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2-4 亡命騒動


亡命騒動


 それからは一週間後にサミットが控えてたので、企業院からのいくつ
かの法案審議があった以外は、選挙議院からの法案再提出は無かった。
皇室維持法の再提出見合わせや人口維持法の内容修正の調整で手間取っ
ていたし、首相やレイナはサミット開催に伴う準備に追われていた。

 おれはその間、いくつかの学識者のグループや、法案に関わる諸団体
の代表者達とも面談を持ち始めたが、深入りする気にはなれなかった。
堕胎の問題一つ取ってみても、生命誕生の定義をどこに置くかで法的判
断は全く違ってきてしまう。一般に支持されている人工子宮利用法にし
たって、その材料や製造法だけでなく、母胎から受精卵を摘出して移植
する事を問題視する女性達や団体も少なくなかった。今回の国体維持関
連3法案は、皇室の今後を含めて、今まで口にするのも禁忌とされてき
た領域の議論に大きく踏み込んでいたのを改めて実感した。

 大学のクラスでも活発な討議を経験しながら日々を過ごしていたが、
サミットが無事終わり、抽選議院での審議もまた忙しくなってくると思っ
ていた夜の事だった。
 風呂上がりにTVを見ようとリビングのソファに座ると、AIが話しかけ
てきた。

「タカシ、重要な面談の問い合わせが届いております」
「重要って、また由梨丘さんとか?もしかして首相とか?」
「いいえ。このメールをご覧下さい」
 その差出人を見て驚いた。
 外務省の役人とかその頂点にいる人とかでない限り、面談の依頼なん
て受け取ることが無い筈だから。
「アメリカ合衆国国務省長官とかからって、オイ・・・。かあさんがフィ
ルタかけて届いてるって事は、これ本物なワケ?」
「もちろんです。米国大使館から外務省ルートで首相にもお話が通って
おります」
「面会場所は米国大使館か。これさ、レイナに相談しておいた方がいい
のかな?」
「レイナさんは現在国連関連施設で会議中です。今夜はお戻りになられ
ないそうです」
「やれやれ。いくら地球の反対側まで一瞬で移動できるったって、ちゃ
んと食事と睡眠時間はとるように伝えておいてくれよ」
「そのようにお伝えしておきます」
 サミット絡みの準備などが諸々あった関係で、レイナとはもう一週間
近くご無沙汰していた。せいぜいが朝飯や晩飯のどちらかを一緒にでき
るかどうかってくらいだった。

 その翌日。おれは抽選議員の制服に身を包み、米国大使館へと向かっ
た。
 AIに伴われて、奥の応接室に通されると、そこには中年の白人男性と、
レイナよりも2,3歳は年下に見える少女が待っていた。ラテン系のブ
ロンド美少女と言えば聞こえはいいかも知れないが、その大きな瞳は間
違い無くこちらを睨みつけていた。
 片方が国務長官だとすると、もう片方は大使かとも思ったが、駐日大
使がこんな少女だとは聞いたことは無かった。おれが近寄ると、男性が
立ち上がって手を差し出してきた。
「初めまして。私がアメリカ合衆国国務長官、グレッグ・イーガンです。
本日は御足労頂き感謝します」
「初めまして、白木隆です」
 おれはイーガン氏と握手したが、少女は座ったまま顔を逸らしていた
ので、そのままソファに座った。
「そちらが大使の方ですか?」
「いいえ。しかし彼女もLV3以降は何がしかの役目を負うことになる身
です。そう、あなたやあなたのフィアンセの様に」
 自身が話題になっていても絡んでこないのを見て、おれもイーガン氏
も互いに向き直った。
「じゃあ、確実に生き残ると見られている耐性保持者の方なんですか?」
「世界でもまだ5人しか確認されていない、そしてアメリカ合衆国唯一
のビリオンズです」
「ビリオンの耐性ってことは、10億分の1ですか」
「はい。彼女を中心に、アメリカ合衆国のLV3後の体制は構築される事
でしょう。ですから、あなたとも今後いろいろとお付き合い頂く事にな
るでしょう」
「彼女との面通しが今日お呼び頂いた理由ですか?」
「いいえ。私が別件であなたと面談すると聞きつけて、自分も同席する
とねじ込んで来たのですよ。大統領閣下も彼女の強い要望には逆らえず、
ここに今並んで座っているわけです」

