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2-2 絶望の理由


絶望の理由


 そして当日。国体維持関連3法案の審議を翌日に控えていた。おれは
参加予定者達にそれぞれの部屋で待機しててくれるよう伝えてあった。
レイナにどこかに運んでもらうのだろうとは思っていたが、二緒さんか
らはまだどこになるとは連絡が無かった。
 窓の外の風景を眺めていると、都心の街並みが突然海面に変わった。
 慌てて周囲を見回してみると、そこには他の参加者達も同じ様に驚い
た表情で揃っていたが、中には初対面の人も数人いた。

「皆さん、NBR本社会議室へようこそ。おくつろぎ下さいね」
 二緒さんが挨拶したが、その隣には、相子殿下と奈良橋さんが揃って
くつろいでいた。
「皆さんとは就任式典後の晩餐会と、私の婚約発表の時以来ですね。そ
の節はお騒がせしてすみませんでした」

 抽選議員の面々は畏れ入ったりしてる人もいたが、輪状に並べられて
いるソファに、それぞれ落ち着いていった。おれはレイナの座っている
ソファに行って、集められた面々に挨拶した。

「今日はお集り頂いて恐縮です。まず、きょう本日の参加者ですが、ぼ
くとレイナ、二緒さん、奈良橋さんと相子殿下、牧谷さんとそのパート
ナーの朱鷲さん、内海さんご夫婦、ナンシーさんとそのパートナーのフ
レデリカさん。そして七波さんです」
「抽選議員だけでも8人やないか。よう集まったもんや」
「おかげ様で。法案要旨は皆さんもうご存じの事と思いますので、今回
集まって頂くきっかけになった、あるお方とのお話を紹介させて頂きま
す」
 そしておれは、和久陛下の願いを集まった一同に伝え、こう締めくくっ
た。
「結果がどうなるかはさて置き、陛下の心情を汲んで動いてみるのは、
無駄じゃないと思うんです。人口維持法の精子や卵子の提供にしろ、当
人に拒否権は有りません。信仰上や身体的な特別な理由があって裁判所
にその例外を認可されない限り。
 でも、天皇には例外も拒否権も認められていません。制度としての対
象を維持するのが目的だからです。
 今日お集り頂いたのは、天皇自身にもその例外を認めるべきかどうか、
皆さんにもお尋ねしたかったからです。ぼくは、認められてもいいんじゃ
ないかと思います。それで皇位を継ぐのが、相子様と奈良橋さんの間に
出来る子供になるとしても、女系天皇になっていくとしても、それは受
け入れるしかないんじゃないかって。それも絶えてしまったら、やはり
どこかでクローン再生の話は出てきてしまうかもしれないけど」

