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テーマ:読書備忘録(1531)
カテゴリ:読書
明治6年(1873年)の暮れ、5年半の医学留学を終え、神林麻太郎がイギリスから帰国する。大川端にある宿屋(旅籠)「かわせみ」は、旧幕時代と変わらずに商売を続けているが、その周囲にも、そしてかわせみにも、辛く悲しい出来事が世の混乱とともに起こる。 捕り物や人間模様のみならず、西洋から入る文化によって人々が少しずつ変わっていく様や、江戸から東京へと街が変わっていく様も描く。 千春の婚礼(2015年1月、ISBN 978-4-16-390187-9)- 文庫版 2018年1月、ISBN 978-4-16-790992-5 「宇治川屋の姉妹」(2013年9月号・10月号) 「千春の婚礼」(2013年11月号・12月号) 「とりかえばや診療所」(2014年1・2月号) 「殿様は色好み」(2014年3月号・4月号・5月号) 「新しい旅立ち」(2014年6月号) 幕末が舞台である『御宿かわせみ』の続編に当たる。 千春と清野凜太郎が無事に婚礼を挙げた数日後、麻太郎と源太郎が奇妙な事件に出くわします。 狸穴の大地主・林田理兵衛の息子・政吉が首をくくったが、理兵衛も奉公人たちも「なぜ死んだのか」については何も語らない。 やがて政吉には捨松という双子の兄弟がいることがわかり……。果たして事件の真相は? 江戸から明治に移り変わる世相の中で起こった事件を背景に、千春の結婚や麻太郎の新たな旅立ちなど、若者たちの転機を描く「新・御宿かわせみ」第五弾。 元南町奉行所吟味方与力の神林通之進の養子だが、実は通之進の弟で旧幕時代は軍艦操練所教授並であった神林東吾の息子。 イギリスから帰国するまで、東吾の実子とは知らずに育った。 父譲りの美男子であり、行動力も好奇心も旺盛な人懐っこい性格、一人で菓子屋に平気で入るのも父親そっくりである。 御維新の混乱の中で、祖父の麻生源右衛門、叔母の麻生七重、従兄弟の麻生小太郎が自宅で何者かに惨殺される事件が起き、イギリスへの医学留学が目前だった小太郎の代わりにと、叔父の麻生宗太郎をはじめとする周囲に強く勧められてイギリスへ渡る。 五年半のイギリス留学を終えて帰国した後は、イギリス人医師のリチャード・バーンズが築地居留地に構えた住宅兼診療所に下宿し、新進気鋭の医師として診療にあたりながら、源太郎の手伝いをしている。 元将軍家御典医の天野家の長男で、旗本の麻生家に婿入りした医師の麻生宗太郎の娘。 お転婆で舌鋒鋭く、幼馴染の麻太郎や源太郎がたじろぐことも多いが、繊細で勘が鋭く、面倒見の良いところもある。 御維新の混乱で祖父・母・弟を失った後は父と離れてかわせみに下宿し、築地居留地にあるA六番館女学校で勉学にいそしみながらバーンズ医師の手伝いをしていた。 ★畝(うね)源太郎 元南町奉行所の定廻り同心で「捕り物名人」と呼ばれた畝源三郎の息子。 正義感が強く実直、お人好しなところは父譲りである。 父が麻生家襲撃事件の探索中、何者かに銃撃されて非業の死を遂げると、母の千絵や妹の千代とは別れ、八丁堀に近い一ノ橋の近くで一人暮らしを始めた。 「よろず探索仕り候」の看板を掲げ、長助とともに探偵のような仕事をしながら、麻生家襲撃事件の犯人と父を銃撃した犯人を捜している。 麻生家の事件と父の銃撃事件が解決した後は、新時代の法律を学ぶべく司法の勉強をしながら、探偵稼業をしている。 東吾とかわせみの女主人るいの一人娘。 母同様の美人で、おきゃんな性格。 幕末、父・東吾の乗った軍艦が破船沈没し、東吾は行方不明になるが、父の生存を頑なに信じ、母が一代で築いたかわせみを取り仕切っている。 麻太郎が異母兄であることを知らずにいたが、あることがきっかけで母に宛てた父の遺書を見つけ、麻太郎の出生の秘密を知ることになる。 大川端に旧幕時代からある宿屋、かわせみの女主人。 元は南町奉行所同心・庄司源右衛門の一人娘。 父亡き後、士族の身分を捨てて大川端に宿屋「かわせみ」を開いた。 長い間身分違いの忍ぶ仲だった東吾と結婚した後は、一人娘の千春も生まれ、幸せな家庭生活を送る。 幕末に東吾が行方不明となるが、娘の千春同様、生存を信じて待ち続けている。 しとやかで、年齢を感じさせないほどの若さと美しさを保っているが、様々な厄介事や相談事が持ち込まれても気前よく引き受ける女長兵衛な一面も。 麻太郎ら若者達のよき相談相手である ★麻生宗太郎 元将軍家御典医・天野家の長男で医者。 些細な出来事から東吾と知り合い、友人となる。 さらに東吾の縁で、本所に住む旗本・麻生源右衛門の次女である七重と出会い、その後婿入り。 飄々としている反面、思いやり深く医療への情熱にあふれ、腕の良さとともに患者を身分や金銭で差別しないことから「名医」との評判が高い。 幕府が瓦解し、本所の自宅が召し上げられたこともあって、義兄・通之進の提案により道場主・松浦方斎亡き後の方月館を医療の場にすべく、一家で狸穴に移り住む直前、義父・妻・息子を何者かに惨殺される。 その後は「方月館診療所」の看板を掲げ、末弟の天野宗三郎や医学に志ある人々が集まり、評判の診療所となっている。 るいや若者達のよき相談相手だが、娘の花世には手を焼くこともある。 ★神林通之進(かみばやし みちのしん) 麻太郎の養父であり、東吾の兄。 旧幕時代は南町奉行所の吟味方与力をしていた。 東吾以上に美男子で、才気煥発との呼び声高く、周囲からの人望も厚い。ある事件がきっかけで母を失った麻太郎を養子に迎え、妻の香苗共々、自らの実子同様に育て上げる。 東吾が師範代を務めていた縁で知己となった方月館の道場主・松浦方斎の紹介で、旧幕時代から方月館の隣に土地を取得しており、御維新後はそこに家を建てて隠居生活に入るが、今でも様々な人々が知恵を借りにやってくる。 ★天野宗三郎 麻生宗太郎の異母弟で、旧幕時代は将軍家御典医を務めた天野家の跡取り。 宗太郎と共に方月館診療所で診療にあたっている。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ●(江戸)幕府が瓦解して新政府が発足してから、(明治4年)東京の市中取り締まりに関して旧藩士の中から三千人を集めて邏卒(らそつ)と称し、任務に当たらせたが 明治5年8月に司法省内に警保寮が設置されると、一応、その管轄下においた。 それが明治7年に内務省に移され、犯罪捜査は司法警察、犯罪を防ぐのは行政警察と分離されている。 続いて東京警視庁が創設されると邏卒は潤智名称を改め、一応、制服を着用するものの、武器は棍棒(こんぼう)であった。 ●猫柳を山形のほうではにゃんこの木。 福井の人は、にゃにゃと呼ぶ。 ●鹿島立ち(かしまだち) ◎鹿島立ちとは、旅立ちや出発を指す言葉です。 この言葉の起源は、防人に選ばれた人々が鹿島神宮で旅の安全を祈って出発したことに由来しています。 現在でも、良い旅を願って出発することを「鹿島立ち」と呼んでいます。 にほんブログ村 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2026.06.13 00:06:43
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