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ある日ぼくがいた場所

2-3 みゆきからの依頼


みゆきからの依頼


「国体維持関連3法案は、本日抽選院で8対3の票差で否決され、選挙院
に差し戻されました」
 夜9時のニュースキャスターが淡々とした口調で告げていた。
6名の抽選議員が白票を投じ、第一セッションの終わりの投票であっさ
りと、国体維持関連3法案は差し戻されてしまった。
審議後の共同記者会見も、ほぼ半数の議員達が欠席した。副議長である
レイナは白票を投じたものの記者会見には出席し、会見を欠席した議員
達のコメントを代理で読み上げていた。最も、その半分くらいはノーコ
メントだったし、もう半分くらいは人口維持法の精子や卵子の提供義務
付けを希望者のみに限定すべきだという意見だった。

 国営放送のインタビューに越智首相が答えていた。
「抽選議員の皆さんのご意見の中に、クローン再生された存在を天皇家
の末裔として認めないという今生天皇陛下の談話を尊重するというもの
が複数見受けられました。また、LV3がいつ起こるか知れない状況であっ
ても、精子や卵子を国家が強制的に徴収する事に対する反感も、予想以
上に強かったようです。我々選挙議員一同、今回の結果を謙虚に受け止
め、法案内容の調整及び再提出に向けて努力致します」

 国体維持関連3法案の内訳は、皇室維持法、人口維持法、人工子宮利用
法だ。それぞれの法案に対する世論分布としては、皇室維持法が賛否5割
ずつくらい、人口維持法が反対6割5分の賛成3割未満、人工子宮利用法が
賛成8割超の反対1割程だった。世論からすれば、今回の抽選院の3法案の
セット差し戻しは順当な結果とも言える。
 抽選院での3法案に対する個別の投票では、皇室維持法が賛成1に対して
反対4、人口維持法が賛成6に対して反対4、人工子宮利用法が賛成10に対
して反対3。つまり白票が最も多く投じられた皇室維持法への判断が、最
終的な3法案に対する議決の帰趨を決めてしまっていた。皇室維持法への
個別投票では白票を投じながら全体では反対票を投じた議員は4名もいた。
 ちなみにおれもレイナも、そしてなぜか二緒さんも、皇室維持法に対
しても全体投票でも白票を投じていた。

 その翌日。おれは執務室でみゆきと会った。みゆきが同席を望んだの
でレイナも一緒だった。久し振りに会ったみゆきは、お腹の膨らみが目
立つようになっていた。本来なら、『おめでた』と周囲に認知されて祝
福されてる筈の状態だった。

