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ある日ぼくがいた場所

1-3 執務室初日


執務室初日と顔合わせ


 んで翌朝。

 ざっとシャワーを浴びてAIの作ってくれたサンドイッチをぱくついた後、
おれは再び黒い卵に乗せられて、仕事場に向った。
 抽選議員会館の執務室は、宿舎と比べても遜色ない広さと設備を整えて
いた。外部の人との公式な面会場所になるらしい。宿舎でいいじゃないか
とAIに言ったら、宿舎は議員の私的空間なんだそうだ。

 円形のビルの五階の一隅。宿舎もそうだったが、数百人分の建物を20人
未満の為に作りなおしたもんだから、やたら広い。扇形の執務室は、応接
スペース、秘書達の詰めるスペース、議員用の机や椅子が置かれたスペー
スに分かれていた。
 ここでまた父親似の誰かが出てくるんじゃないかと身構える所が無かっ
たわけじゃないが、そんな心配は無用だった。秘書スペースに置かれた三
つの机にいた人影が出迎えてくれたのだが、みんな頭二つ分はおれより背
が低かったからだ。

「こ、子供?」
 小学五、六年生くらいにしか見えなかった。

「いいえ。彼らは人型インターフェイス。ロボットの様な存在です」
「母さ・・、いや光子さんとはどう違うの?」
「彼らは、外部からの電話やメールなどの受付係のような物です。人間で
あれば、一度に一本の電話にしか応対できませんが、彼らは一度に百本程
度までは対応可能です」
「どうやって?」
「仮想端末というような技術ですね。見かけ上は一台の電話機にしか見え
なくても、その内部で同時に百台もの電話を受け付けられるような仕組み
です」
「でもよ、子供だと、いろいろ大変じゃないのか?特に年配の人達から
の・・・?」
「ご心配には及びません」

 目の前の受付インターフェイスとやらは、見かけからは想像も尽かない
しゃがれた声で笑ってくれた。

「しんぺえざれるこたねぇ」
「んみゃ、しっただこだあるべえざで」
「こわがるこたありんせん。あっちらにお任せくんだせぇ」

 とまぁ、こんな感じのなんとなく意味が分かるものから分からない方言
の数々や外国語まで一人一人が数十通りで同時にまくしたててくれたもん
だから、おれの耳はすっかり混乱した。目の前の三人から三百人分の腹話
術を同時に聞かされたとでも想像してくれ。

「まったくご大層なもんをつけてくれるもんだね」
 おれは子供達の頭をぽんと叩いてみたが、確かに金属的な手応えがあった。
「彼らは、私と共に、あなたにお仕えします。彼らが受けた連絡は記録又
は保留され、私が更にフィルタリングした後、あなたにお取次ぎするかど
うかお尋ねします」
「ちょっと待った!それって、その、何かやばくないか?おれが受けたい
連絡でも、お前達がブロックしちまう可能性もあるんだろ?」
「ご心配は無用です。例えばテロ組織や宇宙人の代表を名乗り出てきた者
から連絡が入っても、お取次ぎはしませんが、記録には残ります。後から
あなたが連絡されたいのであれば、できるような仕組みになっております」
「でもよ。おれがどんな人と会うのか。話をするのか。情報を見聞きする
対象を決めるのが、おれじゃなくてAIやロボットに取捨選択されちまうのっ
て、何か・・・」
「その基準は、議員自身が調整する権限を持っております」
「どこまで?どんな風に?」
「例えば、特定の個人や団体からの連絡であれば、国会での審議中を除い
て最優先で取り次ぐようにするといった方法でです。もちろん、優先順位
の設定も可能です」

 おれはまだ釈然としなかった。

「聖徳太子は八人の話を同時に聞けたと言われています。現在なら二十台
のモニターを前にして、必要な情報を取捨選択できる人もいるでしょう。
しかしそれらは特殊な例で、十人から電話がかかってきても一度には一人
としか対話できないのが普通です」

 おれは両手を上げてひとまず降参した。行徳おじさんの活動を見てたお
れからすれば、秘書とか電話係とかを置かずに一人でやってけるほど政治
家という仕事は甘くは無いのもわかっていたから。

「人間のボランティアとか秘書とかを置くこともできるんだろ?」
「もちろんです。ただし、宿舎で日常を共にできる秘書は、憲法裁判所か
ら付けられたAIに限られます」
「オーケー」

