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ある日ぼくがいた場所

1-9 EL取締法予備審議2


EL(感情固定装置)取締法案に関する予備審議(後半)


 そして休憩後。


議事AI:「議員の皆様が全員揃いました。議長、審議の再開をお願いし
 ます。ただし、まだ発言されていない方を優先して下さい」
議長:「それでは、審議を再開します。
 まだ発言されてない方で発言を希望される方挙手をお願いします」

 青月さんと藍沢さんが挙手して、議長は青月議員のスクリーンを開いた。

青月:「青月です、みなさん、よろしくお願いします。
 ELの性能について、お尋ねしたいことがございます。
 ELで、誰かを自殺させなくすることは可能でしょうか?」

議長:「厚生労働大臣」

 大臣が登壇し、答えた。

大臣:「可能です。ただし、その副作用については更なる考察と臨床実
 験が必要です」
青月:「可能と言い切っておられるのに、考察や試験が必要なのはなぜ
 ですか?」
大臣:「自殺にまで追い込まれた精神状態は、いわばブレーキの壊れた
 車で時速200kmを出しているようなものです。そこに外部から何らか
 の方法でブレーキをかけたとします。
  徐々に減速できれば、何も問題は起こらないでしょう。
  しかし、車の行く手に壁を置いたら、車は止まるかも知れませんが、
 中の人も無事ではすまないでしょう」
青月:「なるほど。自殺とは違いますけど、犯罪者の再犯防止にもELは
 使われていますよね。殺人衝動もかなり強い感情なのではないでしょ
 うか?」
大臣:「誰かを傷つけたいという衝動は、怨恨などの人間関係が原因と
 なっている場合は、比較的容易に操作できます。困難なのは、それが
 本能的な衝動から起こっている場合です」
青月:「本能的な衝動で殺人を?」
大臣:「ええ。頭の中で考えられた理屈や判断からではなく、衝動的な
 欲求から殺人を行う場合があります。薬物や外科的治療、精神的なカ
 ウンセリングなどを通じて治療や矯正が可能な場合もありますが、
 100%には至りません。
  他者がいかに手を尽くしても、本人がいかに必死になったとしても、
 犯してしまう過ち。
  そういった類の衝動や精神状態に強制的なブレーキをかけた場合、
 アメリカの刑務所などから出所した者に再犯防止処置をかけて、千人
 中、3~10人程度の割合で、狂乱・錯乱・脳の突然死といったケース
 が報告されています」
青月:「彼らは殺人犯でしたか?」
大臣:「はい。殺人犯で、しかも殺人後に自分を殺そうとして殺せなかっ
 た元服役囚も含まれていたようです」
青月:「そうするとELは、だんだんとブレーキをかける装置ではなく、
 感情の前に壁を置いて強制的に止めてしまう装置と考えてよろしいの
 でしょうか?」
大臣:「技術の進展と共に、調整はもっと柔軟にできるようになるかも
 知れませんが、現状はそのようですね」
青月:「ついでで質問させて下さい。パブリックチルドレンの間で、似
 たような症例は報告されていないのですか?その、突発的な狂乱とか
 突然死とか」

 大臣は、ちらりと中目の方を見て、咳払いしてから答えた。

大臣:「パブリックチルドレンが幼児期にELの施術を受けるのは、人生
 における"その他"の記憶が人格を形成しない内に、感情矯正措置を行
 う事によって、両者が対立する事を防ぐ為です」
青月:「という事は、高齢者になればなるほど、ELの副作用は大きく成
 り得るということでしょうか?」
大臣:「そうなります。個人差はあるでしょうけれども」
青月:「ありがとうございました。以上で私からの質問を終わりますが、
 自殺希望者に対するELの適用の可能性を、議員の皆様にご一考頂けれ
 ば幸いです」