「まず、いいかな?」
 牧谷さんが手を挙げたので、おれは「どうぞ」と指名してソファに座っ
た。
「皇室典範、読んだ?」
「えっと、恥ずかしながら、まだ・・・です」
「ニコロ、皇室典範を表示して」
 一同のそれぞれの前に小さな仮想モニターが出現した。
「2020年に成立した新憲法でも、皇室典範の内容はほとんど改訂されな
かった。女系の子孫でも皇位を継承できるとした以外ではね。
 皇位継承を含めた皇室を規定する法律が皇室典範なんだけど、今の白
木君の話からすると、この中に出てくる皇室会議がポイントになるんじゃ
ないかと思うんだ」
「そうね」と相子殿下が続く。「内親王である私が皇族以外の誰かと結
婚するなら、本来は皇族の身分を離れることになってる。その婚姻も皇
室会議の認可を得ないといけないもの」
「さて、その皇室会議の構成なんですが、皇族2人、選挙議院及び抽選
議院の議長及び副議長、内閣総理大臣、宮内庁長官、最高裁判所長、憲
法裁判所長の10名。
 総理が皇室会議の議長となり、評決が半々で割れた時は議長票で決議
されます。
 現在の皇室会議には、二つの大きな問題を抱えている。一つは言うま
でもなく、皇族がたった二人しか残っていないので、本来ならそのお二
方が皇室会議にも参加するしか無い。皇后や皇太后、親王や親王妃、内
親王、王、王妃、女王どころか卑属の、皇室縁の方々がLV2の時に全滅
したのは皆さんご存じの通りです。
 そして問題の二つ目は、第36条の『議員は、自分の利害に特別の関係
のある議事には、参与することができない』という規定です。この規定
がどうにかならない限り、先ほどの一つ目の問題と絡まって、皇室会議
の皇族の枠が埋まらないのです。6人以上の出席で議決は有効とはなり
ますが、皇族が参加していない皇室会議の権威や有効性は疑問視されて
もいます。
 これは和久陛下が8歳で即位された時に後見役となる摂政選びでも成年
した皇族がいなくて、以前の宮内庁長官が超法規的に代行する形を取る
などやはり一騒動を醸したものですが、まだ改訂には至っていません。
 そもそも、皇統が生物学的に、純粋に、残り2人となるような事態は
想定されていなかったのですから。
 今回の国体維持関連3法案の審議前に準備期間が用意されたのは、何
も善意だけではありません。選挙議院側では、この皇室典範の改訂もそ
の間検討しているのですから」
「本当なら、皇室典範の改訂も同時に出してくりゃ良かったんじゃござ
いません?」と七波さん。「クローン再生された皇室の方の地位の規定
は皇室維持法の中に書かれてはいますけど」
「きっと、論点をあまり増やしたくなかったのでしょうし、ぼかしたく
も無かったのでしょうね。皇室をほとんど無理矢理にでも維持したいの
かしたくないのか?維持したいのなら、この方法しか無いというのを突
き付けてきた感じでしょうか」
「えっと、この皇室典範からすると、天皇陛下自身が自らの意思で位と
か皇族の身分から離れることは出来るんでしょうか?」と、おれは聞い
てみた。
「親王でも皇太子と皇太孫は除外されてるから、重度の疾患とか事故と
かが無い限りは、無理だろうね」と牧谷さん。
「それに、位を離れられたとしても遺伝子そのものはキープされてそう
やけどな、結局。貴重なオリジナルの遺伝子やもの。ほっとくわけない
やろ」と奈良橋さん。
「皇室会議には、ここにいる人の中では、中目さんが参加するわけか」
とクリーガンさん。「あなたの意見はどうなの?」
「先日、相子殿下を除く9名での会議が開かれ、まず相子殿下の婚約が
正式に了承されました。
 続いて陛下を除く9名での会議が開かれ、議長である越智首相から、
和久陛下のクローン再生された存在を皇統とは認めないという談話から、
今回抽選議院に送られてきた皇室維持法に対する見解が質されましたが、
これは高度に政治的、歴史的、民族的見地から、最後の手段として、採
らざるを得ないだろうという評決が下されました。天皇陛下ご自身の判
断とご希望よりも、皇室会議の決定が選挙議院の判断を後押ししたこと
になります」
「あなた自身の投票は?」
「棄権、しました・・・」レイナは力なく言った。
「ちなみに私は特別に参加させてもらって、反対票入れたけどね」と相
子様。
「あれ、相子殿下も奈良橋さんも、国体維持関連3法案は容認する立場っ
て聞いてましたけど?」
「私の弟みたいなものだからね、和久は。他に私が実際の一票を投じら
れる機会なんて無いから、せめてもの同情票よ」
「人が望むのであれば、それはいずれにせよ実現してしまうという好例
ね。悪例とでも言うのかしら」と二緒さん。「例え彼が忽然と姿を消そ
うと自殺に成功しようと、彼の遺伝子サンプルが遺されて、必要な機会
が来れば真っ先に使われてしまうでしょう。それは避けられない」
「でも」とレイナが抗議した。「まだ死んでない人を死に追い込むこと
は避けられるんじゃないんですか?陛下の手持ちのカードは決して多く
ないけど、ご自身の命はほとんど唯一にして最後のカード。それを切ら
せたくなかったらと交渉してきたら、私達はどうしたらいいんでしょう
か?」
「死を賭しての交渉か。それでも死んだ後にいずれ復活させられてしま
う危惧は消えないけど」と牧谷さん。
「人の意地って奴じゃございませんか?」と七波さん。
「その人として最期の一線、命か信条か、どちらを取るのか。陛下とし
ては声を限りに叫びたいとこやろ。あなた達は言いなりにならない私を
殺して、言いなりになる私をクローン再生させる気か、とな」と奈良橋
さん。

 場は、いったん静まり返り、その後、牧谷さんが続けた。
「感情論で言えば、陛下に同情できる余地は多い。国民全般でもそうだ
ろうけど、これはもう和久陛下の心情の問題では無くなってしまってい
る。白木君も懸念してた通り、今回我々が結託して差し戻し、何とか廃
案に持ち込んだとしても、来年の再提出では我々でない抽選議員達によっ
て可決されてしまう可能性は高い」
「でもでも」とレイナ。「もしLV3が今年中に来ちゃうのなら、その心配
はしなくてもいいんじゃないかな、かな?」
「む、ぅ。確かにそうなんだけどね。それを前提にしちゃうと、ほとん
どの法案の審議なんてもう意味が無くなってしまうよ」
「ちょっと、意見いいかい?」と牧谷さんの隣に座った赤髪の女性が手
を挙げた。
「どうぞ」とおれは指名した。
「そのLV3がいつ来るか、来てどうなるのか、はっきりさせておいた方が
いいんじゃないかって思うの、私だけ?そこのレイナちゃん、いえ中目
さんとやらが元凶なわけでしょ?この牧谷が言ってた通り、全部が全部、
LV3が来るのか来ないのか、来るとしたらいつなのかによって変わってき
ちゃうなら、それをまずはっきりさせておくべきなんじゃないの?」

