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ある日ぼくがいた場所

1-14 法案説明会3


選挙議院と企業院からの法案説明会3


 企業院からの説明会は、当然、その由梨丘企業院議長の挨拶から始まった。

由梨丘:「初めまして、由梨丘です。私達企業院の役割は、経済活動と
雇用創出を先導する企業の声を、政治家やマスコミを通じてではなく、
ダイレクトに社会に発信することです。
 日本で活動する企業は、何も日本国籍の企業ばかりではありません。
国選議員が日本国籍を有していないといけないのとは対照的に、一定期
間日本での経済活動と雇用の創出及び納税をしてきた企業は、企業院へ
の準議席を有します。準議席を有する企業間や業界団体内で調整と互
選を行い、企業院内の議席数を配分します。
 現在の国家政府は無税金政府と標榜していますが、運営経費の約3割
は、この企業院に議席を占める企業に負担されています。各道州政府の
公共サービス債の約4割は、やはり企業院に議席又は準議席を有する企
業によって購入され、この日本という国の運営に貢献しています。日本
国全体の雇用も、7割以上、我々が創出・維持しています。
 そんな我々が今回提出した法案は、基本的に、選挙院の提出した法案
を否定したものでなく、全面的に対立するものでもありません。ただ、
社会的に求められているコンプライアンス、法令遵守の為に必要な経営
コストを最も効率的な形で実現する感情固定装置、ELの使用を企業とそ
の従業員及び雇用主に対しても認めて欲しいという一点だけが違うので
す。
 どんなに法律や罰則を厳しくしても、企業内の教育や研修を行っても、
最後の一線を越えてしまう人々はいます。それが数百社の内の一社、数
万人に一人という確率であったとしても、社会的に与えるインパクトや
信用の喪失、更なる制裁的な対策措置に纏わるコストの増加は避けら
れません。実際、能力的な問題からではなく、そういったコンプライア
ンス順守のコスト削減の為に労働力を人間からAIに置き換える企業は少
なくないのです。社会的に平等な競争を求める為の法律と圧力が、同時
に雇用と経済活動を社会から奪っているのです。
 はっきり申し上げて、個々の企業が現状のコンプライアンス全てを達
成することには非常な負担がかかっています。経営者も労働者もAI化し
ないと割に合わないという水準に年々近づいています。しかし、そこに
人類の為の経済的発展はありませんし、未来もありません。
 奴隷制の復活を危惧するのは当然だとしても、現代の社会は企業に対
して多くを求めすぎなのです。法令遵守の名の元に利潤の追求活動の一
挙手一投足が監視下に置かれた上に、公共サービス維持費の支払い、雇
用の創出、環境保護、社会保険、厚生年金、その他諸々を負担させられ
ています。
 今回の我々の法案にしても、ELの費用補填までは求めていません。
ただ、我々にもELを利用する機会を与えて欲しいとお願いしているだけ
です。それは我々企業に対してだけでなく、そこで働く人々の雇用をも
守り、結果的に社会から雇用の消失を防ぐ手立てともなります。
 人が、誰か他の人を24時間つきっきりで監視し続けることはできな
いのです。複数の人やAIで完全な監視下に置けたとしても、そのコスト
は膨張して支えきれないものになります。しかし、感情固定装置であれ
ば、いったん施術してしまえば固定費や維持費はかからなくなります。
社則や事業に関連した法律の改変に伴う更新作業で追加費用は発生する
かも知れませんが、人やAIを張り付けたり、社内的な監視システムを構
築・維持・更新していくよりは遥かに安価で完全性を期待できるのです。
 もちろん、企業の論理や都合だけでは施術できないよう、公務員など
に対する施術の制約と同様、司法関係者の立会や関係省庁の認可なども
必要としました。
 具体的に申し上げますと、選挙院からの法案と異なるのは、たった
3点です。
 (禁止行為)を規定した第十一条第三項の文末に「企業が従業員と雇
用主に対して施術する場合、事業内容に関連した省庁の大臣にも施術内
容が事前に提出され、認可を受けなければならない。」という一文を加
筆。
 同第十一条に「第十二項 全ての企業の従業員及び雇用主は、各々の
事業内容に関連した法令遵守の為の感情固定装置の施術しか受けること
ができない。」を新たに追加。
 (施術、施術のための交付及び感情固定装置処方せん)を規定した第
二四条第三項に「7.各業界団体により施術を指定された企業に属する
従業員及び雇用主」を追加して、各企業の従業員と経営者に対して業界
単位での施術指定を許可。
 ここで各業界団体としたのは、一部企業の抜けがけを許さないことで
公正で平等な競争を実現する為であり、各業界によって異なる関連諸法
案の食い違いや個別企業による解釈の曖昧さを避ける為でもあります。
加えて、ひとつの企業が複数の事業を行っている場合、どの法律を基準
としてELの施術内容を設定すべきなのかも大きな問題となり得る為、我
々の案としては各業界団体という表現となりましたが、最終的な判断は
所在地の司法当局と道州知事に委ねられますので、基本的人権への配慮
を含めた法的な整合性は守られる筈です。業種や業態によって複数の業
界団体が並立し見解が対立した場合でも同様です。
 我々が出した法案が抽選議員のみなさんに審議されるには、まず選挙
議院からの法案が一度否決されなければなりません。予備審議の経過を
拝見した限りでは、その機会は生まれないかも知れません。しかし我々
企業院議員500名は絶望してはおりません。もし抽選議員の皆さんが、
感情固定装置の施術対象に政治家も含めるべきだとお考えなのなら、そ
のご希望を実現するのは他の誰でもない、私達企業院議員と抽選議院の
みなさんです。我々は交渉のテーブルにつく準備が出来ております。
 具体的に申し上げましょう。
 先ほどの第十一条に、「第十三項 全ての地方選挙及び国選選挙で選
ばれた議会議員は、公職選挙法に定められた感情固定装置施術しか受け
ることができない。」と加え、第二四条第三項に「8.公職選挙法で定
められた選挙に当選した議員」を追加するのです。もちろん、並行して
公職選挙法にも変更を加えないといけませんが私達企業院と抽選議院が
協力すればたやすいことです。
 皆さんの間には、抽選議院議員にも感情固定装置の施術が義務付けら
れはしないかと懸念される方もいらっしゃるかも知れませんが、抽選議
員の抽選プロセスは、公職選挙法で定める選挙によっておりませんので、
対象外となります。今後抽選議員になられるだろう国民の方々にとって
も、この懸念が払拭されている点は評価されて良いと感じております。
 まずは、選挙議院からの法案をいったん差し戻して頂きたいのです。
そうして初めて私達企業院の修正案を抽選議員の皆さんが審議し、選挙
議院に送り、実際の立法プロセスにかけられるのです。国民と企業と抽
選議院の皆様の協力でこの国の有り様が変わるのです。今後一切の不正
が選挙プロセスから消える。まさに理想的な民主主義国家への一歩を私
達で踏み出そうではありませんか?」

