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おしゃれ手紙

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読書

2020.10.24
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テーマ:読書(4255)
カテゴリ:読書
■あしながおじさん■

名も知らぬお金持ちの援助で大学に入った孤児の主人公ジュディーは、その人物をあしながおじさんと名づけて日々の様子を手紙に書いて知らせます。
前向きなジュディーのユーモアや純真な心が愛されてきた名作。
以上、「あしながおじさん」あらすじより転載

 「赤毛のアン」、「十五少年漂流記」など時々、読み返したくなる本がある。
「あしながおじさん」もそのひとつ。

孤児院育ちの少女が、聡明さとユーモアで大学生活を過ごす様子がいきいきと描かれている。
●読書メモ●

●主人公、ジュディーは、孤児院育ちで、常識を持つ余裕がなかった。
*ミケランジェロの名前をはじめて聞いた時、「天使長(アーキエンジェル)」のことかと思ったのでクラス中が大笑い。

*モーリス・メーテルリンク(「青い鳥」の作者)のことを誰かが言った時は、
「その人は、(大学の)新入生か?」とたずねた。

*「マザー・グース」、「シンデレラ」、「ロビンソン・クルーソー」、「ジェーン・エア」、「不思議な国のアリス」、「若草物語」も知らなかった。

*それら普通に育てば知っていることを知らないので、夜は取り返そうと読書三昧。
●20世紀初めの生活が面白い。
*ちらし紙ゲーム
チームは、2つに分かれる。
狐チームは、30キロの切り刻んだ色紙を持って、まきながら行く。
猟師チームは、その30分後に出発して、狐チームの色紙を見つけながら歩く。
紙と紙の間は、最大限度6フィートとする。
●大学の費用の他に、小遣いまでもらっているが、貰えるものは貰うと思わないのがいい。

*あしながおじさんがくれた50ドルの小切手は、もらう理由がないと送り返す。

*奨学金を受けることが出来ると、あしながおじさんからの援助を断る。
小遣いだけはもらう(本人は、小遣いも借りているという意識)。

*ヨーロッパ旅行に行くようにということも断る。
学費以外は受け取れないという理由。

*アルバイトをしながら、小遣いを稼ぐ。
*大学を卒業してから、おじさんから受けた援助は返すという。
●今晩はあめがどしゃぶりです。
子犬が2匹と、子猫が1匹、たった今窓枠に飛びついたところです。

*日本語の土砂降りというのを英語では犬猫降りという。
そこで窓辺に吹き付けられた雨のしぶきが一粒、二粒ではなく、子犬2匹、子猫「1匹とした。
■孤児が大学に行き、幸せになる。
「シンデレラ・ストーリー」というかも知れないが、ジュディは、ただ単に、王子さまを待つ女の子ではない。
一生懸命に勉強し、奨学金を得、運動をし、小説を書き、おしゃれをし、友人たちと楽しむ。
そして、自分の置かれた立場に感謝しながら日々を送っている。
幸せになる資質がある女の子なのだ。
だから、時々この旧友との親交を温めたく、本を取る。
 作者、ジーン・ウェブスターの父親は出版社を経営。
「トム・ソーヤーの冒険」を出版。
母親は、「トム・ソーヤーの冒険」の作者、マーク・トゥエインの姪。
1901年文学士の学位を得て大学を卒業。
1912年(明治45年)に「あしながおじさん」。
1915年、結婚
1916年、女児を出産、2日後に40歳でこの世を去った。
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Last updated  2020.10.24 00:16:47
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2020.09.21
テーマ:読書(4255)
カテゴリ:読書
「敬老の日」は
2002年まで9月15日と決まっていましたが、ハッピーマンデー制度が適用され、2003年からは9月の第3月曜日になることが決まりました。

敬老の日のお祝いは何歳から?
老人の日や老人週間を定めている老人福祉法では、老人は65歳以上とされています。
またWHO(世界保健機関)でも65歳以上を高齢者と定めています。


というわけで、今日、敬老の日」にふさわしい本を選んでみた。
◎は私の感想。
■老人ホームの暮らし365日 住人がつづった有料老人ホームの春夏秋冬■
【内容情報】(「BOOK」データベースより)
ホームではどんな暮らしが繰り広げられているのか。体験者の教える貴重な暮らしの心得満載。
【目次】(「BOOK」データベースより)
序章 後悔しない晩年を生きる/第1章 なぜ老人ホームなのか?/
第2章 老人ホームの選び方/
第3章 老人ホームへの引っ越しは人生最後の大仕事/
第4章 老人ホームの春夏秋冬/
第5章 老人ホームの行事/
第6章 老人ホームで快適に暮らす10の心得/
終章 老人のよしなしごと