 八神さんが挙手し、議長は彼のスクリーンを開いた。

八神:「ちょっと青月さんに質問したいんだが、よろしいか?」
議長:「どうぞ」
八神:「青月さん、あなたのお仕事は、確か、介護士でしたね?」
青月:「そうです」
八神:「あなたが世話してるのは、主に、ご老人達でしょうか?」
青月:「はい」
八神:「その中には、その、たくさん・・・」
青月:「ええ。幸いにしてまだ実行出来ていない方も、実行されてしまっ
 た方も」
八神:「だから、ELなら、ですか。でも、あなたも聞いた通り、ご老体
 達には望み薄かも知れん。それでもあんたはご老体達に死んでほしく
 はないと?」
青月:「なるべく天命を全うして頂きたいだけです。昨日まで笑ってい
 た方が翌朝首を吊ってる姿なんて、見たいものじゃありません。それ
 に、若ければ若いほど効果が高くリスクも低いのなら、いっそ全員に
 ロックをかけてしまえばいいとも思います。個人的な意見ですが・・・」
八神:「ボケる前に死んでしまいたいという感情は、誰しも持ってるだ
 ろう。良い人生を送ってきた連中ほど、そう思うかも知れない。周り
 に迷惑をかけたくないっていう思いやりのある人ほど、死に急ぎたがっ
 てるかも知れません。私自身そう思いますし、それを誰かに力づくで
 止められて嬉しいかっていうと・・・。その場は嬉しいだろうけどなぁ、
 うん」
青月:「人が誰か他の人にずっと付きっ切りでいることは、出来ないん
 です。誰かを本当に殺したくなかったら、その人をベッドに拘束して、
 口も手も足も全部使えないようにでもしない限り、無理です。
  でも、そこまでして相手に生きてほしいと、生きることを強制する
 権利を他人が持てるかというと、私自身にもわかりません」
八神:「私にもわかりませんね。けれど、誰かに生きていて欲しいと思っ
 てたら、それをそのまま伝えることは無駄じゃないとも思いますけれ
 ども」
青月:「ええ」
議長:「八神さん、質問は終わったものとみなしてよろしいですか?」
八神:「ああ、そうですな。私からは以上です」

 八神さんと青月さんは着席し、スクリーンを閉じた。

議長:「それではまだ発言されてない方でどなたか発言を希望されます
 か?」

 鈴森さんが挙手し、議長は彼女のスクリーンを開いた。

鈴森:「どうもぉ。私は介護士の資格なんて持ってませんし、80代を越
 えた悟りなんてのも持ち合わせてません。
  だけど子供は4人産みましたし、自分と主人の両親を、それこそ墓
 の下まで御世話しました。まだ2人残ってますけど」
議長:「鈴森さん。何がおっしゃりたいのですか?」
鈴森:「最初に聞いときたいんだけど、例えばウチの主人が、タバコも
 酒も大好きで、ちっとも減らせないっていうのも、この装置なら減ら
 せるんでしょうかねぇ?」
議長:「厚生労働大臣」
大臣:「嗜好品やアルコール、薬物への依存症を突然断とうとすれば、
 当人の精神に非常な負担をかけてしまうかも知れません」
鈴森:「非常な負担って?」
大臣:「先ほどの青月議員からの質問で出た、ブレーキの壊れた車の前
 に壁を置いた場合の例え話を思い出して頂ければ、当てはまるケース
 も少なくないと思われます」
鈴森:「狂い出しちゃうってこと?」
大臣:「どのような反応を起こすかは個体間で未知数です。依存症治療
 へのELの活用は、以前からその可能性と効果が期待されてきましたが、
 なにぶん報告されている臨床実験数が少なすぎるのです」
鈴森:「じゃあ、普通にカウンセラーに通った方がマシってこと?」
大臣:「現在のところは、そうなるかと」
鈴森:「ふぅん。便利なんだかよくわかんないわね。止められなかった
 何かを止めるのに人生まで終わっちゃなんにもならないし。とりあえ
 ず、私からの発言は以上です」
議長:「では、まだ発言されてない方でどなたか・・・」

