テーマ:国内旅行について(2678)
カテゴリ:国内旅行
![]() ■10月28日(月)-2 ♪松島の サーヨー 瑞巌寺ほどの 寺もない トーエー アレワエーエー エント ソーリャー 大漁だエ 「斎太郎節」で知られる松島町の国宝・瑞巌寺に来た。 瑞巌寺は伊達政宗公の創建で、5年の歳月をかけて慶長14年(1609)に完成 しました。 ▲写真の提灯の「三つ引き両紋」。 伊達家の1世である伊達朝宗が、藤原討伐の褒賞として源頼朝から下賜された家紋です。 ![]() ガイドさんの案内で見て回った。 ![]() ▲門の近くにあるのが鰻塚。 1923年(大正12年)9月、松島湾で捕れた鰻の供養として地元民の寄付金で鰻塚が建立された。 ![]() ▲瑞巌寺の門前にも鰻の店があったが、松島湾では、鰻が沢山獲れたのだろうか。 ![]() 瑞巌寺の中に入ると、岩に穴があいたのが沢山見られた。 ![]() 昔、ここで僧が修行していたのだとガイドさん。 ![]() 参道にはシンボルとも言える杉並木があったが、平成23年(2011年)3月11日の東日本大震災の津波に見舞われ、その後の塩害によって立ち枯れが目立ったことから、約300本が伐採されることになった。 ![]() 赤〇をつけている列に杉並木があった。 瑞巌寺は、国宝だから、伐った切り株も残しておく必要があるそうだ。 ![]() 建物の修理をする時も、新しくしても必ず古い方も残しておく必要があるのだそうだ。 ![]() ▲庫裡 「庫裏」とも表記され、寺院で主として台所の役割を担う建物です。 正面13.8m、奥行23.6m、切妻造の本瓦葺で、大屋根の上には入母屋造の煙出しをのせています。 庫裡は実用本位の建物であるため装飾が施される例はあまり見られませんが、正面上部の複雑に組み上げられた梁と束、妻飾の豪壮な唐草彫刻が漆喰上に美しく設えられているのが特徴です。 昭和34年(1959)、国宝に指定されました。 ![]() 関ヶ原の戦い後、仙台に治府を定めた伊達政宗公は、仙台城の築城と併せて、領民の精神的拠り所とするため盛んに神社仏閣の造営を行いました。 中でも円福寺の復興には特に力を注いでおり、事業開始にあたり自ら縄張りを行なったこと、平安の昔から「浄土の地」とみなされてきた紀州熊野に用材を求めたこと、畿内から名工130名を招き寄せたこと等に、政宗公の意気込みが感じられます。 ■瑞巌寺HP■ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ![]() 見せばやな 雄島のあまの 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色はかはらず 殷富門院大輔 (いんぷもんいんのたいふ) 瑞巌寺を見た後、次のガイドさんと一緒に雄島に行った。 ![]() ガイドさんが、 「みせばやな雄島の海人の袖だにも・・・」と言ったので 「濡れにぞ濡れし色は変わらず」と私も一緒に言うと 「ご存じでしたか?」とガイドさんが嬉しそうに言った。 源重之 「みせばやな・・・」は、上の源重之の歌の本歌取り、 ![]() 「悪縁を断ち切る渡月橋」 雄島へ上陸する際は、渡月橋(とげつきょう)という朱色の橋を渡ります。 ![]() 渡月橋はかつて僧たちが雄島に入る際に、陸地の俗世との縁を切ることから「悪縁を断つ橋」とも呼ばれています。 ![]() 雄島は「松島」の地名発祥とされている島。 見仏上人という高僧は、12年間、島から一歩も出ずに修行を続けさまざまな奇跡を起こしたと伝えられている超人。 その功績を称えられ、後鳥羽上皇から千本の松を送られたことから「千松島」と呼ばれました。 そこから辺り一帯を「松島」と呼ぶようになった、というものです。 ![]() 芭蕉と曽良の二人もここに来ている。 ![]() 松島や鶴にみをかれほととぎす 曽良 ●(奥の細道の芭蕉に同行した)曽良にすれば、この景色にふさわしいのは、鶴でなくてはならない。 