「もう大丈夫なのか?」と、おれは聞いてみた。
「何が大丈夫なの?大変なのはこれからだよ」みゆきは、言葉とは裏腹
に笑いながら答えてくれた。
「お腹の子供とか、ELとか、これからどうするつもりなのかとか、そん
ないろいろだよ」 心配は尽きなかった。
「子供は安定期に入ってきたらから、つわりとかは収まってきたの。EL
の治験の審査はもうこの間終わらせたよ。これからどうするつもりなの
かって、両親に勘当されなかったら、何とかなるんじゃないかな」
「そうか」
「でもね、条件出されちゃって・・・」
「どんな?」
「もし間に合えばだけど、人工子宮に子供を預けなさいって。生まれた
後もPub.Cに供出して縁を切りなさいって。それが厭なら勘当だって云
われちゃった」
「でも、あれはまだ成立してないだろ」
「差し戻されちゃったしね。でも、政府見解だと成立したら、すぐにで
も利用が解禁されるらしいから・・・」
「今日はその陳情ってわけか?」
「ううん。ただ、久し振りに顔を見たくなっただけだよ。それにレイナ
さんとお話もしたかったから」
「子供をPub.Cとして供出することに関して?」
「そう。感情的には、供出したくない。この子は、自分の選択の結末だ
から。縁も切りたくない。けど、18の小娘が子供抱えて自活していける
かどうか、現実はそんなに甘くないもんね」
「供出するかどうかはひとまず脇に於いておくとしてもさ、そんなに自
分を追い込むなよ」
「追い込むなって言うのは、私に隆君の事を忘れろっていうのと同じな
んだよ」
「・・・おれだってお前を助けてやりたい。けど、どうすりゃいいって
んだ?」今さらレイナからみゆきに乗り換えるわけにもいかないし、金
があるからといってみゆき達親子の面倒を見るってのもまた話を複雑に
しそうだった。
「レイナさん。Pub.Cとして子供を供出した親に親権は無くなるけど、
面会とかは出来るの?」
「できますが、子供自身が拒否した場合はできません」
「当然か。親だと名乗り出ることは出来るのね」
「子供への精神的影響が懸念される場合、公的に認められず、接近も制
限されることもあります」
「Pub.Cが成人した後、当人が望めば親と同居したりできるの?」
「特に制限はありません。親に暴力癖など子供との共存が望ましくない
と判断される要素が無い限り。ただ・・・」
「何?」
「Pub.Cですから、職務環境が私生活より優先的に考慮された場合、同
居をためらうか拒否する可能性はあります」
「でも、あなたを見てるとそんな感じは受けないけど?」
「私は特殊な立場にありますので、あまりご参考にはなれないかと・・・」
「ま、供出するつもりは無いから関係無いんだけどね。妊娠期間中の検
査費用も出産費用も国が負担してくれるし」
「妊婦の生活保護は優先的に受理されますし、3歳以下の子供の育児費
用も国と地方政府から助成金が支給されます。ただし、親に生活能力が
無いと見なされた場合、その子供はPub.Cとして強制的に徴収されて親
と切り離されることもあります」

 国の経済がずたぼろになり、出生率も0.5を割り込むような状況が続
けば、例え将来の赤字を増やそうとも、国も地方も出生率の上昇に血道
を上げない筈が無かった。ただし、子供の生み捨てと助成金の悪乗りと
いった批判が消えることも無く、貴重な次世代の担い手を無能力な親の
手に委ね続けることは許されない社会になっていた。
 
