臨床の現場より

2008/08/11(月)01:58

手は語る

診療(80)

 手術をするときは、通常頚部の手術ならば2人から3人の医師が術野に入ります。うちの科ではそれぞれ「術者」「前立ち」「鈎持ち」と呼んでいます。それに加えて「器械出し」と呼ばれる看護師さんも術衣を着て手術に加わります。手術全体をコントロールするのは勿論術者です。前立ちは、術者との関係にもよりますが、器械の先端のサポートや糸結びを担当し、鈎持ちは主に術野の展開を担当します。その全ての医師が要求する器械をテンポ良く手渡してゆくのが器械出しの看護師です。  手術が綺麗に進むかどうか、勿論医師同士のタイミングも重要ですが、それと同じ位に器械出しの看護師の能力にかかっているところがあります。原則は、医師が「メス」とか「メッツェン」とか道具の名前を言って手を出すと、その器械を手渡すのですが、器械の向き、角度、手渡す時の強さなどが微妙に狂うと、術野の操作に僅かな遅れが出ます。それが重なってゆくと思わぬ時間と手間を取ったりするのでなかなかに重要な作業です。  器械出しの上手な看護師が付いてくれると、鮮やかな手術の進行が得られます。時にはこちらが言う前に自分の欲しい道具を渡してくれたり、達人になると何も言わなくてもドンピシャのタイミングで器械が次から次へと手渡され、全体のリズムとテンポがよくなり、スムーズに手術を終えることが出来るのです。  あるとき、この器械出しの名人の看護師さんに、「どうしてこちらの欲しいものがこんなに的確にわかるの?」と聞いたことがありました。彼女は「全体の流れと先生の手の形で反射的に器械を手渡しているんですよ」と答えました。  ところが、手術の前にそのことを聞いて、head&neckは手の形に妙な意識が向くようになったようです。「器械出しがやりやすいように手を出して、この道具が欲しいときはこの角度かな・・」などと考えました。そうすると不思議なことに、いつもは何も言わなくても道具がきちんと出てくるのに、その日の手術ではいつもと違ってメスが欲しい場面でモスキート鉗子が出てきたり、道具の角度が違ったりしてタイミングがいまひとつ合わなかったのです。  手術の後に彼女と話をしたら、「今日は先生の手は何も語ってくれなかった」と言っていました。どうやら、こちらが無意識のうちに差し出す手だけが彼女の能力を引き出すということらしいです。それ以来、手術のときは術野のみの進行に集中するように心がけると、器械はいつもどおりのテンポで渡されるということに気づいたのでした。    ←またまた苦戦中、一日一回のぽちを。

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