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ある日ぼくがいた場所

1-16 アイスベルト


アイスベルト



 次の日、AIに起こされて朝食を済ませてからメーラーを開いて、大事
なことを忘れてたのに気がついた。優先順位1のフォルダに、イワオか
らのメールが届いていた。差出日時は、今朝方だった。

 恐る恐るメールを開いてみた。

『二緒さんから警告はされていた。みゆきも、お前も、おれには何も話
してはくれないかもってことを。
 だけど、こんな何も知らされない状態のままじゃ、いくら野球バカの
おれだって、野球どころの話じゃない。何も手につかない。
 今日は休みだから、どこかで会えないか?時間は合せる。

                           イワオ』

 みゆきから、昨日見聞きしたことは何でも話していいとは言われてい
たが、もちろん全部伝える気も無かったし、メールや電話で済ませるよ
うな内容でも無かった。

 時計を見ると、まだ午前8時過ぎくらいだった。
「かあさん。今日の昼食の約束は何時から?」
「午前十二時です」
「ここからの距離は?」
「車で移動して、混雑していても三十分はかからないでしょう」
「イワオと、その同じホテルで会うことは可能?」
「できるでしょうけれども、内密のお話しをされるのであれば、むしろ
この宿舎とか、セレスティス車内の方がまだお勧めできますが」
「んー。どうしたもんかな」
 何となく、特に理由は無いんだが、イワオをここに呼びたいとは思わ
なかった。
「じゃあ、あいつの宿舎までって車でどれくらい?」
「一時間以内というところでしょうか」
「あいつの宿舎からホテルは?」
「同じく一時間くらいかと」
「んじゃ、あいつに連絡して。九時くらいに迎えに行くから、車の中で
話そうって」
 AIは恒例の沈黙の間を置いてから、答えた。
「大石巌さんにアポイントメント取りました。宿舎近くの幹線道路で待
つとの事です」
「オーケー。んじゃ出かけようか」

 セレスティスの車内では、主に今朝の新聞とかニュース録画とかを参
照して過ごした。政治家へのEL利用に賛成は七割近くいたが、企業とそ
の従業員に対するEL適用への反対は八割近くといった世論調査が多かっ
た。
 抽選議院へのリクエストとしては、如何に企業院からの提案を具体的
現実的に受け入れ可能な物に絞り込み、政治家へのEL利用を実現させる
ことが挙げられていた。ただし、その受け入れ可能な対象やその範囲と
なると、マスコミ自身にとっても諸刃の剣で、どの調査でも番組でも腰
の引けた不明瞭な内容のものが多かった。
 これをあと三日でまとめろと言われても無理に思えた。
 自分に届くメールも、政治家へのEL利用に反対という立場に同意して
くれるのは、全体の三割もいなかった代わりに、企業へのEL利用に明確
なヴィジョンを持ってるものはすぐには見当たらなかった。
 一通り眺めつつ思案する内に、イワオとの待ち合わせ場所についた。
議員宿舎や会館外の所で人に会うとの事で、SPの車が2台、4人ずつが
分乗して、計8人が警護についててくれたのだが(この警護を拒否する
権利はおれには無いそうだ)、現地で予め別の二人がイワオと一緒にい
て、周囲を警戒してくれていた。ものものしいったら・・・。
 セレスティスは音も無く止まると、魔法の様に階段と入口を形成し、
イワオは車内に乗り込んできた。おれの隣に別の一人掛けのソファが出
現していて、イワオがそこに腰を落ち着けると、セレスティスと前後の
警護の車はまた静かに発進した。

「悪いな。連絡が遅れて」
イワオの目の下には濃いクマができていた。
「いや、覚悟はしてたんだが。何も知らされないのがこんなにじれった
くて苦しいだなんて、知らなかったよ」
「何か飲むか?」
「ミネラルウォーターでもあったら」
 背後に浮かびあがっていた冷蔵庫からペットボトルを取り出したAIは、
イワオに差し出した。

