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テーマ:北海道旅行(1375)
カテゴリ:国内旅行
![]() ■2025.9.28(日)-2 宗谷岬から宗谷丘陵にある白い道を通る。 平成6年に入り、宗谷丘陵の農業用道路の整備をしていた際に、海に近いということもありアスファルトのような資材だけでなく景観にも配慮したような資材はないかと探していました。 この貝殻を敷く方法は、ニュージーランドやスコットランドの農村部でも行われていて、宗谷丘陵の壮大な景色にも似合うと考えました。 ![]() ▲ホタテの貝殻を細かく砕き、洗浄して乾かしたものを敷き詰めています。▼ ![]() ![]() 白い道は、2011年(平成23年)に完成。 緑の牧草と青い空、貝殻の白さのコントラストが美しいおよそ3㎞の「白い道」は、稚内の新たな観光スポットとなり、現在は白い道を歩きながら宗谷の景観を楽しんでもらおうとフットパスのコースにもなっています。 ![]() ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ![]() 稚内(わっかない)の町中に、稚内復港市場という施設がある。 道の駅の海の駅版。 かつて稚内の賑わいの場であった第一副港に「水産」「観光」「サハリン」をキーワードとした施設を作った。 それが「稚内復港市場」。 ![]() 時間が遅かったので、「稚内市樺太記念館」だけ見た。 ![]() ▲人々に「樺太(サハリン)へ行こう」と思わせるポスターの数々。▼ ![]() 日露戦争に勝利したため、ロシア領であった樺太の南半分が日本に割譲された。 ![]() 樺太(サハリン)の日本の領地には、鉄道も敷かれている。 北海道や樺太の鉄道、道路、河川の工事などは、前借金で重労働する、タコと呼ばれる人夫達の犠牲によって進められた。 ![]() 樺太(サハリン)の森林を伐採して紙を作る製紙工場があった。 広大なサハリン島の北緯50度から以南は日本領で、約40万人の人口を擁し、日本企業も多く進出していた。 中でも島内に存在する豊富な針葉樹に目を付けた製紙企業が進出。 ![]() サハリンは北緯50度から南を南樺太といい北を北樺太といった。 日本が領地としていたのは、南樺太で、北緯50度には、 「大日本帝国領地」の刻印のある石、国境石が置いてあった。 ●7739歩![]() ■9月26日(金)■宗谷岬から襟裳岬へ/留萌市(るもいし)/北海道あるある■ ■9月27日(土)-1■映画「駅 STATION」の舞台:増毛■ ■9月28日(日)-1■日本の最北端:ノシャップ岬と宗谷岬■ にほんブログ村 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2025.10.20 00:05:34
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