780066 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

水彩画紀行  スペイン巡礼路 ポルトガル 上海、蘇州   カスピ海沿岸からアンデスの国々まで

水彩画紀行 スペイン巡礼路 ポルトガル 上海、蘇州   カスピ海沿岸からアンデスの国々まで

桜の城 高遠

こんなに美しく城全体に桜をまとった城が他にあるだろうか。

小高い丘の斜面まで一面に埋め尽くしていた。

遠くから見ると桜の城と言うにふさわしい高遠城址。

私が訪ねた頃、城の構内の地面には一面の桜が散り敷いていた。

桜が咲くにはまだ早い2月の頃、この高遠城では、織田軍の

侵攻にどう対処するか開戦前夜を迎えていた。


 和睦を勧めた使者の耳を切って追い返した若い城主の判断は

 この城を守っていた、一族郎党に悲惨な死に方を選ばせてしまった。

 武田の城がつぎつぎに陥落していく中、どう対処するか、

 最近ののイラクの人々と同様の煩悶があったに違いない。

 戦っても勝てる見込みはない。

 しかし、武田の5男と言う若い城主の血気盛んさと、

 狭い城の中の切羽詰った異様な高揚の中では、家来も

 和睦を進言するような雰囲気ではなかったのだろう。

 この城の人々はいさぎよいと言うのも辛いほどの死に方を選んだ。

 死を覚悟した武田方の部将達は、まず我が子を刺し殺してから

 殺到する織田軍へ切り込んだ。

 武将の妻や娘達すらも刀を振るって奮戦した。

 中でも、諏訪勝 右衛門の妻「はな」は、紺糸おどしの腹巻きを着け、

 薙刀をひっさげて織田軍に斬り込み後に語り種になるという働きぶりだったと言う。

 「ここに諏訪勝右衛門女房、刀を抜き、切って廻し、

  比類なき働き、前代未聞の次第なり」と。


   仰ぎ見る桜消え行く最期かな

   
 飯田での仕事の帰りに仕事仲間と立ち寄り、あまりの美しさに去りがたく一人だけ残った。

 宿は土産物屋のおばさんが、山頂の民宿をさがしてくれた。

 囲炉裏があり黒光りのする梁には古い槍がかかげてある民宿が気に入った。

 夕食まで、たそがれの起伏のある城の周囲をゆっくり歩いて回った。


 美しい枝垂れ桜の山門。

 ここからも、織田軍は情け容赦なく進入し、刃物をかざして襲ってきたのだろう。

 そんな思いをしながら、人の去った城跡をすみずみまで歩いた。

 山頂にある民宿に戻ったら、地元の人の静かな宴会が始まっていた。

 地の人との思いがけない酒を酌み交わす交流は楽しい。

 囲炉裏を囲んで居合わせた人たちと酒を酌み語り合った。


  さかさまの鱒の姿を囲炉裏ばた

 「何も今日は用意していなかったから」とわびるおばさんの言葉と裏腹に

 鱒の塩焼き、馬刺しなどが次々に出て、ほんとうに美味しかった。

 ものしずかな民宿のおばさんの料理が桜の夜に良く似合った。

 気まぐれで、つい数時間前に決めて泊まった思いがけない一夜。

 囲炉裏を囲む人も酒も料理も申し分ない程風情があって、

 この至福と思えるほどの出会に深く感謝していた。

 酔うほどに囲炉裏のそばに座る民宿のおばさんを描いた。

 もういちど、泊まりたい。

 桜の盛りの頃だったのに、泊り客は5,6人。

 桜の散る音が聞こえるような静かな夜だった。

  
 君と逢わむ桜散り敷く夢の中

 妖しきは人去りし夜の桜かな



© Rakuten Group, Inc.