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おしゃれ手紙

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詩歌・名文

2019.09.16
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カテゴリ:詩歌・名文
おじいちゃん、おばあちゃんの最後のつとめは、孫や家族に自分が死ぬところを見せることではないか。
池田清彦

死がベールの向こうに置かれる。
街には犬の死骸すらない。
延命処置で、「いまわの際」をしかと看取(みと)るのも難しくなった。
生と死は一続きなのに、死は見えにくくされる。
死を特別扱いせずに、死骸が鳥たちに啄(ついば)まれ、きれいな白骨になって「土に還る」という自然のサイクルを心に留めるべしと、生物学者は言う。
「ほどほどのすすめ」から。
2019.1.31朝日新聞「折々のことば」

「子どものために犬を飼うといい」という一文を読んだことがある。
犬は、子どもが小さいうちには、よき遊び相手となる。
子どもが少し大きくなると、人間より寿命が短い犬は、死ぬことによって、子どもに命は永遠ではないということを教える。
核家族や医療の発達によって、人間の「いまわの際」を見ることが出来ないので犬に求めたのだと「折々のことば」を読みながら思った。
今日、9月第3月曜は、敬老の日。
折々のうた:塩田
折々のうた:蝉と蛍
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Last updated  2019.09.16 00:02:51
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2019.08.19
カテゴリ:詩歌・名文
石狩挽歌(いしかりばんか)
作詞:なかにし礼
作曲:浜 圭介
歌唱:北原ミレイ

(一)
海猫(ごめ)が鳴くから ニシンが来ると
赤い筒袖(つっぽ)の やん衆がさわぐ
雪に埋もれた 番屋の隅で
わたしゃ夜通し 飯を炊く
あれからニシンは どこへ行ったやら
破れた網は 問(と)い刺し網か
今じゃ浜辺で オンボロロ
オンボロボロロー
沖を通るは 笠戸丸
わたしゃ涙で ニシン曇りの 空を見る


(二)
燃えろ篝火 朝里(あさり)の浜に
海は銀色 ニシンの色よ
ソーラン節で 頬そめながら
わたしゃ大漁の 網を曳く
あれからニシンは どこへ行ったやら
オタモイ岬の ニシン御殿も
今じゃさびれて オンボロロ
オンボロボロロー
かわらぬものは 古代文字
わたしゃ涙で 娘ざかりの 夢を見る

 1975年7月に発表された「石狩挽歌」の挽歌とはエレジー、つまり悲しみを表現した歌のことである。
石狩の海の鰊漁を舞台に、大きな夢を見て それをつかめないままに終わってしまう男、そんな男と人生をともにする女の気持ちが、鮮やかな情景とともにうたわれている。
 なかにし礼自身の幼少時の体験、兄に対する複雑な気持ち、人生に対する想いが織り込まれている。
なかにし礼には、15歳年上の、破滅傾向で疫病神のような兄・正一がおり、その兄が引き起こすトラブルや葛藤が人生にしつこくつきまとった。
幼少時、なかにし家は貧困の中にあり、兄はバクチのような鰊漁を行ったことがあり、せっかく大漁に恵まれたのに、それで満足せず、わざわざ本州まで運んで高く売ろうとしたために、結局せっかくの鰊も腐らせてしまい、全てを失い膨大な借金だけが残ってしまった。
そして一家は離散することになった。
なかにしの内にある、そうした原体験とでも呼べるようなものがこの歌には込められているのである。
ある時期、なかにし礼は作詞に行き詰まっていたが、そこに兄が現れ、兄自身が「鰊のことを書けばいいじゃないか」と言ったという。
そうしてこの作品は生まれた。
ただし、こうした体験をただそのまま表現しただけでは なかにしの体験をしていない人の心にはすんなり響かないだろうから、聞く人と気持ちを共有できる言葉を詩に織り込んだ、といった主旨のことを なかにし礼はあるテレビ番組のカメラに向かい語っていたことがある。

小樽市の西北に位置する祝津岬にある

鰊御殿の旧青山別邸(小樽市祝津3丁目63)には、
 
▲石狩挽歌の記念石碑と なかにし礼直筆の歌碑がある。▼
 
石狩挽歌は
ニシンの群来を願う漁師の切ない心を歌った曲。
では、この歌は、いつ頃の小樽をイメージしてできた歌なのでしょう?
歌ができた当時は昭和50年ですから、日本海側のニシン漁はサッパリで、ニシン御殿も「オンボロロ・・・♫」の時代です。
ヒントは2番の歌詞の「沖を通るは 笠戸丸」にありました。