 ゆるりと、オフィス内を歩き回ってみた。記憶の中の行徳おじさんの議
員事務所と比べてみると、がらんとしただだっ広さと本棚の空っぽさが何
となく落ち着かなかった。

「ここ、好きな本とか家具とか持ち込めるの?」
「議員としての活動に必要な物であれば申請して下さい。許可が降りれば
経費で購入できますが、そうでなければ私費で購入することになります。
ただし公費で購入した物に関しては、任期明けに国庫に返納されます」

 奥まった所に、でんと据え置かれた大きな机と黒い革張りの椅子には、
見覚えがあった。

「これ、前の参議院議員が使っていたもの?」
「他の議員のはそうですが、気に入らなければ新品を取り寄せることもで
きます」
「おれのは違うの?」
「西行徳氏。あなたの養父からの贈り物です」

 おれは椅子の脇の目立ちにくい場所に落書きを見つけた。見覚えのある
小さな子供の字で「タカシ」と書かれていた。おれはその字を何度か指先
でなぞった後、かつておじさんの背を受け止めていた椅子に体を沈めてみた。

 子供の時から背が伸びただけじゃない、何か、体にしっくり来るものを感じた。

「で、おれの初仕事は?」
「今日の昼食会で顔合わせされる他の抽選議員の方々のプロフィールでも
ご覧になられては?」
「んじゃ、それよろしく」

 目の前に現れた大画面に、十六人の抽選議員の顔写真とプロフィールが
表示され、おれはその中の一人の名前に注目した。


抽選議員リスト
 一〇代女性代表:中目零那(なかめ れいな)パブリック・チルドレン、官僚
 一〇代男性代表:白木隆(しらき たかし)学生

 二〇代女性代表:二緒律子(ふたお りつこ)NBR社社長
 二〇代男性代表:奈良橋悠(ならはし ひろし)僧侶、元ホスト

 三〇代女性代表:内海愛(うつみ あい)主婦、元自衛官
 三〇代男性代表:牧谷暁生(まきや あきお)元会社員

 四十代女性代表:鈴森加奈子(すずもり かなこ)主婦
 四十代男性代表:増満幸太(ますみつ こうた)自営業社長

 五〇代女性代表:青月綾香(あおつき あやか)介護士
 五〇代男性代表:轟 豪(とどろき ごう)タクシー運転手、元レースドライバー

 六十代女性代表:ナンシー・クリーガン 会社員・弁護士
 六十代男性代表:藍沢 守(あいざわ まもる)元教諭

 七十代女性代表:七波 楓(ななみ かえで)無職
 七十代男性代表:赫 和夫(てらし かずお)元南海道議会議員

 八十代女性代表:春賀 緑(はるが みどり)農婦
 八十代男性代表:八神 明(やがみ あきら)大工

 抽選議院議長::黒瀬 渡(くろせ わたる):選挙議院間接選挙枠次席議員代表

 おれが注目したのはニ緒律子。
 二十代女性代表の抽選議員。消息を絶ったおれの両親が勤めていたNBR
社の現社長であり、世界一の富豪だった。


 そして昼食会。議員会館の六階にある会議室での立食パーティーだった。
この後に休憩をはさんでバーゲニング演習とやらがあるらしいが、みんな
砕けた私服姿だった。
 おれの目はまず誰よりもニ緒さんを探したけれど、おれがニ緒議員を探
し出すよりも早くおれを探し出してタックルをかましてきた奴がいた。

「またお前かよ」
「やっほー!だーれを捜してたのかな、かな?」
「お前には関係無い」
「あー、冷たいんだー。って、どうせニ緒さんでも捜してたんでしょ?」
 ぎくっ、としたのが顔に出てしまったらしい。
「私は全部知ってるって言ったでしょ。ま、どうせ話しかけられやしない
んだから、一人にしておいてあげるね」
「こ、この・・・!」

 レイナは笑いながら別の輪に加わりに行ってしまった。にしても、どう
してこう見透かされてるんだ?おれってそんな表情が表に出るタイプだっ
たか?
 レイナの予言通り、おれがニ緒さんの半径5メートル以内に近付く前に、
AIを引き連れた頭がバーコードな壮年の男性が入ってきて、会議室の壇上
に立った。

「みなさん、抽選議員当選、おめでとうございます。
 私は、憲法裁判所所長の杉野と申します。
 この席は非公開とはいえ、抽選議員の初顔合わせの場となりますので誰
が挨拶するかで相当もめました。最終的な落とし所として本来裏方の私に
白羽の矢が当たってしまった訳ですが、長々とご挨拶するつもりはござい
ません。