 都心から少し離れた区域は、空が少し広かった。
 しばらく二人で高い車窓からの眺めに見入っていたが、おれは、一番
イワオが気になってるだろうことから言った。

「あいつのお腹にいる子供は、お前のじゃないそうだよ」
「確実、なのか?」
「ああ。間違いないらしい」
 イワオは、肩から一番重い荷が下りたように深い溜息をついた。
 それから、いくぶん和らいだ顔になって言った。
「じゃあ、誰の子供なんだ?」
「それは、おれも教えてもらってない。ただし・・・」
「ただし?」
 おれは迷ったが、昨日の別れ際のすっきりしたみゆきの笑顔を思い出
して、思いきりをつけた。
「その、な。落ちついて聞けよ?」
「最悪の想像はしてたが、誰かから乱暴されて出来た子供か?」
「・・・確証は無いが、たぶん、そうらしい」
「そうか・・・。そうだったのか・・・・・」
「あいつは警察沙汰にするつもりは、とりあえず無いらしい。もしそう
するつもりなら、もっと前に動いてたろうしな」
「そうなる、な。そうすると、いや、でも・・・、まさか」
 イワオの顔つきはどんどん厳しくなっていった。
「何か心当たりでもあるのか、イワオ?」
「い、いや・・・。でも、考えてみてくれ、タカシ。もし見ず知らずの
相手に暴行されたなら、あいつの性格から言って、警察沙汰にすること
をためらうと思うか?」
「うーん。デリケートな問題だしなぁ。お前と付き合ってるって彼女が、
暴行を受けたとかいったら、世間的に変に騒がれるかも知れないだろ?
だから、気遣ってたってことは、あるかも知れないけどな」
 イワオは、急に青冷めて、携帯を取り出すと、着信履歴とかメールと
かをチェックし始めた。
「どうしたんだよ急に?」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。まさか、まさか・・・」
「お前、心当たりがあるのか?」
「いや、確証が無いことで誰かを犯人扱いになんてできない。だけど調
べてみる。そうだ、あいつのお腹の子、何か月か聞いたか、タカシ?」
「いや。だけどまだお腹が見た目あまり膨らんでるようにも見えなかっ
たから、3ヶ月いってるかいってないかくらいじゃないのかな、せいぜ
い?」
 イワオは携帯を閉じて、懸命に何かを思い出そうと目を閉じて唸りだ
した。
「お、おい、イワオ・・・?」
「止めてくれ、車を!今すぐにおれを降ろしてくれ!」
「か、構わないけどよ。無茶するなよ?」
「いいから、すぐ止めてくれ!」
 おれはAIを振り返り、AIはうなずいて車を止め、階段と出口を生成し
た。
 イワオは大急ぎで階段を下りて行き、周囲を見渡して近くにあった駅
に向かって走って行った。
 車の出口と階段は姿を消し、AIはおれの発進命令を待った。
「誰かに、警護の誰かに、イワオを追わせてくれ。何かやらかしそうだ。
くそ、おれがついて行きたいくらいだ」
 AIはほんの2-3秒沈黙した後言った。
「大石巌さんは、すでに抽選議院議員関連要監視者リストに入っていま
す。先ほどの行動は、監視レベルを2段階引き上げるに値するものでし
た。すでに8名体制で、彼を監視しつつ保護しています」
「みゆきは、警察沙汰にするか、起訴するかどうかは自分が決めるって
言ってた。だけどその前にあいつが暴発するかも知れない。あいつが無
茶しないように、守ってやってくれ・・・」
「了解しました。現場指揮官にお伝えしておきます。それでは、会見の
お約束の場に向かってもよろしいですか?」
「いいけど、もしイワオに何かあったら、おれもそっちにすぐ駆けつけ
るからな。何かあったらすぐ知らせろよ?」
「了解しました。では、車を発進させますがよろしいですか?」
「ああ」

 車列はまた音もなく進みだしたが、車窓からイワオの姿は見えなくなっ
ていた。
 風景がイワオの降りた場所から遠ざかるにつれて、おれは、膝が落ち
着かないような、すぐにでも車を降りてイワオに合流したい衝動に駆ら
れた。
 AIは、そんなおれを何も言わずに見守っていた。
 法案を通すことが、みゆきの幸せにつながるかどうかなんてわからな
い。でもすでにおれは、みゆきを抱くことを拒むことで、みゆきの決心
を固めてしまっていた。この後おれに出来ることは、法案の審議に対し
て、自分の最善を尽くすことだった。

「かあさん。おれに届いてるメール、特に昨日の企業院からの説明会以
降で、企業や議員関係者とか、学識者とか法曹関係者から届いているよ
うなのがあったら、ピックアップしておいれくれない?電話でのメッセー
ジも含めて、特に、企業へのEL利用の具体案に触れてるものとかを重点
的に」
「了解しました。メールは5分ほど頂ければ。録音メッセージにはさら
に10分ほど下さい」
「オーケーだ」
 ちなみに、昨日の説明会以降に届いていたメールの件数は十万件を超
えていた。スパムとかいたずらとかいったものを除外して、だ。電話経
由の音声メッセージは、その2倍くらいあった。
 AIは結局5分かからずにメールの整理と抽出を終えた。
「明らかに企業の労働者側からの意見として届いているものは3452件。
経営者側から届いているものは257件。議員関係者からは57件、内地方
議会関係者からのものが32件を占めています。学識関係者からのメール
アドレスから送信されているものは27件、法曹関係者からのものは42件
ありました。ただし、それぞれの中で企業へのEL利用の具体案に触れて
るものは、それぞれの全体の約2割に満ちません」
「それぞれのフォルダを作成して、内容が抽象的でないと考えられるも
のから上位に表示しておいてくれ。全体の意見の傾向とかは、また別表
にまとめておいて」
「了解しました」
「今後本審議の採決までに届くメールや音声メッセージに対しても、同
様に処理しておいてくれ」
「了解しました」

 会見の場所のホテルに着くまで、おれは気になったメールを斜め読み
しながら、音声メッセージも流して聞き続けた。
 議員関係者からのメールの中には、草津議員のものも含まれていた。
内容的には、応援メッセージのような漠然としたものだったが、何かあっ
たら協力すると書かれていたので、おれは甘えることにした。
「草津議員に連絡して、今日の夕方か夜くらいにアポ取れるか確認して
みて。もし取れるなら、議員会館で会いたいと伝えてくれ」
「了解です。現在連絡中です・・・。夕方5時頃から1-2時間程度であれ
ば可能だそうです」
「じゃ、それで決定でよろしく」
「了解しました。先方もその時間帯でご了承されました。それから、先
ほど二緒議員から連絡がありました。
今夜、議員会館の二緒さんの執務室で、会合を開けないかとの事です。
選挙議院からの法案に賛成の7人で」
「7時、いや7時半からならって返事しておいて」
「了解しました。二緒議員に返答して了承頂きました」

