人生は神様に与えられたギフト
なんだかんだ言って、約半年間の日本滞在もあっという間に終わりを迎える。この半年間でとても膨大な経験をしたような気がする。特にこの9月、鳥取と島根旅行に行った後の、日々のライブイベントや人との交流、、そこに来てもうすぐニューヨーク行きなので、とりあえず滞在する場所を探したり、PCR検査受けたりなどの準備にも取りかからなきゃいけなかったので、怒涛のような日々を過ごしていた。自分の内側も結構色々波が押し寄せてきてた感じで、常にバランスを内側に保つことを促された日々。色々ありすぎて、たくさん写真も経験したこともシェアしたい話は盛りだくさんなのだけど、今はもうダイジェストにお伝えします✨9月の滞在の最後の週は再び熊本でヴォーカルのいづみちゃん、熊本在住ベースの古庄さんと共に森の中の山都町にあるカフェ、ゆずの木、ねむの木、みずたまの木で野外のライブで演奏した。そこは本当に森に囲まれた美しいところで、小高い山から景色が眺められる。ライブが終わった頃に夕日が沈んでいった。ライブの日泊まった場所はそこから車で30分ほど離れた五ヶ瀬町にあるログハウスの公民館で宿泊もできる場所。そこも本当に周りに田畑しかない自然に囲まれた場所だったので静かな時間を過ごせた。朝、その近所を散歩すると坂の上から山々の景色を眺められる。早朝は雲海が出てて向こう側には阿蘇の根子岳が見えた。その坂を少し歩くと森の中に古戸神社というところがあって、大きな木がいくつかその場所を守っていた。朝の光が差し込む山村の風景彼岸花もこの時期よく見られた。五ヶ瀬町から程近いところにある高千穂峡に行ってみた。この日は天気も良く連休だということでたくさんの人が詰め掛けていた。ボートに乗ろうとチケット売り場に行ったらもうその日のチケットは売り切れてて、諦めた。3人乗りボート6000円。。。観光地やなー。観光地は人が多く、ぞろぞろ流れるように人が歩くのであまり自然の中でその場を堪能して癒される感じでもなかった。そう思うと自然に癒しを求めたいなら人の多い観光名所は適所ではないなと悟った。ここは高千穂の近くにある天岩戸神社がある村の景色最後の日いづみちゃんと夫のモロッチと3人で幣立神社に向かった。この日は快晴。祝福のエネルギー降り注ぐ。その神社の本殿の裏側から山を降りる入口があって、そこを降りてゆくと、10分〜15分くらいで下に降りられる。降りたところが龍神様が住まう聖地になってて、そこから綺麗な湧き水が流れ、清らかなエネルギーが漂っていてとてもいい気だった。幣立神社の本殿の近くにあるお地蔵さんたち。くまモンもいる。帰り道のコースの途中に阿蘇に寄っていった。阿蘇山の方に向かって坂道を登っている途中で南阿蘇の景色を拝んだ。登っているときになんとなく、火口がひょっとしたら開いてるかもしれないと思って、火口の入り口に立ち寄った。そしたらやっぱり解放されていたので、テンション上がりながら火口に向かった。阿蘇の中岳の火口。ここは近年、火山活動が活発なこともあってずっと火口付近に立ち入れなかったところ。過去7年くらい日本に戻った時は毎年のように阿蘇に行ってたのだけど、毎回火口は閉まっていた。おそらく自分が小学生の修学旅行の時で見た時以来なんじゃないだろうか。だとすれば39年ぶりとか。自分の子供の頃からご縁のある聖地。それだけの年月をかけて再開できた感動は大きかった。火口付近にいた係りの人に訊いたらやはり、火口が解放されているのはとても珍しいのだということ。くる前の日も閉じられていたらしく、雨も多いこの阿蘇でこんなに快晴で火口に来られるのはもうミラクルのようだった。ああ、自然からのギフトに感謝。火口付近まで行くくまモンバス火口からちょっと車を走らせると草千里に着く。草原の丘を歩きながら、一番高くまで登ったところでいづみちゃんとモロッチと一緒にハイジのペーターみたいに体を横にして、空と風と大地と太陽の恵みを感じてた。米塚は阿蘇のシンボリックな山でハワイ島のサドルロードにある山に似ている。