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ある日ぼくがいた場所

「紳氏協定」

「紳氏協定」

 ネタバレを含んでいます。
 お勧め度を言うとしたら「かなりお勧め」です。
 ただし重めのテーマを扱ってますので、ちょっとだけ心構えをしておいた方がいいかも。
 できればここから下は、鑑賞してからお読み下さい。^^

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以下ネタバレを含む感想

 ビデオ屋で見たパッケージの外見から、恋愛物かと思って借りたが、全然それだけでは無い内容だった。恋愛が絡んでいないと言えば嘘になるが、もっと重い内容が映画の中心に貫かれている。それは「反ユダヤ主義」。要はユダヤ教とその人々に対する差別に苦慮したり反撃しようとする人々の姿が、映画ならではの手法で描かれていた。
 主人公は、ライター(物書き)。反ユダヤ主義という重いテーマをどう扱うか悩む内に、自分がその内の一人になってみれば、つまりその立場に身を置いてみれば彼らの置かれた状況を身を持って体験できるのではと思いつく。
 そしてこの思いつきから、家族も恋人も友人達も職場の同僚達も、様々な体験を味わっていく事になる。この映画のすごい所は、重いテーマでともすれば鼻について人々の顔を背けさせてしまう内容でも、既存の常識というか社会観念を忘れずに描き、ちゃんと登場人物達をそれに応対させている所だ。

 具体的な例を挙げよう。
 自分達はユダヤ人だという事にした父親の発案のせいで、その子供もユダヤ人という扱いになり、ある日周囲の子供達からのいじめに会う。「お前は汚いユダヤ人の子供だ」と。だが実際その子はユダヤ人ではない。泣いて帰って来たその子供を、主人公の恋人役の女性は、「いいえ。あなたは汚いユダヤ人の子なんかじゃないわ」と言って慰めるのだが、主人公は女性を叱り、子供を引き離して別の場所に連れていき、子供を慰め、励ます。そして「自分は本当はユダヤ人の子じゃない!」と反論しなかった子供を褒め称える。上記の女性の言葉の何が差別になっているか分かるだろうか?しかし彼女はその言葉が差別になっていた事に気が付いていなかった。そんなリアリティーがこの映画には有る。
 主人公の恋人の親類や友人達にも反ユダヤの人達はいたが(東部の保守的な層の出身という設定なのでこれは自然)、彼女は彼らとの付き合いも完全に捨てられないと主張する。自分は反ユダヤでは無いと信じているが、だが反ユダヤな人達を咎めるわけでも無い。主人公は、そんな恋人の姿を見て、差別の本質と、何が根本的な問題なのかに気が付く。表立って何かを差別しているわけでは無くとも、差別している人達の行為をその場で咎めたり留めたりするので無ければ、それは何を意味するのかと。
 主人公との結婚式を二日後に控えたその女性は、本当のユダヤ人でも無いのに、その仕事の為に自分達の幸福を壊そうとしていると主人公を責める。既存の友人知人や親類達との付き合いを無視できないと彼女は繰り返し主張し、それは現実的に見えもする。だがそれまでの破局の危機はフォローしていた主人公も、今度ばかりは彼女を引き留めない。その理由も言わない。何故なら、その理由は彼女自身がどこかで気が付かなければいけないからだ。根本的な何かが食い違ったまま一緒になっても、やはりその何かが原因でその関係は破綻すると分かっているから。
 劇中では、その後、主人公に気のあった同僚の女性が、上記の事にずっと気が付いていたと言って主人公に迫り、同じ頃婚約者の女性は主人公の親友のユダヤ人に相談して、自分の何が間違っていたかに気が付く。その場面も大変に良いのですが、主人公がはっきりとその同僚の女性を断った場面やその理由が描かれないまま、自分の過ちに気が付いた婚約者を選んだのはちと残念。まぁその点を考慮したとしても、大変良く出来た映画です。

 何かを信じ、それを隠す事無く表に現して、その信念を貫く事。
 それは生易しい事じゃないし、自分の大切な人々を傷付けずにはいられないかも知れない。大切な誰かを失ってしまうかも知れない。そうなった時あなたは信念を曲げるのか。それとも曲げずにいられるのか。
 そんな普遍的なしかし重いテーマを持ったこの映画。結婚を考えてるカップルの方、一緒に相手と見てみるのも一興だと思います。そんじょそこらの恋愛映画100本を見るよりも重い何かが得られると思います。私はそう思う。


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