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ある日ぼくがいた場所

その3.押しかけ秘書

その3.押しかけ秘書


「お義父(とう)さんと呼ばせて下さい」
 とか、
「お嬢さんをぼくに下さい」
 とかは、男子にとって一生物の台詞だろう。(人によっては複数回言う場合もあるだろうけど)
 だけど、
「うちの娘を嫁にもらって下さい」
 と先方の父親から頭を下げられる事態というのは予想してなかった。
 夢の中ではなく、抽選議員執務室の面会スペースでの出来事。雪乃が顔を赤らめてうつむいてたりしてるが、父親を止めるそぶりを見せない。
 しばらく待っても誰からも突っ込みが入らなかったので、おれは雪乃に話を振った。
「話が唐突過ぎてついていけないんだけど?」
 雪乃は諦めたように舌を出してから、父親の肩を叩いて言った。
「やだ、パパったら。妻としてもらってくれじゃなくて、秘書として使ってやってくれでしょう?」
「はっはっは。まぁそうだったな。似たようなもんだしいいじゃないか?」
「いいえ、似てません」
 おれはきっぱりと断りを入れたが、目の前の親子は聞いちゃいなかった。
 おれはくじけそうになりながら雪乃に言った。
「お前、大学受かったばかりだろう?どうするんだ?」
「だって、せっかくタイガーと同じ学校に合格したのに、私だけ一年早く卒業しちゃったら意味無いでしょう?だから私も一年休学するの」
「あのなぁ・・・」
「そういう訳で、休学手続きはもう済ませて参りました。秘書申請の書類も勝手ながらこちらで用意しておきました」
「へぇ、さすがに手際いいですね、ってこれ・・・?」
 全国で外国人地方参政権が付与されてから初めて市議になった外国人の内の一人が、雪乃の父親だったが、目の前に用意された書類をよくよく見ると・・・。
「おじさん、その書類名のとこ、手で隠さないで下さい」
「いやいや、もう光希君の名前書いて印鑑押せば成立するよ」
「何がですか、もう!」
 ばっと書類を取り上げてみれば、やはり婚姻届けだった。おれはそいつをくしゃくしゃに丸めて背後のAIにシュレッダーにかけるように命じた。雪乃が少しだけ悲しそうな顔をしてたが、この親子に同情は禁物だった。
 おじさんはくじけずに笑いながら別の書類を机に広げて、今度は本物らしかった。
「ええと、おじさん、それに雪乃。申し出はありがたいんだけどさ、秘書を雇う必要性をあまり感じてないので、すみませんが・・・」
「ふむ。ではボランティアでも結構ですが?」
「いえ、残念ながら」
 おじさんは眼鏡を外し、レンズを取り出したクリーナーでさっと一拭きしてかけなおしてから言った。
「残念ながら、大賀議員。あなたはこの申し出を断るべきではありません」
「どうして、そんな風に決めつけられるんです?」
「あなたはご存じの筈。北朝鮮崩壊時に1万人の難民を受け入れ、そして2015年に始まった中国分裂に伴う難民は、北陸道政府が洋上施設に受け入れているだけでも7万5千人を数えている。内地に入り込んでいる数を含めれば10万を越えるかも知れません。
 あなたが今回の住民集約法に賛成するにせよ、反対するにせよ、この7万5千の人々の声は無視できない筈。それはあなたの地元の輪島市の人口よりもすでに多くなってしまっているのですから」
 おじさんは別に脅すわけでもなく淡々と語っていたが、かえって圧力を感じた。
「でも、ぼくは抽選議員です。選挙議員と違って、地元の意見に縛られてはいません」
「他の議員の皆さんはそうかも知れません。けれど大賀議員、あなたは将来、地元から道州議員を目指していたのでは?」
 おれが怯んだのと同時くらいにAIが警告した。
「抽選議員への脅迫、または有形無形の利益供与による利益誘導は犯罪と見なされます」
「私は地元の一市民として、そして同胞達の窮状を彼らに代わって国会議員に陳情しているだけです」
 おじさんは怯まずにAIに言い返した。
「抽選議員に対する全ての陳情、文書、通話等は記録され、憲法裁判所にて適法か違法かの司法判断を仰ぎます。