黒瀬:「由梨丘企業院議長、法案主旨説明ありがとうございました。15
分の休憩の後、質疑応答に移りたいと思います。それでは、一端解散
とします」

 各自のブースが開きかかったが、すぐにまた閉じて、レイナの顔が仮
想モニターに映し出された。

レイナ:「議長、横あいから失礼します。各抽選議員の皆さんにお願い
があります。先ほどの企業院議長からの提案を本審議の前に抽選議員同
士だけで検討すべきか否か、休憩時間中に私までメールか口頭でお知ら
せ下さい。選挙議院からの説明会と同じように私が代表質問しますので、
何か質問がありましたらそちらもよろしくお願いします」

轟:「おれは検討する価値はあると思うね。一票入れといてくれ」

他にも、八神さん達4人が轟さんに同調した後、やっとブースが開いた。

おれは中目のブースまで行ってまだ中にいたレイナに声をかけた。

「スケジュール通り、さっきの選挙議院からの説明会の時みたく、由梨
丘さんとの質疑応答の後で決めりゃいいんじゃないか?」

 レイナは眉間に浅いしわを寄せて言った。

「選挙議院からの説明会の後には、長めの昼食休憩があったけど、企業
院からの説明会の後には、本審議の開始まで30分しか無いの。企業院か
らの法案、というかむしろ修正案を審議してたら2時間なんてあっとい
う間。そして抽選議員の間でほとんど何も話し合わないままに本審議に
入っちゃったら、何となくといった流れで投票されてあっけなく法案は
成立しちゃうかも知れない」
「それのどこがまずいんだ?だいたいお前は法案に賛成しているんだか
ら、そのまま可決された方が都合がいいんじゃないか?」
「アタシ個人の都合と信条だけから言えば、そうなるかな。でもね、抽
選議院副議長としては、それじゃ十分じゃないの」
「なんでだよ?」
「バーゲニング演習ってやったでしょ、予備審議前に」
「ああ。それで?」
「今回企業院が提案してきてるのが、まさに交渉=バーゲニングなの。
抽選議員の間に、政治家も感情固定装置の制御を受けるべきじゃないか
と考えてる人は少なくない。選挙議院からの感情固定装置取締法案に賛
成の意志を表示してた人達の間でもね。それを由梨丘さん達企業院もわ
かってるの。その修正事項を盛り込みたいのなら、企業院に協力しろっ
てこと」
「でもよ、政治家にELを受けさせるのと、企業にELの利用を許すの
は、別々に考えて判断したい人のが多いんじゃないのか?」
「だからこそ、これは交渉なの。ゼロと1だけじゃない、その間の存在。
このままでいけば政治家は感情固定装置の制御を受けない。将来的に受
けるようになる可能性はゼロじゃないけど、当面は回避されるよね。企
業に対してELの利用を許せば、若干の弊害ももしかしたら生まれるか
も知れないけど、政治家が選挙で不正を働くことは無くなるし、企業の
法令遵守の為の経費は削減できるし、雇用の減少に歯止めもかけられる。
どっちがいい?」
「おれは・・・」
「別にタカシ君だけに聞いてるわけじゃないの。でも、これはちょうど
良い練習なの。選挙議院からの法案を差し戻したら、企業院は自分たち
の修正案を抽選議員からの要請があった形に変更を加えて、抽選議院に
送ってくる。私達はそれを可決して選挙議院に送ることが出来る。あく
までも、最初の差し戻しが有ったとしての仮定だけどね」
「おれらと企業院が協力してもよ、選挙議院が最初の法案のままを抽選
議院に送ってくることも有り得るんだろ?」
「もちろん。でもその場合は、議長票の加算を加えても11票取れなけれ
ば、また差し戻しになるだけ。それを繰り返す内に、やっぱりどこかで
交渉が必要になってくるの。例えばさっきタカシ君が言ってた様な、政
治家へのEL義務化を拒否する代わりに、企業のEL利用への方策を法
案のどこかで可能にするような修正を加えるとかね」
「敵の協力関係を切り崩すって奴か。でも、待てよ。その場合、企業院
の要求は結果的に通ることになるけど、選挙議院からの法案を差し戻し
た意味が無くなるじゃないか?政治家へのELの義務化を抽選議員が望
んでたとしても」
「だから、そこは駆け引きと議論の展開とか投票結果の推移にも依るだ
ろうね。あっけなく最初の投票で可決されちゃうかも知れないし、何度
かの差し戻しの後、僅差で両方の修正がかかるかも知れない。どちらか
片方だけになるかも知れない。まだ、誰にもわからないけど、でもアタ
シ達はそういった可能性を踏まえた上で、判断を下していくべきなの」
「なるほど、ね。何だか、ようやく政治家っていうか国会議員になった
気がしてきたよ」
「アタシもだよ。それで、タカシ君はどっち?企業院からの説明会の後、
アタシ達だけで話し合っておくべきだと思う?」
「ちなみに、その中に黒瀬議長は含まれるのか?」
「議長は、抽選議員じゃないもの。含まれないよ」
「分った。賛成する」