 そう言われても、彼女は自分の名前を名乗ろうともせず顔をそむけた
まま、時折、挑むような、値踏みするような視線を向けてきた。

「さて、本題に入りましょう」イーガン氏が言った。「本日お越し頂い
たのは、天皇陛下の我が国への亡命についてお話しする為です」
「は?」
 頭が一瞬真白になった。
「な、何を馬鹿なことを・・・。有り得ないでしょう?」
 しかしイーガン氏は首を左右に振り、同じ言葉を繰り返した。
「日本国の今生天皇である和久陛下は、亡命の意思を我が国の大統領に
お伝えになられました」
 信じられなかったが、相手が冗談を言っている様にも見え無かった。
 どうして?、については口に出す前に考えてみた。心当たりは確かに
あった。しかし亡命というのは予想外だった。
「どうやってお伝えになられたんです?」
「サミットの歓迎式典が皇居で開かれた際に」
「でも、日本がそれを看過するわけも無いし、アメリカだって受け入れ
る筈も無いでしょう?」
「普通ならね」
 イーガン氏と並んで座っていた少女がようやく口を開いた。
「でも、今は違う。自分が反対している皇室維持法が差し戻されたにも
関わらず再提出される可能性が高い。自殺すらクローン再生の呼び水に
なりかねない。有効な抗議の手段が他に見当たら無いなら、亡命は確か
に一つの選択肢。その亡命の受け入れ先は、日本最大の同盟国以外にお
そらく有り得ない。一時的に身柄を預かるだけにせよね」
「国民の象徴である天皇を亡命させるなんて、絶対に有り得ない!」
「平時であれば、我々とて受け入れを検討したりはすまい。しかし考え
て欲しい。なぜ検討の余地が発生するのかを」
「LV3の到来が迫っているからですか?」
「そうよ。日本国政府は、立場的にも、国民感情的にも、この亡命を認
めるわけもない。平和裏に移動させる事も難しいでしょうね」
「しかし、その移動を瞬時に可能にしてしまう人物に、我々は心当たり
がある。違うかね?」
「レイナ、ですか・・・」
 目の前の二人はうなずいた。
「そして我々の情報網も掴んでいる。陛下と彼女の間には、特別な感情
が共有されていると」
「それは昔の話で・・・」
「昔のボーイフレンドでも、命がかかった行動を起こしてるなら、助け
ようとするのは不思議じゃないわ」
 おれは反論できなかった。
「陛下にしても、実際に亡命に成功するかどうか、我々や他の国が受け
入れてくれるかどうか確信を持ててはいないだろう。しかし今回の場合、
亡命の成功の可否そのものはおそらく問題では無い」
「どういうことです?」
「天皇自身の要望と、天皇制への要望と、どちらを選択するのか。優先
するのか。彼は日本国民を試しているのではないか?
 例え亡命が成功し、そこで寿命を終えたとしても、死体が残ってしま
えば彼の願望は満たされない。その程度が分からない方でもあるまい」
「もっと言うならね、白木議員。天皇は、和久陛下は、あなたのフィア
ンセを試しているのよ」
 ごくりと喉が鳴った。
「あの中目零那なら、苦も無く和久陛下を人眼に触れない場所に隠し通
し、日本政府が保管している天皇家の遺伝子サンプルの全ての廃棄もやっ
てのけるだろう。それをやってのける人物を、アメリカ合衆国政府も、
日本国政府も、他国の政府も、他に誰も知らない」
「彼自身、ある程度の耐性保持者だとは聞いているけど、LV3での死亡
が確実視されているそうね」
 おれは答えられなかった。
「どうせ死んでしまうのなら、何も失うものが無いのなら、最後に愛し
た人物に全てを賭ける気持ち。わからないでもないわ。ロマンチックか
もね」
 そう言った少女の瞳はしかし冷え切っていた。
「あなたを取るのか。それとも彼を取るのか。それが、彼の賭けじゃな
くて?」
「それが陛下の望みだったとしても、あなた方にとってのメリットは無
い筈じゃ?」
「それが、そうでも無いのよね。あの中目零那にとって大切な人物なら、
日本国政府との関係をある程度犠牲にしてでも、そうする価値はあるわ」
「中目零那自身、今回の件では身動きが取れないと言っていい。そこで
彼女にとって重要な人物の希望を叶えるのは、我々にとって重要な交渉
材料になる」
「貸しを一つ作るってことですか。でも、それでLV3を止められるとは
思えませんが」
「LV3は止められないかも知れない。しかし日本に有利な材料が集まり
過ぎている中で、我々が少しでも有利になれる材料は必要不可欠なの
だよ」
「陛下の亡命を受け入れ、それが実現したとして、見返りに何をレイナ
に要求するつもりなんです?」
 少女とイーガン氏は顔を見合わせ、何かを議論し、結局は少女が押し
切った。彼女はこちらに身を乗り出して言った。
「私とファックしなさい」
「へ?」
「いいこと?あなたのフィアンセは、あなたという将来を誓った相手が
いて、その相手との子供がお腹にいるにも関わらず、浮気しようとして
いるの」
「浮気って、そんなことまだしたわけじゃないだろ!?」
「さあどうだかね。でも、彼が万が一日本政府の手をすり抜けて行方を