 一同の視線がレイナに集中した。
 レイナは目を閉じて深呼吸し、また目を見開くと中目に切り替わって
いた。
「LV3は来る。それは確実」
「想定される被害の規模は?」
「最も楽観的な推測で半減。最も悲観的な推測では、私と白木議員、そ
して二人の間の子供のみ生き残る」
 ふー、っと誰ともなく溜息をついた。
「時期は?」
「分からない。今すぐにでも起こる可能性はある。恒星の寿命だから、
数万年規模でのずれが生じ得る事も周知している通り。ただ・・・」
「ただ・・・?」
「あなた方の間の予知能力者の推測によれば、今年中に起こる」
 そして中目にじっと見つめられた相子殿下が後を継いだ。
「そう。そして、最初の犠牲者は、和久になる・・・」
 誰もが絶句した。
 相子様はぐるりと周囲を見渡してから、続けた。
「それはたぶんそう遠くない未来。何故なら、初夏の輝く緑に包まれた
皇居で、私は新天皇としてセンソ、つまり即位する夢を見たから」
 誰もが言葉を発する事が出来ないでいる中、中目が問いかけた。
「その予知の確度は?」
「私の夢見で外れた未来は、無い、わ。残念ながら・・・」
「即位の式典は行われていたのか?」
「私一人でなかったし、傍には悠も他の人達もいたから、当然まだ絶滅
はしてないってことになるでしょうね」
「つまりは数十人単位の人はそこに存在していたと?」
「そうなるわね」
「ふむ。つまり、LV3の最初の犠牲者が出ても、全体はすぐに滅びないと
いうことか・・・」
「良いニュースかどうか微妙やな。それが6月末や7月頭としても、あと
3か月くらいってことかい」と奈良橋さんは頭をがりがりと掻いた。
「議論を元に戻すよ」と牧谷さん。「つまり、LV3は3、4か月後には始ま
る。そして確実に和久陛下は亡くなる。不遜だけど、ここまでは確実な
仮定としてみよう」
「確実な仮定か。変ね」と朱鷲さんは小声で笑っていた。
「その予知は、もう和久陛下の耳に?」
「ええ。知ってるわ」と相子殿下。
「つまり、放っておいても、どこかに身を隠して頂いたとしても、自殺
に追い込まなくても、和久陛下の死は確定していて、ご当人もその運命
をご存じだということですか。いやはや」
「むずかしく言わないでいいよ。遺言て事でしょ?自分をクローン再生
しないでくれって」
朱鷲さんの言葉に七波さんが同調した。
「後は、残された者達の心意気次第、ということでございますね」
「心意気、ですか」おれはつぶやいた。「自分でない誰かを自分として
扱わないでくれって。そんな願いも聞きいれられないとしたら、ぼく達っ
て何者なんでしょうね・・・?」
「返す言葉も無い」中目が頭を下げた。
「白木の坊や。もうちょっと言葉を選びな」と、七波さんに叱られてし
まった。「極端な話、もし生き延びるのが抽選議員の面々とそのパート
ナーとその子供達だけなら、その間でだけでも、陛下をクローン再生し
ないって約束をしておくのは出来るんじゃないかい?」
「世界の人口が十万分の一以下に減っている状況でっか。そんだけ減っ
てれば、確かに可能かも知れまへんな」と奈良橋さん。
「これは、生粋の日本人には出来ない発想かも知れないけど」と前置き
してからフレデリカさんは言った。「遺伝子をすり替えておくことは?
陛下のものじゃない遺伝子からクローン再生されるようにしておけば、
願いは叶えられるのじゃなくて?」
「技術的には、可能かも知れません」と二緒さん。「けれど、民族の歴
史を鑑みても、保存されてる遺伝子は、かなりの数に上るでしょうね。
その全てを把握するのが困難なくらいに」
「それでも宮内庁などはその管理を行っているのではありませんか?管
理されているのであれば、そこから辿ることも可能では?」
「陛下に同情する気持ちは、ここにいる皆さんだけでなく、世間一般で
も共有され得ます。しかし既に保存されている遺伝子サンプルを破棄す
るとなると、これは皇統の根絶に手を貸すようなものですから・・・」
「無理、ですか」
 皆、押し黙ってしまった。
「ちょっと休憩を挟みませんか?」とクリーガンさんが提案してくれた。
「部屋にお茶菓子とかも用意しておいたから。中目さん、ちょっとお手
伝いお願いできるかしら?白木さんも」
「ええ、いいですけど?」
 おれと中目はクリーガンさんと手をつなぎ、いったんNBR本社会議室か
ら離れた。