 この話の後はトイレに行ったりとかであっという間に休憩時間は終わっ
た。その間もレイナは議場のあちこちで他の議員達や黒瀬議長に話しか
けてて忙しかったようだ。

 おれがブースの前に立って見ていると、どうやらレイナと黒瀬議長に
由梨丘さんが話しかけて、3人で何やらちょっと激しいやり取りになった。
休憩時間終了ぎりぎりになってレイナが戻ってきたのでおれは声をかけた。

「何があったんだ?」
「さすがっていうべきなのかな。見透かされてたよ」
「本審議前の話し合いを?」
「うん。そこに自分たち企業院の人間は割り込めないから、この2時間
を使ってくれて構わないと。もちろん質疑応答もこなすって」
「どうやって?」
「まず代表質問だけさくっと終わらせてしまう。その後、議場前方にあ
る円卓で直接話し合いましょうってさ」
「うーん。確かにブースの向こう側にいる相手よりも、目の前で話す相
手の方が説得しやすそうだけどな。黒瀬さんは受け入れたのか、その提
案?」
「乗り気でも無いけど、黒瀬さんにしても、抽選議員達だけの話し合い
で結論が出ちゃうのは面白くないもの。ほとんどの法案がそうだったよ
うに、本審議はいわば儀式みたいなもので、その前に実質的な法案の可
否や内容は詰められちゃってるの。そこに自分が居合わせられないのは
選挙議院の代表としても不服でしょ?由梨丘さんは、これは企業院から
の説明会の時間なのだから、選挙議院から来てる黒瀬議長に席を外して
もらえないかとまで言ってたけど、それはさすがに拒否されてた」
「なるほど、確かに押しの強いおばさんだ」

 レイナは微笑みながら各抽選議員からの質問に目を通すと、黒瀬議長
のいる円卓まで降りていき、質疑応答を開始した。

中目:「質問は三点あります。
 まず一点目。数百万から一千万円以上はするという感情固定装置を全
ての企業が負担できるのか?同じ業界団体に属していても中小企業に同
じ負担を強いるのは難しいのではないか?逆に、経営規模などによって
ELの施術を義務付けないのであれば、公正で平等な競争機会を実現で
きなくなるのではないか?このジレンマはどのように解決するつもりな
のか?
 二点目。例えば証券市場など、海外勢とのリアルタイムの競争に晒さ
れる業界によっては、ELの施術を全面的に拒否するのではないか?同
一企業が複数の事業を展開し、ELに対する見解を異にしている業界団
体に同時に属している場合、どの業界団体の見解とELの施術内容が採
用されるのか?従業員が、所属する事業部毎に異なる内容のEL施術を
受けるとするなら、社内的な不平等が発生するのではないか?社内異動
で異なる事業部に移った場合はどうするのか?また、経営者など複数の
事業を展開したり関わっている従業員に対するELの施術内容を決定す
ることも容易ではないのではないか?
 三点目。高価なELの施術を受けた従業員が短期間で退職を申し出た
場合、企業は拒否権を持つのか?解除手術費用が従業員側に求められる
のだとしたら、それがネックになって企業に人を拘束することにつなが
る危険性は無いのか?
 以上です」

由梨丘:「順番にお答えしていきます。
 上場企業と個人経営の零細企業が同じ業界で競争している事は実際に
有り得ます。ご質問にあった通り、経営規模によってELの規制内容を
左右したり規制をかけなかったりする行為は適当と思われません。だか
らこそ、収益の一部を業界団体に回すことで、資金的な余裕の無い企業
でもELの施術に対する資金的な援助などを可能にします」

中目:「日本に限っても、就労者の数は四千万人を超えていますが、全
員に対してELの施術を行うことが資金的にも社会的にも実現可能だと
お考えですか?」

由梨丘:「国際的に是認されている感情固定装置はNBR社の製品のみ
です。生産能力との兼ね合い、法案の進み具合と施行時期、大量生産に
伴うコストダウンなど、もしこの修正案が最終的な法案の内容に含まれ
たとしても、それまでには多少なりの時間がかかることは間違いありま
せん。社会的にも、全ての従業員が受け入れるというのは希望的観測す
ぎます。また、社会的影響の少ない業種・業界は後回しにして、金融や
IT、医療や福祉、農水産業や食品製造業等、社会的影響の大きい業界
や、経営余力の大きい大企業から先行して施術を行っていくことで、ボ
トルネック(渋滞)を緩和することが可能でしょう」

中目:「企業院からの法案に記載されている業界団体の定義を定める必
要がありますし、おそらくは公的機関からの認定作業が必要になると思
われます。施術内容についても、業界団体内や所属企業間での調整は難
航する可能性は低くありません。例えばこの修正案では労働組合の存在
について言及されていませんが、何か理由があるのですか?」