「笠戸丸」は、明治33年に造船。
太平洋航路、南米航路、台湾航路の貨客船、豪華客船としての活躍後、漁船となった。

昭和20年8月9日(ソ連参戦の日)、カムチャツカ半島西岸の日魯漁業ウトカ工場沖に停泊中にソ連軍に接収され爆沈。

8歳のなかにし礼は、兄の中西政之が増毛でニシン漁を行なったのを見ているのです。
結論としていえば、第二次大戦中末期の北千島ホロムシロ島への輸送船のときの光景と考えるのが自然ではないでしょうか・・・。
いずれにせよ、中西少年は実際にその姿を見てはいません。
しかし、チラリと「笠戸丸」を歌詞に挟むところは、さすがに、阿久悠と並ぶ2大作詞家の面目躍如! ですね。

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Last updated  2019.08.19 08:42:02
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2018.04.02
テーマ:俳句(500)
カテゴリ:詩歌・名文
花衣(はなごろも)ぬぐやまつはる紐(ひも)いろいろ

杉田 久女(ひさじょ)

『杉田久女句集』(昭27)所収。
大正時代は虚子門下に女流俳人が輩出したが、久女の情熱的で大胆な作風はひときわ目立った。
美貌をうたわれたが実生活では悲劇の人で、句集も没後七周忌に初刊行。
花衣は花見の衣装。
花見帰りの軽い疲れに体をほてらした女が、
一本一本着物を紐をほどき捨てていきながら、あらためて紐の多さにわれと驚いている風だが、そこにこそ女の知る愉悦も快感もあったし、またみずから桜となって花びらを散らす思いもあった。

 なんともはんなりした句だろうとうっとりしてしまう。
こんな句が作れたらいいなと熱心に
 「プレバト」で夏井先生の俳句の評を見ている私は思う。
 この句を見ながら思ったのは、■細雪■。
「細雪」では、次女、三女、四女の三姉妹と、次女の夫、娘が花見に行く。
行先は京都で、必ず一泊。
次女と夫はもう一泊することもある。

もちろん、姉妹と次女の娘は着物で行くのである。
今でいうところの、「インスタばえ」する美しい彼女たちは、何度も知らない人からカメラを向けられる。
★で、常例としては、土曜日の午後から出かけて、南禅寺の瓢亭で早めに夜食をしたため、これも毎年欠かしたことのない都踊を見物してから帰りに祇園の夜桜を見、その晩は麩屋町の旅館に泊って、明くる日嵯峨から嵐山へ行き、中の島の掛茶屋あたりで持って来た弁当の折を開き、午後には市中に戻って来て、平安神官の神苑の花を見る。

 「花衣ぬぐやまつわる紐いろいろ」は、京都であちこち回って高揚した気持ちで着物を脱ぐ「細雪」の姉妹を思い浮かべる俳句だ。

さあ、私も桜を見に行こう。
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Last updated  2018.04.02 00:13:02
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2018.03.29
テーマ:百人一首(46)
カテゴリ:詩歌・名文
 瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ 崇徳院
 浅瀬の流れが速いので、その流れが岩で激しく裂かれるが
下流ではかならずまた一緒になれる
そのように、 われわれも将来には再び会おうと思うよ。