 見覚えのある暖かな部屋。
 そのテーブルには正確な名前が良く分からないケーキやタルトやプディ
ングといった類が山と積まれていた。
「お茶を暖め直すから、ちょっと椅子に座って待っててね」
「あの、運ぶのなら、わざわざ来たりしなくても・・・?」
「わざわざ来た理由は何でしょう?椅子にかけて待っててね。つまみ食
いしててもいいわよ」
 クリーガンさんはキッチンへと引っ込み、中目は言われるままにテー
ブルの椅子に座り、手近にあったケーキを手づかみで食べ始めた。
「おいしい。あなたも食べたらいい、ほら」
 そう言って別のケーキをわっしと掴んで手渡ししてくれた。
 おれはケーキを受け取って、かじってみた。手がべとべとになるのは
気になったが、確かにおいしかった。
「お前、味なんて気にするのか?」
「する。食べやすいと食べにくいだけではない。うまいか、うまくない
か。栄養値の違いだけではない、受け入れやすさ、好みという言葉に変
換できるだろう何かは、我々の一族も持っている感覚。別に特殊なもの
ではない」
「そうか。でも、料理なんてそもそもするのか?」
「味付けという意味では、するのかも知れない」
「塩コショウを振ったりとか、煮たり焼いたりとか?」
「似たような感覚の物はある。それが人間のやり方と同一ではなくとも、
要は神経系に到達する刺激を調節する行為だ。栄養素の偏りは摂食を必
要とする生物の肉体には良くない。単一の対象だけを餌にする動植物も
確かに存在はするが」
「ふーん・・・」
「『彼ら』の生物談義?面白そうね」
 クリーガンさんが戻ってきて、紅茶を3人分淹れてくれた。
「あの、皆さん、待ってるんじゃ・・・?」
「いいのいいの。中目さん、このテーブルの上の物、大半をあっちに送っ
てもらえる?」
 言葉で応える前に、山盛りになっていた菓子類のほとんどが一瞬で姿
を消した。
「それで、どんなお話があるんですか?」おれは聞いてみた。
「さっきの遺伝子サンプルの話だけど、中目さん、あなたなら、全て探
し出して、廃棄できるんでしょう?」クリーガンさんはにこやかに、だ
けどとんでもないことを言った。
「できる。だが・・・」中目は言い淀んだ。
「レイナちゃんが望んでいない。だから、できない。そうなのね?」
「すまないが、答えられない」
「ふふ、あなた、本当に幼いのね。それは答えているのと一緒」
 中目はかちんと来たのか、何か言い返すように口を開きかけたが、そ
のまま閉じた。
「あなたには、いえあなた達、生粋の日本人には出来なくとも、他の人
には出来るかも知れない。例えば、私とか、ね」
「クリーガンさん!あなた一体!?」おれは叫んでいた。
「日本人のDNAとでも言うのかしら。皇族なんて気にしてないという人
が大半なのに、いざとなったら当の天皇自身の意思なんてお構い無し。
あなた達に出来ないというなら、私が代わりにやってあげましょうか?、
と言っているだけ。話し合いなんて必要無い。中目さん、あなたがこの
テーブルの上に揃えてさえくれれば、私が全て処分してあげる。あなた
なら必要な道具も一緒に揃えられるわよね、苦も無く」
「できる。だが、やりたくも無い」
「どうして?」
「レイナがそれを望んでいないから」
「どうして?」
「それは・・・・・」
 中目はちらりとおれを見て、また目を逸らしてしまった。
「レイナちゃんにとって、和久陛下が大切な存在だったから。だから、
その痕跡である遺伝子サンプルまで消し去ることは、少なくとも、自分
で加担したくはない。そうじゃないの?」
「否定は・・・」
 中目はそこまで言って、後を続けられなかった。
「クリーガンさん。人は誰だって、話したくないことだけじゃなく、悟
られたくないことだってあるんじゃないんですか?」
「ごめんなさいね。でも、はっきりさせておきたかったの。中目さん、
あなたは自分が望むことなら何でも出来るような力を持っている。その
力を行使しない理由を聞いておきたかったの」
「どうして?」と俺は聞いた。
「出来ないのなら、話はそもそも始まらないし必要無いもの。出来るの
にやらないのなら、何か理由がある筈でしょう?そこが話のスタート地
点になる筈なの。違うかしら、中目さん?」
 中目はもう答えなかった。
「私は別に意地悪がしたかったわけじゃない。そこは誤解しないでね、
中目さん、白木君」
「じゃあ、どうして俺達だけをここに?」
「こんな話、他の誰かに聞かれたかった?」
「いえ・・・・」
「私もね、わからないわけじゃないわ。日本人の、天皇家に対する思い」
 クリーガンさんは紅茶を一口すすり、クッキーを軽くかじって飲み込
んでから続けた。
「もしも、ね。イエス・キリストがその遺伝子を残していたとするわ。
子孫って意味でね。そしたら、協会も当然無視出来なかったでしょうし、
長い歴史の中で系譜が怪しくなる時があったって、その血に連なる者を、
誰も無視できなかったでしょう。
 それが仮に現代まで続いていたとしたら?キリスト教の信者にとって、
何らかの、無視できない存在では在った筈。その系譜が途絶えようとし
ていたら、当然、今のあなた達と、日本と同じような対策を講じてもお
かしくはなかった。
 聖躯衣についた血痕からキリストを蘇らせるというようなプロジェク
トも本気で動いていたこともあったし。それが本物のキリストの遺体を
包んだものがどうかはわからなくともね。 
そういった意味で、あなた達が、その系譜に終止符を打つことに加担し
たがらないのは、理解できなくない。キリストの血は特別な存在だけど、
クローン再生されたキリストがもしこの世に蘇ったとしても、流される
血がオリジナルのキリストと同じものになるかしら?
 和久陛下の意思もわからないでもないの。だけどその意思が、同じく
らいかそれ以上に強い意志に無視されるだろうこともわかる」
「結局、あなたは何が言いたい?」中目が尋ねた。
「あなたの意思を確かめたかったの、中目零那さん。あなたは和久陛下
を、殺したいのか、助けたいのか。それだけよ」
「私は・・・、私は・・・・・・」中目は言い淀みながらも答えた。
「私にはその質問に答える資格が無い。けれど私は、助けられる命は全
て助けたいと思う。同胞の移住が彼の命を奪うのだと分かっていたとし
ても・・・・・。偽善だな、これは。笑ってくれていい・・・・・・・・」
「私は、笑わない」クリーガンさんは応えた。「今、生きている人を、
これから死ぬと分かっていても、助けられないのは、とても苦しい筈。
かつてキリストの弟子達も、死へ引き渡される彼を助けられなかった。
レイナちゃんは、助けたいんでしょう?でも、もう、彼の意思は固まっ
てしまっている。状況も・・・・」
 クリーガンさんは手を伸ばして、中目の手を両手で包みこんだ。
 中目の瞳から、涙が一筋、こぼれた。
「未来は定まってしまっているかも知れない。でも、人は足掻ける筈。
それが人の意思であり、生の意味でもある筈。違う?」
「死が、彼の望みであったとしても?」中目が問うた。
「それがあなたの望みでもない限り、あなたに出来ることはある筈。違
う?」
「そう・・・だな。そうかも知れない・・・・・」
 中目は泣き声こそ漏らしていなかったが、その涙はしばらく止まらな
かった。その間ずっと、クリーガンさんはしっかりと中目の手のひらを
包みこみ続けた。

