カテゴリ:妄想天国
秀が目を覚ますと、もう時計の針は午後9時を過ぎていた。
「和哉…」 あんなに泣いたのに、まだ涙が溢れそうになる。 泣きながら眠ったせいで腫れてしまった目を擦って、涙を押さえ込んだ。 どこにも和哉がいる気配はなく、暗くなった部屋の中で留守番電話のランプだけがポツンと光っていた。 もしかして、もう帰ってこないんじゃ…。 急に怖くなった秀は、携帯を取り出して電話をかけた。 『もしもし? お兄ちゃん? どうしたのよ、こんな時間に』 妹 未華の声が聞こえてきて、秀はホッと息をついた。 「う…ん。ちょっと、どうしてるかと思って」 『何よそれ。何か心配事?』 「う…ん」 否定とも肯定ともつかぬ言葉を返すと、未華は「お兄ちゃんらしい」と少し笑った。 『少し話す?』 「ごめん。いいのそっちは?」 『いいのいいの、私も話したいことあったし。紘夢さんにはお酒出しとけば、手酌で飲むし。今はテレビに夢中だから』 幸せ一杯の報告に、ぐっと息が詰まった。 秘書の紘夢が帰っているのに、どうして和哉は帰ってこないんだ? 心配そうな未華の声が耳を素通りしていく。 「ごめん、もういいや」 携帯から未華の声が聞こえていたが、ぼんやりとしたまま携帯の電源を切った。 逃げ出したい。 衝動的にそう思った自分に、秀は苦笑した。 「それじゃ、あのときと一緒だよ」 和哉と紘夢が付き合っていると誤解して、和哉の部屋を飛び出してしまったときと、何にも変わってないのかもしれない。 「お腹、減った…。何か作って食べよう。―――和哉も、お腹すかして帰ってくるだろうし」 精一杯明るく言ったつもりの言葉は、むしろ乾いていて暗く沈みこむような音だった。 最近、和哉が家で食事してくれないので、一人で簡単に済ませていた。だから、買い込んだ食材は豊富に残っている。 「……」 無言で野菜を取り出して刻み始める。 トントントン…とリズミカルな包丁の音だけが暗い部屋の中に響いていた。 「そういえば、一緒に暮らし始めるとき『ずっと裸エプロンで出迎えてくれ』なんて言われたっけ。勝手にプロポーズかと思ってたけど、違ったんだ…」 虚ろな笑みを浮かべてそんなことを呟きつつ、着々と料理を作っていった。 テーブルの上に、食べる当てもない料理が一皿二皿…と確実に増えていく。 皿の数が五に到達しようとしたとき、玄関で鍵の開く音がした。 「ただいま、秀起きてる?」 次いで、うきうきと上機嫌な和哉の声が秀の耳に届いた。それは、鬱々としていた秀の神経を逆なでするものだった。 本人は何でこんなに上機嫌なの?! 和哉の話も聞かず飛び出しちゃダメだ、と自分に言い聞かせて待っていたが、もう限界だった。 プツンと秀の中で何かが切れてしまった。 「誰か来るのか? こんなに大量に作って」 リズミカルに響いていた包丁の音が止まる。 秀の異変に気がつかない和哉は、更に火に油を注ぐようなことを言った。 「こんなことなら、食べてくるんじゃなかったな」 キッチンに立つ秀を後ろから抱きしめようと和哉が近づくと、秀はくるりと振り向いた。 「どこで?」 「しゅ…秀?」 「どこでご飯食べてきたの?」 泣き腫らした目を据わらせて、和哉をじっと見つめる。その目には何も映っていないように見えて、和哉は異様さに息を飲んだ。 答えない和哉に焦れて、秀は身体ごと振り向いて詰め寄った。 「秀っ、危ないからそれを置け」 右手にはしっかりと包丁が握られていた。 「どこ行ってたの?」 「どうしたんだ、本当に」 「誰と一緒だったの?」 「秀、どうかしたのか? ちょっと落ち着いて…」 どこまでも冷静な和哉の姿に、カッと秀の怒りメーターが振り切れた。 「質問に答えろよ!!」 ヒステリックにそう叫んだ後、静かな沈黙が続く。 自分の荒い息づかいを聞きながら、秀は情けなくなってきた。 感情のコントロールが利かないなくて、怒鳴ってしまったかと思うと今度は涙がこぼれ出した。 力が抜けてきた右手から、和哉が優しく包丁を取り上げる。 「こっちに来て、ゆっくり話そう」 穏やかに諭されると、また涙が溢れ出した。 僕に優しくしてくれる価値がまだあるんだろうか。 それでも、抱きしめてくれるこの腕を放すまいと、ギュッと抱きついた。 ホントに、4話まで続けるお話を書くつもりじゃなかったんですが…。 次で終わります。もう、ほとんどかけてますので!!ご安心を~。 和哉の名誉挽回編です(笑) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
|
|