「私が心配してるのもそこ。無事に生まれてきて、3歳くらいまで育て
た後に取り上げられないよう私がしっかりしないといけないのよね。
だけど、私一人が苦労するのは納得いかないし筋違いだと思うの」
「どういうことだ?」
 みゆきはバッグから1枚の紙片を取り出した。
「そこに書いてある3人の誰かが、このお腹の子供の父親。DNA鑑定すれ
ば一人に絞り込めるだろうけど、私はその3人全員に償わせたいの」
「お前、そこまでわかってて何で警察沙汰にしないんだ?」
「名前を見れば分かるよ・・・」
 おれはみゆきから紙を受け取ってそこに書かれた名前を見てみた。ど
れも見覚えがあった。
「こいつら、全員野球部の・・・」
「もう全員卒業してるから、今の野球部の人達には迷惑はかからないか
も知れない。でも、この子が宿った時はまだ全員在校してたし、春の甲
子園目指してる1年と2年の子達もいたし、イワオ君もプロ入り控えてた
しね・・・」
「だから、警察沙汰にしなかったってのか・・・。これ、イワオも知っ
てるのか?」
「たぶん、知らないと思う」
「たぶんかよ。こいつらの名前、イワオには教えていいのか?」
「教えても構わないよ。私は私の選択の結果から逃げないけど、彼らに
も自分のした事に知らん顔して生きてて欲しくはないもの」
「・・・レイナ、お前はどう思う?」
「本来は警察沙汰にすべき件だし、この時期にタカシ君やあたしが深入
りすべき事だとも思えない。大石さんもプロ生活で忙しいかも知れない
し。けど、警察沙汰にされたくないのは、彼らも同じじゃないのかな。
だとしたら、一人の女性と子供の生活費の面倒を3人で見るくらいの譲
歩はするかも知れない。逆切れされて法廷にまで持ち込まれると一騒動
になるけどね」
 レイナやおれが関わっている事態の大きさと重さを考えてみれば、知
り合いとはいえ巻き込まれて良いのかどうか躊躇う部分もあった。が、
自分の元恋人が乱暴されて出来た子供の事で頼りにされて無視を決め込
むくらいなら、この先の人類の面倒見なんて出来るもんじゃない。俺は
そう思ったから、言った。
「わかった。何が出来るか今は分からんが、この紙は預かっておくよ。
何か進展があったら知らせる。それでいいか?」
「うん。ありがとう、隆君。ごめんね、国会でのお仕事も忙しいのに」
「お前に頼りにされて無視なんて出来るかよ。・・・あとさ、こいつら
の雁首そろえてお前に対して土下座させるとかは必要無いのか?」
「それは、あまり必要じゃないよ。会いたくもないし。それに、謝られ
るだけなら、コトが済んでからその場で散々謝られてたからね。そして、
誰にも言わないでくれって・・・。あはは、笑っちゃうよね・・・」
 みゆきの瞳がうるんできたので、おれは慌てて言った。
「その場には、他の連中はいなかったのか?」
「いたと思う。目隠しされてたから、何人までかはわからないけど、女
の子も何人かいたと思う」
「じゃあこの3人だけじゃないのか?」
「男の子は、そう。聞き覚えのある声だったしね」
「みゆきさん。ちょっと、じっとしててもらえるかな?」
「え、ええ。いいけど?」
 レイナが中目に切り替わり、中目は額をみゆきの額に当ててしばらく
動かなかった。
「ありがとう。もう語って聞かせてくれる必要は無い。後は任せてくれ
ていい」
「あ、中目さん?もしかして恥ずかしいとこ全部見られちゃったとか・・・?」
「忘れたいというのなら、記憶を消してあげることもできるが?」
「わわっ。それはいいです。今はまだこの子もお腹にいるし。それじゃ
隆君、またね!」
 そう言い残してみゆきは慌ただしく執務室から出て行ってしまった。
「私の見た記憶から人物を特定し、逮捕する事も容易に出来るが。どう
する、白木隆?」
「あんまりこういった場所で大っぴらに話せないようなことしてる場面
なんだろ。宿舎に帰ってからまた相談しよう」
「そうか。では一つだけ今言っておく。南みゆきも1万分の1クラスの
耐性保持者。その父親は特に耐性を保持していない。LV3では死亡が確
実視されているが、二人の間の子供は違う。1千万分の1クラスの耐性
保持者だ」
「つまり・・・」
「LV3後の生存が有望視される貴重な存在。故に母親の希望に関わらず、
人工子宮に移され、『その日』を迎える事が望ましい」
「母親が死ねば胎児も死んでしまうからか・・・?」
「そうだ」
「せめて事情を説明してやることは出来るのか?」
「それは彼女にELをかけることを意味する。『その日』までの情報統
制の為に」
「・・・あいつはELを受けることを望んでいた。でも・・・」
「時間が必要だというのなら、与えよう。ただし残された時間はあまり
長くはない」
「どうやって、あいつの子供が耐性保持者だとわかったんだ?」
「国や地方政府がなぜ検査費用を支給し、生まれた後の援助まで行う?
しかも生活能力が無いと見なされた親から切り離してまでPub.Cに取り
立てる?」
「まさか、耐性保持者を見つけ出して、保護する為か?」
「そうだ。私が、その施策を進めさせた一因でも有る・・・」
「考えてみりゃ当然の話か。タダより高いものは無いってな・・・」
「私は、間違っていただろうか?」
「そうともそうでもないとでも言えないだろ。最終的な結果はまだ出て
ないんだし、生き残るべき奴を一人でも多く見つけ出して路頭に迷わせ
ない為でもあったんだろ。それが人助けじゃなくて何だってんだ」
「すまない・・・」
「まだ済んでもない話だろ。あやまってもどうしようもない話だしな。
出来ることをしていこう。おれに言えるのはそんくらいだ」
「わかった。私に出来ることであれば可能な限り協力していく」