◎この本、読んでみたい。絶対に知っておきたいことだから・・・。
おらおらでひとりいぐも■芥川賞受賞小説。

【内容情報】(「BOOK」データベースより)
24歳の秋、故郷を飛び出した桃子さん。
住み込みのバイト、周造との出会いと結婚、2児を必死に育てた日々、そして夫の突然の死ー。
70代、いまや独り茶を啜る桃子さんに、突然ふるさとの懐かしい言葉で、内なる声たちがジャズセッションのように湧いてくる。
おらはちゃんとに生ぎだべか?
悲しみの果て、辿り着いた自由と賑やかな孤独。
すべての人の生きる意味を問う感動のベストセラー。


◎本を読んだが、面白かった。この秋、映画で見ることが出来る!!
70歳のたしなみ
【内容情報】(出版社より)
人生100年時代を生きる後半生の教科書!

70代というのは新しいゴールデンエイジーー人生の黄金時代である。
最も人生で幸福なのはいつ頃かーーと問われたら、現代では70代ではないだろうか。
「もう」70歳だから「今さら」何をしても遅すぎる、「どうせ」成果は上がらないと自分をおとしめるのはやめよう。

かつては「60歳」が人生の大きな節目とされたが、今やそれは70歳ではないだろうか。
寿命が伸び、「人生100年時代」が現実となった今、70代を昔のように「晩年」として生きるのはあまりにもったいない。

定年後を生きる60代、そして団塊世代の70代の人はもちろん、これから長い後半生を生きる中高年の人って、ややもすれば後ろ向きになる気持ちを鼓舞し、ポジティブに人生を楽しむ「たしなみの教科書」が誕生!

【編集担当からのおすすめ情報】
人生100年時代をどう生きるか。
私たちは今、誰も体験したことがない時代に突入しつつあります。
そうした中、残念ながら世の中には「老後にいくら必要」といった経済面から私たちの不安を煽るような情報ばかりが先行しているように感じます。
坂東先生は現在72歳。
不安に苛まれたり、あるいは「晩年」意識でのんびり生きている同世代、そして年若い下の世代に向けて、これからの人生において杖になるような本、人生の背骨になるような本となるはずです。
この本をいつも座右において、人生をめいっぱい楽しみ、ポジティブに生きて行く人が増えることを祈念しています。


◎しかし、なんといっても体力がなくては・・・。


【内容情報】(「BOOK」データベースより)
娘ざかり、女ざかりを過ぎてもオンナには、輝く季節が待っているー何故シルバーシートは片隅にしかないのか、年寄りらしく生きよ、気がねをせよとは何ごとぞ、わび、さび、枯淡の境男などマッピラゴメン、若いもんに煙たがられようとも言いたい放題、やりたい放題、姥よ、今こそ遠慮なく生きよう!
胸をはり、誰はばかることなく己が道を行く76歳歌子サンの姥ざかり。



◎「荷風になりたい」を読みたくて、図書館に行ったけれど、漫画なので置いていなかった。
漫画は、寄付されたものだけを置くのだそうだ。( ;∀;)
このシリーズ、是非、読みたい!!
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Last updated  2020.09.21 20:45:30
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2020.09.14
テーマ:読書(4255)
カテゴリ:読書
■道頓堀の雨に別れて以来なり(下)■

大阪の川柳結社「番傘」を率いた岸本水府と、川柳に生涯を賭けた盟友たち…。
川柳への深い造詣と敬愛で、その豊穣、肥沃な文学的魅力を描き尽す伝記巨篇。
川柳を通して描く、明治・大正・昭和の人びとの足跡。
著者渾身のライフワーク完結。
泉鏡花文学賞・読売文学賞受賞作。

【目次】(「BOOK」データベースより)
第7章 ぬぎすててうちがいちばんよいというー
昭和の戦雲(墨汁は昭和維新の雫するー風雲急に/
句は世相世相いくさのほかになしー夢路原爆死・敗戦)/

第8章 盃は淋しからずや友かわるー
「番傘」復刊
(爪赤く染めて自由の民となりー
恋ひとすじ祝平・照子/
見る人に星はつめたくあたたかくー水府の苦境)/

第9章 金扇の父、銀扇の母、忘られずー
ありがとう川柳
(かんと煮、当百さんと酔うて出るー橋の雨)

道頓堀の雨に別れて以来なり(上)■の続きを読んだ。

長い長い物語だと思ったがそれもそのはず、「中央公論」に毎月(一度だけ、阪神大震災で休んだが)6年がかりの連載を本にしたものだ。
■読書メモ■
◎は私が書いたもの。