 中目とレイナが和久陛下を助けたいとして、おれに出来ることは何だ?
 助けたがっている当人が死にたがっているのに?

「でもどうして和久陛下は、死を望んでいるんだ?」
「あなたは、自分の愛した誰かが、他の誰かと未来を築く時を生きたい
と思うだろうか?それが、彼の絶望。死を望む理由」
「ちょっ、ちょっと待てよ!?だったら、俺が身を引けば済む問題だっ
てのか?ならなんだって、お前は俺なんかにちょっかいを出してきた?」
「彼には、その資格が無かったから」
「はぁ!?」
「言った筈だ。レイナとつがいになれる者は、白木隆、あなた唯一人だ
と」
「もしかして、子供を作れるかどうかだけが基準だったと?」
「それだけではないが、それは絶対に満たされなければならない要素だっ
た。そしてあの天皇には、それが満たせなかった」
「ふふふふふざけるなーっ!だったらそれ以外の理由じゃ、二人は、二
人は・・・・・!」
「互いを重要な存在と感じ合っていた。それは事実だ。だが、別離をレ
イナは受け入れた。何故だかわかるか、白木隆?」
「結局、LV3が来たら死んでしまうからか?」
「それも理由の一つではあるが、全てでは無い」
「じゃあ何だよ?」
「彼は、レイナを守れなかった」
「・・・どういう意味だ?」
「文字通り、レイナは感情制御を受け、上層からの命令に逆らうことは
できなかった。先ほどまでの話で分かろう?皇統の遺伝子を、LV3の後
も遺せるのであれば、何でもしたであろう勢力がいたことは・・・」
「陛下は、連中を留められなかった。だから・・・?」
「要求は日に日に厳しくなり、レイナは責められた。精神の均衡に障害
を来たす危険が増し、私は力の行使を余儀なくされた。私はその時、既
に告げた。現在の人類の終焉を・・・」
「それが、あのアイスベルトか・・・。でも、お前は陛下を助けたいん
じゃないのか?違うのか?」
「事態は個々の存在の意思や感情を越えて動くことが多い。私でも覆せ
ない流れというものも存在する。我ら一族が移住を迫られている現実が
そうだ。これはもう、どうにもならない・・・」
「でも、でも、陛下の命を助けることくらいは・・・」
「彼が遺伝子サンプルの根絶を望むのであれば、可能だ。だが、それは
彼の希望を本当に叶えたことにはならないだろう」
「どうして?」
「彼が死を望む理由は、未来をレイナと築けないからだ。これは誰にも
どうしようも無い。だから、彼の絶望も消えない・・・」
「じゃあ、じゃあ・・・・・」だが、おれはそこまで言って後を続けら
れなかった。
「例えば、こんなのはどう?彼が死んでも、彼の残した遺伝子から、LV3
の後にクローン再生して、あなた達二人の間の子孫と結ばれるってのは?
これなら、願いは半分叶うことになるわけでしょ?そして天皇家として
復活させられるんじゃなければ、今の束縛からも解放されるんだし、そ
の子孫も過去の呪縛から解放される。悪いシナリオじゃないと思うけど?」
 クリーガンさんの提案は、まさに福音のようにおれには聞こえた。
「検討には値する。もし彼が拒絶しても、後に残された者の感情を安ら
げる効果はあるだろう。特に、レイナの・・・」
「それであいつが、お前も含めて、いいって言うなら、おれに反対する
理由は、無いよ」嘘だったが、それが今の俺に言える精一杯だった。
「さ、それじゃそろそろ戻りましょうか。みんな私達を待ってる筈よ」

