サッカリンから白砂糖へ
戦後間もない頃は、甘味料といえばサッカリンに決まっていて、それは人工的な甘味で好きにはなれませんでしたが、やがて砂糖が配給ではなく、自由に購入できる時代になりました。年末には母の実家にはお歳暮の品が山のようにあって、海苔や砂糖の缶を戴いて帰ったり、また父宛にもデパートの柄の入った大きな円い缶入りの砂糖が届くようになりました。 すると母は子供四人に焼き林檎を拵えてくれました。熱くって、甘くって、綺麗な色合いで・・・台所に充ちているのは、切ないような、ケーキ屋さんのような甘酸っぱい香り。ほかほかの焼き林檎には母の愛情がしみこんでいました。もう少し時代が下って豊かな昭和33年頃になると、おやつにはホット・ケーキやたこ焼き、夏にはわらび餅などを子供たちが自分で作って食べました。 もう二度と食べられない母の焼き林檎・・・・。本日、いずみやでの買い物に、真っ赤な林檎を一つ、仏様のお供え用に買いました。そこから懐かしい母の焼き林檎へと記憶が蘇ってこの記事になったのでしょうね。