由梨丘:「全ての業界と企業の従業員が労働組合を組織しているわけで
はありません。むしろLV災害等に伴う世界的な景気後退が続いていた
状況下では、その数や役割も限定されていました。そこで我々としては、
業界団体という単位を念頭にあげてみましたが、この存在のみに固執す
るつもりもありません。
 ご質問の二点目にもありました異なる事業を展開する同一企業内で複
数のEL施術内容のバランスをどう調節するのかも、決して軽んじて良
い問題でもありません。しかし、これはイデオロギー的な問題ではなく、
背に腹は代えられないという経済的な問題なのですから、我々は解決策
を模索し、実現していかなければなりません、実現できなければ、それ
だけ多くの雇用が消失し、経済活動もまた縮小するのですから」

中目:「つまり、二点目に関しては、企業院に属する企業間、業界内で
もまだ調整中という解釈でよろしいでしょうか?」

由梨丘:「かまいません。先ほど中目抽選議院副議長がおっしゃられた
通り、労働組合の存在と見解は、実際問題として無視できないでしょう
しね」

中目:「それでは、三点目についてはいかがですか?」

由梨丘:「新入社員に関しては、就業規則で予め合意を得ておくことで
回避できるのではないかと考えております。プロ野球でも入団から移籍
を許可するまでに8年というような期間、球団側が選手の移籍権を握っ
ているのと同じ様な処理をできれば理想的ですが、中小零細企業にまで
この考え方を延長できるとも思えません。
 これはですから先ほどの二点目についての見解と同様に、被雇用者と
雇用者との間の調節次第だと言わざるを得ません。ELの施術は、被雇
用者に対してだけリスクが発生するものではありません。施術の際に何
らかの医療事故が起きるかも知れないし、施術後に未知の副作用的な現
象が起きるかも知れない。そういった全ての可能性を企業側が100%負
担し未然に防ぐことも実際問題として不可能なのです。防げない限り、
裁判の中で企業側にのみその責任を問う判決が出てきても私は驚きませ
ん。だからこそ、人間からAIに労働力を置き換える風潮が広まっている
のですから。
 人は過ちを犯す存在です。過ちを犯すことそのものを防ごうとした場
合の社会的コストは、やはりその社会に属する者達が平等に負担するこ
とになるのです。その一点を私は強調して回答を終えたいと思います。」

黒瀬:「それでは、これで代表質問と応答を終了します。個別の質問と
討議についてですが、先ほど企業院側から提案された修正案の扱いにつ
いて、残りの質疑応答の時間を用いることに過半数の抽選議員が賛成し
ました。これは強制でなく要請ですが、抽選議員の方々は議場前方の円
卓にご着席下さい。企業院議長の由梨丘さんも討議に参加されます。
 特に理由があってこの円卓につかれたくない方はAIを介してでもその
旨お伝え下さい。私が適当な理由であると判断した場合、ブース内から
でも参加して下さい。では、皆さん移動を開始するか、移動を拒否する
場合は私にご連絡下さい」

 おれは、特に反対する理由も無かったので、円卓まで降りていき、レイ
ナの隣に座った。円卓の席は由梨丘さんの分を一つ足されて18席になっ
ていたが、どうしても最後の一席が埋まらなかった。おれとは逆側のレ
イナの隣の席にいた黒瀬さんがその議員のAIと話していた。みんなの視
線が一人だけブースに残った議員に集中した。

 それは、二緒さんだった。

 黒瀬さんも残念そうに背後を振り返った後、向き直って言った。

黒瀬:「では始めましょうか。議事進行は、抽選議員の代表である中目
議員に一任します」

中目:「まず、抽選議員の現状から確認したいと思います。
 企業院から提案のあった、企業にもELの利用を認めるべきだと考え
る方は挙手をお願いします」

 増満さんが真っ先に手を挙げた。他には、クリーガンさん、轟さん、
八神さん、そして牧谷さんとレイナだった。

中目:「では、企業にELの利用を認めるべきでないとお考えの方は挙
手をお願いします」

 残りの全員、おれや二緒さんを含めて10人が挙手していた。
 いや、ついでながら黒瀬さんも挙手していて、中目から「抽選議員
だけです」と言われて、手を下していた。わざとだろうけど、本人は全
く悪びれていなかった。

中目:「次に、政治家へもELを利用すべきだとお考えの方は挙手をお
願いします」

 手の上がっていない人の数の方が圧倒的に少なかった。挙げていな
い人は、おれとレイナ、二緒さんとクリーガンさん、そして牧谷さんと
赫さんの6人だけだった。

中目:「念のため確認します。政治家にはELを利用すべきでないとお
考えの方は挙手を」

 先ほど手を上げなかった6人と、そして黒瀬さんが挙手し、レイナか
ら何かを言われる前にまた手を下していた。
 レイナはコホンと咳払いしてから続けた。

中目:「では抽選議員の2/3、10名は、それぞれ、企業にはELの利用
を許可すべきではないが、政治家には利用すべきだとお考えのようで
す。この結果を、選挙議院からの法案に対する皆さんの態度と照らし合
わせてみましょう」

 仮想ディスプレイが円卓上に表示された。

  企業のEL利用:賛成 6、反対 10(+1)
  政治家へのEL適用:賛成 10、反対 6(+1)

