2020/04/09(木)00:08
近所の神社で桜と古いものを見る。
4月3日、自転車で桜の花を見に行った。
ついでに、■大津神社■で花見。
いつもの年なら、多くの人で賑わう神社も、私以外に人はチラホラ。
人が少ないので、ゆっくりと見て回った。
いつもは見逃すところも見ることができた。
大津神社は、十世紀はじめ、醍醐天皇の御代に編纂された延喜式神名帳の河内国丹比郡に「大津神社三座鍬・靱」と明記されている由緒の古い神社で、「丹下の郷の大宮」と称えられていた。
古い時代は、どこまで遡れるのかと見て回った。
▲神社の周りはぐるりと石の柱が立っている。
▼「氏子中」の文字。「中」とは、志を同じくするものという意味。
▲手水舎(てみずしゃ)があったので、さっそく、手を清めた。▼
▲水の神様の龍から水。
境内の中にも石の鳥居がいくつかあった。
この鳥居は古そうだ。
よく見ると一本の石ではなく、継ぎ合わせている!
どうしてだろう、継ぐのって難しいと思うけど・・・。
▲井戸と「奉納」の文字がある手水鉢。
▼災害時には、ここが使えるようになっている。
▲この灯篭は、元文年間。「元文」1736年~1741年▼
▲石灯籠には、▼「明和三年」の文字。
明和は、 1764年から1772年。
寄進したのは、「泉州・堺 鰯屋利右衛門」。
どんな人だったのだろう。
この近くの出身者だとか・・・妄想が膨らむ・・・。
▲「天保九年」。天保とは、1831年から1845年。
ちなみに、明治は、西暦1868年10月23日(明治元年9月8日)から
1912年(明治45年)7月30日まで。
▲この神社の由緒が書いてある。
▼寛永と書いてある。寛永は、1624年から1645年
江戸幕府の将軍は、3代・徳川家光の時代。
その裏には、
昭和と平成の文字が・・・。
寛永のものを修理したののようだ。
▲お百度石が2か所に。▼
病気になった時、昔の人は、この、お百度石に快癒の願いを込めたのだ。
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