●「初日」という字。
俳人が見たら「ハツヒ」と読むだろう。
柳人(川柳をやる人)が見たら、「ショニチ」
と読むに違いない。
灯り ●岸田水府の息子吟一が小学校に上がる頃、(◎1920年生まれだから1926年頃大正15年頃のこと)。
その頃は定額灯で、電灯は夕方つき、夜があけると一せいに消える。
庶民のうちではみな定額灯であった。
しかし中流以上は昼電(ひるでん。私(著者)の子ども時代は昼線(ひるせん)といった)とて、
昼でも電気がつく。
●麻生路郎(じろう)の子どもの名前。
「ロンドン」、「アート」、「リリ」といった名。
ことにロンドンは役所で揉めた。
(英国のロンドンではなく動物作家のジャック・ロンドンあやかった。)

ロンドンちゃん、ロンちゃんが亡くなった。
ロンちゃんのわるさの竹も捨てがたし」  葦乃(ロンドンちゃんの母)
●獄死した小林多喜二の名はよく知られているが、反戦の川柳作家も多く獄死した。
●岸本水府、グリコにコピーライターとして高給で就職、大活躍した。

大正・昭和のキャッチコピーの三雄。
「今日は帝劇、明日は三越」
「初恋の味カルピス」
「一粒三百メートル」

「一粒・・・」はグリコのコピーだが、これは社長の江崎の作。
●水夫が初めて岡山県・津山に行ったのは昭和21年6月。
以来、何度も行っている。

ぬぎすててうちがいちばんよいという 水府
これは、岡山県久世駅前にある碑。
花衣(はなごろも)ぬぐやまつはる紐(ひも)いろいろ
の作者、杉田 久女(ひさじょ)は、高浜虚子に破門にされた。
虚子は、難しい人だったようだ。

大阪弁 ほろぶ証拠はいらっしゃい   水府
「おいでやす」が死語になったのを憐れむ。
ちゅん太 水府の人当たりの良さは、何度も読んだが一番感心したのは、次のこと。

昭和二十七年、水府還暦祝賀記念・全国川柳大会に名古屋の同人・曽田糾葉さんが出席。
その時、家から「次女誕生」の電報が来た。
彼は、とっさに水府先生に命名してもらおう思いつく。
水府は、壇上で次々と祝賀を受けていた。

曽田糾葉さんは、
「さっき、娘が生まれました。
記念に命名していただけませんか」
と言うと、水府はにっこりして、
「それはおめでとう。
今日、私はこんなレイをいただいてね。
(当時は珍しかった、ハワイのレイのようなものを首に)
それにちなんで、レイ子ではどうやろ、仮名でも漢字でも適当に」。

曽田糾葉さんは礼子と名付けた。
それだけならよくある話。

その翌年、曽田糾葉さんに水府から
「礼子ちゃんに会いたいから」という電話があった。
東京への旅で、予定を変更し、途中下車しいるとのこと。

地方の名もない一川柳作家にも、この行動は、水府の一番の魅力かもしれない。



手許においておきたい一冊だ。
 *猪のバトン受け取る鼠かな    はるな

*猪に引導渡す鼠かな     はるな
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Last updated  2020.09.14 00:09:17
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2020.09.07
テーマ:読書(4255)
カテゴリ:読書
■道頓堀の雨に別れて以来なり(上)■

■【内容情報】(「BOOK」データベースより)
大阪の川柳結社「番傘」を率いた岸本水府と、川柳に生涯を賭けた盟友たち…。
川柳への深い造詣と敬愛で、その豊醇、肥沃な文学的魅力を描き尽す伝記巨篇。
上巻は、若き水府と、柳友たちとの出会い、「番傘」創刊、大正柳壇の展望から新興川柳の抬頭までを描く。


■【目次】(「BOOK」データベースより)
第1章 恋せよと薄桃色の花が咲くー水府泡幻/
第2章 ものおもひお七は白い手を重ねー「番傘」創刊/
第3章 大阪はよいところなり橋の雨ー大正の青春/
第4章 段梯子で拭いた涙がしまひなりー大正柳壇の展望/
第5章 ことさらに雪は女の髪へくるー新興川柳の抬頭
 この本、庶民の歴史が好きな私には、ぴったりだった。
市電の運賃、朝飯の値段、月給などなど出てくる。
明治、大正、昭和・・・と続く庶民の生活は、あまり読んだことがない。

俳句会館というのはたまにあるが、川柳を扱った博物館はないので田辺聖子は、作ってほしいと訴えている。

庶民の生活が分かるのは、当時の川柳誌が大学や図書館に残っていたからで、散逸したものも多いのではないだろうか。
この本自体が、「川柳の博物館」といってよいくらいにまとまっている。
●読書メモ●

●岸本水府はコピーライターの大先輩で、福助足袋や江崎グリコの広告では画期的な業績をのこし、その文案のいくつかは、広告界で「古典的名作」とされている。


●父親は下級官吏で転勤ばかりの半生だったが、官吏を辞め、大阪・九条に定住し、煙草屋をする。

店の朝勝気な母の塵祓い(水府)