  選挙議院からの法案の可否:賛成 10、反対 5、未決 2

中目:「ご覧のように、選挙議院からの法案に賛成している方はすでに
10名いらっしゃいます。黒瀬議長が賛成票を投じれば、その時点で選挙
議院からの法案は可決され、企業院からの法案は抽選議院で審議されな
いまま、自動的に廃案となります。皆さんが、もし政治家へのEL適用
を望むのであれば、いったん選挙議院からの法案を否決して差し戻した
上で、企業院からの法案に修正を加えたものを選挙議院に送る必要が
あります。
 気をつけなくてはいけないのは、企業院からの修正事項の両方とも実
現する可能性も、どちらか片方しか実現しない可能性もあるということ
です。全く修正がかからなければ差し戻し合戦となる可能性もあります
けどね」

黒瀬:「企業院からの修正案を通す為に、選挙議院からの法案に対する
態度を変える方達がいるかも知れないので、予め申し上げておきます。
企業のEL利用と政治家へのEL適用の投票結果を見比べてみて頂きたい。
企業のEL利用は反対が多く、私の票を含めれば2/3の11票に達しています。
政治家へのEL適用へは、逆に反対の票があと1票足りない状況です。ど
なたかが心変わりする可能性はありますが、しかし企業のEL利用への皆
さんの態度からすれば、もう結果は明らかなのではないでしょうか?」

由梨丘「企業院からの案を検討するのは無駄だと?」
黒瀬:「そこまでは言っておりませんよ。ただし選挙議院からの説明会
の質疑応答にもあったように、政治家へのEL適用の是非はすでに討論さ
れ尽された上で今回の結論、すなわち適用範囲から除外することになっ
たのです。この決定が翻る可能性は極めて低いことを、ここで明言して
おきます」
中目:「お二人ともご意見ありがとうございます。けれど、今は抽選議
員の間での討議が優先されるべき時です。企業院からの提案に意味が無
いかどうか、決めるのは私達ですから」
クリーガン:「私に提案があるのだけれど、発言よろしいかしら?」
中目:「どうぞ」
クリーガン:「私は、企業に対する法令遵守の圧力と負担がどれだけ高
いのかを現場で見て参りましたから、企業というか業種によってはその
利用が認められても良いのではないかと考えております。金融や証券ト
レーダーのインサイダー取引防止、会計や業績の偽装や不正申告による
脱税や汚職の防止。農水産物や加工食品の表記詐欺。これらを従来の数
分の一の費用で完全に達成する意義は、社会全体にとって決して小さく
ありません」
牧谷:「4,000万人もいる労働者に対して、1,000万円ずつかけてたら、
400兆円もかかってしまう。半分にコストダウンしても200兆。4分の1
になったとしても100兆円で、どれも非現実的な数字です。業種で絞り
込めば費用は数十分の一から数百分の一以下で済む筈ですよね」
藍沢:「私がもし企業へのEL利用を認可できるとしたら、一度過ちを犯
した従業員の再雇用の条件として義務付けた場合くらいです。他のケー
スを認めるのはむずかしいかと思います」
内海:「私もその意見に同感です」
クリーガン:「刑期明けの犯罪者への再犯防止措置としては、ELは既に
利用されております。これは業界とか企業という単位に対して許可して
いるものではありませんが、社会的な要求とは、”未然に防ぐこと”な
のです。これを実現するのは、従来の方法ではむずかしいと言わざるを
得ません」
赫:「仮に、金融関連の従業員や経営者達に対するELの適用が許可され
たとしましょう。そこまではある程度範囲を限定しやすい。けれども各
企業の会計担当はどうですか?派遣や契約といった非正規雇用の人材を
含めて、事務系の職種のどこからどこまでをELの適用を認めるのか。こ
れは範囲をどう設定しようと多難な議論が待ち受けています。この点に
関して、企業院からの案にあった業界団体という単位の設定の仕方は、
適切ではありません」
春賀:「営業が事務を兼ねる場合もありますし、営業からの数字がそも
そも故意に操作されていたら、事務には見抜けない場合もありますしの
う。これは政治家の資金集めや運用などに関しても同じことが言えます
よ。事務方や秘書が独断でやってることだって多いでしょうしね。一概
には言えませんよ」
八神:「春賀さん、あなたは企業のEL利用には反対じゃなかったんです
か?」
春賀:「反対ですとも。けれどね、政治家にELが適用されないで済まさ
れることにはもっと反対なんですよ。それだけです」
奈良橋:「つまり、こういうことやろ?企業のEL利用をもっと具体的現
実的に範囲を狭めて賛成可能なものにする代わりに、政治家へのEL適用
を実現させろ、と」

 春賀さんは、にんまりと大きな笑みを浮かべて言った。

春賀:「そういうことなら、私は企業へのEL利用許可に賛成しますわ」
鈴森:「あ、あたしもです。むずかしい話は正直良くわかんないし、政
治家にはELかけておいた方がいいけど、うちの主人にまでELかけられる
ようなのは困るのね。だけど、ちゃんと分別してくれるんなら・・・」
青月:「私も、ELの企業への利用に明確な制限ができるなら、政治家に
もELはかけられていいんじゃないかって思います」

 円卓が一気にざわめいた。

中目:「状況を整理しますね。先ほど、賛成:6、反対:11だった企業
へのEL利用の評決が、条件によってはですが、賛成:9、反対:8に変わ
るということでよろしいですね?」

 春賀、鈴森、青月さん達はそれぞれうなずいて肯定した。
 黒澤さんは渋面を浮かべたが、由梨丘さんはその逆だった。

春賀:「政治家へのEL適用に賛成だけど、企業へのEL利用に反対なのは、
奈良橋さん、藍沢さん、七波さんですか。どうですか?政治家へのEL適
用を優先するなら、企業へのEL利用を限定的にでも認めてあげませんか
い?」