 先日、孫と一緒にご飯を食べた。
孫は、今年4月、中学3年になる。
彼の友人に、鉄道オタクがいて、同じく鉄道オタクの孫と
入学以来、仲良くしていた。

その友人が、今の大阪市内の私立中学校を辞めて、地元の学校に通うことになったことを、先日聞いた。

好物の餃子を食べながら、崇徳院の歌を引き合いに、また会えるからと私は言った。
「いい歌やな・・・。」と二人で納得。
崇徳院作のこの歌は第77番目に出てくるもので、
代表的な恋歌ではあるが、崇徳院が新院になった頃の作で、
「末にあわんとぞおもう」と中央政界に返り咲きたいとの思いを詠んだとも言われています。
■「せか」は四段活用動詞「せく」の未然形、せき止めるの意。
崇徳天皇ってどんな人?
崇徳天皇(1119~1164)は平安後期の第75代天皇で、名は顕仁(アキヒト)。鳥羽天皇の第1皇子。
が、本当の父は鳥羽天皇の祖父、白河天皇だったと言われる。
その為鳥羽天皇との仲が不和であった。
18年間在位(在位1123~1141)したが、永治元年(1141)鳥羽天皇に退位を迫られ、弱冠3才の近衛天皇に譲った。
保元元年(1156)鳥羽上皇が没すると、後白河天皇と崇徳院の対立が表面化し保元の乱が起こり敗北、讃岐へ流された。
同地で没する。
西行と崇徳院
この時代の朝廷の院政権力の流れは、次のとおり。
 
白河(法皇)→堀河(白河の子)→鳥羽(堀河の子)→崇徳(実は白河の子)→近衛(鳥羽の子)→後白河(鳥羽の子)。
天皇が退位すると「上皇」になり、天皇の地位には自分の子をつけて権勢をふるい、さらに上皇が出家して「法皇」となる。
「天皇→上皇→法皇」の権力循環サイクル、これが院政である。

西行は、鳥羽上皇の北面だから鳥羽上皇にとは直接の主従関係にあったが、出家後は、むしろ崇徳天皇や待賢門院璋子らに同情を寄せている
鳥羽上皇の崇徳天皇・璋子への嫌がらせや徹底して排除していこうとするやり方に、嫌悪を感じたからだろう。
鳥羽上皇と取り巻きの摂関家のこのような陰湿な権力運用が、西行出家の原因のひとつであったことは間違いないだろう。

落語・崇徳院

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Last updated  2018.03.29 15:03:14
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2018.02.08
テーマ:俳句(500)
カテゴリ:詩歌・名文


憂きことを海月(くらげ)に語る海鼠(なまこ)かな

黒柳召波(くろやなぎ しょうは)
 別号を春泥舎という江戸中期の俳人。
与謝蕪村の高弟。
クラゲとナマコの対話という題材は珍しく、句も新鮮だ。
「あわれ」と「をかし」を兼ね備えている句といえよう。
理屈をいえば、海底にいながら人にねらわれて食われるナマコが、水面にいるのに食用に不向きなため比較的安全なクラゲに対して、身の憂さ、辛さをぼそぼそ話している図と解されようが、そこまで理詰めに解さずとも、単に浮遊するものと這うもの会話と見るだけで面白い。
「折々のうた」大岡信

 一番上の写真は■沖縄の水族館。
この句は、冬の句の入っていたけど、季語は「海鼠(なまこ)」で冬だそうだ。知らなかった・・・。
クラゲはプランクトン
クラゲは水に浮いて漂っている浮遊生物、つまりプランクトンです。
プランクトンとは「遊泳能力がないか、あっても弱いため、水の流れに逆らえず、水中で浮遊生活を送る生物」と定義されています。
実はクラゲは自力で泳いでいるというより水の流れに沿って漂っているのです。
傘をリズミカルに動かすことでちょっと泳いではいますが、この行動は体液を循環させる目的もあります。
クラゲは泳ぐ力がほとんどないというこの事実だけでもびっくりですね!
 「海月姫(くらげひめ)」<ストーリー>
とある古びたアパート、天水館(あまみずかん)。
そこで暮らす倉下月海(つきみ)はオタク女子友達と共同生活を送っていた。
「男を必要としない人生」を信条に、自らを「尼~ず」と呼び、それぞれのオタク道を極めるゆるい毎日。
そんな彼女達の前に女装美男子・蔵之介と童貞エリート・修の兄弟が出現!
動揺する尼~ず達に、心のより所でもある聖地(=ボロアパート)が強奪の危機まで勃発。
自分の大切なものを守るため、自分たちの居場所を守るため、尼~ずと蔵之介はタッグを組み、最後の大勝負にうって出るーー。

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Last updated  2018.02.08 20:33:07
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2018.01.20
カテゴリ:詩歌・名文

「 遺愛寺の鐘は枕をそばだてて聴き、
香炉峰の雪は簾をかかげてこれを看る 」


(訳) 遺愛寺の鐘の音は臥したままマクラを斜めに 立てて聴き入り、
香炉峰(山)に積もっている雪は簾を巻き上げて眺めている。
イラスト付き香炉峰(こうろほう)の雪

昨年■11月22日(水)■に行った鳥取県・智頭(ちづ)の
■石谷家住宅■は【国指定重要文化財】。
その家の一番いい部屋が写真の部屋。
一緒にガイドさんの説明を聞いていた女性3人が、この部屋にはいると

「わー、御簾(みす)のある部屋!!
『香爐峰(こうろほう)の雪は簾(すだれ)をかかげてこれをみる』」と言った。

御簾のある部屋を見て、清少納言の有名な「枕草子」が出てくるなんて・・・。
私も『香炉峰の雪』は知っていたけど、とっさに出てくるなんて、この3人組の女性は、国語の先生なのかな・・・?