 結局ぎりぎりまでセレスティスの車内で粘ったおかげで、会見のレス
トランにまでは走っていって、どうにか時間ぴったりに着いた。

 昼時のホテルのレストランなんてそもそも使ったことが無かったけれ
ど、お客が誰もいないのは異様だった。しかしウェイターは何事も異変
は起きていないようにおれとAIを奥まった窓際の席に案内した。
 外には、このホテルより高い建物が見当たらない場所にある席だった。
その席にかけていたのが、なるほど確かに少しは由梨丘議長に似ている
かも知れない若い女性だった。
「初めまして、由梨丘です。本日は、わざわざのお越しありがとうござ
います」
「いえ、こちらこそお待たせしてしまったみたいですみません」
「いいえ。お気になさらないで下さい。とりあえずお掛けになって下さ
いな」
「は、はい」
「何か、食べれないものとか苦手なものはありますか?」
「いいえ、特には」
「良かった。それではまず軽くお食事を済ませてしまいましょう。お話
しはそれからでよろしいですか?」
「はい」

 それからしばらくは、貸切のレストランでの豪勢な食事だった。とり
あえず庶民が普段口にできるようなものじゃないということだけはわかっ
たし、日本語で正確な訳がどんな名前になるのか想像できないような名前
の料理が次々と出されてきた。
 由梨丘さんは、本題どころか、政治の話題にはちらりとでも触れよう
としなかった。おれの高校時代の話、野球の話、幼い頃の話を一通りお
さらいさせられた。
 コース料理が尽きてデザートとコーヒーが並べられた頃になって、由
梨丘さんはさらりと言った。
「こちらのAIに、しばらく席を外すようにお願いすることはできますか?」
「いいえ。できません」
 おれが何かを言う前に、AIが即答していた。
 由梨丘さんは軽く肩をすくめて見せた。
「まぁ、白木議員につけられてるくらいのAIだから、ほとんどの事情は
既に知っているものと仮定しましょう。では、本題に入らせて頂きます」
「企業院からの提案ですね。ぼくの意見としては・・・」
「いいえ。そんな瑣末なお話ではありません」
 おれは、予想していなかった返答に完全に肩透かしを食らった。
「瑣末って・・・。じゃあ一体、どんな用件でぼくをここまで呼び出し
たんですか?」
「まずは、ご覧頂きたいものがあります」
 由梨丘さんが手を叩くと、全てのガラスの前にスクリーンが降りて、
照明が消え、広いレストランが真っ暗になった。
 そして何十メートルもあるモニターの全面に、地球の一部分と宇宙空
間とが映し出された。
「プラネタリウムでも始めるんですか?」
「いいえ。白木議員。あなたはアイスベルトという言葉を聞いたことは
ありますか?」
「氷の帯?流氷か何かですか?」
「違います。画像を良くご覧下さい、ズームしていった先に、国際宇宙
ステーションが見えますね?」
「はい」
「その周囲に、何かきらめいている光の帯が見えませんか?」
「そう言われれば、確かに。不揃いだけど、何か光るものがずっと連なっ
てますね。端から端まで視野に収まらないくらい続いてますけど」
「ズームを続けます。これは、国際宇宙ステーションの観測用ロボット
カメラによる映像です。この光の正体を、良く見て下さい」
「いいですけど、これがぼくに何か関係有るんですか?抽選議院に?審
議している法案に?」
「ええ。最終的には。さぁ、もう、光の正体が何だかわかりますよね?」

 ズームは、おそらく数百メートルくらいの距離まで近づいていた。き
らめきを放つ光の正体は、氷漬けになった何かのように見えた。大きな
ものはおぼろげに形が見て取れたが、それがそんな場所にある筈は無かっ
た。
 さらにカメラが近付き、画像がズームされていくと、もう見間違い様
が無かったが、おれは信じられなくて立ち上がって叫んだ。