七波:「私はすぐに答えを出せないねぇ。保留させておいておくんなまし」
藍沢:「むずかしいですねぇ。私学や塾なども企業と見なせなくはない。
教員による児童虐待性犯罪を未然に防ぐ為ならELの利用は有って良いか
も知れないと思うけれど、逆に全体主義の様な教育を徹底させてしまう
危険性は否めないし、宗教系の学校の教師にELを適用するなんて、どち
らに転んでも恐い気がします」
由梨丘:「塾や予備校を含めた教育機関は対象外ということなら?」
藍沢:「それなら賛成しやすいかも知れませんが」
由梨丘:「では、是非その方向性で検討させて頂きます。奈良橋さんは
いかがですか?」
奈良橋:「わい自身は、正直どっちともどうでもええねん。ただな、わ
いと同じくらいの世代で連続大震災から続いた超不況期を生き抜いてき
た若い者達からすれば、職場でこれ以上窮屈な条件突き付けられるんは
おもろうない。その条件飲まなきゃ解雇されるいうんはもっとおもろな
いけどな」
由梨丘:「ELの施術を拒否しても、それが自動的に解雇を意味しなけれ
ば良いと?」
奈良橋:「もし可能なら、最低限そのラインは確保されてっと嬉しいけ
どなぁ」
由梨丘:「先ほどのお話にあった通り、法の前の公平性と平等性を両立
させるなら、全労働者に均一の内容のELが施術されるべきです。しかし
感情的にも費用的にも、おそらくそれは実現できない目標でしょう。効
率面から言えば労働力を全てAIに転換した方が良い業種もあれば、そう
でない筈の業種が多いこともまた事実です。全ての労働者がAIに置きか
えられたら、人間の経済は破綻します。だからこそ、ELの施術が社会的
に求められても労働者自身によって拒否できるような何らかの妥協措置
が模索されて然るべきだとは、私共も考えております」
牧谷:「具体的には、どんな措置ですか?」
由梨丘:「現在の政治家に義務付けられているような、定期と不定期の
MR検査も一案です。もっとも、プライバシーの侵害をより強く忌避され
る方もいらっしゃるでしょうけれども」
奈良橋:「職種によっては絶対ELを受けないとそもそも就職できんとか、
若い連中が締め出しくらったりするようなのは、どうにか回避できるん
かい?」
由梨丘:「業種、例えば金融のトレーダーなどは難しいでしょうね。
ただし、忘れないで頂きたいのはELは洗脳の為に施術されるのではなく
て、違法行為を未然に防ぐ為に施術されているということです。パブリッ
ク・チルドレンの方々でも青春を謳歌されているでしょう?自由意思が
完全に排除されるというわけではないのです」
中目:「中学とか高校には、他の子供達と同じ様に通えなかったとして
もね」

レイナの一言で、饒舌になっていた由梨丘さんが固まった。

中目:「それに、盛り上がってるところ申し訳ないんですが、政治家へ
のEL適用、賛成は10人しかいませんよ?誰か一人、反対から賛成に転じ
る方はいるんですか?」

 バーゲニング演習でやったセオリーでいくと、企業のEL利用は賛成だ
けど、政治家へのEL適用には反対という人が理想的なターゲットになる
筈で、由梨丘さんもそのセオリーを踏襲した。

由梨丘:「どなたか一人くらいいらっしゃるんじゃないですか?特に、
ええと、中目さんとか牧谷さんとかは如何です?企業へのEL利用には賛
成だけど、政治家へのEL適用には反対という方なら?」

中目:「私企業とその従業員や経営者を、立法府の議員と同列に考えて
はいけないと思います。私が、この反対を取り下げる可能性はありません」
由梨丘:「そんな。だってあなたもELを受けているんでしょう?だった
らなおさら」
中目:「だからこそ言っているとはなぜ考えられないんですか?私は、
私の行動を100%思い通りにできるわけじゃありません。立法府の人間
には、そんな制約は基本的に課されるべきでは無いんです」
牧谷:「ぼくも、中目議員と同意見ですけど、でもレイナちゃん。そこ
まで言い切っちゃうと、自分の今の立場を否定することにならない?」
中目:「選挙議院や他の地方議会への立候補の道が閉ざされている代わ
りに、この抽選議員への抽選資格が与えられているのは、交換条件とし
て成立します。特に、私達には法案の作成そのものが出来ないのですか
ら、問題ありません」
牧谷:「ならいいよ」
由梨丘:「なら、なら・・・、白木さん、二緒さん、内海さん、赫さん
はどうですか?」
内海:「私は、本来ならELをこの世から全廃すべきだと信じています。
だから、企業へも政治家へも、ELは利用されるべきではないという立場
に変化はありません」
赫:「食品の安全基準の偽装などについて、企業にもELの利用は認めら
れてもいい部分があるかも知れません。しかし、いくらMR大政変のよう
な事態があったとしても、政治家への信認を皆無にしてしまうくらいな
ら、私達は人間自身による自治を諦めてコンピュータやAIに全てを任せ
て引退した方がいい。だから、私のこの反対の判断が翻ることは有り得
ません」

 由梨丘さんは藁をもつかむような眼差しでおれをみつめた。
 演習でやった「ゆずれない何か」か。反対の7人のうち5人までが、
意見を翻さないと明言してる。残りは、おれと二緒さんだけだった。