 藍澤さんが挙手し、スクリーンが開かれた。

藍澤:「どうも藍澤です。素朴な疑問なんですが、勉強嫌いの子供達に
 勉強するよう感情を固定したら、勉強するようになるんでしょうか?
  その場合、学力というか、その子が持ってる資質そのものは向上す
 るんでしょうか?」
議長:「つまり、嫌がってるのを無理にそうさせても、本人がそう望ん
 でいた場合と同じ効果が得られるかどうかというご質問ですか?」
藍澤:「そうです」
議長:「厚生労働大臣」
大臣:「向上します。本人の元々の意思がどうだったかとは無関係に」
藍澤:「その子の記憶力なども向上するのですか?」
大臣:「好きこそものの上手なれ、と言いますしね。個々の能力や知能
 指数などによって差は生じますが、勉強に費やす時間の量がそれ以前
 とは比較にならないほど増えますので、学力的には大幅に向上します」
藍澤:「例えばなんですが、サッカー一辺倒だった子供を野球一辺倒に
 させる事は可能でも、野球が人並み以上に上手になるかどうかはその
 子の資質次第ということですか?」
大臣:「そうなります」
藍澤:「今の大臣のお言葉を聞いて、私はとても怖くなりました」
議長:「なぜです?」
藍澤:「感情を固定する装置との事ですが、とんでもない!その人の人
 格を、いや人生を左右してしまうじゃないですか」
大臣:「否定できませんね」
藍澤:「本当は将棋の道に進みたかった子供を囲碁や、ピアノの道に進
 ませてしまうことができる。今までだって親が子供に生きる道を強制
 することはあっても、こんな反抗できない手段は許されるべきではあ
 りません!」
議事AI:「3分です」

 藍澤さんのスクリーンは自動的に閉じられた。

議長:「藍澤議員は、良い点を指摘された。幼い子供達に対するELは、
 人生そのものを左右してしまう。
  ただし、パブリックチルドレンに対して、我々はそのロックを既に
 かけている事実を忘れるべきではありません」

 二緒さんが挙手し、議長が彼女のスクリーンを開いた。

二緒:「みなさん既にご存知だと思いますが、議論が現実から乖離しな
 い為に申し上げておきたい事があります」
議長:「どうぞ」
二緒:「まず、現在市販が検討されているタイプのELは、全て、外科手
 術が必要になります。
  食べ物や飲み物に混ぜて本人が気が付かない内にとりこませるとか、
 注射などで簡単に施術を行うことは、少なくとも現時点では不可能な
 筈です。
  さらに脳外科ですので、非常に高度な医療施設が必要になります。
 手術費用は数百万以上はかかり、保険の適用外です。ここ五年間の日
 本の平均世帯の年収が五百万程である事を考えるなら、到底手が届き
 ません。
  ELの製造番号は厳密に管理されていますが、大規模な犯罪組織など
 が模造品を製造して、集団拉致した誰かにそれを埋め込んでしまうと
 いう事は、現実に世界中で起こってしまっています。
  けれども、一般の中流家庭がその収入からELを購入し、施術まで行
 うのは、難しいものと判断できるでしょう。
  むしろ外科手術が容易な単純なインプラントで、子供の記憶力や計
 算処理能力、反射神経などを向上させる方がよほど効果的で安上がり
 で、一般的に行われている事です。インプラントの性能によって価格
 は千差万別ですけれどね」
議長:「もし、可能であればお答え下さい。ELが市中販売されるとした
 ら、価格はどれくらいと予想されるのでしょうか?」
二緒:「おおよそ一千万くらいではないでしょうか。機能を限定した廉
 価版であれば、その半値くらいが予想されますが、複数の条件付けを
 行うのであれば、2、3倍ほどになってもおかしくはないかと」

 それを聞いておれは少しほっとした。いくら模造品が安いからと言っ
ても、百分の一とか千分の一なんて怪し気な物に手を出したりはしない
だろうから。

議長:「なるほど。一般家庭が気軽に購入できるものではなさそうです
 ね」
二緒:「けれど、子供の人生を変えられるとなれば、躊躇しない方も多
 いかも知れません。世の中には分割払いという仕組みもあるのですか
 ら」
議長:「金融機関に対して、エモーションロッカー購入と施術に必要な
 費用の分割払いの引き受けを許可するかどうかは、今は脇に置いてお
 きましょう。まず販売されなければ、その必要性も無いのですから。
  むしろ一般販売が許可されていない現在でも、捕らえた、または買っ
 た人間を逃さないためにそのくらいの出費を惜しまない輩は多そうで
 すね」
二緒:「おっしゃる通りです。以上で、ひとまず私からの発言を終わり
 ます」
議長:「二緒議員、ありがとうございました。さて、次もまだ発言され
 ていない方でどなたかいらっしゃいますか?クリーガン議員、どうぞ」