 待たせる原因を作った張本人がにこやかに素知らぬ顔で言った。
 おれと中目とクリーガンさんはまた手をつなぎ、一緒にNBR本社へと
戻った。


 戻ったそこは、剣呑な雰囲気に包まれていた。
「ど、どうしたんですか、皆さん・・・?お待たせしてすみませんでした・・・、けど・・・、これは何かあったんですか?」
「あるのはこれからでしょ」と朱鷲さんが絡んできた。「陛下どころか
みんな死んじゃうなら、話し合ったって無駄じゃないって言いあいになっ
てたとこさ」
「全てが無駄になるかどうかは脇に置いておくとしても、被害の規模が
はっきりしないと・・・」と牧谷さん。
「つまりは、自分達が生き残れるかどうか、保証が欲しいと?」中目は
言った。「残念だが、私と白木隆とその間の子供以外、誰もその保証は
無い」
「けど、抽選議員に抽出された人達や、そのパートナーは、生き残る可
能性が高いんでしょう?」と相子殿下。その眼差しは真剣だった。
「十万人に一人という耐性レベルから百万人に一人という耐性レベルの
人間は、5割以上の確率で生き残ることが有望視されている。抽選議員
の大半はこの間に含まれる」と中目。「子が親の耐性レベルの継承に成
功しているなら、子供も生き残る可能性が高い」
「その継承の成功と失敗の境目は?何に起因するの?」
「偶然と必然の一致。運命の悪戯。創物主の気まぐれ。好きな言葉を選
べばいい」
「じゃあ、なぜあなたと白木君の子供だけはその耐性を確実に継承でき
るって言い切れるの?」
「融合された者と融合されざる者との間に生まれた子供だからだ。その
存在は、現在の人類でも我らでもない、新しい種となる」
「そして最悪の場合でも、その新しい種とやらと、保存しておいた精子
や卵子からかけ合わせた子供達との間で配合させていくってか?」朱鷲
さんは喧嘩腰に言った。「お前、ほんとに何様のつもりよ?」
「私は、私だ。それ以上でも、以下でもない。存在し、次の世代に自分
の遺伝子を引き継ごうとする生物。あなた達と同じだ」
「いいや!ちっとも同じじゃないねぇ!」
「黙らっしゃい!ここへはみんな怒鳴り合いに来てるんじゃございませ
ん」七波さんが叱りつけた。「死ぬのが怖いのはみな同じ。やる事なす
事全てがいつか無に帰すのは世の常でございましょう。レールは据えら
れ行先は見えてるなら、四の五の騒ぐだけ無駄。そこに自分の役割が有
るかも知れないのなら、腹決めるしかございません」
「ま、そういうこっちゃな」と奈良橋さん。「世界の人口が75億。十万
分の一なら75000人しか残らん。日本の人口が一億人割り込んでるから
1000人がいいとこや。百万分の一なら世界中の人間かき集めても7500人
ぽっきりや。この広い地球に、そこらの小さな町や村程度の人しか生き
残らんのや。日本全体で100人も残ってれば御の字やろ。
 そない状況を予め想定して、うちらは議論すべきなんとちゃう?」
「おっしゃる通りです。人口維持法で集めた精子や卵子の受精作業にし
ても、どれくらいの人口を復活させるかも、慎重にならなくてはいけま
せん。LV3で極端に人口が減ってしまえば、原始的な資源や領土を巡る
争いで優位に立つ為に、どこも同じ様な手を打ってくる可能性がありま
すからね」と牧谷さん。
「人が少なくなって、誰にでも十分に資源がいきわたって平和になると
思ったのに、違うの?」と内海さん。
「耐性が高く、我らと融合できた者達については心配しなくていい。彼
らが好んで争いを起こすことはなく、彼らにとっての土地や資源はほと
んど意味を持たない」
「ちょっと待って。さっきの話はまだ終わってません。和久陛下の願い
を叶えるか否か?これは人類が半分以上生き残っても、白木さんと中目
さん以外生き残らなくても差は無い筈です。違いますか?」とクリーガ
ンさん。
「生き残った国民の間で国民投票を行うべきなんじゃないのか?現体制
で使っている憲法や法律のほとんどは現実に即したものじゃなくなるだ
ろうし」と内海さんの旦那さん。