香炉峰の雪」と言われた清少納言が、とっさに簾を上げ、女房たちに感心されたように、
簾を見て「香炉峰の雪」と言った女性たちに私はいたく感心した。

山深い鳥取・智頭(ちづ)は、雪が沢山積もっているだろう。
枕草子:香炉峰(こうろほう)の雪

雪のいと高う降りたるを例ならず御格子(みかうし)まゐりて(参りて)、
炭櫃(すびつ)に火おこして、物語などして集まりさぶらうに、
「少納言よ、香炉峰(かうろほう)の雪いかならむ。」と仰せらるれば、
御格子上げさせて、御簾(みす)を高く上げたれば、笑はせたまふ。
人々も「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそよらざりつれ。
なほ、この官の人にはさべきなめり。」と言ふ。
■現代語訳■
雪がたいそう高く降り積もっているのに、いつもと違って、御格子(みこうし)をお下ろしして、角火鉢に火を起こして、(私たち女房が)話をしながら、(中宮様のもとに)集まりお使えしていると、
(中宮様が私に呼びかけ、)
「少納言よ、香炉峰(かうろほう)の雪は、どうなってるかね。」とおっしゃるので、御格子を(ほかの女房に)上げさせて、御簾(みす)を高く(巻き)上げたところ、
(中宮様は満足して)お笑いになる

(他の女房の言うには)「(私たちも)そのようなこと(=白居易の詩のこと)は知っており、歌などにまでも詠むけれど、
(とっさには)思いつきませんでしたよ。
(あなたは)やはり、中宮様にお仕えする人として、ふさわしいようだ。」と言う。
  「 遺愛寺の鐘は枕をそばだてて聴き、
香炉峰の雪は簾をかかげてこれを看る 」


(訳) 遺愛寺の鐘の音は臥したままマクラを斜めに 立てて聴き入り、
香炉峰(山)に積もっている雪は簾を巻き上げて眺めている。

* 「香炉峰の雪」とは
中唐の詩人、白居易の『白氏文集』に出てきます。
平安時代の貴族は広く漢詩を愛読していたのでした。
元詩
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Last updated  2018.01.20 16:34:49
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2017.12.09
カテゴリ:詩歌・名文
満月◎静夜思◎井伏鱒二訳

寝間の内からふと気が付けば
霜かと思ういい月明り
軒端の月を見るにつけ
在所のことが気にかかる。

静夜思◎■李白
牀前看月光
疑是地上霜
挙頭望山月
低頭思故郷
◎書き下し文◎
牀前(しょうぜん)月光を看る
疑ふらくは是れ地上の霜かと
頭(こうべ)を挙げて山月を望み
頭(こうべ)を低れて故郷を思ふ
◎静夜思◎井伏鱒二訳
ネマノウチカラフト気ガツケバ
霜カトオモフイイ月アカリ          
ノキバノ月ヲミルニツケ          
ザイシヨノコトガ気ニカカル
静夜思(音が出ます!)
静夜思(静夜の思ひ)の現代語訳と解説

高田郁の小説■ふるさと銀河線軌道春秋■というのがあり、その本の中に
「さよならだけが人生だ」という寺山修司の詩があった。
唐代の詩人于武陵(うぶりょう)の詩「勧酒」(かんしゅ)を訳した、井伏鱒二の妙訳にインスパイアされたという。

その繋がりで、同じく井伏鱒二の■静夜思■を知った。

高校の時に習ったこの漢詩は大好き。
普通の訳の硬質な感も好きだが、井伏鱒二の七五調も心地が良い。
スーパームーン
12月4日の満月は、迫力があった。
次に大きな月が見えるのは、2018年1月2日。
12月4日よりも月がさらに地球に近い距離で満月となるという。
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Last updated  2017.12.09 13:40:04
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2017.11.23
カテゴリ:詩歌・名文