「ばかな!ありえないだろ・・・」

 空母とか戦艦が海じゃなく氷漬けになって衛星軌道に浮いてれば、誰
だって同じ様に叫んだ筈だ。
 カメラはもっと至近距離まで近づくと、光の帯に沿って並行移動し始
めた。
 大きいものは、軍艦とか、潜水艦とか、爆撃機とか、弾道ミサイルと
か、戦車とか、戦闘機とか、多種多様な取り合わせだった。小さいもの
のほとんどは、人だった。いろんな国旗がついた軍服を着た人もいれば、
サラリーマンのような服装をしてる人も多かった。人種も年齢も性別も
ごちゃまぜだった。
 その連なりが、何キロも、何十キロも、視界の彼方にまで続いていた。
「ありえるんです。それを可能にする人、いえ存在を、あなたはご存じ
の筈です」
「レイナ、いや中目が?だからって、何であいつがこんなことを?」
「単純な仕組みではありませんか?彼女が持っている能力は、人類のど
の国にとっても権力にとっても、無視できない魅力的なもの。過去にい
ろんな経緯がありましてね、こういう事態になりました」
「いろんな・・・、経緯ね・・・」
「はい。私の口から詳細は申し上げられませんが、ご覧の通り、世界総
出でかかって返り討ちにあった証が、この氷の帯です。今からもっとク
ローズアップしますから、良くご覧になって下さい」
 人の顔が何倍もの大きさに映し出されて、その表情がぴくりと何度か
動いたのがわかった。
「全員、あの状態で生かされてるってのか?」
「おそらくは。ただしあの氷漬けされた対象をどうにかしようとすると、
それが人間であれ物体であれ、あの氷の帯の一端に加えられることも確
認済みです。その時の経緯を無駄に世間に広めようとしても、同じです。
ですからこれは、世間一般には、非公開の情報です」
「無駄に広めるって、逆に知らされ得る対象ってのはどんなんです?」
「大半は、中目という存在を既に知っていた者か、その者達の関係者で
すよ。秘密を守れる、ね。ただし、彼女自身や彼女の周辺の者達に危害
を加えようとしたり、その意図を抱いて行動に移そうとした瞬間に、や
はりその者達も物体もあの列に加わることになります。あの帯の長さの
伸びが落ち着くまでには数か月かかりました。人間て愚かですよね。そ
う思いません?」
 おれは、椅子にもたれかかって言った。
「で、これをおれに見せてどうしようって言うんです?」
「別に。ただ、中目零那がどんな存在なのか、世界が彼女に逆らってど
うなったのか、知っておいて頂きたかっただけです」
「あんたや、あんたの周辺の者達がこれをおれに見せて、あそこに飛ば
されないのは?」
「さあ?彼女のお目こぼしですかね。ただ、私共に、あなたをさらって
かの存在をどうこうしようなんて気は毛頭ありません。そんなそぶりを
少しでも見せたら、一族郎党揃ってあの列に加わってるでしょう」
「で、さっきの質問に戻るんだが、これをおれに見せて、あんたらはお
れをどうしたいんだ?どうなってほしいんだ?」
「私がまだあの列に加わってないってことは、私がそのお役目を仰せつ
かったものと判断してます。ホントは、お母様とか、律子姉さまにお願
いしたかったんですけどね。どちらも固辞されたので、私如き若輩に御
鉢が回ってきたのです。
 で、目的ですけど、さっきも言った通り、知っておいて頂きたかった
だけです」
「おれに、あいつをどうにかして欲しいとか、手綱を握れれば儲けもの
だとかは?」
「それはもう、私個人の願いなんかじゃなく、事情を知ってる世界中全
ての人たちの願いですよ。そう多い数ではありませんが、決して少なく
ない数でもあります」
「でも、なんでおれなんだ?それに、さっき言ってた法案にも関わりが
あるってのはどういうことだ?」
「んー、私の口から言えるのは明らかになってるくらいのことでしょう
けど、あなたが中目零那のパートナーとして公認されているということ
です。その時の世界の動揺ったらすごかったんですから!」
「あの婚約騒ぎの事を言ってるのか?」
「ええ。かの存在は、無駄な事は一切しません。その日が来るまで。あ、
言えるんだこれ。あははは、どきどきしたー。でも・・・」
 由梨丘Jrは口を何度もぱくぱくさせては閉じ、それを繰り返した後、
諦めたように言った。
「詳細を言うことは許されてないみたいですね。さて、何かご質問は?」
「企業院は、どの程度まで、中目の事を知ってるんです?」
「トップの者達は、ほとんど。過去の経緯や氷の帯についても、これか
ら何が起きていくのかについても」
「そのトップの数ってのは、どれくらいいるんですか?」
「充分な数、としか申し上げられません」
「分りました。もうこれ、消してもらっていいですか?それから、でき
ればココアを下さい」
「はい、ただちに」
 窓を閉ざしていたスクリーンが次々に引き上げられていき、レストラ
ンは再び日の光に満たされた。
 さっき見た光景は、瞼の裏にしっかりと刻まれて消えてはくれそうに
なかったけれども。
「で、これで話は終わりですか、企業院からのメッセージは?」
「ええ。あとは、あなたに対する個人的興味だけですね」
 おれは、とっさに身構えた。
「取って食べやしませんから、そんなに警戒しないで下さい。私だって
自分の身が可愛いんですから」
「いや、どうも最近女難づいてるんで・・・」
「ごほん、それは聞かなかったことにしておいて、と。私が聞きたかっ
たのは、口止めされてるんですけど、律子お姉様のことをどう思ってる
のか、って事だけです。きゃ、言っちゃった!」

 二緒さんて・・・。確かに世界中に女性ファンも多い人なんだけどさ・・・。

「お姉様って・・・。血のつながりは無いんでしょう?」
「それくらい察して下さい。気はあるんですか、無いんですか?」
「そりゃ、気にならないって言えば嘘になりますけど、今はレイナの事
で手一杯だし頭も一杯だし」
「そうですか、安心しました。ご協力ありがとうございました。これで
私からの用はすっきりさっぱり終わりましたので、どうぞお引き取り下
さい」
「そうさせてもらいますよ、喜んで」

