臨床の現場より

2010/07/20(火)22:20

扁桃腺

診療(80)

 head&neckが医師になって初めてやった手術は扁桃摘出術といって、慢性扁桃炎や扁桃肥大に対して行う手術です。耳鼻咽喉科の中では最も数が多い手術で、おそらく今も昔も研修医はまず、いの一番にこの手術に挑みます。  何事も最初というのは忘れがたいもので、おそらく千例を超える手術をやっても、最初にやったこの扁桃摘出術は今でもはっきりと覚えています。その頃は現在のように上級の医師が傍について逐一指導するようなことも無く、教科書で読んで、先輩の医師がやるのを後ろから数例見ただけでいきなり「じゃあ次はやってみろ」と放り投げられた覚えがあります。  head&neckが担当したのは、12歳の女の子で繰り返す扁桃腺の炎症で手術適応と判断された患者さんでした。現在では20分で終わる手術も、その頃は1時間半かけてようやくなんとか終了し、終了後は術後出血が気になって眠れず、当番でもないのに毎日数回病室に顔を出して確認していました。退院後も、今では一度再診して異常がなければOKを出すのですが、その頃は心配で1ヶ月あまりも通っていただき、もう絶対に大丈夫な状態になるまで不安で仕方が無かったものです。逆に言えば、経過が良好でめったなことは起きないが故に、先輩の医師も何か無い限りは若かったhead&neckの好きにさせてくれたのだと思っています。結果として疾患が治ればそれでよかった時代です。  月日は経ち、先日、3歳になる女の子が慢性扁桃炎の診断で近くの開業医から紹介されて受診されました。月に一度はのどを腫らしては熱発し、肥大も強く、診断に間違いはありません。最初から手術目的の紹介であり、head&neckの病院では扁桃摘出術は年間100例を超えます。上にも書いたとおり、ごく初歩的な手術で、おまけに現在うちの科では最年少の先生でもこの手術はマスターしています。そこで、親御さんが希望する手術日である2週間後に手術担当になっている医師にやってもらおうとお話しました。  ところがこのお母さん、それでは嫌だといいます。なぜか「先生の空いている日でなきゃ困るんです」と言い張ります。折しも癌の手術や学会の予定が立て込んでいて、head&neckの予定は3ヶ月先まで空きがありません。子供のためには、早く手術をしてあげたほうがよいし、あまり先延ばしにするのは得策ではありませんが、どうにも譲りません。 head&neck「お母さん、心配要りませんよ、いまうちの若い先生は手術上手ですし。」 お母さん「でも、私には先生にやってもらうのが一番なんです」 head&neck「はあ・・医者としてはありがたいことですが、私の予定と手術枠は3ヶ月先まで一杯なんですよ。勿論緊急手術は違いますが、子供さんはちゃんと予定組んでやったほうが安全ですから。K先生にやってもらえば再来週にはできるんですがねえ。」 お母さん「いや、やっぱり先生がいいんです」 ・・・はて、そんなに信頼されるほどの仲でもないし、何しろ初対面だし・・途方にくれました。 head&neck「なにか理由があるんですか?私の知人の知り合いとか、私の患者さんのお知り合いとかですか?」 お母さん「あ、先生私を覚えてないんですか???」 ・・え?まじまじと患者のお母さんの顔を見ます。おそらく20代後半の綺麗な女性です。意味深なお母さんの言葉に隣では看護師さんが聞き耳を立てているのが分かりますが、head&neckには身に覚えがありません。 お母さん「私、旧姓は●木です。●木×子と言います。覚えておられますか?」 ●木×子、●木×子・・はて、どこかで、、、あっ! お母さん「思い出されましたか?」  目の前のお母さんの顔を見て、面影が蘇ります。まるで映画の特殊撮影のように自分の脳裏でお母さんの髪が短くなり、背が低くなり、化粧が取れて若返ってゆきます。そこには、head&neckが初めて手術したあの少女が立っていたのでした。

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