 ただ、この場をお借りして私から皆さんにお伝えしておきたいことがご
ざいます。それは、政治とは泥の中の飴玉を探すようなものだということ
です。どれだけ汚くて口にできそうにないものでも、我々はそれを口にせ
ずには生きていかれない。そういう事情を全てひっくるめたものが政治で
ございます。

 皆さんは、選挙という泥の中にしばられてはいないので、きれいな飴玉
を口にできるとお考えかも知れません。しかしながら、きれいに見えるも
のもそう見えないものも、等しい価値を持っているのです。

 民主主義という一人ずつが決定プロセスに関わって得られた結論の重み
は、例え未来から振り返って見れば大きな過ちの元になったものでも、
そうでなかった大多数の結論と同じ重みを持っています。

 皆様におかれましては、これから数多くのご判断を下されることになり
ます。我々は皆様の議論や結論がかくあるべきとは申し上げません。しか
し皆様のご判断はそのまま国民の判断ともなるのです。
 どうかそのことをお忘れにならないよう、挨拶の終わりの言葉とさせて
頂きます」

 憲法裁判所所長は、お辞儀をしてバーコードをひらめかすと、脇に控え
ていたAIに何かを言付けて退出してしまった。

「では皆様、お手元のグラスを掲げてご唱和お願いします。乾杯!」
「かんぱーい!」

 という16人の声が響いた。女8人、男8人。その他議員付のAIが16人いた
が、彼らは当然ながら乾杯には加わってなかった。
 グラスがかちゃかちゃ鳴らされ、議員達は思い思いの量のシャンパンを
口に含んだ。口当たりは良かったが、仕事前に酒なんていいのか?

「これ、アルコール入ってないよ」
 性別と年齢別に並んで輪になってたので、隣にいたレイナが言った。
 それもそうか。
 けれど、おれの意識はどちらかと言えばレイナの反対側にいる二緒議員
の方に向いていたが、逆に意識しすぎて見れなかった。
 その隣にいる二十代男性の抽選議員は、やたら親しげに二緒議員に話し
かけていたけど、二緒議員はそっけなくあしらっている様子が聞こえてき
ていた。
 ぐるっと見回してみると、ほとんどの議員が隣の同じ年代の議員に話し
かけてた。そりゃそうだよな。おれだってレイナがこの中じゃ一番話しや
すい。少なくとも今の所は。

「なんか食おうぜ」
「うん♪」

 堅苦しい話に巻き込まれる前に、おれはレイナと料理が盛られた皿へ向
かい、肉だの寿司だのをひょいひょいと小皿に取り分けた。まさに食べ物
にありつこうとした瞬間、
「ちょっといいかな?」
 と声をかけられてしまった。振り向くと、そこには陰気そうな外見をし
た男性がいた。
「初めまして。ぼくは、牧谷。三十代の男性代表抽選議員です。代表なん
ておこがましいけどね」
「こちらこそ。ぼくは白木。こっちは十代代表ですけど、なんかこそばゆ
いですよね」

 手を差し出してきたので、握手した。

「甲子園、惜しかったね」
「いや、あれが実力です」
 ここら辺の挨拶も、自分としてはもう慣れっこだった。
「プロでも活躍できてたろうにね。事故で利き腕損傷とは・・・」
 お葬式でお悔やみを言われる親族みたいなもんだ。
「こういうめぐり合わせだったと、今はさっぱりしてますよ」
「横から失礼します。牧谷君、ずいぶん話し込んでるじゃない?私にも紹
介してよ」

 若奥さんって感じの二十代にも三十代前半にも見える女性だった。ショー
トカットの可愛らしい女性だった。

「こちらは内海議員。ぼくもついさっき初めて挨拶した人なんだけどね。
もう二緒議員に挨拶は済んだんですか?」
「ほんの一言二言くらいね。他にも挨拶したい人が多くて」

 二緒議員の方を見ると、自分の傍らにいない議員の大半が取り巻いてい
て当人の姿は見えなかった。

「甲子園と国会、どっちが緊張する?」
「ええと、その時になってみないとわかんないすね。ピッチングに関して
はずっと練習や試合してたから何か言えるかも知れないけど、政治でしょ?
しかも国会議員なんて、全然想像もつかないですよ」
「主婦が国会議員だって似たようなものよ。お料理に関しては一家言あって
もね」
「主婦の台所感覚を国会に!、と言って当選していた議員もしばらく前まで
いましたけどね」
「じゃあ、十代の感覚を国会に!、て言うのは新しいのかな?中目零那です。
レイナって呼んで下さいね。若くていろいろ至らないかも知れませんが、
よろしくお願いします」

