テーマ:特撮について喋ろう♪(4364)
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コロコロコミックはゴジラ(84)を含む平成VSシリーズの全てをコミカライズしている。
「ゴジラVSキングギドラ」以降の5作品を手掛けたのが坂井孝行。 坂井の描くコミカライズは最初のキングギドラこそ比較的映画に近いものであったがモスラを恋愛ものにアレンジしたことを皮切りに以降の作品をいずれも大幅なアレンジを加えてコミカライズ化している。 それらはいずれもストーリーについていうならば「映画よりも面白い」作品になっていたと思う。 最早主人公すら別の人物になった「ゴジラVSデストロイア」(95)を最後にゴジラシリーズは一旦終息する。 あまり知られていないがその後の「モスラ」3部作も引き続き坂井孝行の手でコミカライズ化されている。 コロコロコミックの平成ゴジラのコミカライズ作品は全て単行本になっているがこのモスラは何故か単行本化されていない。(注1) 内容的にゴジラ5部作に比べて内容的にひけをとるかとうと決してそんなことはない。このままうもれさせておくのは勿体ない怪獣ジュブナイル漫画の傑作といってよいと思う。 以下に「モスラ3部作」のコミカライズを映画と比較しつつ簡単に紹介してみたい。 「モスラ」(96) コロコロコミックSPECIAL96年10月号、12月号掲載 ともに65ページの合計130ページ 6500万年前モスラ軍団対宇宙怪獣デスギドラの凄絶極まる戦いから始まる。 モスラ軍団はデスギドラを封印するがデスギドラは最後に6500万年後の復活を宣言。 デスギドラの不敵な預言が響く地上は勇敢に戦い斃れたモスラたちの数えきれないほどの死体、死体、死体。 1997年、東京。正義漢の少年後藤大樹はエリアス族の妖精モルとロラに出会う。 同じく妖精のベルベラは封印を破壊され復活したデスギドラを家来にして地球を支配しようと企むのだった。 映画版の親子・兄妹の愛情をモスラ母子の愛情、に重ねる展開をあえて外しており登場する人間は大樹少年だけ。 親モスラの眼が見えなくなりそれでも子の幼虫を守るために戦い最後にはデスギドラを蒔き込んで爆死してしまう。デスギドラは冒頭でしゃべるように高い知能を有していて自分を子分扱いにして利用しようとしたベルベラを逆に裏切り使い捨てる狡猾さをみせたりする。そのようなコミカライズの一番の楽しみどころというべきアレンジが多く楽しい。最も大きな違いは北海道がデスギドラのために沈没してしまいドロの海になっているという点であろう。 デスギドラを牛耳るためのエリアスの楯が件のドロの海に沈んでしまったのを大樹が潜ってさがしに行くのが大詰めの見せ場。この後に映画とはさらに異なる展開の壮大なラストが待っている。 大幅なアレンジをゴジラシリーズで見せた坂井にしてはアレンジは控えめだがデスギドラを巡る導入部とラストは むしろ漫画の方が映像以上に派手な見せ場である。特にラストでのデスギドラの最期の描写は映像での封印ではなくデスギドラそのものが巨大な樹木と化してしまう。これは映画のテーマである自然再生を描いた優れた表現になっているのではないだろうか。 「モスラ2 海底の大決戦」 コロコロコミックSPECIAL97年12月号、98年2月号掲載 前篇表紙扉込み64ページ、後編63ページの合計127ページ 映画の「モスラ2」は石垣島の少女・汐里(今をときめく映画女優である満島ひかりがまだ子役時代に出演)と少年達の3人が 海底から浮上したピラミッドの中でニライカナイの秘宝を探す、という冒険活劇もの。ベルベラに唆された密漁者2人(というところがちょっと貧弱だね)に追いかけながらの大冒険とニライカナイを滅ぼしたダガーラとモスラの戦いが絡んでいく。 コミカライズは前作ではアレンジが大人しめだったのに対して色んな点で大幅なアレンジが加えられている。 