 
 その夜、再び中目と部屋で一緒になった時には、容疑者の顔も名前も
住所も含めた全ての情報が揃えられていた。
「どうやったかって詳細は聞いておくよ、一応な。理解できるかどうか
自信無いけどよ」
「辿る情報は何通りでもあったが、今回は名前も経歴も知れていた。現
在の居場所を特定し、彼らの記憶を読んだ。告訴すれば、簡単に自白に
至るだろう」
「この女達は、イワオのファン連中てか・・・。あの時、車から飛び出
していったのは、もしかしたら・・・」
「単純に憶測するなら、何か心当たりがあったのでは?」
「つまり・・・」イワオは知っていた・・・!?「そんな、ばかな・・・・・」
「あの時あの男は血相変えて飛び出して行った。しかしその後、音信は
絶えた」
「・・・あいつの記憶は読んでみたのか?」
「それはレイナに止められた。だから、まだだ」
「あいつに今すぐ問いただしてやる!いますぐあいつのいるとこに連れ
てってくれ!」
「そうしてもいいが、どうやってそこまで調べをつけたことにする?」
「どうって、みゆきから依頼を受けて、おれが諜報機関にでも調査を依
頼したとでも嘘つけばいいだろ?」
「わかった。それがあなたの願いであるなら」

 それから2時間後、母校の部室に、おれはイワオを呼び出した。
 犯人達が分かったと伝えて。
 おれは部室の明かりは点けず、暗がりの中、じっとドアを見つめ続け
た。
「タカシ、いるのか?」扉を開けて明かりを点けようとしたイワオを、
おれは静止した。
「お前の顔を見なくて済むように、明かりを消してある」
「どうしたんだよ、タカシ・・・?」
「どうかしたのはお前だよ、イワオ。お前、みゆきの身に起こることを
事前に知ってたんじゃないのか?」
 イワオの喉がごくりと鳴った。
「お前を警察に引き渡したり、MRになんてかけたく無い。言ってくれ、
お前は知らなかったって!」
「知らなかった・・・」
「イワオ・・・」
「おれは、知らなかったんだ」
「な、何をだ・・・?」
「連中が何をするつもりだったのか。何をしたのか。おれは、知らなかっ
たんだ・・・」
「どういうことだ?説明しろ!」
「明かり、消したままでいいか?」
「ああ」
 イワオはおれと反対側の椅子に腰かけて話し始めた。
「言ったな。おれは、みゆきを遠ざけようとしていたと」
「ああ、そう聞いたよ」
「でも、あいつは離れようとしなかった。だから・・・」
「だから、何だ?何をした・・・!?」
「卑怯な言い方をするなら、おれは何もしなかったさ。ただ、別れたく
ともあいつが別れてくれない、ってファンの子達に・・・」
 あとはもう想像がついた。
「じゃあ、その連中が、お前の意を汲んだつもりになって・・・」
「みゆきに憧れてた連中をそそのかしたんだろうな」
 おれは左手で部室の壁を叩いた。どがっ、という衝撃がして拳が壁に
埋まりこんでいた。
「みゆきは、おれの命の恩人だ。感謝している。だが、みゆきはその行
為で、お前のファンだった連中からも、おれのファンの連中からも顰蹙
を買ってたんだ。お前の将来が絶たれたから、乗り換えたんだと、な・・・」
