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テーマ:北海道旅行(1461)
カテゴリ:国内旅行
![]() ■6月23日(日)■7日目(函館2日目の後半) ■函館2日目前半・坂の町■ ■函館1日目五稜郭■ ![]() 元町を終ってガイドさんと別れ、二人でベイ(湾)エリアに行った。 ![]() ■金森赤レンガ倉庫■ 1863年(文久3年)に大分県出身の初代渡邉熊四郎が長崎県から箱館に渡り、 1869年(明治2年)、大町に金森森屋洋物店を開業した。 これが現在の赤レンガ倉庫の起源となる。 ![]() 背景として、同年に榎本武揚らが率いた旧幕府軍が洋装の官軍に次々と倒されるのを見て洋服の時代を確信したことがあったとされる。 洋物店開業の際、屋号を森屋とした。 ![]() 現在もレンガ建物に描かれている、「曲尺(かねじゃく)」(“金”にも掛けている)に「森」の字のトレードマークは、この開業の時の商標である。 ![]() 曲尺の記号には律義でまっすぐという意味があり、商売に駆け引きは不要としていた初代らしい屋号である。 ![]() ■観光遊覧船ブルームーン■ 函館湾を一周する観光遊覧船、「函館ベイクルーズ・ブルームーン」は、 ![]() 赤レンガ倉庫群そばの函館西波止場、ラッキーピエロ マリーナ末広店横の桟橋から45分〜1時間に1便ペースで出航。 湾内をぐるりと回ってきた。 6月も下旬というのに、船の上は寒くて震えた。 ![]() やはり、北海道は寒い・・・午前中に見た豪商の2階の穴は、一階の囲炉裏の熱が上がるようになっているのを思い出した。 函館はいつ夏にならん夕づく日・・・というわけで、夕方が来たのでホテルに帰り、函館山に夜景を見に行った。 ![]() ◆函館山には、昭和21年までの約50年、軍事要塞があった。 ![]() 今は山頂までロープウェイで3分、ふもとから歩いても1時間ほどで登れる身近な函館山ですが、一般市民が立ち入ることができるようになったのは、なんと1946(昭和21)年から。 それまでは砲台などを備えた軍事要塞があり、立入はもちろん、撮影や模写も禁止。 地図や写真から函館山が消されている時期が、50年ほど続きました。 ![]() 夜景を見る時間帯は、バスとタクシーのみ登れる。 私たちは、バス会社の夜景観光バスに乗って登った。 行きは、バスで頂上まで、帰りはロープウェイで。 ![]() 函館の夜景はなぜ美しいのか。 その理由のひとつは、函館山と北海道本島を結ぶ、狭いくびれた部分にまち明かりが集結し、両端の暗い海とのコントラストを感じさせることです。 函館は、砂州で陸と繋がる陸繋島(りくけいとう)です。 東浜桟橋のある函館港付近は、砂州の当たる場所。 ■陸と島が繋がった!陸繋島■ ■陸繋島 志賀島■ 七つの星も呼んでいる そんな気がしてきてみたが 灯りさざめく松風町は 君のうわさもきえはてて 沖の潮風こころにしみる ■函館の疑問が2点ある。 ![]() 石垣の石に刻まれた線は何だろう? ![]() 基坂の道の端にあったこの四角い箱みたいなのは、何だろう?? ![]() ガスロードヒーティングと書いてある。 調べてみたら、以下の通りだった。 ・ガス、灯油式温水ロードヒーティング ガスや灯油を燃焼させてお湯を沸かし、そのお湯を路面下に設置した融雪パイプに通すことで路面の雪が融ける。 ■走行距離:16km■歩行数:15,436歩 にほんブログ村 ・・・・・・・・・・・・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2019.08.07 00:17:59
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