里古りて柿の木持たぬ家もなし    松尾芭蕉

■意味■
古里伊賀は古い歴史を持っていてどこの家にも柿ノ木の無い家は無い。
それがいま枝もたわわに実っている。


■11月21日(火)剣聖、宮本武蔵の生誕地、岡山県美作(みまさか)大原の里、
■11月22日(水)鳥取県智頭(ちづ)町へ行ってきた。

どちらも古い町だった。


特に、宮本武蔵の生誕地、大原では、
柿の実がたわわに実った風景が見られて、*いとおかし*。

*いとおかし*
とても趣がある(興味深い)


藁屋根の家などあるも**あわれなり**。

**あはれなり**
しみじみとした情趣があるさま、感慨深いさまなどを意味する古語。

柿柿は女の生涯■ ■トリビアの井戸:柿
筈柿八里
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Last updated  2017.11.23 13:16:10
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2017.10.20
カテゴリ:詩歌・名文
ハンカチ ふるさと銀河線 軌道春秋 (双葉文庫) [ 高田郁 ]の現代小説の中に寺山修二の『幸福が遠すぎたら』という詩が出てきた。
唐代の詩人于武陵(うぶりょう)の詩「勧酒」(かんしゅ)を訳した、井伏鱒二の妙訳にインスパイアされたという。

調べたら、唐代の詩人于武陵(うぶりょう)の元の詩も、井伏鱒二の訳もよかった。
■勧 酒(于武陵)    酒をすすむ 
           
勧君金屈巵   君に勧すすむ 金屈卮きんくつし
           
満酌不須辞   満酌まんしゃく 辞じするを須もちいず
           
花発多風雨   花はな発ひらけば 風雨ふうう多おおし
           
人生足別離   人生じんせい 別離べつり足たる


和訳(直訳)   
君に この金色の大きな杯を勧める 
なみなみと注いだこの酒 遠慮はしないでくれ
花が咲くと 雨が降ったり風が吹いたりするものだ 
人生に 別離はつきものだよ


(註)・金屈巵=把手(とって)がついた黄金の大型の杯。
   ・満酌=杯になみなみと酒をつぐこと。
   ・不須辞=辞退する必要はない。
   ・足=多い。
■『勧 酒』訳:井伏 鱒二

コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
■『幸福が遠すぎたら』 (寺山修司)

さよならだけが 人生ならば
また来る春は 何だろう
はるかなはるかな 地の果てに
咲いている 野の百合 何だろう

さよならだけが 人生ならば
めぐり会う日は 何だろう
やさしいやさしい 夕焼と
ふたりの愛は 何だろう

さよならだけが 人生ならば
建てた我が家 なんだろう
さみしいさみしい 平原に
ともす灯りは 何だろう

さよならだけが 人生ならば
人生なんか いりません
 そのまた■パロディ■で
さよならだけが人生か?■というのがあった。
( ̄m ̄*)
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Last updated  2017.10.20 00:14:19
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2017.08.25
カテゴリ:詩歌・名文


恋に焦がれて泣く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす

*「山家鳥虫歌(さんかちょうちゅうか)」*(山城国の民謡)

近世諸国民謡集「山家鳥虫歌」の校注者、浅野建二は、蝉と蛍は「恋情に焦がるる虫」として古(いにしえ)より対照されてえきたという。
切なそうにみんみん泣くこともできず心を折り畳むばかりの片恋の心情は、やがて心を届けえぬ自分を憐れむほうへ向かいがちだが、
その人への思いはそれでも断ちがたく、「思ひ」が「火」となり身を焦がす。
「折々のうた」2016.9.15

  この本の発売日は1980年03月。
この歌は、新聞の切り抜きを転記したもの。
切り抜きだと、整理しにくいのでブログに載せた。

*ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜
桂 信子

*閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声
松尾 芭蕉

*大蛍(おおぼたる)ゆらりゆらりと通りけり
小林 一茶

があった。
今年は、蛍を見ないまま、夏が終わろうとしている。
*「山家鳥虫歌(さんかちょうちゅうか)」*
江戸中期の諸国の民謡集。
68カ国、399首が収められている。

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Last updated  2017.08.25 18:18:43
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