売り上げを読む母親とつりランプ(水府)
●明治36年・大阪発のチンチン電車(市電)が花園橋から築港大通りを桟橋まで走った。

●明治37年には二階つきの電車が走ったが、「すぐやめになった」。
理由は、夏の裸生活が電車の二階から丸見えになったため苦情が出たから。
「水府」という号は、たしか竜宮のことだと思っている。
それに我が大阪市は水の都であるので幾分代表している。

(略)
計らずも今日の新聞の専売局の広告に『水府』という煙草があった。
我が店は煙草を鬻(ひさ)ぐ店なり。(略)(明治41年12.29)

●明治42年(1909)成器商業を卒業。
友達に誘われて大阪郵便為替貯金管理支所に合格し就職する。(日給35銭)
その郵便局は天神橋にあったから千代崎橋から天神橋まで巡航船で通った。

傘で待つ母へ巡航船が着き 水府
●川柳の例会では、披講(詩歌などの会で、作品を読み上げること)で互選がはじまる。
出席者がよいと思う句には、「頂戴」の声をかける。
●明治42年(1912)7月30日、明治天皇死亡。
それから2週間後、大正元年8月14日に水府の父死亡。
父の葬儀に、水府は白装束に編み笠、草履履きで位牌を捧げて棺のあとにつづいた。

●高校時代の親友の父親が大阪朝報という新聞社の株主になっているという話を聞いた水府は
「そこの新聞記者にしてくれへんやろか」
すると友人、
「よっしゃ、ゆうてみたろ」。
明治44年8月3日、水府は南堀江・木綿橋にあった大阪朝報社の門をくぐった。

*水府は、職をやめるたびに、運よく次の職を見つけている。
これも、彼の人柄なのか・・・。
●大正天皇即位の大礼。大正4年11月。
大正4年のおり、水府は23歳。
取材に京都に行ったが、決められた服装はフロック・コートにシルクハット。
もちろん、借り物で、チャップリンのようだったと後に水府は言う。

祝賀気分に花電車、仮装行列で熱狂乱舞は三晩におよんだ。
大阪はもともと「お化け」と称す仮装好き。
節分にも仮装を楽しんだ。
道頓堀のカフェ?で、文化人が、クリスマスになると仮装して大騒ぎした。

昭和3年の昭和天皇即位にもこの仮装はあった。
●水府2度目の結婚式のおり(最初の妻は、産後の肥立ちが悪くて死亡)、親戚の幼女が手毬唄を歌いながら手毬をついていた。

♪ゆンべもらった花嫁さん
むしろ三枚 茣蓙(ござ)三枚
あわせて六枚ひきつめた
結構(けっこ)なお座敷坐らして
何が悲して泣いててや
衿と衽(おくみ)をようつけん
そんな嫁なら去(い)んでんか
馬場(ばんば)の道まで送ってく
馬場の道で日が暮れて・・・


【著者情報】(「BOOK」データベースより)
田辺聖子(タナベセイコ)
1928(昭和3)年、大阪生れ。樟蔭女専国文科卒業。
’64年『感傷旅行(センチメンタル・ジャーニィ)』で芥川賞、
’87年『花衣ぬぐやまつわる…わが愛の杉田久女』で女流文学賞、
’93(平成5)年『ひねくれ一茶』で吉川英治文学賞を受賞。
また’94年菊池寛賞を、
’95年紫綬褒章を受ける。
’08年文化勲章を受章

道頓堀・相合橋の食満南北の川柳の碑
岸本水府と露の五郎の川柳

十八という日は嫌い春馬逝く  はるな
(季語がないから、これって川柳だろうか)
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Last updated  2020.09.07 00:11:01
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2020.09.03
テーマ:読書(4255)
カテゴリ:読書
■70歳のたしなみ■

70代というのは新しいゴールデンエイジーー人生の黄金時代である。
最も人生で幸福なのはいつ頃かーーと問われたら、現代では70代ではないだろうか。
「もう」70歳だから「今さら」何をしても遅すぎる、「どうせ」成果は上がらないと自分をおとしめるのはやめよう。
 かつては「60歳」が人生の大きな節目とされたが、今やそれは70歳ではないだろうか。
寿命が伸び、「人生100年時代」が現実となった今、70代を昔のように「晩年」として生きるのはあまりにもったいない。
定年後を生きる60代、そして団塊世代の70代の人はもちろん、これから長い後半生を生きる中高年の人って、ややもすれば後ろ向きになる気持ちを鼓舞し、ポジティブに人生を楽しむ「たしなみの教科書」が誕生!