鶴が美しい姿で島々を鳴きわたってくれれば、どれだけいいだろう。 せめてほととぎすよ、鶴の姿をかりてはくれまいか ●予(芭蕉)は口を閉じて(句作を断念して)眠(ねぶ)らんとして寝(い)ねられず。 *芭蕉は、松島では句を作らなかった、いや作れなかった。 「松島やああ松島や松島や」というのは芭蕉の句ではない。 ![]() ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ![]() 松島湾は仙台湾の中央部に位置する支湾。 湾内を遊覧船に乗って海から松島を見た。 大型遊覧船の航路は松島港発着で松島湾内や奥松島を巡るものが中心だが、塩釜港と松島港とを繋ぐ航路もある ![]() ▲街道をゆく仙台・石巻 江戸時代には仙台城下と海運の拠点港がある石巻とを繋ぐ石巻街道があったが、このうち塩釜港から石巻港の間を船で繋ぐ航路は「松島海道」と呼ばれた。 松尾芭蕉が奥の細道で塩竈から松島へ舟で渡ったとの記述があるが、これは「松島海道」の一部に乗船したものと考えられている。 ![]() この地域の大部分の地層は第三紀層の凝灰岩、砂岩、礫岩など侵食に非常に脆い岩質で出来ており、特に波に洗われる部分は容易に侵食される。 そのため多くの小島は上部に松などが植生し、海面に近い基部は白から灰白色の岩肌を見せている。 ![]() *いづる間も ながめこそやれ 陸奥の 月まつ島の 秋のゆふべは 著名な松島の月を詠んだ歌。 「月待つ」と「松島」が掛詞となっている。 *心なき 身にだに月を 松島や 秋のもなかの 夕暮れの空 *所がら 類はわけて 無かりけり 名高きつきを 袖に松島 *松島や 雄島の磯の 秋の空 名高き月や 照りまさるらん 以上 伊達政宗。 正宗は、漢詩や和歌に優れていた。 ![]() 小さな島にも名前があって、船内で教えてくれた。 ![]() 観光船の待ち時間に名物のずんだ餅を食べた。 ![]() 「ザ・観光地」な松島であった。 ![]() ![]() 10/16(水)■越後・東北南部行:出発/新潟を地形と歴史を感じながら歩く■ 10/16(水)-2■新潟市:日和山/花街■ 10/17(木)-1■新潟県・新発田市:清水園/足軽長屋他■ 10/17-2(木)-2■新発田市・新発田城/村上市・鮭オシのまち■ 10/18-1(金)■村上市・笹川流れ■ ![]() 10/18-2■鼠ヶ関を探せ/クラゲの水族館/鶴岡カソリック教会■ 10/19-1■山形県・鶴岡市:城址公園/丙申堂・/酒田市:土門拳記念館■ 10/19-2■酒田市・本田家/日和山/山居倉庫■ 10/20■鶴岡市・出羽三山・羽黒山■ 10/21-1■最上川で舟遊び/芭蕉10泊の町、尾花沢■ 10/21-2■レトロな銀山温泉/川北町・紅花資料館■ 10/22-1■山形市:山寺/斎藤茂吉記念館/山形城■ 10/22-2■山形県:山形市内観光:レトロビル/御殿堰/シネマ通り■ 10/23■上山市/上山城/楢下宿/旧山形師範学校■ 10/24-1■山形市:鴫の谷地沼/御釜/不動の滝■ ![]() 10/24-2■宮城県:名取市・閖上/大震災の跡/貞山堀■ 10/25-1■仙台市:仙台城と伊達政宗■ 10/25-2■登米市(とめし)・宮城の明治村/新旧北上川/石ノ森章太郎ふるさと記念館■ 10/26■南三陸3.11メモリアル/気仙沼市:震災遺構伝承館■ 10/27■石巻市3.11:明暗を分けた二つの小学校■ 10/28-1■石巻市:JR野蒜駅/東名運河■ ![]() ![]() ![]() にほんブログ村 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2024.12.27 16:37:44
コメント(0) | コメントを書く
[国内旅行] カテゴリの最新記事
|
|