くらましたり、亡命に成功したというようなことがあれば、彼女が手を
貸したからよ。昔の男を、今の男より優先したからよ。それが浮気でな
くて何なの?」
「だから、まだその亡命だって神隠しだって起こったわけじゃないだろ?」
「じゃあ、それが起こったら、あなたは私とファックしてくれるの?」
「女がファック連呼するなよ・・・」
「じゃあセックスでもメークラヴでもいいわ。要はあなたを一人占めさ
せておきたくないのよ、中目零那にね」
 昔どこかで聞いたセリフだった。
「いいこと?同レベルの耐性保持者同士でこそ、耐性を引き継ぐ形で子
供は出来やすい。そしてあなたは75億中たった一人の完全耐性保持者な
の。そして私もビリオンズの一人、10億に一人の耐性保持者。私とあな
たとの間で、『彼ら』に侵食されることのない人類の血統を残す。これ
はアメリカ合衆国どうこうなんてレベルじゃない、人類としての願いよ!」
「待てよ。10億に一人っていうなら、あと6人くらいはいるんだろ?」
「全世界の政府が協力して探索しているけど、確認できているのは5人。
内一人が私。あなたや中目零那をビリオンズに含めるかどうかについて
は意見が一致していない」
「その中には男もいるんだろ?そいつらとセックスでも何でもすればい
いじゃないか」
「もうやってるわよ。成功例は2件。でも私が遺したいのは、たぶんと
いう確率じゃなく、より絶対という確率なの」
「ずいぶん積極的だな」
「自分が死ぬかも知れないなら、何だってするわよ。それだけじゃなく、
自分の家族や友人達まで全滅させられちゃうことに自分が何か少しでも
抵抗できるって言うのなら、股だって何だって開くわ!好きでもない相
手とファックするくらい何よ!それがあなたのフィアンセときたら、あ
なたも自分自身ももうその目的の為に貸し出すことは無いって、どれだ
けお高く止まってるのよ!」
「あいつはもう、十分協力させられて来たんだろ?だからアイスベルト
が出来たって聞いたぞ」
「そうね。世界は間違ってしまった。だから報いを受けた。そこまでは
いいとするわ。でもね、その間違いに加担したわけでもない人たちまで
死ななきゃいけないの?理屈で覆せない状況なのは聞いてる。だから私
はファックでも何でもやるの。でも、あなたや中目零那に対しての強制
は有り得ない。だから、天皇だろうが何だろうが、私は利用してやるの。
私の本当に大切な人達の為にね!」
 興奮して立ち上がっていた彼女は、イーガン氏に袖を引かれてすとん
とソファに腰を落とした。
「合衆国政府の意向は調整中だが、まだ日本政府に事実関係を伝えては
いない。中目零那は既に情報を掴んでいるかも知れないが、我々がこの
情報を最初に伝えた日本政府関係者は、白木議員、あなただけだ」
「ぼくに何を期待しているんですか?」
「我々はもっと協力できると思っている」
「ぼくがそこの女の人を押し倒してすることすれば、それで満足だと?」
「まさか。人間も政治も、そこまで単純ではない。あなたが中目零那に
無断でそんなことをするとも思えない」
 少女は、おれをにらみつけて言った。
「あなたにも、私と同じ様に失いたくない人達がいる筈。例えば、ミナ
ミミユキやオオイシイワオ、ニシユキノリ。あなたは彼らの死を受け入
れるの?」
「そ、それは・・・」
「日本の現在の天皇、和久も10万分の1クラスの耐性保持者と推測されて
いる。彼の死がLV3で確実視されているということは、現在妊娠している
ミナミミユキも、確実に死ぬということ。あなたは死なないし、確実に
生き残る新しい彼女とよろしくやっていて子供まで出来ているから関係
無いと言うかも知れないけれど」
 言葉で両頬を平手打ちされてる感じだった。痛いのに、両手を上げて
防ぐことも出来ない。
「一人で答えを出せないのなら、中目零那と相談して答えを出して欲し
い。和久陛下の亡命に関しても、あなた自身の身の振り方についても、
親しい人々の死に対しても」
 イーガン氏は立ち上がり、少女にも立ちあがることを促した。
 少女は挑戦的な瞳を閉じ、ぐっと唇をかみしめて立ち上がると、手を
差し伸べてきて言った。
「スタンダップ、アン、シェークハンド!」
 立ち上がって握手しろ?
 おれは片手を差し伸べながら立ち上がろうとしたが、少女にその手を
掴まれてぐいっと引かれた。前のめりに倒れかけたところを、少女は狙
いすましたようにもう片方の手でおれの顎を捉え、唇を寄せてきた。
 唇が合わさるというよりはぶつかると観念した瞬間、少女の手の感覚
ごと消えていた。アイスベルトに飛ばされたのかと危惧したが、ほんの
数メートル先に、驚きながらも不敵な笑みを浮かべている少女の姿があっ
て安堵した。
「ヤキモチ焼きね、あなたのフィアンセは。私の名前は、ミノリー。ミ
ノリーヌ・アプレシオ。タカーシ、きっとあなたを落としてみせるわ。
それじゃまたね!」
 ミノリーと名乗った少女はくるりと背を向けて部屋から退出し、イー
ガン氏は軽く頭を下げて彼女の後を追っていった。
 