 牧谷さんと内海さんは、何か珍しいものでも見るような目つきになった。

「君がレイナちゃんか。初めまして、牧谷です。Pub.Cの方を年齢で推し
量る人なんていませんよ」
「わぁ、そう言ってもらえると嬉しいですっ!」
「ほんと、普通の女の子にしか見えないわね。私は内海です。よろしくね」
「中身だって普通の女の子ですよぉ~?」

 中目はおどけて見せていたが、内海さんの微笑みはどことなく固かった。

「プロフィールには詳しく載ってなかったけど、今までどんなお仕事をし
てきたの?」
「Public Childrenですから、身分は国家公務員です。過去とか現在の業
務のいくつかは守秘義務でお話しできませんけど、全省庁の統括調整局と
か、国連のLV対策研究室とかに勤めてました」
「皇室付きだったことは?」
「ありますけど、それが何か?」
「いえ、ね。前に見たワイドショーで、和久陛下のお相手を務めてるパブ
リック・チルドレンの女の子がいるって聞いた事あって・・・」
「ああ、一時期話題になりましたよね。その時一般のマスコミには顔写真
とかイラストは一切出なかったんだけど、ネットには似顔絵が出回ってて」

 二人がまじまじと中目を見たが、レイナはひるまなかった。

「半年ほど身の回りのお世話をさせて頂きましたけれど、世間の皆様がご
想像されてるような事はありませんでしたよ?他にも女官の方々はいらっ
しゃいましたしね。それとも現場をご覧になられたんですか?」
「いえ、そういうわけじゃ・・・」
「ただ、その時出回ってたイラストに、何となくレイナちゃんが似てたか
ら勘ぐってしまった。そうですよね、内海さん?」
 牧谷さんが間に割って入ったので、おれも加勢した。
「パブリック・チルドレンの業務の中に夜伽は含まれていないって、政府
が表明する騒ぎになった件ですよね。そんなの当然だよな、レイナ?」
「うん!」
 レイナはうなずいたが、気のせいか強がってる様に見えた。

「あまりパブリック・チルドレンの方をいじめては可哀想ですよ。ELをか
けられて、言い返したくてもそうできないこともあるでしょうから」

 4人が振り向いたそこに、ニ緒さんがいた。現人神、女神、救世主と称
される、世界で一番有名な女性。NBR社社長という肩書きと世界一の富豪
という地位、人類をLV2から救ったという名誉、そして彼女を襲った悲劇
の数々。
 そんな雲の上の存在が、目の前に立って微笑んでいた。薄倖の美女の中
の美女、悲劇の女王のシンボルとして称えられる足元まで流れる白銀の髪
がまぶしかった。

「白木さん、中目さん、牧谷さん、初めまして。内海さん、先ほどは短い
ご挨拶だけで終わってしまい失礼しました」
「いいえ、そんな滅相も無い!」

 内海さんが飛び上がらんほどに恐縮してたが、牧谷さんだっておれだっ
て似たようなもんだった。なにせ米国大統領と顔を合わせる人はホワイト
ハウス内に限っても年に数百人から数千人はいるだろうが、ニ緒律子に面
会できる人は一年に十人いないってのは有名な話だった。

 NBR社は、人間社員を全員解雇してAIに置き換えていったが、その原因は
12歳当時のニ緒さんを襲った悲劇にあると噂されてきた。それほどの極端
な人間不信に陥ったとも聞いてたが、ここには十五人も初対面の人間がい
るのにニ緒さんは卒倒するわけでもなく、気さくに振舞っていた。

「みなさんとは年代が近い分、いろいろ協力していけたらと思ってます。
よろしくお願いしますね」
「牧谷です。議場でお話しできる機会を心待ちにしてますが、この場で一
つお聞きしてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
「なぜ抽選議員なんですか?」
「なぜって」きらりと瞳の底を輝かせて「抽選されたからですよ」
「そうではなく。あなたなら、直接選挙枠で選挙議院議員として立候補し
て首相の座を射止める事も容易いでしょうに。なぜ法案そのものを提出で
きない抽選議院に席を求められたのです?」
「牧谷君、失礼よ」
「思い違いをされているようですが、私自身が席を求めたのではありませ
ん。国民の義務の一環として、私は抽選資格試験を受けてリストに名前を
載せ、抽選された。それだけです」
「請われて仕方なく席を得た。そういう形を取りたかったわけですね。い
やこれは私の勝手な想像ですけど」
「同じ様な想像をされてる方は他にもいらっしゃるでしょうけど。そうね、
白木君や中目さんはどう思うの?」
「ぼくには、わかりません。確かめようが無いし。ただ、極端に人に会わ
ない事で有名なニ緒さんが公の場に出てきた事には驚いてますけど」
「あら、白木君は、私が引き篭り続けてた方が良かったと言うのかしら?」
「いえ、そんなわけないじゃないですか!」