●メモ ◎は私のコメント。
双葉 ●「人生七十年古来(こらい)稀(まれ)なり」杜甫(とほ)の詩から70歳のことを古希という。
これは、人生50年時代の年齢感である。
今や70歳は古来まれどころか、ほとんどの人が到達する通過点でしかない。


◎新型コロナウイルスの感染者が出たクルーズ船の乗客で陽性の結果がでた人は、70代が一番多かった。
クルーズ船の乗客約2600人のうち、60代が910人、70代が1008人、
80代が215人で、60代以上が大半を占めています。

仕事はやめたて暇ができたが、まだまだ体力があるのが70代という結果だろう。
庭いじり●芸術品以外のモノは消耗品で、形あるモノは必ず滅びる。
いつまで今の家に住むことができるか。
一日でも長く一人暮らしができるよう努力するが、力尽きたら介護つき有料老人ホームか介護医療院に入ろうと私は考えている。
その時にはいやおうなくモノは処分することになる。


◎有意義に処分するために、今から売ったり、あげたりと処分する。
老前整理のススメだ。
木の芽●一番大事なのは自分を肯定することだ。
自分の人生を肯定すると、人に優しくなれる。(略)
自分がどれほど多くの幸運や助けに恵まれてきたのか、成長してきたか、客観的に見まわしてみる時間をつくるのも自分の心を安定させるうえで有効である。


◎私は、生まれた時代がよかったと思っている。

私も昭和30年代に子どもでした。
その頃はどの家も貧しく
昭和35(1960)年、私の家には、テレビもラジオも電話も洗濯機も冷蔵庫もありませんでした。

ガスがついたのが、昭和35年。
それも、ガスコンロがたった一つだけで、煮炊きのほとんどは、山から切り出してくる、木でした。

そんな世の中から使い捨ての現代まで生きてきたけれど、私も思うのです。

戦争があった、昭和10~20年代でもなく、
電化製品が普及した40年代でもなく
貧しいけれど、美しい山と川、田んぼがあった時代、昭和30年代。
貧しいけれど、心豊かで、未来に希望がもてた、昭和30年代に子どもでよかったと・・・。
「菊次郎とさき」いとしき日々昭和30年代への賛歌
梅2●持ち家に住み、どれだけ多額のたくわえを持っていてもそれを活用せず、家はごみ屋敷、食べるものは外食か、コンビニ弁当やジャンクフード、テレビをみてだらだら過ごす、という生活をしている高齢者は下流老人である。(略)
3000万円たくわえがあれば中流老人、1000万円では下流老人という線引きではない。
私の定義では、中流かどうかはその人のメンタルセット、どういう価値観を持ち、どういう生活態度を持っているかで決まるのだと思っている。
人間としてのたしなみのなさが、下流老人をつくる。


◎コンビニ弁当を買ってきて、そのまま食べるというのは、食事ではなく餌だ!
梅●可愛いおばあちゃん願望は、実は責任逃れである。
自分の意思を貫いて責任をとるのを恐れ、人からよく思われたいと願う。


◎「毒にも薬にもならない」。
椿 ●ひとりを恐れず孤独を楽しむ。

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Last updated  2020.09.03 00:12:11
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2020.08.29
カテゴリ:読書
ユニコーン

2016年、ドイツのミュンヘン。
ファルカはエドガーがやってくるのを待っていた。
実に40年ぶりの再会となるのだ。
ファルカはずっとエドガーを探していたが見つけられなかった。
それが突然アーサーから連絡が入ったのだ。
久しぶりに会ったエドガーは痩せ、触れることもできない。
陽にあたるのもよくないようだ。
そこへダイモンと呼ばれる男と今はポーの村の管理をしているシルバーが現れ…。

1976年、ロンドンで火災にあい、体にダメージを受けた、エドガーとアラン。

エドガーの指はまだ回復していないため黒い手袋をはめていた。
アランにいたっては、まだ小さな塊で旅行鞄に入っている。

本作品は、1958年、1975年、1963年と物語は続く。
1975年の章では、1976年のロンドンでも火事の真相が!!
萩尾望都氏の漫画『ポーの一族』の最新作『ポーの一族 秘密の楽園』が、■27日発売の『月刊flowers』(小学館)8月号で、約1年ぶりに連載が再開された。
1972年~1976年にかけて連載された『ポーの一族』は、2016年に連載終了から40年ぶりに同誌に新作『ポーの一族 春の夢』を発表し、反響の大きさにより掲載誌が売り切れる書店が続出し、重版された話題作。
少年の姿のまま永遠を生きる吸血鬼・エドガーが主人公で、西洋に伝わる吸血鬼伝説を題材としたストーリーとなっている。

 作者の萩尾望都は、1949年生まれの現在71歳。
2011年、引退を考え短編数編でフェイドアウトする予定だったが、東日本大震災で終末を表すものは止められ描けなくなった。

何十年もの時代を超えての物語の展開は、さすが、モー様!!