 帰りのセレスティスの中で、おれはレイナに通信をつないでもらった。

「やっほー!どうしたのタカシ君?昨日の晩、玄関じゃなくてベッドに
運ぶべきだったなー、って後悔しなかった?」
「とりあえずそこらはスルーだ。レイナ、宿舎に戻ったら話があるんだ
が、時間取れるか?」
「うー。例の人形越しならともかく、直には厳しいかな。夜の二緒さん
達との会合の後じゃダメ?」
「なるべく早い方がいいんだが、じゃ、夜の会合の後で」
「オッケー!すっけすけの下着とか調達したから楽しみにしておいて、
ダーリン!」
「下着もダーリンもひとまずスルーだ。たまには、お前の部屋で会うか?」
「別にどっちだって同じだけどねー。アタシはかまわないよ」
「じゃ、よろしくな」

 レイナとの通信を切った後、AIに訊ねた。

「イワオについて、その後報告は?」
「特にトラブルは無く、高校時代の野球部の仲間だった人達や、おそら
く大石巌さんのファンと思われる方達に連絡を取ったり会われているよ
うです」
「そうか。可能な範囲でいいんで、あいつが暴力沙汰とか間違っても起
こさないように注意しててくれ。それから、これはおれの独断なんだが、
警察もやんわりとだが、関与させておいてくれないか?」
「結果的に通達は行くことになるでしょうけれど、途中までは完全に記
録外の活動として留められますので、少なくとも南みゆきさんのプライ
バシーが侵害されることは無い筈です」
「わかった。よろしく頼む」
「はい」

 で、宿舎についたのが4時頃で、一息付く間も無く資料をまとめてか
ら議員会館の執務室に向かった。
 執務室の受付端末は5体に増えていた。
「あれ、増やしたんだ?」
「ピーク時にも余裕を持たせる為です」
「でも、電話とか鳴ってないじゃん?」
「鳴らす必要が無いだけですよ。集計モニターをご覧頂ければわかりま
す」
 執務スペースに表示された連絡件数は秒刻みでどんどんと増えていた。
「そっか。人間じゃないから、口に出して話す必要は無いってか」
「そうです。相手の回線に返答が流れれば良いのですから。またそうで
ないと、一体で百回線など扱えません」
「ちょっとした大企業のコールセンター並?」
「そうですね。今までの政治家なら地方組織から声が吸い上げられていっ
てといった具合でしたが、完全に電子化されるとどうなるかという見本
が現在の状態でしょう」
「あのさ、おれでこんな繁盛してるなら、副議長やってるレイナとか、
存在感光りまくりの二緒さんとかなんてもっと・・・?」
「中目議員でタカシの5倍以上、二緒議員で10倍以上でしょうか」
「さもあらん。張り合うようなものでもないけどな」
「草津議員が参られたようです。お通ししますか?」
「ああ。頼むよ」

 草津議員は、ちょっと意外だったが手ぶらで来た。資料の束でもどっ
さり抱えてくるかと思っていたのだが、執務スペースにまで手ぶらで入っ
てきて、机越しに右手を差し出してきた。
「政治家の顔つきになってきましたね。顔の1、いや2割くらいだとし
ても」
「厳しい評価ですね」
おれは苦笑した。
「いや、先日のゼロ割からは大進歩ですよ。さて、本日はどのようなご
用件で?」