「あいつはそんな女じゃない!お前だってわかってるだろうが!?」
「そうだ。そう信じていた。連中からその時の様子を見せられるまでは・・・」
「ふっ、ふざけるな!あいつがどんな醜態さらしてたとしても、その場
を切り抜ける為だったかも知れないし、薬でも使われてたのかも知れな
いだろ?!彼氏だったお前が信じてやらなくてどうするっ!?」
「おれが信じられなくなったのは、あいつじゃない。おれ自身だよ」
「どういう・・・?」
「おれは本当に何も、何が起こったのか知らなかったんだ。ただ、ある
日を境にみゆきがだんだん疎遠になっていって、ファンの子達から、
『もう大丈夫だよ』ってメールが入った」
「不自然には思わなかったのかよ?」
「思ったけど、それを当人に蒸し返して元通りになったらどうする?
藪蛇だろ?だからおれは放っておいた。お前からあの話を聞かされる
までは・・・」
「それで、メールを送って来た奴に会ったのか?」
 イワオはうなずいた。
「コトがあった時の様子も、その時見せられたのか?」
 イワオはまた、うなずいた。
「それでお前、何もしなかったのか!?」
「何も、しなかった。そして、その様子を撮られていたんだ・・・」
「どういうことだ?」
「撮られていたのは、コトの最中の様子だけじゃない。発端も含めてだ・・・」
「まさか、お前が連中にみゆきと別れたいけど別れてくれないって言っ
た時の様子を・・・?」
「ああ。だから連中はおれの意を汲んで動いたとも、コトを公にしない
とみゆきに約束させる代わりに連中も一連の画像をどこにも流さない約
束をしていた。そして、真相を知らされても動けなかったおれを逆に責
めてきたんだ。おれがだんまりを決め込むなら、もう連中と同罪だとな・・・」
「お前がだんまりを決め込む限り、連中もだんまりを続けてくれるって
か・・・」
「情けないよな。プロなんて、そこまでの価値有るのかとも思う。だけ
どな、おれから野球を取ったら何も無くなってしまうんだよ、タカシ。
もしみゆきが、子供を育てる為に、生きていく為に金が必要だっていう
なら、おれが連中の代わりに払ってやる。社会的な体裁が必要だってい
うなら、みゆきと結婚して、子供をおれの子供として認知してやったっ
て、いい・・・」
「歯ぁ食いしばれっ!イワオォォォォッ!!!」
 おれは立ち上がってイワオを壁に押し付け、思いきり拳を叩きつけた。
あいつの顔のすぐ脇の壁に大きな穴が開いた。
「おれだって、こんなんじゃないと思ってた。自分をな!だけど、お前
なら、お前だったらどう出来たって言うんだ?」
「わかんねぇよ。だけどな、一つだけ言えるのは、お前があいつを貶め
たってことだ。ファンの連中をそそのかしたってことじゃねぇ。あいつ
がどんな奴か、あいつが何を望んでいるのか、お前がずいぶん低く見積
もってたってことだ。それがおれには許せねぇ!」
「いいのかよ、国会議員が暴力沙汰なんて・・・」
「命乞いか?なら、この左でお前のどてっ腹ぶちぬいてやろうか?それ
とも頭をトマトみたいに破裂させてやろうか?それとも・・・!」

