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2020.12.03
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テーマ:国内旅行(1059)
カテゴリ:国内旅行

■2020.11.17(火)
大阪南港発新門司港行きの船が港を離れたのは夕方の5時。
船内では、夕食と朝食をとったが、シニア割引とフェリーのチケットを買う時にもらった「Go To キャンペーン」のクーポンを2枚を使用した。

瀬戸内は波静かなり秋ゆやけ  はるな


■2020.11.18(水)
真っ暗なうちに着いたのが新門司港。
海底のトンネルを車で通って対岸の山口県下関市へ。

前回2018年は、海底トンネルを歩いて渡った。

下関は、戦いの町だ。

まず、戦いその1、宮本武蔵と佐々木小次郎の「巌流島の決闘」が行われた、巌流島へ船で渡った。

船に乗り込む切符は、「Go To キャンペーン」のクーポンを利用。

巖流島(がんりゅうじま)は、山口県下関市にある関門海峡に浮かぶ島(無人島)。
正式な島の名前は船島(ふなしま)であり、住所は「下関市大字彦島字船島」となっている。

巌流島に着くと狸が迎えに来てくれた。
餌をもらっているので、人を怖がらないのだそうだ。

わしが心と巌流島は 外にきがないまつばかり
 
民謡にうたわれた巌流島の松林。

きがないまつばかり
「き」は、木と気の
「まつ」は、松と待つをかけたもの。

島を後にして■みもすそ川公園■へ。

幕末には、海外の船と撃ち合いになった。

みもすそ川公園の後、■火の山公園

「火の山」という名は、敵の襲来を都に知らせるために、山頂でのろしをあげたことに由来しています。
毛利氏が北九州や関門海峡の覇権を争って、大友氏と戦った際の拠点を置いたのが、この火の山でした。


現在も火の山公園山頂に残る、明治21年(1888)から造られた旧日本陸軍施設「下関要塞・火の山砲台跡」。


響灘(ひびきなだ)及び周防灘(すおうなだ)から瀬戸内海を守る役割を持重要な位置にあり、東京湾・大阪湾に次ぐ日本3大要塞の一つとして捉えられていた。
ちなみに、実践による砲撃はなかったとのこと。

源平の合戦もあった。

数々の戦が、下関が大切な位置にあったことを物語っている。
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Last updated  2020.12.03 13:18:38
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