 それは、そうか・・・。
 人類の大半が生き残れないなら、法律に記載された事項の大半も役立
たずになる。判断を下すべき組織そのものが消失してしまうからだ。

 中目は目を閉じて深呼吸をし、レイナに切り替わった。
「LV3後の社会への備えは、一般へ情報を公開せずに進めます。こちらの
方がむしろ、抽選議員の皆さんにとって重要な役割になります。いわば
表の議会ではなく、裏の議会での活動ということになります」
「政府も当然、準備を進めているんだよね?日本だけじゃなく?」と牧
谷さん。
「そうです。そしてこのNBRも」と二緒さん。「LV3がいつ起こるのか、
なぜ避けられないのか、これらは全て一般には知らされないまま、私達
はその日を迎えなくてはいけません。 
和久陛下のお気持ちは察するべきでしょうけど、その優先順位は決して
高くありません。亡くなられる方よりも、生き残られる方の方が大事だ
からです」
「二緒さん、冷たいんだ・・・」ぽそりとレイナがつぶやいた。
「自分の置かれた立場も境遇もわかってて言ってる我儘だからね、和久
のは」と相子様。「ここにいる皆さんが気にかけてくれるのは、私にとっ
ても嬉しいです。でも、私は自分が死んだ後にクローン再生された存在
がどう扱われるかなんて気にしない。何故なら、それは私じゃないから。
自分が死んだ後の事なんて、思い悩んでもどうにもならないでしょう。
死後の世界がどうなってるかとか、ね。だから私は気にしない事に決め
てあるんです」
「閻魔大王云々も後からの作りもんやしの。で、その裏議会とやらの活
動はいつ始めるねん?」
「早ければ、今すぐにでも。皆さんには、お伝えしておかなければいけ
ない重要な事項がいくつもあります。各AI、裏議会関連ファイルを対象
議員に対してロック解除」
「解除されました」
 AI達が口を揃えて復唱した。
「それじゃ、私は首相その他、裏議会に関わる方々を調節してお連れし
ます。それまでの間、AIから裏議会について説明を受けておいて下さい。
光子さん、よろしくね」
「わかりました、アーク・マスター」
 そしてレイナはいつものように忽然と姿を消した。
「さて、それではご説明いたします・・・」


 その晩、夜遅くに部屋に戻ってからおれはしばらく放心状態になった。
 今までだって否応なしにいろんなことを頭に叩き込まれてきたが、今
回のは格別だった。LV3後の人類社会の運営について、誇張でなく、単一
国家が想定されてたりとか。
 確かに世界で10万人以下なら、一つの市くらいのサイズでしかない。
 人類が安定した生活を取り戻すまでの過渡期だけを考えても、単一の
組織内で動き、言語や法律、貨幣なども同じくした方がお互いに溶け込
みやすくなるだろう。これだって本来なら数百年かかっても実現しない
かも知れないことを、ほんの数か月で対象者に叩き込もうというのだか
ら、無茶にも程がある。
 レイナや各国の首脳達は、人類の死活問題として真剣に取り組んでい
たとしても、だ。
 他にも、『彼ら』の一部、約10億ほどが、宇宙空間を宿主と共に地球
を目指し始めていることも明らかにされた。彼らの宿主でも若い個体達
で『彼ら』の説得に応じた者達らしい。 
 一度のジャンプで約10万km。それを1秒間に100回、ほぼ3か月間ずっと
繰り返すことで10光年の距離を踏破する予定らしい。生存率はかなり低
めに見られているが、最低でも数百から数万体以上が物理的な移住に成
功すると予測されていて、彼らの為に太平洋の一定範囲を領土として割
譲するとか、深度1000m以下の深海は自動的に彼らの生活圏として見なす
とか、他にもいろいろと彼らと人類とが共存する道が模索されているら
しい。

 もちろんこれらの情報は全て一般に公開されない。

 人類の終焉と同義語に捉えられているLV3の正体を明かせるのは、あく
までも、それが起こってからと決められていた・・・。

 極めつけが、『彼ら』(them)を含めた議会を形成して、そこで地球上の
知的生命体の今後の在り方を模索していくことだった。
 それが現在の国連の様なものになるかどうかは不明だが、人類の代表と
彼らの代表とが様々な折衝を行っていかなければいけないのは明白だった。

「スター・ウォーズよりリアリティーが有るんだか無いんだか・・・。
まったく・・・」
 おれはぼやいて冷蔵庫からカクテルの缶を取り出し、ベランダに出て
呑み始めた。
「裏議会も、海外の生き残るだろう連中との合議制だしなぁ。面倒った
らありゃしない」

