5/19-2:群馬県・渋川市・ロープウェイ・高崎市・榛名山
■5/19(火)-2伊香保温泉の階段のある珍しい町並みをガイドさんの案内で歩いた後、ロープウェイに乗ってみることにした。ロープウェイの駅の下にあるのが、上の絵。群馬県伊香保温泉がコロナで客足が減ってしまい、6人のスプレーアートの芸術作品で「温泉街が賑やかになるアート」を意図として、作品が制作されました。▲ロープウェイの中から見る、不如帰(ホトトギス)駅駅の隣に駐車場があり、ここにレンタカーを止めた。駐車場のある場所は、昔は、冬になると、天然の氷でスケート場になったとか(ガイドさんの話)。温暖化の今、こちらでも、そんなに氷は張らないそうだ。伊香保ロープウェイは、昭和37年に営業を開始し、温泉街の不如帰(ホトトギス)駅から標高955メートルの見晴駅までを4分間で結び、観光客の足として活躍しています。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆グネグネの道を通って、榛名湖に着いた。高崎市に位置する標高1,449mの山です。同じ群馬県内の赤城山・妙義山とあわせ、上毛三山(じょうもうさんざん)として親しまれています。榛名湖でボートに乗った。漕がなくても進む、「らくらく電動ボート」。▲その後、「榛名山ロープウェイ」。▼▲「榛名山ロープウェイ」を使えば、麓から頂上付近まで一気に登ることができるため、気軽に登山を楽しみたい人にもおすすめです。▼◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆伊香保には、二泊するので、渋川市・伊香保温泉に帰り、宿の近くの徳富蘆花記念館に行った。 徳冨蘆花は、1898年(明治31年)5月に伊香保温泉の千明旅館に滞在し、このときの印象をもとに小説『不如帰』を書き上げた。『不如帰』は海軍少尉川島武男と陸軍中将片岡毅の娘浪子が、伊香保の旅館から夕景色を眺める場面から始まる。蘆花は伊香保を非常に愛し、1927年(昭和2年)に病に倒れてから伊香保行きを希望し、7月6日から伊香保温泉に滞在し、9月18日に死去した。 井伏鱒二のベスト・エッセイ」に以下のような記述が出ていた。***徳富蘆花の「不如帰(ほととぎす)を知らない人は稀(まれ)であろう。片田舎の老婆達でさえも、このロマンスを思いだせば顔が赤くなると告白し、しかし内心は老いたる心臓をおどらすのである。彼女達は、美男子の青年士官である川島武男は実在の人物に違いないと信じて、機会があったら一度その美男子を拝顔しようと念じているものである。(略)(略・・・映画館で弁士が語る)「これは川島武男であります。天下未曽有の美男子であります。わらび狩りに出かけるのであります。連れていくのは、これなる美人浪子嬢といいます。楽しい行楽であります。」(略)***●13236歩■関東旅行part2:2026.5.13~6.1■■埼玉県■5/13~5/14■関空~成田/春日部市:地下神殿■■5/15-1■埼玉県・川越■5/15-2■行田市は、埼玉の語源/足袋・のぼうの城/翔んで埼玉■5/16■熊谷市・星溪園/星川シンボルロード/埼玉ピースミュージアム■5/17-1■深谷市・渋沢栄一の生誕地■■栃木県■5/17-2■足利市・日本最古の学校・足利学校/鑁阿寺(ばんなじ)■■群馬県■5/18-1■桐生市・古い町並みと桐生天満宮■5/18-2■前橋市■5/19-1■渋川市:伊香保温泉を歩く■・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・