白木:「ぼくの個人的意見としては、政治家にELをかけるとしても、いっ
たん裁判で有罪判決受けて議員辞職した人が、再度選挙に出る時にELの
施術を受けるように義務付けるのが限界じゃないかなって思います。つ
まり、他の犯罪者の再犯防止措置と同列に扱うってとこまでですね。で
も、今の賛成のみなさんの様子だと、政治家にELかけるってのは、全面
的にって意味合いで言ってると思う。それは、賛成できませんね」
由梨丘:「再発防止策として、再犯防止だけに限ってでも政治家へのEL
適用に賛成は有り得ますか?」
白木:「それは、今賛成している他の議員の方達の想定している内容と
かなり違ったものになりませんか?それこそ、票数なんてまた全然読め
ないものになりますよ?」

 由梨丘さんは悔しそうに唇を噛んでから、本当に最後の頼りの綱にす
がる感じで二緒さんを振り返った。

由梨丘:「二緒さん、いかがでしょうか?」
二緒:「私は、企業のEL利用も政治家へのEL適用も、どちらにも反対です」
由梨丘:「・・・理由を、理由を聞かせて下さい!」

 二緒さんは、心底嫌なものでも見るような冷たい目つきで由梨丘さん
を見下して言った。

二緒:「さっきあなたがおっしゃられた通りですよ、由梨丘企業院議長。
法の前の公平性と平等性を保つなら、全労働者と経営者に均一な内容の
EL施術を行わなければいけないけれど、それは不可能です。だからこそ、
私はNBRの全社員をAIに置換した。そうできないからといって、ELを使
うべきだと私は思わない」
由梨丘:「じゃあ、政治家に対してはどうなんですか?官僚や公務員達
に対してELはすでに使われているじゃありませんか?」
二緒:「政治家の場合は、数が限定されるから、費用的な意味合いでは
絞り込みやすいし、世情的にも不可能じゃない。政治家に対するELは、
正直どうでもいいの。それよりも、今のこの状況下で、由梨丘さん、あ
なたの困った顔が見たいから。そんな理由じゃダメかしらね?」
由梨丘:「な、なんっ・・・」

 由梨丘さんの顔色は真白になってから真赤になって、強く握りこまれ
た手はぶるぶると震えていた。

黒瀬:「二緒さん、この議事録は記録されていますし、公開対象でも
あります。個人的な感情は差し控えて頂けますか?」

 しかしそう言った黒瀬さんの顔は、絶対に「いい気味だ」と腹の中で
思っていそうな勝ち誇ったものだった。

二緒:「あら、失礼しました。由梨丘さんとは知らぬ仲でも無いのでつ
い気安い口調になってしまいました。お詫びします」
増満:「二緒さん。正直、ここにいるほとんどの人が、あなたのことを
心底尊敬してます。けれども、先ほどの理由じゃ納得できないって人が
多いんじゃないですか?少なくとも、私は納得できません!」
二緒:「政治家へのELの適用を望むのであれば、簡単なんですよ」
増満:「どうすればいいんです?今企業院から提示されている法案だっ
て、十分に実現する可能性のあるものでしょう?」

 二緒さんはかぶりを振った。

二緒:「選挙ですよ。選挙で、EL適用を訴える候補が、それに反対する
候補を選挙で負かせばいいんです。その数が過半を越えれば、私達抽選
議員や企業議員が騒がずとも、自然に実現しますわ」
七波:「それは、あまりに理想論すぎませんこと?」
二緒:「なぜです?これ以上無いくらい、はっきりとした選挙の争点に
できるでしょうに。直接枠でも間接枠でも、候補者達をこの振るいにか
けることは可能な筈です。可能でないと言うなら、それは選挙民の過半
がその実現をまだ望んでいないという世論の反映に過ぎません」

 この二緒さんの意見には数人がいっせいに反論しようとしたが、レイ
ナが声を張り上げて遮った。

中目:「現状を再度整理します。企業へのEL利用に賛成9に対して反対8、
政治家へのEL利用に賛成10に対して反対7。どちらも2/3の票数に達して
いません。つまり、このままだと企業院からの提案は検討するに値しな
い、という結論になります」
増満:「そんな・・・」
中目:「ここで振りかえるべきは、企業院からの提案ではなく、むしろ
選挙議院からの法案です。差し戻すも戻さないも、全てはこの評決にか
かっています」
クリーガン:「つまり、企業院からの法案を採り入れる為に、選挙議院
からの法案への賛否の態度を変えるなら、それを今表明してくれってこ
とね?」

 レイナはクリーガンさんに対してにっこりと笑ってうなずいた。

春賀:「政治家へのEL利用に賛成で、選挙議院からの法案に賛成して
いるのは、わたし含めて、藍沢さん、クリーガンさん、轟さん、鈴森さ
ん、奈良橋さん、合計6人か。けど、元から反対の人が5人いるから、足
せばちょうど11人になりますの」
轟:「ちゃっちゃっと手上げて見てみようぜ。この状況で、誰が選挙議
院の法案に賛成するのか、しないのかを」
中目:「では、現時点での判断を表明して頂きます。選挙議院からの法
案に反対の方、挙手をお願いします」

 手を挙げたのは、9人しかいなかった。奈良橋、鈴森、増満、青月、
轟、クリーガン、藍沢、春賀、八神各議員。誰もが計算外だという驚き
を隠せないでいた。

中目:「それでは続いて、選挙議院からの法案に賛成の方、挙手を」

 レイナ、おれ、内海さんと赫さん、前回未決だった牧谷さんと黒瀬議
長、それから前回は反対に回っていた二緒さんが挙手していた。

中目:「七波さんは未決ということでよろしいですね?」
七波:「そうしておいて下さいまし」

中目:「それでは、賛成7、反対9、未決1となりました。どちらも2/3
の11票に達していない為、継続審議が求められることになりそうです」
青月:「七波さん、どうして?」
七波:「あたしゃ急かされるのは嫌いでね。もうちょっと考える時間が
頂きたいだけでございます」