     ■ポーの一族年表
原案「ポーの一族」のドラマを見た。
萩尾望都 少女漫画界の偉大なる母
「ポーの一族」の誌的な言葉
ポーの一族:春の夢
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Last updated  2020.08.29 00:40:19
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2020.08.24
テーマ:読書(4255)
カテゴリ:読書
●持参金●あらすじ

心斎橋筋にある洋装雑貨店の四男坊の民四郎に縁談が持ち込まれた。
持参金、一千万円、別に、敷地三百坪に六十坪の新築の家と家具一切という。
但し、養子ではない。
相手は、船場の三姉妹の中嬢(いと)はん、千賀子。
船場の旧い家では二十三歳までが娘の婚期と考えられていたから、二十七歳の千賀子は、少し遅れている。
千賀子になにか、欠点でもあるのだろうか・・・?
山崎豊子の短編小説、殺人のないミステリー。
本 ●遺留品●あらすじ

阪和紡績の社長、横山正資(ただすけ)(56歳)は、東京に出張した。
そして、帰りの飛行機で遭難してしまった。
遭難現場には、彼の鞄が落ちており、中には会社の書類と共にドライ・ミルクが落ちていた。
横山社長には、乳児どころか子どももいないのに、なぜドライ・ミルクがあったのか・・・。
重役たちは、横山社長には、隠し子がいたという噂を立て始めた。

新卒からずっと秘書として仕えてきた瑛子は、尊敬していた社長の疑いをはらすべく密かに調べていたが、最後に子猫のためのドライミルクだったことがわかる。

コーヒー 時代だなと思った。
今なら新幹線で日帰りが出来る東京、大阪間だが、昭和30年代(例えば昭和30年代後半=1958年)には、
特急つばめが6時間をかけて走っていた。
その後、新幹線が4時間で走るようになるが、1964年まで待たなければならない。
だから日帰りしようと思うと飛行機。
●しぶちん●あらすじ
“しぶちん”とは大阪弁でケチン坊のことだが、ケチが陰にこもらない開放的な言い方である。
19歳で伊勢の沢庵売りから大阪の材木問屋に奉公して財をなした山田万治郎は、“しぶまん”と呼ばれながらも、昭和初年に、商工会議所の議員に推薦される。
大阪商人の金銭への執念を捉えた作品。

●読書メモ● ◎は私のメモ。
●結婚式は、ごく、ひっそ(質素)に行われた。

「しっそ」を「ひっそ」というが、同じように
 「しちや(質屋)」は、「ひちや」
「しつこい」は、「ひつこい」となる。
『し』が『ひ』と変わるのは西日本が中心の地域による方言で、『七(シチ)』を『ヒチ』と読んだりするように、『ひちや』もじつは立派な方 言なのです。

『し』が『ひ』と変わるのは西日本が中心の地域による方言で、『七(シチ)』を『ヒチ』と読んだりするように、『ひちや』もじつは立派な方 言なのです。

◎14~15歳が丁稚の平均年齢。
江戸時代の船場の食生活
暖簾
花のれん
船場狂い
■持参金
■遺留品
■しぶちん
■エッセイ
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Last updated  2020.08.25 10:14:03
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2020.08.19
テーマ:読書(4255)
カテゴリ:読書
●船場狂い●

伝統と格式の商家がひしめく大阪・船場。
久女(くめ)は幼い頃から船場の富商にあこがれ、その一員になるため異常な執念を燃やして生きてきた。
娘の結婚を契機にようやく船場商人へとのし上がるが、時はすでに戦後。
時代は船場の町を大きく変容させていた。
船場を舞台にした山崎豊子の名短編。

船場は、東西を東横堀川、西横堀川、南北を土佐堀川、長堀川に囲まれた島のような街。
川一つ越せば、まったく違う世界になる。
 船場には多くの仕来りがある。

●船場では、気温の寒暖に関わらす、
四月一日から男女ともに袷(あわせ)になり、外出には必ず袷長襦袢と袷羽織を着用する。
六月一日から単衣(ひとえ)になり、
菖蒲節句から帷子(かたびら)、麻長襦袢、ろ羽織、
 浴衣は六月15日から、
七月一日から薄物、しゃの羽織、
九月から単衣、
十月から袷という更衣のしきたりがある。

●・・・土佐堀川の向こうの子供だけ変わった名称で呼ばれることであった。
男の子は、ぼんぼん。
兄弟が沢山ある場合は、兄ぼん、中ぼん、小ぼんなどと云われていた。
女の子は、嬢(いと)さん。
これも姉妹の多い時は、嬢(とう)はん、中嬢(いと)はん、妹嬢(こい)さんという風に呼ばれた。