 挙手していたナンシー・クリーガンさんのスクリーンが開いた。

クリーガン:「初めまして。ナンシーって呼んでくださいね。
  私は、宗教の観点からエモーションロッカーを考えてみました。
  どこかの宗教団体が信者を逃さないようにロックしようとすること
 もあるかも知れませんが、世の中の大勢に影響は及びません。
  一番怖いのは、国です。国家政府だけが、国民を合法的にロックで
 きるのです。
  犯罪を起こさないように国民全員にロックをかけられれば、確かに
 犯罪と規定されている事は起こらなくなるかも知れません。
  だけど、もたらされるのはそんな良い事ばかりでしょうか」
議長:「懸念されることを具体的におっしゃってみて下さい」
クリーガン:「例えば、パブリックチルドレン達は、天皇制に対して、
 どのように刷り込まれているのですか?」

 議場が一瞬静まり返った後、ざわめいた。

議長:「皆さん、お静かに。厚生労働大臣」
大臣:「えー、この問題は過去の国会や第三者委員会においても非常に
 紛糾した問題ではありますが、彼らは、国家や国旗などと同じ程度に
 は、天皇制及び天皇家の皆様方へ敬意を払うよう感情を固定されてお
 ります」
クリーガン:「その同じ程度とは、絶対、という意味では無いのですか?」
大臣:「存在を否定しない、という意味では絶対でしょう。しかしなが
 ら、世界各地に点在する宗教過激派の様に、指導者の命が下れば人間
 爆弾になることも辞さないという狂的な絶対の信念ではありません」
クリーガン:「意地悪な質問をします。例えば、拳銃を持った誰かが今
 にも天皇家のどなたかを殺そうとしてるところにパブリックチルドレ
 ンが居合わせたら、彼らは命を投げ出してでも天皇家のどなたかを救
 おうとするのでしょうか?」
大臣:「これも非常に討議された問題ではありますが、自己保存の法則
 は働くようになっております。すなわち、電車のホームに落ちた誰か
 を助けようとしても自分も相手も共に命を落とす危険性が高い場合な
 ど、パブリックチルドレンは"無理に"ホームに落ちた誰かを助けるよ
 うには刷り込まれておりません」
クリーガン:「例えば、それが天皇家の誰かなら?今はもうお二人しか
 残っておりませんよね?」
大臣:「ええ。しかしながら、ホームに落ちたのが天皇家の誰かであっ
 たとしても、そうでなかったとしても、判断の基準はパブリックチル
 ドレンの中では変わりません」
クリーガン:「では、それが銃を突きつけられている場合なら?」
大臣:「自分が行動を起こす事によって、かえって天皇家の方の命を危
 険に晒すと判断するなら、パブリックチルドレンは行動を起こさない
 でしょう」
クリーガン:「じゃあ、拳銃を構えている人と天皇家の誰かの間に、そ
 のパブリックチルドレンがいたとしたら?」
大臣:「人間の盾になるよう刷り込まれているかどうか、とおっしゃり
 たいのですか?」
クリーガン:「ええ。最初に申し上げた通り、これはとても意地悪な質
 問です。だけど重要です」
大臣:「それで相手を助けられる、もしくは少しでも時間を稼げると判
 断できるのであれば、パブリックチルドレン達はそうするでしょう。
  ただしこれは、何も相手が天皇家の誰かだから、という事ではあり
 ません」
クリーガン:「例えそれが見るからに違法入国したような外国人のホー
 ムレスであっても?」
大臣:「状況によるでしょう」
クリーガン:「どんな状況ならどうするんです?」
大臣:「個別のケースについて逐一お話することは時間的に難しいでしょ
 うけれど、例えば、集団で暴行を受け、今にも殺されようとしている
 相手を、たった一人の"普通の人"が助けられるでしょうか?せいぜい
 が警察に通報するくらいですよね。パブリックチルドレンはスーパー
 マンではありませんし、悲劇の英雄になるよう刷り込まれてはいませ
 ん」
クリーガン:「なるほど、では本題に戻ります。なぜ、パブリックチル
 ドレンは、国家や国旗と同程度に、天皇制や皇室の方々を尊敬するよ
 うに刷り込まれているのですか?」
大臣:「それが日本の一般通念に適うものだからです」
クリーガン:「一般通念とは何ですか?」
大臣:「EU各国の人々が、出身地の王室を敬う様に、あるいはアメリカ
 合衆国政府付の大統領の就任式でキリスト教の聖書に手を置いて宣誓
 する事が社会に受け入れられている様に、日本社会は天皇制と皇室の
 方々を長く受け入れて存続させてきたのです。
  パブリックチルドレンの天皇制や皇室に対する敬意が、他国の王家
 や国家指導者や宗教家に対するものと差別化されていたとしても、そ
 れは極めて自然な事でありましょう」
議事AI:「クリーガン議員の発言に関わる時間が三分を超過しました」
議長:「いや、クリーガン議員の論点はまだまとめられていない。他の
 議員の方々の異存が無ければ、追加一分で発言をまとめて頂こう」
議事AI:「では、クリーガン議員の発言に追加時間に異存無い方は挙手
 を」

