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テーマ:アニメあれこれ(28362)
カテゴリ:アニメの現在過去未来
「新世紀エヴァンゲリオン」が1997年「Air/まごころを君に」で完結してから10年まさかこのようなかたちで新作に出会うことが出来ようとは・・そしてそれにここまで興奮させられようとは思わなかった・・正直な感想である。
今なぜエヴァなのか・・・そんな疑問が愚かしく思えるような作品、それが「エヴァンゲリヲン新劇場版・序」である。 今回の新劇場版を観る前に前作の1-6話を観返したのだが確かに面白いのだが画が意外にも古く感じられるのとキャラクターの描写に若干統一感がないのを感じていた。 画のことをいうならば実際TV版6話のラストなどは2年後の劇場版DEATHで別物にかきかえられていたりするのは周知のことだと思う。 また後者ではミサトが第一話で車のローンが・・というようなシーンやミサトに醒めた態度をとるシンジの一連の件(第4話相当部分)が違和感があるなとかを感じた。 劇場版のクライマックスにあたるヤシマ作戦は画もそうだが意外にあっさりしていると感じたのもそうだ・・。面白いのは間違いないのだがこれが圧倒的な面白さに感じられない・・そんな軽いフラストレーションを抱えたまま劇場版を観た。 新劇場版は前半部分(1~3話)においてはオリジナルとそう違いがあるわけではない。時制を通常の時間の流れにしてテンポよく繋いでいる事と幾つかの新らしいシーンが加わっているのが違いだが大筋ではあまり大きな違いはない。ただ作画は同じシーン同じ構図でも12年前よりも高いレベルで作りなおされ統一感にとれたものになっている。 (ここで思い出されるのが「新訳機動戦士Zガンダム」3部作だが・・あれはやはり・・どうなんだろうね・・) ただもしあらかじめ旧作を観直していないとしたらエヴァンゲリオンというイメージが膨らんでいることも手伝って大きな差異はかんじないかもしれない。だがその差は歴然としている。 新劇場版の4話にあたる部分は完全に別ものになっている。「雨、逃げ出した後」の印象的な駅のシーンもなくなり展開は大幅に異なる。以後のヤシマ作戦及び第6使徒の描写はらゆる意味において前作とは全く別ものである。以下の部分は劇場映画のクライマックスと呼ぶにふさわしい重厚で緻密な描写の連続である。圧倒的な・・・という言葉はまさにこの一連のシーンのためにあるといってよいかもしれない。 今ひとつ付け加えるならば本作はシンジとミサトの物語という点が前作以上に色濃く出ている。 新たに付け加えられたあるシーンでのミサトと碇司令のやり取りが殊更印象的であるがこの辺りをみていると今回のエヴァンゲリヲンが前回にやれなかった事をやれるのかもしれないと思える。 迷える主人公シンジは今回それでも逃げずに前に進んでいく。その行く道がぬか喜びと自己嫌悪の連続であったとしても・・・進んでほしいと心から切に願うばかりだ。 あと長いエンディングテーマ(長いテロップがこの「圧倒的」を支えているんだろうね)のあとまで必ず見届けていただきたい。実はここが・・。やめておこう。 今回の映画、アニメにあるいはエヴァンゲリオンに興味がある方ならば旧作のエヴァを未見の方も何回も見返したという方にも是非とも観ていただきたい。 あとこの新劇場版を既存作品よりも先に観たという人の意見が是非聞いてみたい。 一言文句をいわせてもらえば・・2日目にパンフレットが売り切れなのはどうかと思うぞ・・。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007.09.03 02:20:32
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