからないよね~ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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