 全員が挙手していた。

議事AI:「規定の過半数以上の賛同が得られましたので、クリーガン議
 員の発言時間の延長が認められました」
議長:「ではクリーガン議員、一分間でまとめて下さい」
クリーガン:「みなさん。ありがとうございます。
  私が言いたかったのは、こういうことです。
  つまり、先ほどどなたかがおっしゃられていた通り、制限がかけら
 れているかどうか、私達には外見から見分けがつきません。
  パブリックチルドレンが信頼に足る存在だというのは、私にもわかっ
 てはいます。けれども、その制限の内容が外見から、誰からでも確認
 できないというのは怖くありませんか?
  私は、無用に不安だけを煽ろうとしているのではありません。日本
 の皆さんは天皇制を宗教だと信じたがらないのですが、天皇家のルー
 ツは神話につながっていて、その存在の根底を信じるのであれば、間
 違いなくそれは宗教なんです。
  こんな怖いものを一般販売したらどうなるのか?私には想像もつき
 ません。何かを信じないようにさせたり、何かを信じるようにしむけ
 られる、とっても怖いものです。だから・・・」

 クリーガンさんはまだ何か言おうとしたが、そのスクリーンは自動的
に閉じられた。
 議長は、彼女が諦めて着席したのを見て、言った。

議長:「さて、まだ発言されていない方が、・・・2名いらっしゃいます。
 増満議員と、赫議員ですね。それではお若い方からお願いします」

 議長は増満さんのスクリーンを開いたが、当人はしぶしぶと立ち上がっ
た。

増満:「何を言ったら良いのかずっと考えてたんですが、なかなかうま
 くまとまりませんで」
議長:「別に発言は強制ではありませんが、辞退されますか?」
増満:「ん~・・・。正直、申し上げにくいことなんですが、私も小さい
 ですが会社を経営する身ですので、経営者や経済的な見方から発言し
 てみます」
議長:「どうぞ」
増満:「申し上げにくいと言ったのは、正直、ここに当事者である二緒
 さんがいらっしゃるせいでもあるんですが。ただ、抽選議院の議員と
 して選ばれる資格は国会で決められ国民投票の審判を仰いでますので、
 いまさらどうこう言えるものでもありません。
  で、私が言いたいのは、今回ELの販売を見送った場合、どれくらい
 の不利益が日本に生ずるのかな、という懸念です」
議長:「金銭的な影響ですか?二緒議員が所有する企業の収益への影響
 ですか?」
増満:「言ってしまえばそうなるかも知れませんが、それだけじゃあり
 ません。
  ELの利用が社会に対して開放された場合、その経済効果は如何ほど
 になるのか、私達は考慮する必要があります。
  もちろん、他の議員がおっしゃられたような、国家や特定の団体な
 どによるマインドコントロールの怖れを忘れてはいけませんが。
  経済的な国家戦略として、ELを利用し、海外からの企業誘致に努め
 るところも出てくるでしょう。
  労働力の生産性だけでなく、従業員のモラルなどを最高にまで高め
 られるなら、これは経営者にとって非常な魅力となる筈です。
  翻って日本の経済を見てみると、あの大災害時よりは回復はしてき
 ていますし、海外へ出ていった企業の3、4割は帰って来ていますが、
 雇用全体は大災害時と比べて大幅には成長していません。
  無税金政府を維持するのにも、我々の生活や収入や物価を安定させ
 る為にも、一定程度以上の経済の拡大は必須です。
  人口は減少し続けてますので、外資の呼び込み、または外部市場へ
 の輸出や進出は、当然ながら継続して行っていかなければなりません。
  文化や習慣の違う労働者達に対して、当然ながら現地政府や労働者
 達自身の同意は必要になりますが、ELを適用できるか否かは、経営者