子供の主人公は汐里が登場せず劇中ではメガネをかけていてやや地味ないたずら好きな渡久地航平が明るくふるまいながらも心の隙間を埋められない少年として主人公に。また密漁者の長瀬淳一は海上警備のバイトをしている大学生に変更されている。 大きな改変は「ニライカナイの秘宝」を巡る少年の叶えたい望みの存在、であろう。映画では子供たちは別に叶えたい願いがあるわけでもなくニライカナイの使い、ゴーゴを巡って事件に巻き込まれていく様とゴーゴへの親愛の情に主眼がおかれているが漫画では航平の願いにこそ主眼がおかれている。 航平の切なく激しい願い。友情を交わしたモスラが傷つき倒れる中で少年は何を願うのか、が物語の肝、であるが未読の方のためにあえて書かないでおこう。 またもうひとつが坂井孝行がゴジラシリーズでも描いていた怪獣に対して人間が抱く感情である。ベルベラが人間を信用しないという理由は映画では明らかにされていない。 しかしコミカライズではダガーラは何故そう呼ばれているかで激しい感情をみせる。映画では3部作を通して明らかにならないベルベラの真意だがここでの彼女の心情は怪獣への慈しみの情に溢れていて哀しい。 かくしてベルベラと航平、どちらが正しかったのかはここでは書かないでおきたい。映画「モスラ2」はどちらかというと傑作とは言い難い作品 であるがコミック版「モスラ2」は傑作揃いの坂井孝行の東宝怪獣コミカライズの中で最も胸を打つ作品であることは間違いないだろう。 ニライカナイがみせる心優しい秘宝の奇跡には誰もが涙するのではないか。機会があれば是非手にして頂きたい少年向けコミカライズの傑作である。 「モスラ3 キングギドラ来襲」 コロコロコミックSPECIAL98年12月号、99年2月号掲載 前篇表紙扉込み63ページ、後編63ページの合計126ページ モスラ3部作の完結編。映画は3人きょうだいと両親、5人家族の長男で登校拒否の少年翔太とエリアスたちの関わり、そして2億年生きて強大な力を得たキングギドラ(子供をエネルギー体に変えてドームに集め食糧としてストックする能力を持つ)との戦いを描いたもの。モスラが強大でかなわないキングギドラを倒すため1億3千年前の白亜紀まで時間遡行しまだ若いキングギドラを倒しに行く、とうアイディアは「ゴジラVSキングギドラ」を思わせるもだがタイムパラドックスの生む歴史変革の描写がアバウトで弱い。モスラの前作までとは違う着ぐるみの表現やシャープな鎧モスラには一見の価値があるかもしれない。 「モスラ3」のコミカライズはどうかというとここでも大きな改変が加えられている。弱虫の少年・翔太は二人暮らしの父親の命が残り僅かであることを知る。翔太は白亜紀へタイムリープして視力を喪ったモスラの眼の代わりになり戦う。映画ではキングギドラが過去の戦いの進行状況で現代で苦しんだり果ては目の前で消滅するというやや問題のある描写なのだがコミカライズ版は並行描写をなくし矛盾を解消している。これによるエリアス三姉妹の劇的な変化がみられてここは特に面白い。「モスラ2」の面白さや感動には及ばないがオリジナルな描写である少年と父親の絆をきっちり描いている部分はとても好ましい。 坂井版「モスラ」3部作がこのまま日の目をみないままなのは勿体なくてならない。何らかの形で読めるような状況にしてほしいのだが・・。 注1)コロコロコミックの単行本としては98年になぜかてんとう虫コミックスから「とんでもとんでモスラ」(ひかわ博一)が発売されている。発売時期は「モスラ3」公開の98年12月。こちらは1~3の期間に相当する3年分のギャグ漫画作品が収録されている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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