「政治家へのEL利用についてなんですが」
「私の意見を?」
「というか企業にEL利用はまだ用途とかが明らかなんですが、政治家にっ
て、効果とかどうなのかなー、と。世論調査とかも雰囲気に流されてし
まってる部分が多いように感じてて」
「もっと具体的にお願いします」
「ええと、まだぼくの中でも考えは固まってないんですが」
「余計な前置きは無駄です。今後言わないように」
「わかりました。地方議員ならいざ知らず、国会議員て、無税じゃない
ですか?国家政府が無税金政府を標榜してるから、脱税という犯罪がそ
もそも発生しない。政治献金の上限も撤廃されたし、MR大政変後の政党
崩壊もあって政治家個人への献金が可能になって、利益誘導の証明その
ものが余計に難しくなってしまった。この状態で、何を理由に政治家へ
のEL利用を義務付けようとするのか。そこがわからなくて」
「まず前提に誤解があるといけないので触れておきますが、政治家が法
律に縛られなくなったわけじゃありません。一般の人が行って犯罪にな
ることなら、政治家も犯罪に問われます。国会会期中には逮捕されない
とか、国会内での発言は罪に問われないといった憲法上の身分の保障の
違いはありますけどね」
「それで?」
「あなたがおっしゃられた通り、国会議員はかつてないほどのウマイ商
売になった。過去にはさんざん叩かれて辞職にまで追い込まれるような
ことをしても、合法になった。数も衆参合わせて1/10以下に減りました
から、利権の集中という意味では比べようもない。ただし、建設などの
広域事業の大半は各道州議会の判断と財源に委ねられましたから、国会
議員の持つ権力も分散されましたけど」
「要は、選ばれるまでの段階での不正がポイントになったと?」
「先日の間接枠議員の選ばれ方でご説明した通り、国会議員になれるの
は全体のほんの一握り。しかも相互のもたれあいが無いと、議員選出さ
えままならない。議員になった人の仕事とは、金を集めることと、集め
た金を自分を選出してくれた人たちに“合法的に”配ることです」
「なんか、古き良き金権政治に逆行したみたいな・・・」
「さて、そこで問題です。新憲法が採用されてまだ7年ほどしか経って
いませんが、なぜこのような仕組みに変わったのでしょうか?」
「税金を払わないでいいってのは、ある意味公平性の問題でしょう?献
金を受け取ることを禁じ無いし、その上限を撤廃したっていうのが、わ
かりません」
「前置きを思い出して下さい。一般に法律で禁じられた行為は、政治家
にとっても禁じられているんです。公職選挙法や政治資金規正法は改正
が加わったものの無くなったわけじゃない。利益誘導の証明は確かにむ
ずかしいけれど、不可能では無いんです」
「ヒントを下さい」
「談合とかが、わかりやすいんじゃないですか?」
「談合ねぇ・・・。例えば何かの建設予定地とか競争入札の予定落札価
格の情報を、支援を受けてる企業にリークして、後でお礼のお金とか株
とかをもらうとか?」
「MRが官僚にも政治家にも義務付けられてる現在、露骨に関わる人もい
ないでしょうが、明らかな法律違反ですね。それらは何故違法とされた
のでしょうか?なぜ禁じられたのでしょうか?」
「本来よりも高い費用を発生させるから?」
「そうですね。限られた財源を余計に浪費させるから。その分他に回せ
た筈のお金が足りなくなる。つまり公的な利益を減じるから、というの
が最大のポイントになります」
「でも、それじゃ限られた予算にケチがつかなければ、何やっても良い
ことになっちゃいませんか?」
「ではもっと単純に。今、私やあなたが、他の誰かを殺したら、罪に問
われますか?」
「当然です」
「ほら、予算だけじゃないですよね?」
「そんなとんちみたいなのじゃなくて・・・」
「じゃあ次。福祉に従事する人達の待遇を改善すべしと唱えて、福祉従
事者の団体から献金や票の支援を受けたら、これは違法ですか?」
「決められた手続きさえ踏み外さなければ、違法じゃ無いと思います」
「本来公的機関からAという福祉施設に支払われるべきお金を、政治家
が横領してしまったら?」
「違法でしょう」
「じゃあ、Aという福祉施設がお金を受け取ってから、その一部を政治
家に献金したら?」
「合法?」
「その手続きを踏んでいるのに違法になる可能性を考えてみて下さい」
「え~、と・・・?Aという福祉施設が必要な金額を、その政治家の為
に使いこんでしまった、とか?」
「及第点は上げましょう。例えば、10%の賃上げの為に、その政治家は
各方面を調整して、法案を通したとしましょう。単純化して計算します
が、本来その福祉施設に必要な年間経費が1億円だったとして、施設で
働く人の賃上げの為に、経費が10%、1億1千万かかるようになったと
します」
「構図が、見えてきた、ような・・・」
「施設に支払われるのは、ぎりぎり1憶1千万。もし政治家が報酬を
1円でも求めたら、予算に穴が空くのです。ただし、増えた報酬の中か
ら10%ずつ従業員達がカンパして100万円を集めて政治家に献金し
たとしたら?これは違法でしょうか?」
「む、むずかしいですね。違法とも言い切れないような」
「違法です」
「ええー!?なんでですか?正当な報酬を受け取っているように見えま
すし、企業や団体からの献金が違法でないなら、これはまっとうな部類
じゃないんですか?」
「どこが法律に引っ掛かると思いますか?」
「だって、彼は10%の賃上げを勝ち取ったわけでしょ?」
「そこです。彼は結果的に9%の賃上げと1%の私利を稼いだことにな
るからです。もっと言えば、従業員達が自分たちの給料からでなく、ど
こかを節約してお金を捻出したりしたら、これは公金横領に当たります」
「でも、そんなこと言ったら、どの企業も団体も、政治家に献金なんて
できなくなっちゃいませんか?」
「まさに、建前としては献金を受け取れるし上限は無くなった。けれど
実際には流せなくしたんです。だからこそ、企業院という存在が生まれ
て、企業院と選挙議院の間に、選挙が全く絡まず一年任期で再選も無い
抽選議院という存在が挟まれることになったんです。そして抽選議員に
対しては、あらゆる形の利益供与が禁じられています」
「でも、実際には企業や団体からの政治家への献金て無くなってません
よね?さっきの論法でいくと、回り回って公金が企業や団体や政治家に
横領されてることになっちゃいませんか?」
「例えばある規制を廃止することで、国の経済規模、GDPが0.1%、全体
が500兆として5千億ほど増えたとしましょうか。この撤廃の為に多
くの企業や団体が計50億ほど政治家達に献金したとします。この50
億の献金が違法でないお金である条件とは何になりますか?」
「さっきは、公的なお金の話をされてましたよね。ということは、私的
なお金、公金で無ければ、公金が絡まなければ、違法にはならない?」
「ここでも規制撤廃に伴う経済効果だけに注目して考えますが、お金の
出所と性質がまず問題となります。献金した企業や団体が公的な援助を