 の立場から見れば、非常に大きな意味合いを持ちます。
  道徳は、お金では買えないものとされてきました。
  しかし、それが買えるものに、そして非常に望ましいものにもなっ
 ているのです。
  お金が全てでは無いにしろ、我々はお金無しには成り立たない社会
 に生きている事を、忘れるべきではないと思います。
  以上で、私からの発言を終わります」

議長:「大変興味深い発言、ありがとうございました。今増満議員が発
 言されたような内容は、いずれ本会議で企業院の方から詳しい説明が
 あるかと思われます。
  さて、それでは最期に、赫議員、お願い致します」

赫:「ご指名ありがとうございます。赫でございます。
  私は国会議員になった事はありませんが、県会議員や道州議員は勤
 めさせて頂きました。
  そこで興味深く本日の予備審議を拝聴させて頂いておりましたが、
 一つ二つ、気がついた点を申し上げておこうと思います」
議長:「よろしくお願いします」
赫:「まず、誰も野次を飛ばせないし、寝てもいないし、携帯電話をい
 じっている議員もいないのは画期的な事じゃないかと思います。
  まぁ、そんな余談はさておいて、本題に入りましょうか。
  一点目が、この抽選議院には立法権、具体的には法案そのものの起
 草が認められていない事。
  二点目は、私達抽選議院議員に与えられた仕事は、選挙議院からの
 立法案に認証を与えて法案として成立させるか、または差し戻すか。
 あるいは企業院からの立法案に認証を与えて選挙議院に審議を要請す
 るか、または却下するか。これらの法案に対する通過または差し戻し
 が、私共の本来の業務であるという事です」
議長:「確かに」
赫:「本日は予備審議で、各抽選議員自身の意見を表明する場でありま
 したから、その目的は十分に果たされたものと見受けられます。
  しかしながら、明後日の本審議からは、私が先ほど申し上げた二点
 を片時も忘れる事無く、議論を展開し、また採決に望んで頂きたいと
 思います」
議長:「赫議員のおっしゃられた事はごもっともです。
  しかしながら、この予備審議は、各議員の忌憚の無い意見を出し合
 う場として設けられています。折角ですので、EL取締法など全般に関
 して、何か発言されたい事はございますか?」
赫:「そうですね。ここには、私より年下の方も、年上の方もいらっしゃ
 る。この装置をどう捉えるかは、その人達がこの装置で何が出来るのか、
 何をしようとするのかに、左右されるのではないでしょうか?
  私が申し上げたいのは、これは一つの技術に過ぎないということで
 す。確かに、人の人生どころか国の行く末まで左右しかねないもので
 はありますが、そもそも民主主義国家の行く末とは、国を構成する人
 々が舵を取っている限りは、あまり不安がる必要はありません。例え
 それが機械の助けを借りたとしても。
  コンピュータやインターネットなどの技術抜きにして、今日の国家
 運営が成り立つかと言えば、成り立ちませんよね。同じ事です。
  好きか嫌いかという問題でもありません。受け入れたいか受け入れ
 たくないかでもありません。私達一人ひとりが、目の前の現実にどう
 対処していくべきかを決めるのです。
  新しい技術や体制などは、ともすれば感情論に押し流されてしまい、
 本来目を向けるべきことから視点がずらされてしまうこともあります。
  一般の人々においてそれは許されるかも知れません。しかしここ国
 政を預かる場において、好悪の感情だけで物事を判じて頂きたくはな
 いと、私はそう願うばかりです」
議長:「つまり、存在してしまっている現実に対して是非を論じるので
 はなく、何を為すべきか、または為さざるべきかを論ずべきという事
 ですね」
赫:「そうなります。以上で、私からの発言を終わります」