 岩戸の奥に引き篭られてたら、そもそも会えなかったし。両親の事を今
直ぐ問いただしたかったが、ここでは出来なかった。それはたぶん、ニ緒
さんが一番思い出したくない事件に関わる話にもなるから。

「私は、ノーコメントです」
「あら、中目さんは冷たいのね?」
「ニ緒さんが抽選議員になられたのは、抽選されたからです。それ以上の
事は言えません。引き篭られた方が良かったかどうかも、判断するのはニ
緒さんご自身ですから」
「Pub.Cとしての模範解答ね」
「まるでAIだね」
「AIの統括制御もパブリック・チルドレンのお仕事ですから」
 そう言ってレイナは、小皿に盛った料理をぱくつき始めた。
「ほら、タカシ君も食べておかないと、午後にお腹ぺこぺこでぐーぐー
鳴っちゃうよ?」
「あ、ああ」

 小皿に盛られたまま手付かずだった料理を申し訳程度に口を付け始めると、
ニ緒さんは「また後でね」と会釈して離れて行った。内海さんと牧谷さんも
料理を取りに行き、おれとレイナは邪魔が入らなそうな部屋の隅へと移動した。
 最初に盛った寿司と肉が胃に収まって一息ついた頃、軽薄そうな若い男
性が近付いてきた。プロフィールの記憶を手繰り寄せて、元ホストの人だ
と見当をつけた。

「よ、隅に置けないねー、ご両人!だひゃひゃひゃ」
「初めまして、奈良橋さん。これからよろしくお願いします」
「レイナです。よろしくね」
「ヒロシです、ご両人ともよろしゅう。レイナちゃんとタカシ君。なんか
えらい打ち解けてるみたいやけど、今日が初対面なん?」
「いえ、まぁ・・・」
「昨日ね、レイナがタカシ君をお迎えに行ったの。それで少しお話もした
から」

 あの橋での出来事は触れないお約束になってるみたいだったので、話を
合わせた。

「ほとんど初対面ですけどね。こいつが馴れ馴れしいだけです」
「タカシ君冷たいんだー」
「いっつ!」

 レイナはこっそりと腿をつねってきたので、仕返しとばかりに髪をぐ
しゃぐしゃにしてやった。

「ええのう、若いモンは」
「奈良橋さんだって若いじゃないですか」
「老人からすりゃ若造やけど、タカシ君やレイナちゃんから見ればおっさんや」
「でも、二緒議員をおばちゃん呼ばわりする人も少ないんじゃないかな、
かな?」
「お、わかっとるねぇ、レイナちゃん!わいがここにいるのも半分くらい
は二緒さん目当てやしな」
「残り半分は?」
「秘密や」

 けらけら笑ってごまかされてしまった。が、奈良橋さんはいきなり首に
腕を絡めてきて耳元で囁いた。

「こん中には何人も嘘つきがおる。あまり言葉を額面通りに受け取らんと
いた方がええで」

 え?

 と思う間も無く、奈良橋さんはおれを解放すると、「ほなまた後で~」
と去ってしまった。

「男の人の内緒話ってどうなのかな~?」
「女ならいいのか?差別だぞ?」

 レイナはその質問にはとりあわず、さらっと言った。

「信じるも信じないも、決めるのはタカシ君だよ」

 さっきまでとは別人の様な冷めた口調だった。目は、あの橋の上から飛
び降りた時のと似ていた。全てを諦めた様な、虚ろな瞳。
 とっさにかける言葉は見当たらず、背中を何度か叩いてやった。

「信じるも信じないもまだ決められるわけ無いだろ。ここにいる人達とは
まだ会ったばかりだし、みんなの言う事が一〇〇%本当かどうかなんてわ
かりっこないしな。どっちかって言うと、なんでその人はその時そう言っ
たのかを考える方が大事なんじゃないか?」
「すごいね、タカシ君は。大人っぽい言葉だよ」

 実際、行徳おじさんに昔聞いた言葉の受け売りだった。

 その後は、ひっきりなしに他の議員の挨拶を受けたりしてる内に昼食会
の時間は終わり、議員達はいったん執務室に引き取って休憩を挟んだ後、
いよいよ抽選議員としての研修が始まった。



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