 そして、二緒さんの存在が、また際立った。
 票数だけ見れば、七波さんが反対に回れば、あとたった一票で法案を
差し戻せそうにも見える。けれど、選挙議院からの法案に賛成に回って
いるのは、政治家へのEL適用に反対している議員でもあるのだ。

春賀:「なるほど。こりゃ一筋縄ではいきそうもないわい。うひゃひゃ
ひゃひゃ」
クリーガン:「どちらになるにせよ、時間はかかりそうですね。となると」
赫:「まずは、賛成だった方達が反対に振り替えた理由の根拠となる企
業院からの提案の詳細が詰められていないと話が始まりませんね」
藍沢:「確かに」
青月:「とすると、本審議は延期、ですかね?」
中目:「一回目の審議延長要請は3日後となりますが、由梨丘さん、そ
れまでに提案をまとめられますか?」
由梨丘:「もちろんです。ただし、内容については抽選議員の皆様と協
議させて頂く必要がありますけれど」
中目:「では、3日後の午前9時から本審議を開始することにして、その
第一セッションにて企業院からの修正案を審議し、その結果をもって選
挙議院からの法案に採決を行います。黒瀬議長、よろしいですか?」
黒瀬:「私に異存は無いよ」
増満:「ちょっと待って下さい。3日後までに企業院からの提案が納得
できるものにならなかったからといって、もうちょっと時間があればもっ
と多くの人が受け入れられる内容に変わるかも知れないじゃないですか?」
中目:「その場合、現在賛成から反対に振り替えられた方達が、白票、
つまり未決を投じれば済むことです」
牧谷:「でも、それをいつまでも続けられるわけでも無いんだろう?」
中目:「ええ。最低でも、賛成か反対かのどちらかの判断を、最初の説
明会終了時から数えて一か月以内に一度下さないといけません」
白木:「もし下さないとどうなるんだ?」
中目:「審議不一致ということで、選挙議院からの法案がみなし可決
されます」
赫:「参議院だと2か月だったものが短縮されたのだったね」
中目:「はい。では、この場で採決を取ってもよろしいでしょうか?も
し反対の方が過半数いない限り、3日後に本審議の開始を延長するかど
うか採決します。・・・特に反対の方もいらっしゃらないようなので、
本審議延長に賛成の方は挙手をお願いします」

 ほとんどの人が手を挙げて、本審議は延長に決まった。

中目:「では、3日後の9時、実際には8時半までには議場に入って下さ
い。これで抽選議員からの質疑応答の時間を終了とします」
由梨丘:「お待ち下さい。企業院からの修正案の審議を、その前日に抽
選議員会館の仮設議場で行って頂けますか?」
中目:「構いませんが、出席は各自の任意となり、強制はできませんが、
よろしいですか?」
由梨丘:「構いません。午前9時からでよろしいでしょうか?」
中目:「ではその時間に、参加を希望される議員の方々は抽選議員会館
の仮設議場に集合して下さい。これで、解散でよろしいですか、議長?」

 黒瀬さんは起立して言った。

黒瀬:「これで企業院からの説明会を閉会します。本審議は、抽選議員
からの提案により3日後の午前9時からに延期されました。各議員は、予
定された日時に議場にいらして下さい。それでは、解散」
由梨丘:「企業院からの修正案にご提案のある方は、詳細を詰めたいの
で今しばらくこの円卓に残って頂けませんか?お願いします」

 春賀さんや増満さん達が、由梨丘さんの周りにばらばらと集まった。

 おれは立ち上がって伸びをしたが、AIに後ろから上着の裾を引かれた。

「何?」
「お話があります。いったんブースまでお戻りを」
「ん、わかったよ」

 ひとまず個室の席に落ち着いて一息ついた。
 やっぱり、面と向き合うのと、個室に隔離されているのとでは、議論
の熱が全く違った。疲労度もその分濃かったけれど。

「で、何?」
「二緒議員からの伝言です。本日9時に、指定された場所で南さんとの
面会を行うそうですので、是非お越し下さいとの事です」
「オーケー。場所って、二緒さんの部屋とか?それともNBR社の社屋?
みゆきが今いる場所に二緒さんが行ったりしたら、すごい騒ぎになるも
んな」
「それは改めて連絡下さるそうなので、いったん宿舎に戻って待ってい
てほしいとの事です」
「了解したって伝えておいて。あ、あとさ、中目にはもう伝わってるの?」
「そのようです」

 AIは数舜黙ってから、「二緒議員に了解した旨お伝えしました」と言っ
た。

 ふと見降ろすと、レイナは由梨丘さん達の集団から離れた所で、黒瀬
さんと何やら打ち合わせていたが、こちらの視線に気がつくと、話を打
ち切ってこちらに登ってきた。

「タカシ君。もうちょっと待ってて。一緒に帰ろ♪」
「かまわないけどよ。こっちは放っといていいのかよ?」
 おれは顎で由梨丘さん達を示唆した。
「いいのいいの。どっちにしろ、あの人たちだけじゃ決まらないんだか
ら。じゃ、あと5分くらい待っててね」
「ああ」

 で、その後おれとレイナは一緒にセレスティスに乗って宿舎に戻り、
何故かレイナはおれの部屋までついてきた。


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