一切受けていないと証明できることが条件の一つになります」
「まだ他に条件があるの?」
「ええ。規制が撤廃された事に伴って何らかの事故や災害や犯罪が急増
して社会的コストが増大しないことが一つ。
さらに、企業からの献金以上の公的利益が生まれることが最後の条件
です」
「さっきの例で言うと、企業や団体からの50億円以上の経済的効果が生
まれて、何か事件みたいのが起きなければロハにされるみたいな?」
「そう単純にも云い切れませんが、無い袖は振れ無くしたのが現在の政
治の仕組みです。振れる袖を、つまり公金の収入を増やすことは、イデ
オロギー的な善悪ではなく、様々な公的サービスを実現する原資となり
ます。企業は、地方政府の公共サービス債を売上高の平均で約3割ほど
購入していますので、経済が成長すればした分だけ、当然ですが公金も
増え、来年度の予算枠も増えることになります」
「つまりは、税金をもっと払えば優遇してやるよってこと?」
「その極端な例外がNBR社ですけれども、あの企業は例外中の例外です
から。私があの企業から10億受け取っても、何の検証も無く不法な利益
誘導の検査も受けないのは、あの企業の存在無くして日本という国の公
的サービスが有り得なくなっているからです。あの企業がもたらしてい
る経済的恩恵は、はかり知れませんからね」
「東京都臨水区洋上の本社施設群周辺地域の治外法権の値段が、年10兆、
国に9兆、首都圏道に1兆でしたっけ」
「詳しいですね。まぁ、彼らは払おうとすればもっと払えるけど、その
程度にとどめているのが実情ですけどね。
さて、まとめてみましょうか。企業や団体から政治家への献金の条件は
3つ。公金が原資でない私的なお金であること、社会的コストを増大さ
せるような弊害を伴っていないこと、献金額以上の利益を社会にもたら
すこと。まぁ、なかなか高いハードルですよね」
「うーん。MRもあるし、ELをかけなくても不正なんて働けそうに無いん
ですけど・・・」
「ELは特殊な存在ですからねぇ。社会的コストを確実に減少させてはい
るんですけど、人道的な側面から見れば多様な意見がある事は否めませ
んから」
「例えばNBR社から支援を受けてる国会議員が今回の法案に賛成してたら、
法律に引っ掛かるなんてことは・・・」
「100%の確率で、有り得ません。なぜなら、彼らは公金の原資者でこ
そあるけど、その逆は無いから」
「大口スポンサーだからケチつけられないってのと同じに聞こえるんで
すが・・・」
「正直、そのまんまって側面は確かにある。ただしNBRにしろやりたい
放題じゃない。日本国領土であれば、日本国の法律が適用されることに
変わりは無いし。あの二緒さんにしてもね。いくらかの例外事項や除外
項目は優遇されてはいますが」
「でもそれがNBRが治外法権を獲得している私有地、いわば領土内であ
れば」
「日本国の主権も法律も及びません。それこそ世界中のどの国の主権も
法律もね。そんな私有領土を世界中に抱えているのがNBRという特殊な
存在です。そこで何が起きているのか、何をしているのか世界中が知ら
ないし、知れない。恐るべき存在ですね」
「そんな他人事の様に」
「まぁ、本題に戻りましょう。政治家にELをかける意味でしたね」
「ええ。献金以外だと、どんな可能性が?」
「MRも後から調べる装置であって、未然に防ぐ為の装置ではないっての
を忘れちゃいけません。君は二緒さんから聞いて知ってるだろうけど、
記憶を消す装置もある現在、MRの価値は相対的に薄れてきているしね」
「確かに」
「結論から言ってしまえば、政治家にELをかける意味はあるんですよ」
「どうしたんですか、いきなり?」
「だって、あらゆる法律を犯す心配が無いんでしょう?完全無欠のヒー
ロー、永遠に潔白な聖人君子を求めるこの国の人々の感情的希望に沿っ
た存在じゃないですか?」
「二緒さんが、選挙でふるいにかければいいじゃないかって皮肉ってた
意味がわかりましたよ」
「民主主義における政治家って、結局は選挙民から何を求められている
のかにかかっているわけです。MR大政変があった後でもまだ全国会議員
に義務付けられていない現状の方が、にわかには信じがたいですけどね」
「それだけの分別を備えてるってことじゃないですか?」
「かも知れません。選挙議院の過半数をEL受容派の議員が占めていない
のは単なる僥倖に過ぎないかも知れないけれど。
 さて、問題は単純化するに限るんですけど、政治家が出来る最大の背
信行為って何だと思います?」
「人によって異なるんじゃ?例えば、公約を破って方針転換しちゃった
とか、所属する党を変えちゃったとか、自分の応援してない所と連立組
んじゃったとか?」
「ぼくからすれば、政治家で無くなってしまうことです」
「辞職とか、事故とかですか?」
「本人の意思によらない事故で死亡とかなら仕方無いけれども、何かつ
まらない疑惑で辞職だったら、投票した身としてはがっくり来るよね。
投票した一票が完全に死んだことになるのですから」
「は、はぁ・・・。でも、いつ引退するかなんて、基本的にはその政治
家の勝手じゃないですか?」
「確かに。では、白木議員が考える政治家が働ける最大の違法行為って
何でしょう?」
「えぇ?!」
「公金横領や選挙での不正でもなく、MRをごまかすことでもなく、政権
を放り出すことでもなく、経済に打撃を与えるでもなく、殺人とかそう
いった犯罪を犯すことでもなく、君自身が考える最大の違法行為って何
だと思う?そこに、君にとっての、政治家にELをかける意味がある筈で
す。見つからなければ、やっぱりその意味は無いことになります。その
違いがわかるのは、君だけです」
「・・・政治家としての役割を果たせないこと、ですかね」
「政治家としての役割って何?」
「どんなに支持率が低かろうと、次の選挙で議席を失おうと、例えば日
本国民を全滅させるような選択をしたら、それが最大の違法行為という
か、背信行為じゃないでしょうか?違法かどうかという意味でいえば、
法案として成立させるには適法な手続きを踏んだ上で行われるでしょう
から、違法には当たらないでしょう。でも最大の背信行為はと聞かれた
ら、結果論になってしまいますけれど、国民全体の命を損なうような事
があったら、それこそが該当すると思います」
「違法であっても全体を救うものか、適法であっても全体を損なうもの
か、どちらを選ぶかは究極の選択です。例えば太平洋戦争を終結させた
天皇の政治的判断にしても、彼にはその権限は与えられていなかった筈
なんです。与えられているとしたら彼には開戦の責任も当然発生してい
た。まぁ、適法か違法かなんて堺じゃないところで求められるのが政治
的判断てことですね。だからこそ、選挙議院はELを自分たちに対して適
用しないことに決めたんです」
「う~ん」
「法律の条文ていうのはそれだけじゃ未完成なんです。解釈や運用、訴
訟における司法判断を積み上げていく中で初めて完成に近づいていく。
採決されて運用に入る前に廃案になるようなのもあるけどね」

