テーマ:トリビア?(264)
カテゴリ:トリビア
先日、■フェリシーと夢のトウシューズ■というバレエの映画を 見たからというわけではないが、バレエにまつわる、ケーキの話を・・・。 それは、パブロバ(パブロアともパブロワともいう)というケーキ。 このケーキのことを知ったのは、去年の1月~2月に行ったニュージーランド(NZ)の■B&B■でのこと。 NZの日本人向けの雑誌に載っていて、本物が見たいと思ったが見ることが出来なかった。 今年の2月~3月■またNZ■に行くことが出来、スーパーで見つけた!! ニュージーランドのスーパーでは焼いた生地だけ売られていて、自分たちで生クリームやフルーツを盛って食べることもできます。 ただし市販されているパブロバは砂糖の量がものすごく多くて、歯が溶けるかも!?と思うほど甘いものが多いです。 パブロバはどちらかというと普段食べるデザートはなくて、お祝いの時や人がいっぱい集まったときに出されるケーキみたいな扱いをされることが多いみたいです。 いわれてみれば語学学校の誕生日会ではパブロバが出てました。 ■パブロバの名前の由来■ ところでパブロバってなんかちょっと変わった名前ですよね。 英語っぽくないし、だからと言ってマオリ語っぽくもない。 ちなみにアルファベットで書くとPavlovaと書きます。 パブロバの名前の由来はロシアのバレーダンサーAnna Pavlovaから来ています。 彼女は世界で初めて世界ツアーをしたバレーダンサーであり、歴史上でもっとも素晴らしいバレーダンサーの一人と賞されているすごい人です。 発祥の地はどっち?ニュージーランド?オーストラリア? パブロバの発祥の地がニュージーランドなのか、オーストラリアなのかはもう何十年にもわたって議論されています。 でも、実はキチンと紐解いていくとその結果はすでに出ていました。 意外とニュージーランド人もオーストラリア人もその真相を知らないのかもしれません。 パブロバというお菓子が歴史に名前を見せるのは、奇しくもニュージーランドとオーストラリアで同じ年1926年です。 ニュージーランドのパブロバが最初に登場するのはKeith Moneyが書いたAnna Pavlovaの伝記です。 Anna Pavlovaが1926年に世界ツアーでウェリントンに訪れたとき、ホテルでパブロバを食べたと記されています。 そしてオーストラリアのパブロバが登場するのも1926年。 同じ年だった理由の1つは上で紹介したAnna Pavlovaが世界ツアー中の1926年に両国を訪れ、それぞれが彼女をモチーフにしてデザートを作ったからです。 では、どちらがオリジナルなんでしょうか? 実はどちらがオリジナルなのかを決める決定的なポイントは「どちらが早く作ったか」ではありません。 実はどちらが「今現在、一般的に食べられているパブロバを作ったのか」が重要な鍵を握っているんです。 ウェリントンでAnna Pavlovaが食べたパブロバは、Anna Pavlovaが着ているバレエの衣装チュチュをモチーフにした卵白を焼いたデザートでした。 メレンゲで形を作って生クリームが載っていたと彼女の伝記には書かれているそうです。 ということで、パブロバはニュージーランド発祥ということで良いでしょうか。 唯一決定に欠けるのはウェリントンで食べられたパブロバが本当にメレンゲで作られたデザートなのか、その作ったシェフの手記などが残っていないことです。 でも、かなり核心に迫れたような気がしています。 ■日刊ニュージーランド■ ところで、このケーキの名前の由来にもなった有名なバレリーナ、アンナ・パブロバ。 山岸涼子のバレエ漫画「アラベスク」の主人公、ノンナ・ペトロワの名前は、アンナ・パブロバからとったとか・・・。 スーパーで「パブロバ」を何回も見つけたけれど、あまりの大きさに 食べることを諦め、写真だけ撮った私。 (ノД‘) にほんブログ村 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2017.08.16 16:29:45
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