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おしゃれ手紙

2010.01.26
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テーマ:愛しき人へ(846)
カテゴリ:父の麦わら帽子
私の祖母は、私が6歳の時に死んだ。
父や母から聞いた話では、手八丁口八丁のやり手だったそうだ。
しかし、思い出の中の祖母は、奥の部屋の片隅にひっそりと寝ていた。
そんな祖母にとって、部屋をウロウロする私は、格好のなぐさめだったのかよく、
「来い、来い」と手招きした。

けれども、幼い私は、薄暗い部屋よりも光あふれる、賑やかな戸外に心をひかれた。
ある時、祖母は私に
「これを孝雄(仮名)に渡してくれ」と白い紙を渡した。
孝雄とは、父の8つ離れた弟で、同じ村に住んでいた。

当時、薬は、真四角の白い小さな袋に包んで渡されていた。
祖母は、薬を飲んだ後の紙に鉛筆で手紙を書いたのだ。
当時の私にはカタカナだらけの文字は読めなかった。
祖母は近所に住む叔父に何を書いたのだろう?

私の家よりも豊かだった叔父に金の無心をしたのだろうか?
食べたい物を買ってきてくれるように頼んだのだろうか?
会いに来てほしいと頼んだのだろうか?

しばらくして、
「孝雄に渡してくれたか?」と聞く祖母に
「うん・・・」と私は答えた。
しかし私は叔父に祖母の手紙を渡さなかった。
なにか、うちの家の悪口を書いていたら大人たちが困ると子供心に思ったのだ。

その後、数回、祖母から手紙を託されたがその度に誰にも内緒で握りつぶした。

昨年12月末に私は怪我をして入院をした私を6歳の孫が見舞ってくれた。
私のベッドの上に乗って、無邪気に喜ぶ孫の顔を見て、ふと遠い昔を思い出した。

あの時、祖母の手紙を叔父に渡した方が良かったのではないか・・・。
50年以上前のことが、いまでも抜けないトゲのように私の心にささっている。

父の麦わら帽子

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◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。
★11月19日*「オリヲン座からの招待状」に見る昭和*
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Last updated  2010.01.27 11:16:14
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