2時間はあっという間に過ぎようとしていた。

「すみません、お話が佳境に入ってきたとこなんですが、そろそろ時
間が」
「ああ、この後の二緒さん達との会合でしょ。ぼくも呼ばれてるよ」
「え?てっきり抽選議院の7人、実際には黒瀬さん含めない6人だけかと
思ってたんですけど」
「黒瀬さんも来るし、越智さんだって来るって聞いてるよ」
「うわ、豪華キャストですけど、なんか、一般の懸念ていうか疑念てい
うか反感買いそうな気もしますね」
「二緒さんは気にしてないと思うよ。だって、NBRが支援してる日本の
政治家の5人のうちに黒瀬さんも越智さんもぼくも含まれてるもの」
「・・・いいんですかそれ?なんか思いきり利益誘導っていうか出来レース
ぽくなってません?」
「この法案の最大のポイントはそもそもどこにあったかというと、一般
への販売を許可するかどうかだった。二緒さんはその一般販売を許可し
て欲しかったけど、選挙議院の法案では禁止されている。この法案内容
に、越智さんも賛成してるよ。黒瀬さんは間接枠の次席議員だから、選
挙議院での採決には投票権が無いけど、やはり法案内容には賛成してる。
ま、そもそもNBRに利益誘導なんて必要無いって認識はみんな一致して
るから、心配無用なんだけどね」
「世論調査とか見てると、政治家へのEL適用に7割くらいが賛成してる
んですが、何かご意見は?」
「二緒さんが言ってた通りだよ。有権者がそう望むのであれば、そういっ
た候補を立てて選挙を戦って勝てばいいだけ。次の選挙までそういう世
論が続くのであれば、実現するかも知れない。ELを受け入れてもいいっ
ていう政治家が今でもいないわけじゃないけど、少数派だね」
「なんで少数派なんでしょうか?」
「例えば、第二次世界大戦に敗戦した後、日本が押し付けられた憲法を
厳密に、言葉通りに解釈するなら、軍隊なぞ持てなかった。国際法上の
慣例とか自然権とか法律関係者がいろんなものをつけ足さない限り、軍
事力を持つことは不可能だった。当時の国際情勢なんかがいろいろ絡ん
でたにしろ、日本は”自衛隊”という名称の軍事力を持つことに決めた
んだ。国連にも加盟したしね」
「国連が何の関係が?」
「大有りだよ。日本人の大半が理解してないけど、国連に加盟するって
ことは、国連憲章に同意したっていうことであって、必要な時には軍事
力を提供することとそこに明記されてるんだ。
 まぁ国連加盟だけじゃないにしろ、日本が再軍備した方が良かったの
か、そうで無かったのかは、IF、つまり証明不可能な問題になっている。
日本は憲法を修正しないまま再軍備に走り、日米安保を結び、世界第二
位の経済大国としての地位と繁栄を築き上げたのだから。
 政治家にELを適用するってのはだから、そういった政治判断を封じて
しまうことにもつながりかねないんだ。そしてその判断のツケは払えな
いほど巨大なものになってしまうかも知れない。最終的な判断は有権者
に委ねられているけどね」
「なるほど。それじゃそろそろ何か食べておかないと間に合いませんね」
「ああ。二緒さんが何か用意しておいてくれるそうだよ。予定より人数
が増えたんで、会議室に集合だってさ」
 AIを振り返るとうなずいていた。
「じゃあ、二緒さん達とも話があるんで、先に行ってるよ」
「はい、また後で。お話ありがとうございました」
「のーぷろぶれむ!」

時計は、午後7時を少し回った辺りだった。

 おれは一息ついて、イワオの事を思い出した。
「そういえば、イワオからその後連絡は?」
「まだ何も」

 おれは、無茶をしないようにと釘を刺すメールをイワオに送っておい
てから、指定された会議室へと向かった。


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