昔は火山だったらしい。阿蘇から戻った翌日。えみちゃんとコラボで行なったリトリートで宗像大島に行った。この日も快晴でサイコーに祝福されてた。ここは大島の中津宮。以前訪れた時よりも静かで清らかな感じがした。ランチに立ち寄ったサンドイッチカフェここだけちょっとハワイアンな南国の雰囲気が漂ういい感じのお店。ここでエビカツサンドはめっちゃうまかった。セットで頼むと唐揚げが付いてきてそれもまたサイコー。お店のオーナーに聞いたところ、彼は大島の塩を作る塩じいのいとこにあたる人で昨日あの聖島沖ノ島から戻ってきたのだという。沖ノ島から御神体をこの大島の中津宮に送り届けられたばかりだという。御神体ということは、沖ノ島に鎮座する神様は宗像三女神の田心姫神(たごりひめ)その神様は一旦大島の中津宮に滞在し、10月に宗像神社に向かうということらしい。そんな完璧なタイミングで大島に来れたのは本当にラッキーな祝福だったんだなと、みんなで感動し合う。宗像三女神。今回の滞在でたくさんお世話になりました。えみちゃんが光の柱だ!と言ってる先に見えた光景。太陽が雲にかかって雲から漏れた光が神々しい柱を作る。その翌日は9月22日誕生日だった。そして快晴の天気に恵まれた。午前中にPCRの検査を受けに行く前に小倉の街に用事があったのでついでに小倉の八坂神社をお参りした。ここは子供の頃からお参りに来てた場所で、街中にあるので近年も何度か訪れていたけど、あまり本殿以外のところは見たことなかったので、神社の周囲に祀られている神様もお参りした。小倉城はすぐそばにある。小倉のシンボル。その日の夕方やっぱり自分の誕生日には夕焼け空が見たいなと思い歩いて手向山に向かった。いつも行く手向山の展望台に登りきったところでメッセンジャーで親父からの誕生日メッセージを受け取った。それには音源も添付されてあったので、それを開けて聴いてみた。それは親父がピアノで演奏したハッピーバースデーの曲だった。ハート溢れるその演奏を聴いた瞬間から涙が溢れた。サイコーのプレゼントを受け取った。そして最高の夕日と夕焼けのトワイライトに今まで鬱積していた内側のエネルギーが吹き飛んでいった。そしてまた改めていろんなことを悟った。この世界は、この生命は、この人生はギフトなんだと。そう思えないようなことに生きていると何度もオチいるかもしれない。けどその不安や恐れの経験さえも感情や思考を授かった人間であるがゆえのギフトなんだ。なぜならその経験が愛に気づく力と勇気になるから。この自然界、大地と空、そこに生きる人たちも常に常に自分は愛され祝福されているのだと。この祝福された誕生日、年齢が一つ増えたと同時にまた一つ大きな変容を感じた。手向山から家に戻ると母がすき焼きを用意して待っていてくれた。肉通のねえちゃんが佐賀牛のいい肉を買ってきてくれてた。すき焼きもまた何十年も食べてなかったもの、子供のころ親父が好きで家族団欒で食べてたのを思い出す。この日はワインを飲みながら母と姉の3人で一緒に満月のお月様をみながら誕生日を祝った。約半年の日本滞在。最後は祝福、ギフトの嵐に包まれて、終わりを迎える。✨✨✨✨これからニューヨークに一旦戻ります。おそらく2、3週間NYにいて、荷物を片付けたり、いろんなこと済ませてから西海岸の方に1週間くらい滞在して日本に戻ってくる予定です。本当は最後にLAの方に行きたかった。というのも、セコイヤの巨木に挨拶に行きたかったし、サンディエゴの海とかみてみたかったのだけど、州に入る時と出る時にPCRの検査受けなきゃいけないらしく、それも面倒なので、可能性としてはシアトルに滞在して、最後のアメリカを楽しもうかと予定してます。まあ無事に日本に戻れることを皆さんも見守っていてください。本当にありがとう。✨Love My life, My family, My friends, Myself, Mother Earth, Father Sky✨エンディングの曲『今日の日はさようなら』