臨床の現場より

2008/08/20(水)01:02

がん治療と流行 その2

診療(80)

 前回のエントリではがん治療の集学的治療、姑息的治療について話し、学会の流行として手術が縮小手術の方向へ向かっているという事をのべました。   もともと、癌ができた組織を切り取るのに全く後遺症が無いということはありえません。身体の一部分を失うと考えれば、手術の大前提として出来る限り余分な切除は避けたいというのは自然な考え方です。  一方、癌というものの特性を考えると、なるべく大きくきりとればそれだけ根治の確率は高くなります。癌は、悪性の細胞の集合体です。手術の最中に癌の原発巣や転移がある場所に近づいたり切り込んだりすると、術野に癌の細胞を残して撒いてしまいそうだということは普通の感覚として理解できると思います。  話を頚部に限ると、例えば下咽頭の癌が頚部のリンパ節に転移した症例では、原発である下咽頭と、転移巣である頚部のリンパ節の間には癌の細胞の通り道があると予想できます。これは古典的な外科医の考え方で、これにしたがって我々は転移巣と原発を一塊に摘る方法で頚部の組織を郭清しています。リンパ管は組織の中に縦横無尽に走っており、特に脂肪組織と血管の周囲に多いため、可能な限りこれらを筋膜という膜で包み込んで、その中にある癌の細胞をこぼさずにとりたいのがホンネです。生きてゆくのに最低限必要な臓器(頚動脈、迷走神経など)は残さざるを得ませんが、例えばその他の臓器は切除することになります。これを根治的頚部郭清術といいます。  ところが、縮小手術、機能温存の方向に目を向けると、肩を動かす神経や、首の筋肉を残してあげたほうが術後の後遺症は格段に減ります。中には皮膚の感覚をつかさどる神経まで掘り出して残そうという医師もいます。こういう手術を、機能的頚部郭清と呼んでいますが、head&neckはこのやり方は行っていません。出来ないわけではありません。やろうとすればいつでも可能ですが、郭清する術野の中にピンセットや鉗子を入れると言うことは、それだけで細胞を撒き散らす可能性があり、再発しやすくすると思っているからです。  学会での議論では、「機能的頚部郭清を行った場合と根治的頚部郭清を行った場合に予後に差は無い」というエビデンスを出している施設が多いようです。この結論をもって、現在頚部の癌の手術は縮小手術の方向に流れています。head&neckは、これには賛成していません。なぜならば、発表されている施設での手術をみると、根治的頚部郭清といっている手術が非常に甘いと考えられるのです。ビデオやポスターでの術野の写真をみても脂肪は残っているし、下方や上方の郭清も不十分です。「根治」を目指すならば、脂肪一粒たりとも残さず切除しなければ全く意味がありませんし、出来る限りそれに近づく努力をすべきですが、どうやら「結果は変わらない」というエビデンスのごまかしに逃げて、技術の向上を怠っているように感じられてなりません。  こういう技術論を学会の場で反論として出すのは非常に困難です。極端ですが、「あなたの手術は下手なのじゃありませんか?」といっているようなものですし、じゃあ自分はどうなのかと聞かれたとき、勿論不可抗力ではありますが不十分な手術となってしまう場合だってあります。head&neckは技術者として出来る限りのことをしようと思っていますが、学者ではないので統計処理やデーターをいじって実績を宣伝したいとは思っていないので、議論はかみ合いません。往々にして現場一辺倒の医師は同じような性質を持っているようで、手術が上手いといわれる先生と話をすると、「学会ではお偉いさんがああいう風に言っているけど、実際はね・・」という話になるのです。印象ですが、一言で言うと、常識的に治りそうな癌は、「きちんと手術してあげればかなりの確率で治る」のです。  ただし皆が皆、功名心ばかりの医師ではありませんから、細かいところまで検討して発表してくる人たちも出てくると思っています。実際、今年あたりからちらほら方向が変わり始めた発表や論文を目にするようになりました。要約すると「いたずらに機能温存に走らず、手術で取りきれると判断すれば徹底的に根治手術をしたほうがよい」という内容です。来年はhead&&neckもこの方向で発表する予定があります。    皆が真面目に取り組んでいるので議論も白熱しますが、進歩進展していく過程で、このような全国的な流行に翻弄されるのが医学であり、医療であると思うのでした。  ←なかなか30位を突破しません、一日一回のぽちを。

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