 抽選議員への脅迫または利益誘導を持ちかけることは、公民権の停止を含めた処罰を受ける可能性があります」
「はは。電子人形風情がほざくな。陳情する側が背後組織の票数を陳情される側に提示するのは、まっとうなロビイング活動だろうに?」
「だとしても、ここにおられる大賀議員は選挙議院所属でなく、抽選議院所属です。将来の選挙活動の際の選挙協力を提示することで判断を左右しようとするのは、抽選議院法第67条第8項にて・・・」
「禁止されてるんだろう?それくらいわかっているさ」
「パパ・・・」
 おさまりそうにないおじさんの袖を雪乃が引いて、何とかおじさんはいずまいを正した。
「元々の用件に戻ろう。我が娘、雪乃に君の仕事を手伝わせて欲しい。私の仕事も手伝ってるし、政治や法律のことも素人じゃない」
「断ったら、どうなるんです?」
「休学が無駄にならないよう、毎日君の所に陳情に来させるさ」
「門前払いされても?」
「お百度参りは陳情の基本さ。無駄にはならないよ」
 おれは一つため息をついておじさんとAIに言った。
「雪乃と二人だけで話させて下さい。いいですか?」
「私はかまわんよ」
 AIはただうなずいて、執務室のドアを開けた。
 おれは執務室に入り、雪乃を通してからドアを閉め、ガラス張りであっても二人の後ろ姿しかおじさんからは見えない位置に移動した。
「これってさ、自分の意志なのか?」
「パパにはパパの事情があるけど、あたしはあたしの事情があるの」
「予想はついてるけどさ、宿舎で寝泊まりできるのは議員達とその家族を除いたら、お付きのAI達だけだ」
 秘書になっても、おれと瑞姫の間には割り込めない、とまでは言えなかったが、言わなくても伝わっていた。
「わかってるけど、でも、二人が同じフロアの隣部屋で寝泊まりしてるなんて、我慢できないんだもん!秘書じゃなかったら、ううん、秘書だって、例えば、恋人とかなら、例外的に扱ってもらえるんでしょう?」
「そりゃま、そこまで法律を杓子定規に扱うかどうか、AIに聞いてみなきゃわからんけどさ」
「だったら・・・」
「悪いけどさ、雪乃。お前のことは大切な幼馴染みだと思ってる。秘書として一緒に働くことも出来るかも知れんけど、恋人としては考えてないんだ」
「瑞姫さん、だよね。でもまだ恋人同士じゃないんでしょ?」
「未満か未満じゃないかと言われたら、微妙なトコかな」
「ま、まだ、その、しちゃったわけでもないんでしょ?」
「・・・ぶっちゃけ、そうだな」
「そう。安心した」
「そういうので安心されても困るわけだが」
「じゃあ、お返しにいいこと教えてあげる」
「あまり期待できそうにないな」
「瑞姫さん、他にフィアンセがいるわよ」
 どくん、と世界が震えた。
「あんな目立つ人、周りが放っておくわけないでしょ?地元でもとっかえひっかえみたいよ」
「そりゃま、想像できるけどさ」
 落ち着こうとしていたが、まだ膝が震えていた。
「パパの台詞じゃないけど、タイガーの将来の夢を確実に叶えられるのは、瑞姫さんよりもずっと手助けできるのは、この私なんだから。無視なんて、させないんだから!」
 雪乃はそのまま執務室から駆け出していってしまい、おじさんも肩をすくめてこちらに会釈してから後を追っていなくなった。
「まったく、嵐のような連中だったな」
 AIに近づいて話しかけると、丸まった書類を手渡された。
「まだシュレッダーにかけてなかったのか?」
「政治活動とは関係の無い、私的な書類と判断しましたので」
 おれはもう一度だけ広げてみて、そこに雪乃の署名と押印を確認してからポケットに押し込んでおいた。


 その晩、瑞姫は部屋に転がり込んでこなかったし、連絡もつかなかった。
 その代わり、顔見知りを二組もテレビで見かけた。
 片方は、米国駐日大使と在日米軍指令官の表敬訪問を受けている瑞姫の姿。
 もう片方は、中国三政府の駐日代表大使から、在日難民の人権擁護委員長の認定証を授与されている小鹿のおじさんの姿で、その背景には雪乃の姿もあった。

 いろいろ面倒なことになりそうだった。


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