 赫さんが着席し、自分でスクリーンを閉じた時、他の全ての議員達が
拍手していた。

議長:「さて、これで議員皆様からの発言を一通り頂きました。
  最期に、私からも一言申し上げておきます。
  なぜ、抽選議院が存在するに至ったかという点です。
  知識だけで言えば、コンピュータを内臓するAIに敵う者はいません。
  投票という行動だけに価値を見出すのであれば、今までの参議院の
 在り方を多少変えるだけでも十分だったかも知れません。
  企業院は、今まで利益団体として動いていた、しかし雇用を創出し
 経済を動かす彼ら企業の声を、より直接的に拾い上げる為に生まれま
 した。

  では抽選議院の存在意義とは何でしょうか?
  それは選挙という政治の論理だけでも、企業という利潤の拡大とい
 う経営の論理だけでも無い、社会に生活する人々の、いわば生活者の
 論理をそのまま国政に反映させる為に在ります。
  赫議員がおっしゃられた事を、私達は片時も忘れるべきではありま
 せんが、我々は書類を右から左へ、あるいは左から右へ流したり差し
 止めたりするためだけにここにいるのではありません。
  なぜ、我々はある法案を成立させ、あるいは差し戻さねばならない
 のか。その判断を下すのは、他の誰でもない生活者の論理に委ねられ
 るべきと判断されたからです。
  生活者とは、その社会の政治や経済を構成する人々そのものです。
 雇用者と被雇用者、あるいは有権者と政治家という枠組みだけで、今
 日の社会を捉える事はできません。
  人間の感情を、いわば社会の体温を反映させるのが、我々の使命で
 もあります。
  その観点からすれば、本日の予備審議は今までに無い価値を我々の
 社会に生み出しました。
  今後の審議でも、我々が何故ここに"選ばれて"来ているのか、その
 理由を心に留めつつ、忌憚の無い意見を交換していきましょう」

 議事AIが、議長の演説が終わるのを待って言った。

議事AI:「それでは最期に、現時点での集票を行います。
  議員の皆様、及び議長は、議席前面の投票ボタンを押して下さい。

  ・・・それでは、結果を発表します。

       10代女性、中目議員、賛成
       10代男性、白木議員、賛成
       20代女性、二緒議員、反対
       20代男性、奈良橋議員、賛成
       30代女性、内海議員、賛成
       30代男性、牧谷議員、未決
       40代女性、鈴森議員、賛成
       40代男性、増満議員、反対
       50代女性、青月議員、反対
       50代男性、轟議員、賛成
       60代女性、クリーガン議員、賛成
       60代男性、藍沢議員、賛成
       70代女性、七波議員、反対
       70代男性、赫議員、賛成
       80代女性、春賀議員、賛成
       80代男性、八神議員、反対
       議長        未決

  EL取締法案に対する、予備審議後の各議員の判断は、賛成 10、
 反対 5、未決 2となりました。

  以上を持ちまして、抽選議院第一回予備審議を終わります。

  ただし抽選議員の皆様は、2時間後からの皇居迎賓館での任命式
 典への出席が義務付けられていますので、お忘れなき様お願い致し
 ます。
  それでは会場でまたお会いしましょう」

 議長が再び木の槌でスイッチを二回ほど叩くと、全議員のスクリーン
が開いて解散となった。


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