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テーマ:★☆沖縄☆★(3110)
カテゴリ:国内旅行
![]() ■3月28日(土)-2 本土出身のガイドさんの案内で玉陵(たまうどぅん)を見た後、 「金城町石畳」めぐりをした。 ![]() ★⾸⾥⾦城町⽯畳道★ 首里城から徒歩7分ほど。 ひっそりと歴史を伝える石畳道があるのをご存じですか? ![]() ⾜元には美しい琉球⽯灰岩を敷き詰めた⽯畳の道、その両側には屋敷囲いの⽯垣が残り、今でも暮らしを営む家々が並んでいます。 幸いにも戦禍を逃れ、今も約300mが残り県の⽂化財に指定されています。 往時の⾵情を感じさせる道として「⽇本の道100選」にも認定されていました。 ![]() 「首里金城町石畳道」は、琉球王国時代に造られた道「真珠道(まだまみち)」の一部で、16世紀からの歴史を今に伝える貴重な文化財です。 ![]() 古民家が立ち並び、琉球石灰岩で敷かれた道を歩くと、まるでタイムスリップしたかのような感覚に。 ![]() この道は、かつて首里城から南部へ続く主要道「真珠道(まだまみち)」の一部として整備されたものです。 戦後の被害を免れた約300mの区間が、金城町に現存しています。 使われているのは20〜30cm大の琉球石灰岩。 ![]() これを組み合わせる「乱れ敷き」という技法が用いられており、自然の凹凸が風情を生み出しています。 23また、急坂には滑り止めの線が入っていたり、階段状になっていたりと、当時の工夫も見て取れます。 ![]() 首里金城町石畳道を歩く中で、ぜひ立ち止まって写真を撮ってほしい場所があります。 それが、石敢當(いしがんとう)の標柱が立つ地点。 緩やかな下り坂の先に街並みが広がり、伝統的な石垣と赤瓦の屋根が織りなす景色は、まさに“沖縄らしさ”の詰まった一枚が撮れるフォトスポットです。 ![]() ![]() ▲昔の井戸があった。 首里城周辺の金城町には、川(カー)が、たくさん残っています。 「カー」とは島言葉で、井戸や泉のことをいいます。 「ガー」ということもあります。 ![]() ▲穴の開いた部分から水が出るようになっている。 水脈から樋(とい)で水を引いてきたものは「樋川(ヒージャー)」。 ![]() ■八重山諸島に行ったとき■のバスの運転手さんが「いずみ」さんという名前だった。 バスガイドさんが「いずみさんの字は、泉一字ではありません」と言った。 八重山諸島では、井戸のことを「カー」または「カーマ」と言う。 「カー」「カーマ」は湧水、泉=井泉(いずみ)を意味するが、運転手さんの名前の泉は「井泉(いずみ)さんというのだろう。 そんな八重山のことを思いだした。 ![]() ▲グレーの金属の網の下に川(カー)が流れている。▼ ![]() ![]() ![]() ▲美しい南国の植物が家の近くで見ることが出来る。▼ ![]() ![]() ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ![]() ▲石畳をはずれたところにあった沖縄らしい名前の表札。 ![]() ![]() ▲たまに見かけるセメント瓦。 セメント瓦は、「南国耐風瓦」が最初だとされているようです。 本格的にセメント瓦が普及したのは戦後。 政府の援助で「復興瓦」として広がった。 そんなセメント瓦ですが、1959年に琉球セメントが創立、1965年からセメントが出荷されるようになると鉄筋コンクリート造りの家が普及して衰退していったのだそうです。 ![]() ▲高低差のある街で歩きにくい坂道でけっこう疲れた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ![]() ▲夕食に入った「ガスト」にもシーサーが!!▼ ![]() ●7703歩![]() 3/25■奄美:奄美パーク/田中一村■ 3/26-1■奄美:マングローブの森をカヌーで行く■ 3/26-2■奄美:作家・島尾敏夫と島の戦地跡巡り■ 3/27-1■奄美博物館/西郷南洲流滴跡■ 3/27-2■笠利崎灯台/カトリック大笠利教会/あやまる岬■ 3/28-1■奄美→沖縄/世界遺産・玉陵(たまうどぅん)■ にほんブログ村 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2026.04.20 00:08:38
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