夏祭になると、このぼんぼんや嬢(とう)はんの中からだけ、難波神社のお稚児さんが選ばれた。

主人は、旦那(だん)さん、奥さんは、御寮人(ごりょうん)さん、女隠居は、御家(おえ)はんと呼ばれる。
 江戸時代の船場の北に位置する天満の呉服屋の物語■あきない世伝金と銀■では、以下のように書かれている。


●眼下を流れる大川は、天満組と*(船場)北組*とを明確に分かつ。
同じ大坂でありながら何かと爪弾きにされる天満組にとって、大川に架かる橋には、強い思い入れがあった。

 久女(くめ)は、船場に憧れて、船場の外にいながら船場のように暮らした。

●船場に住んでいないのに、船場の子女が行く女学校に行く。

●更衣も船場のとおりにした。

●結婚して子どもが生まれたら、「ぼんぼん」、「嬢(いと)はん」、「妹嬢(こい)さん」と呼ばせた。
手代にも、番頭は助、手代は七、丁稚は吉と付けて呼び、女中もお梅どん、お竹どん、とどん付けにした。

●食事も箱膳を使った。

●娘を船場に嫁にやった。

船場というブランドに憧れた女商人を描いた短編ながら、面白い作品だった。
暖簾
花のれん
■船場狂い
■持参金
■遺留品
■しぶちん
■エッセイ
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Last updated  2020.08.19 00:10:39
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2020.08.12
カテゴリ:読書
■ポーの一族 春の夢■
【内容情報】(出版社より)
名作「ポーの一族」40年ぶりの新作続編!

不朽の名作「ポーの一族」から40年。
ついに新作の続編がコミックスに!!

永遠の時を生きるバンパネラ(吸血鬼)であるエドガーとアランは、
1940年代戦火のヨーロッパ、イギリス郊外でナチスドイツから逃れてきたドイツ人姉弟と出逢う・・・

そしてその出逢いが新たな運命の歯車をまわすーーー
これまでのあらすじ
1744年、森の奥に捨てられた幼いエドガーとメリーベルは、老ハンナ・ポーに拾われて育てられるが、老ハンナとポー家の一族の人々は吸血鬼「バンパネラ」であった。
11歳のときに一族の秘密を知ったエドガーは、成人後に一族に加わることを約束させられ、その代わりにメリーベルを巻き添えにしないよう彼女を遠くの町に養女に出させる。

1754年、エドガーが14歳のとき、成人までに一族の手から逃れようと画策した結果、正体を村人に見破られた老ハンナは胸に杭を打たれて消滅する。
しかし彼女の連れ合いで一族の最も濃い血をもつ大老(キング)ポーは、いやがるエドガーを無理やり一族に加え、エドガーは永遠に少年のままとなってしまう

3年後、13歳になったメリーベルはバンパネラのエドガーと再会し、自ら一族に加わることを望む。
それから2人は一族のポーツネル男爵とその妻シーラを養父母として100年以上の時を過ごすが、

1879年、4人の正体を知った医師によりメリーベルとシーラが消滅させられ、ポーツネル男爵もその後を追って消滅してしまう。

最愛の妹を失ったエドガーは絶望と悲しみに沈む中、新たにアラン・トワイライトを一族に加え、以後2人で100年近くの時を過ごすことになる。

しかし1976年、2人にも永遠の別れの時が訪れる
「ポーの一族」再び現る。

   出版不況が吹き飛んだかのような話を聞いた。
小学館の少女漫画誌「フラワーズ」7月号が各地の書店で売り切れた。
通常部数より多い5万部を用意したが足りず、増刷分もすぐ完売したという。
▼萩尾望都(もと)さんの漫画「ポーの一族」の40年ぶりの続編が載ったからである。
思春期に愛読したファンが書展へ走ったらしい。
(2016.7.1日朝日新聞「天声人語」)


このように、40年ぶりの続編は話題になり、本屋で売り切りが続いた。

1972年に発表され、1976年まで続いた「ポーの一族」。

当時、大人気だったが私が読んだのは、1990年代のはじめ頃。
1976年にエドガーもアランも死んだと思っていたが2016年に復活。
40年前の作品が余りにも好きだったので、今まで読むことができなかった。

今回、やっと手に入れ読んだ。
1976年までのストーリーの中で、謎だったところが沢山分かった。
 1940年代のイギリスの島に現れたエドガーとアラン。

ちょっと、絵が違う。
特に、アランの顔が違う。
「春の夢」の中には、いろんな新しいバンパネラが登場する。
★ファルカ
1925年パリ万博で出会った。
レオパード柄のスカーフをまいた「女装」のバンパネラ。

ファルカは、空間を移動できる。
(どらえもんの「どこでもドア」的な)