「落ち着け、白木隆」

 部屋の明かりが突然点き、一瞬目が眩んだ。目が慣れた時には、おれ
とイワオは元の椅子に戻っていて。その中間地点に中目がいた。
「な、何が起こったんだ?」とイワオが呆然としていた。
「細かい説明は、申し訳ないが省く。白木隆。我々はまだ、あなたを犯
罪者として失うわけにはいかない」
「どけっ、中目。あいつの性根叩き直してやらないと気が済まねぇ!」
「南みゆきの願いは何だった?思い出すのだ、白木隆」
「イワオに養育費払えなんて言ってねぇ。あいつを犯した連中に、その
罪を償えって言ってるだけだ!」
「状況証拠はすでに揃っている。その気があれば刑事裁判も民事裁判も
起こして容疑者達を服役させることも養育費や慰謝料を払わせることも
可能だろう。だが白木隆。その覚悟があなたにはあるのか?」
「何の、覚悟だ?」
「南みゆきは言った。警察沙汰にするつもりは無いと。したらどうなる?
何が起こる?」
「罪を犯した連中が捕まって、その割を食うだけだろ!それがどうしたっ
て言うんだ?」
「そこの大石巌も含めて?始まったばかりの彼のプロ野球人生は致命的
な傷を負うことになる。今度こそ彼は自分の命を絶つかも知れない。そ
うなった時、彼を死にまで追い込んだのは他の誰でもない。あなただ。
その事実に、あなたは耐えられるのか、白木隆?」
「おれが、イワオを手にかけるわけ、無いじゃないか。第一、そこまで
の罪じゃ・・・」
「あなたはつい先ほどまでそう息巻いていたではないか。南みゆきに拭
えない傷を残し、その一生を捻じ曲げたばかりか、彼女の覚悟と決意ま
で見誤ったと、あなたは憤っていたではないか?
 冷静に考えるのだ、白木隆。あなたはわかっている筈。例え起訴して
有罪が確定しても、実行犯の3人にしても10年もすれば釈放されるよう
な罪だということを。彼らをそそのかしたというファンの娘達の罪と刑
期はもっと軽いだろう。ならば大石巌の犯した罪など、その命が左右さ
れるべきものだろうか?」
「罪がどれくらいの刑期になるかと、おれがそいつを許せるかどうかは
違うだろうが」
「罪の軽重は存在するや否や?」
「・・・そ、存在はするさ。だけど・・・」
「南みゆきは、あなたが大石巌を罰することを望んでいたか?」
「いいや。だってあいつは知らなかったんだろ。だから・・・」
「彼女は知っていた。その現場で、彼らに教えられてな」
「それを、それを受け入れたってのか、あいつは・・・」
「甲子園で敗戦し、その責任を感じて自殺を図った大石巌を助ける為に
あなたを捨てたことも、その選択に負い目を感じて大石巌と別れようと
しなかったのも、彼女自身の選択。その意思の結末を彼女は受け入れた。
ただし、罪を犯した者たちにも、その償いとして負担を分担してほしい
だけ。何故なら、かかっているのは彼女の人生だけでは無いのだから」
「じゃあお前はおれに、イワオには何もするなって言うのか?」
「どうしても、殺さないと気が済まないのか?」
「いいや。さっきは頭に来てたんだよ。もう、少しは落ち着いたから、
それは無いよ」
「良かった。では具体的に教えて欲しい。白木隆、あなたは、どんな償
いをこの大石巌に欲しているのか?」
「どんな、って・・・。まずは謝れ!あいつを見誤ったことに対して」
「それは、おれが間違ってたよ、すまない・・・」
 イワオは部室のテーブルに頭を押し付けた。
「これで償いは満たされたのか?」
「そんなワケ、ないだろ・・・」
「では、他にはどんな償いが必要だと言うのか?」
「・・・おれと一緒に、連中全員を絞め上げるのに手を貸せ。連中全員
を土下座させて、心の底から謝らせて、そして払うもんを払わせる約束
をさせるんだ。それで、チャラにしてやる」
「払わせるっていうなら、おれにも払わせてくれ。そもそものきっかけ
を作ったのは、おれなんだから・・・」
 うなだれたイワオを見て、おれは思い出した。決勝戦前夜、巌に話し
ていた、みゆきとの将来の約束話を。それが、あいつに決定的な場面で
ためらいを生じさせたとしたら?それが元で自殺しようとして、全ての
歯車が狂ったのだとしたら・・・?
 
 全ては、おれが原因・・・・・・・・・・・・?
 
