ふたつの歌:冬来たりなば/雪イトド深シ
●冬来たりなば春遠からじ シェリー ●雪イトド深シ 花 イヨイヨ近シ 柳宗悦(やなぎむねよし)◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆●冬来たりなば春遠からじ シェリー■なんとなく昔から言われている「ことわざ」■(つらい時期を耐え抜けば必ずいい時期がくる)のようにも思えますね。ひょっとすると中国の漢詩(冬来春不遠)が原典だと思っている人もいるかもしれません。実はこれはイギリスの詩人シェリーの詩が出典でした。彼の長詩「西風に寄せる歌」の最末尾に、If Winter comes, can Spring be far behind ?とあるのがそれです。これを見事な日本語に訳したのが、巷間では上田敏だといわれています。ただし『海潮音』(上田敏の訳詩集)はもちろんのこと「上田敏全訳詩集」にも見当たりません。あるいは『シェリー詩集』の訳者上田和夫と混同されているのかもしれません。それとは別に、ハッチンソンの小説『If Winter comes』を木村毅が翻訳した際、本の扉に添えられていたシェリーの詩を「冬来(き)なば、春遠からじ」と訳しています。さらにこの小説が映画化された際、「冬来(きた)りなば」と改訳されているとのことです。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆●雪イトド深シ 花 イヨイヨ近シ 柳宗悦(やなぎむねよし)「民芸」の柳宗悦はもとより有名だが、彼の活動領域ははるかにそれを超える。近代の最も秀でた思想家の一人であった。その彼は晩年このような漢字片カナ文の短詩を好んで作った。(略)「雪の頃ともなれば、花は既に吾々を待っている」と。■おしゃれ手紙:倉敷民芸館・心偈(こころうた■「心偈(こころうた)」というのが展示されていた。心偈は、短歌や俳句よりさらに凝縮させた字数で、柳宗悦が自らの心境を表した言葉。その言葉を元に棟方志功が連作の板画(はんが)にした。昭和三十二年頃、棟方は病に倒れた柳宗悦を慰めるため、早朝に「心偈」を数首ずつ刻み、その作品が十首ほどになると夫人が柳の病床に届けていたという。(HPより)*****茶ニテアレ茶ニテナカレ*****意味は、茶事に心を入れる人は、とかく茶事に囚われの身となる。そんな不自由さに茶はないはずである。茶はどこまでも茶であって茶に終わらぬもの。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆俳句や短歌、漢詩なども、アンサーソング的なものってあるんじゃね?!と思い集めたものを乗せてみた。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆■いくたびも雪の深さを■・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・