 必要な措置だと分かってはいた。彼らとの融合に成功した後であれば、
言語の垣根は無くなるらしいから、おれ以外はみんな心配しなくていい
らしい。おれは人類で唯一の完全耐性者らしいから、中目のような反則
技は何も使えるようにならないらしい。ちょっとだけ残念だった。
 国体維持関連3法案も、和久陛下の意思も、もちろん重要だった。けれ
ど生き残る側にいる方にいる人達がその前に終えておかなくてはいけな
い準備の数々に比べれば、その重要度が引き下げられてしまうのも致し
方なかった。
「現実は、待ってはくれない、か」
 どこかの誰かが言った言葉だった。
 つと、背中に温もりが感じられた。
「お帰り。お疲れさん」
「ん、ただいま」
 レイナが抱きついてきていた。
「お前も、飲むか?」
「うーーー、飲みたいかもだけど、我慢しておく。何がどう影響するか、
全く分からないから」
「お腹の子供の事言ってるなら、食事だってもう少し気を付けないと・・・」
「まぁ、普通に胎児に悪影響がありそうなものだけ避けてれば大ジョブ
でしょ」
「母親が地球上飛びまくってるのはどうなんですかね。言ってもしょう
がないのもわかってるけどよ」
「心配してくれてありがと。でも、どうしてそうしなきゃいけないかも、
今日のでわかってくれたでしょ?」
「まぁな。日本が、おれとお前を独占する形になっちまってるからな。
LV3後の社会で何らかの譲歩を引き出して、少しでも他より有利な立場
に立とうとするのも、今の人類を基準に考えれば当然の行動なんだろう
な」
「人工子宮を開発・製造してるのもNBRの配下にある会社だからね。人
口を急激に回復させる為の装置を、どこにどれだけ配布するのか。その
順番や量を決める交渉なんて、ものすごい政治の駆け引きだよ。社会イ
ンフラを維持したり保育された人類の世話をするAIの生産だって、メイ
ンはNBRだし」
「日本にばかり有利な交渉カードが揃い過ぎているって批難する連中の
気持ちもわからんでもないがな。こればっかりは譲れないし、譲る必要
も無いんでないか?」
「うん、その通りだよ。第一、今の人類を基準に、LV3後の世界を考える
こと自体が間違ってるとも言えるもの」
「まぁ、でもどこかにやっぱり人類らしさが残るんであれば、無駄には
ならないんじゃ?」
「今から言っておくね、タカシ君。あたし、たぶん、人類と彼らとの間
の調停官に就任しなきゃいけなくなる」
「立場的にも、それが自然なのか・・・?一番最初に『彼ら』と融合し
て、人類社会に精通してて認知もされてるお前なら・・・」
「そうなるとね、日本国の首相代行って地位がどこまで持続されるかは
不明だけど、全体を見なきゃいけなくなる私はたぶんそのポストを離れ
ることになる」
「そうか。んじゃ誰が?というか、世界で一万人以下になるかも知れな
いなら、どの国の代表がなんて意味無くなってるだろ」
「それでもしばらくは、自分が所属していた国という組織を意識する社
会が続くと思う。その時はあたし、タカシ君が代行の座を継いでくれる
と嬉しいんだけどな」
「どうして・・・?おれなんかよりも出来そうな人達が他にいるだろ。
牧谷さんとかさ、相子殿下だってもし生き残ってたら興味あるかも知れ
ないし」
「牧谷さんは、どうだろ。相子様はカリスマ性はあるかも知れないけど、
やっぱり立場的に微妙すぎる存在だもの。
 あたしがタカシ君に首相代行の座を継いでほしいのは、そうなれば
『彼ら』を含めた議会とか調停の場に、いつもタカシ君が一緒に出るこ
とになると思うから。とっても私的な願いだけどね」
「ワガママ、だな」
「だめかな、かな?」
「俺的にはダメじゃないとしても、周りの人たちが受け入れてくれるか
どうかはわからんよ。それに人類の半分くらいが生き残ってたら、結局
は今まで通りの社会が何だかんだで続いていくことになるだろうし。下
手な夢は見ないでおくよ」
「む~。変な期待とプレッシャーはかけないでおいた方がいいか。これ
からの3か月くらいの間、一番大変なのは、表と裏の議会をどうこなし
ていくかだよ。無駄かも知れないと感じることも多いかも知れない。で
も、どちらも同じくらい大切なの」
「わかってるよ。有事と平時の両方に備えるのは、政治の基本だろ」
「さ、それじゃ何か夜食作って。お腹減っちゃった」
「妊婦だとしても、今から子供の分とか言い出すなよ」
「細かいこと気にしない!さ、何を作ってもらおっかなー」
「お茶漬けでも食べるか」
「手抜きな気もするけど、まいっか」

 そんな感じに、その夜は更けて終わった。
 大変なのは、その翌日からだった。表の本審議も、裏議会も動き始め
たのだから、負担が一気に数倍になったように感じたのは、おれだけじゃ
なかった。


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