★クロエ
9世紀頃!(平安時代だ!!!)、村が疫病に襲われて生き残ったクロエは、
老(ろう)ハンナによって一族に加えられた。
(老ハンナは8世紀頃、大老(キング)ポーによって、一族に加えられた。)

★オットマー家
オットマーの男子は45~46歳頃に、眠れない病になる。
死ぬとき、本当に死ぬか、バンパイアになって生きるかと決めることが出来る。
ポーの一族とは別の一族。

★ブランカ
大けがをファルカによって一命を取り止め、ファルカの手で一族に加わる。
「ポーの一族」は、とても有名なので、パロディがある。
そのひとつが、「ペーの一族」。
『ペーの一族』の
主人公・林家ペーがエドガーの姿で描かれている。
著者は、「ストーリーは基本『ポーの一族』と一緒」で、「林家ペーが落語家だっていうことを最近の人は知らないじゃないですか。
それというのは彼が、自分は林家一門っていうことを隠して生きているからだ...みたいなことだと思うんですよね。」ということから巻き起こるドラマだと、萩尾との対談で説明している。

作品中、林家三平に「ペー、テレビに映ってない!!」と怒鳴られ「テレビに映りたかったら、つねにこん平の後ろに回りこめ!」と言われたペーが、エドガーの姿で「笑っているふり...面白がっているふり...それくらいできるよ」とつぶやいたり、グレンスミスに模された人物が「...林家一門...」と愕然とするバックに「林家 林家 林家の一門」と記されている場面などが描かれている。


読みたい!!!((´∀`))ケラケラ

ポーの一族年表
原案「ポーの一族」のドラマを見た。
萩尾望都 少女漫画界の偉大なる母
「ポーの一族」の誌的な言葉
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Last updated  2020.08.12 00:11:05
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2020.08.11
テーマ:読書(4255)
カテゴリ:読書
●「暖簾」●

たった35銭を握りしめ、15歳の八田吾平が、淡路島から大阪に出てきたのは、明治29年の三月。
一介の丁稚から叩きあげ、苦労の末築いた店も長子も戦争で奪われ、ふりだしに戻った吾平の跡を継いだのは次男孝平であった。
孝平は、大学出のインテリ商人と笑われながら、徹底して商業モラルを守り、戦後の動乱期から高度成長期まで、独自の才覚で乗り越え、遂には本店の再興を成し遂げる。
親子二代“のれん”に全力を傾ける不屈の気骨と大阪商人の姿を描く作者の処女作。

江戸時代、北前船が北海道から、昆布を積み大坂に持ってきた。
だから昆布は大阪=上方でよく食べられたという。

そんな昆布を商う船場商人の物語だ。
作者の山崎豊子は、船場の出身。
実家は老舗昆布屋の小倉屋山本。
「暖簾」は、生家の昆布屋をモデルに書いたもので山崎のデビュー作。
以来、「花のれん」、「女系家族」、「ぼんち」など船場ものを書いた。

初期の作品は船場など大阪の風俗に密着した小説が多い。
その頂点が足袋問屋の息子の放蕩・成長を通して商魂たくましく生き抜く大阪商人の典型を描いた『ぼんち』であり、市川雷蔵主演により映画化された。
「花のれん」は、NHKの朝ドラになになった。
「女系家族」も何回も映画化ドラマ化された。
●読書メモ●
●船場の商家の習いで、給金はなく、小遣いとして月々貰う五銭はもちろん、二、三十銭の盆、正月の祝儀(ぽち)、祭りのひねり紙・・・。

●酢は『三勘』の酢で漬け・・・。

*「ミツカン」って「三勘」と書くのか・・・。

●火元の丸喜の主人は、紋付羽織に袴をつけ、足元は裸足のままで
「火出しておわびの申しようもござりまへん、どうぞこの通りで・・・」
類焼した隣の近所へ土下座に廻った。
これが火出しの作法であった・
●「昔から大阪の昆布、江戸の海苔いうやないか、東京人は、ああ昆布か、あれは安いもので江戸っ子の食うもんではない思てる。・・・」

「そら確かに前はそうやった、そやけど、戦争を境にして変わってきてる・・・・
配給された昆布食べてみたら割にうまい、おかげで戦後は江戸っ子にもなかなか昆布好きがいはるというあんばいや」
●「お母はん、酢昆布買うて欲しいわ」
嬢はんいこう注文されると、幸平は流行の服着てハイヒールをはいてても、大阪の生粋の娘はチュウインガムの代わりに酢昆布をしがんでくれはると、手放しで喜んだ。
*■みをつくし料理帖■で、
「なにか大坂らしい食べ物を・・・」と言われて澪は、とろろ昆布を作った。

同じく■みをつくし料理帖■で出汁出汁をとるのは、
江戸はカツオ、上方は、昆布とあり、澪は、両方のいい所を生かそうと、いろいろ工夫する。

■暖簾
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