 いつの間にか、全身が冷たい汗に覆われていた。
 
 中目がレイナに切り替わって、言った。
 
「タカシ君。みゆきさんが大事な人だったのはわかるけど、自分自身で
関わるのはここまでだよ。後は、ちゃんと処理して、みゆきさんの願い
も叶えるから。だから、任せて。ね?」
「おれが顔を出して面倒なことになるっていうなら、お前だってそうじゃ
ないのか?」
「あたし達も処理そのものにはもう関わらないよ。思い出して、タカシ
君。今本当にあたし達が関わるべき事を」
「もっと大きな、もっと多くの人達に関わることを優先すべきだっての
は分かる。けどよ、一番大切な部分を人任せにして約束を守ったことに
なるのかよ?」
「タカシ。お前はもう、手を引いてくれていい。これはおれが落とし前
をつけなきゃいけないことだったんだ」
「待てよ。お前が出張るって言うなら、おれにだって関わりがあること
だ」
 だが、レイナはおれを無視して、イワオに語りかけた。
「大石巌さん。全てを明るみの下に晒す必要はありません。それは正直
な行為に見えて、もっと多くの傷と怒りと悲劇を生むでしょう。南みゆ
きさんは、その結末を望んではいません」
「じゃあ、おれはどうすればいい?」
「彼らを呼び出して、話をしてくれるだけでいいです。彼らを言い逃れ
させないだけの手立ては揃っていますので・・・」
「それで罪を償えるのか?」
「その判断は、あなたにしか下せません。さて、それではひとまずお引
き取りを。寮の門限もあるでしょうから」
「わ、わかりました。でも、この件について球団に報告したりする必要
は無いんですか?」
「不要です」
「そうですか・・・。それじゃあ、タカシ、またな。みゆきのこと、本
当に済まなかった」
「おれに謝ったって仕様がねぇだろ」
「だけどもうあいつは、おれには会ってくれないみたいだからさ。次会っ
た時に伝えておいてくれよ」
「わかった・・・」
「じゃあ、帰ります・・・」
 イワオは深々と一礼してから、部室を去った。
 それからしばらくして、レイナはおれを宿舎の部屋に連れ帰った。
「で、実際にはどう処理するつもりなんだ?」
「タカシ君には抵抗があるかも知れないけど、ELを使うよ」
「全てを内々に処理して、連中に逆切れもさせない為にか?」
「そうだよ。これ以上誰も傷付けず、誰も死なせない。みゆきさんの願
いも叶える。そんな都合の良い方法、他に無いもの」
「おれやお前の存在を連中に晒すことも無く、か?」
「それが一番重要だったりするよ。何でだかは、言うまでもないよね?」
「自己満足に浸るような暇はおれやお前には無いって、そう言いたいの
か?」
「じゃあ聞くよ、タカシ君。あたしとみゆきさん、どっちが大事なの?」
 おれは一瞬だけ考えて、答えた。
「お前だよ。だからって、みゆきがおれにとって大事じゃないわけじゃ
ない」
「じゃあ、あたしからのお願いと、みゆきさんからのお願いの、どっち
が大事?」
「そりゃあ、その内容にも依るだろ?」
「無条件じゃないのか。残念・・・」
「そんなの当たり前だろ。お前だって、おれと彼らの移住のどちらが大
事だって言われたら、考えるだろうが?」
「そんなの考えるまでも無いよ。あたしにとって、一番大事なのは、タ
カシ君だもの」
「おいおい。それって、おれがお願いすれば、LV3は起こらないってこと
なのか?」
「起こらなくする方法はある。あたしも、私も、その方法はタカシ君に
伝えてあるよね?」
「お前を殺せってか?殺せばLV3は起こらないってのか?」
「そうだよ」
「お前を殺さずに、LV3を起こさせない方法は無いのか?」
「無理。私が生きている限り、LV3は必ず起こり、それは止められない。
止められるのは、その権利を与えられているのは、タカシ君だけなんだよ」
「お前を殺さず、中目だけを殺せばいいっていうのか・・・?」
 レイナは答えなかった。
「そんなの可能なのか?」
 レイナは答えなかったが、おれから目をそらさなかった。
「その方法は、まだ誰にもわかってないんだな?お前を含めた、地球上
の人類の誰にも・・・?」
 レイナは答えなかったが、その瞳からは涙が一筋零れた。
 レイナが瞬きをしたかと思うと、中目に切り替わっていた。
「白木隆。私は、あなたと共に生きたいと願っている。だが、あなたは
私を殺したいのか?」
「お前を殺したくなんかないさ。他の誰もな。でもそうしないと、人類
が滅ぶんだろ?」
「私を殺せば、私の種族は滅ぶだろうな。おそらく・・・」
「でも、浮き輪が一つしかなくて、そこに二人いるなら・・・」
「選択肢は無い、か・・・。悲しいな。その言葉をあなたから聞くのは・・・」
「おれに、どうしろって言うんだ?おれはただの人間なんだ。何十億も
の命を背負えだなんて言われても・・・」
「私だってそうだ。だが、生とはままならぬもの。何らかの制約は必ず
受けている。寿命にしろ病にしろ才能にしろ、巡り合う運命にしろ、当
人の意思ではどうにもならぬことは多い。しかし私は選択した。あなた
と共に生きることを。そして二つの種族の間に懸け橋をかけて、新たな
希望を生みだそうとした。それも間違いだったのだろうか、白木隆?」
「そうか。もうお前やレイナだけじゃないんだな。その体に宿っている
のは・・・。おれがお前らを殺そうとするなら、その命も・・・」
「例え人工子宮に移したとしても、無事にはいられまい。レイナがそう
だったように、それ以上に実験の道具にされ、いずれその者が壊される
か、人類が報いを受けてその者に滅ぼされるか、どちらかの結末しかあ
るまい。私とレイナは、それ以外の結末を望んだのだ・・・」
「お前も、レイナも、お腹にいる子供も、誰も殺さずに、人類も、お前
らの種族も滅ぼさないで済む選択肢は無いのか?」
「我らの一部が現在の宿主達と共に物理的な移住を試みている。全滅は
しないだろうが、地球にまで無事辿り着き、環境を壊さない程度に適応
して存続できるのは、やはりほんの一握りだろう。その脱落者の間から、
LV3は起こり始める。全体の移住が起こるのは、母星の恒星が最期の瞬
間を迎えた時だ」
「足掻け。それが生の証だってか。やれやれ、だよ」
 おれは中目の頭の後ろに手を回して、胸元に抱きかかえた。その細い
首筋は、左手にちょっと力を加えるだけで折れてしまいそうだった。だ
が物騒な話をした後でも、中目は身じろぎする素振りすら見せなかった。
「私は、あなたが好きだ。白木隆」
「ここでそれを言うか・・・」
「でも、本当の感情だ。嘘はついていない」
「おれになら、殺されてもいいってほどに?」
「殺されるのは、悲しい。怖くもある。だが、あなたになら、私は自分
の運命を委ねられる。私に背負わされた運命は一人で抱え込むにはやは
り重過ぎるものだから・・・」
「おれとお前は、似た者同士だってか?」
「そうも言える。だから、私はあなたと共に生きることを選んだ」
「人類とお前らの種族が絶滅しようとも、か」
「私とあなたと、二人の間の子供が生きていれば、絶滅ではない。それ
に僅かだろうが、ごく一部に生き残る者は双方に出る筈。私達の責任は、
移住の前にではなく、むしろその後にこそ生じる。それが選択の結末を
受け入れるということではないだろうか?」
「どうにも、重いんだよなぁ・・・」
 おれは中目に口づけ、唇を離してから続けた。
「お前を殺すことは、たぶん、おれには出来ない。子供の事もあるしな。
でも、まだおれの中の迷いが消えたわけじゃない。それでも、いいのか?」
「私はそれでも構わない。迷いとは自由意思のある処にしか生まれない
のだから」
「そうか。んじゃ、今思いついたんだけどよ。お前との結婚式は、LV3
が済んでからにしよう。その場でLV3が何だったのか、どうして起こっ
たのか、全て明らかにしよう。おれとお前たちがきちんと夫婦になった
その場で、おれ達の選択を生き残った人々に伝えよう。そして、生きよ
う。その後も、一緒に・・・」
「白木隆・・・」

 うるうる来てた中目を、おれは抱いた。
 今までSEXしてた相手は、当然の様にレイナだけだったから、なかな
か新鮮な反応もあった。それに燃える部分もあった。
 だが、そんな一時的な昂揚だけで済む話じゃないってのは二人とも分
かってた。だからこそ、二人とも激しかったんだと思う。いつもよりも・・・。
 
 翌朝、おれは連中にELを使うことを同意したが、出来るだけその場に
居合わせるか、その様子を見れるようにしてくれるよう中目に頼んだ。
中目は、二つ返事で受け入れてくれた。
 
 これでほとんど、みゆきからのお願い事は完遂されて、おれの手を再
び離れた。
 彼女のお腹にいる子供の耐性に関する事や、LV3に関する説明は、ほん
の少し後回しにして・・・。


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