 宿舎に帰ってからレイナを呼び出してみたが、マネキン人形越しの会
話しかできなかった。
「今日も帰って来れないのかよ?」
「ごめんね。いろいろと忙しくて・・・」
「飯も一緒に食えないくらいかよ。仕様が無いかも知れないけどよ、ちゃ
んと食べる物食べて、睡眠時間もきちんと取れよ。お前だけの体じゃ無
いんだしさ」
「うん、ごめん・・・」
 それからおれはイーガン国務長官達との会談内容をレイナに報告した。
 レイナはしばし考え込んだ後、歯切れ悪く答えた。
「私達だけじゃ、決められないね。あたしは出来るだけ助けてあげたい
かもだけど、私は反対しているし。タカシ君はどう思う?」
「おれも分からん。国体維持関連3法案はどれも必要なんじゃないかと
も思ってるし。ただ、首相とかには話しておく必要があるんじゃないか?」
「そうだね。じゃあ、タカシ君から話しておいてもらえるかな?」
「お前の方が話が早いんじゃないのか?」
「そうかも知れないけど、米国国務長官から伝えられたのは、あたしじゃ
なくタカシ君でしょ?あたしには相談したけど答えは出ていないとでも
言っておいて」
「首相宛てに報告なんてどうすればいいんだよ?」
「メールでも電話でも、AIが宛先知ってるよ。でも、文面考えるのに時
間かかるだろうから、電話の方が早いかもね」
「わかったよ。んじゃ、これ切った後ででもかけてみるよ」
「そうして。じゃあね、タカシ君」
 レイナの態度になんとなく違和感を感じたおれは、訊いてみた。
「レイナ。陛下の亡命の話、もしかして知ってたんじゃないのか?」
「どうしてそう思うの?」
「お前が最近寄りつかなくなったのって、何か関係有るのかなって、そ
う思っただけだよ・・・」
 レイナのミニチュアは拳をこつんと頭に当てて苦笑した。
「話は、聞いてた。個人的に相談されてたんだ。でも誰にも言えなくて、
あたしも答えを出せないままでいたら、カズ君が先に動いちゃった感じ。
でも、この事は首相にも誰にも言わないでね」
「おれにも秘密だったってか?」
「秘密にしてくれって言われたら、仕方無いじゃない。タカシ君が秘密
にしてくれって言ったら、あたしはそれを誰にも言わないよ。同じ事じゃ
ないかな、かな?」
「それにしたってさ、何かこう、もっと・・・。くそ、うまく言えねぇ」
「ごめんね、次に出なきゃいけない会議がもう始まってるの。またね、
タカシ君。愛してるよ!」
「ああ、おれもだ。たぶんな・・・」
 おれの凹んだ姿を見て、レイナはしゅんとしたが、そのままマネキン
人形へと変化した。
 おれはしばらく鬱にでも浸りたかったが、面倒な用事を先に片づけな
くてはいけなかった。
「首相の予定は?」
「現在は官邸にて公務は終わられている筈の時間です」
「今話せるか問い合わせてみて」
「はい。アポイントメント取れました。電話でも直に会って話すのでも
大丈夫だそうです」
「面倒だから電話でと伝えてみて」
「5分後に電話をかけて来られるそうです」
「了解」
 おれはTシャツにジーパン姿から、一応身だしなみを整えてから抽選
議員の正装に着替えてソファに座って待機した。
「首相からお電話が入りました。おつなぎします」
「よろしく」
 おれが背筋を伸ばすのと同時に、マネキン人形が立ち上がり、私服姿
の首相になった。
「こんばんは、白木議員。何かお急ぎの用事かな?」
「はぁ。おそらく国家の一大事と言って良い出来事がありまして」
「米国国務長官からどんなお話しが?」
「陛下が、亡命なさりたいと・・・」
 首相は、手にしていたグラスを床に落とした。足元を一瞥してから、
こちらに向き直り、言った。
「皇室維持法絡みかね?」
「ええ、そうなります。レイナが手助けしなければ実現し得ない無謀な
考えですが、アメリカはこれを受け入れるつもりだと」
「馬鹿な。どんなメリットが彼らに・・・・・。そうか、有るのか」
「あちらのビリオンズと寝るように、セックスするように言われましたよ」
「わかった。報告をありがとう、白木議員。会談の詳細な内容は君のAIか
ら引き出すがよろしいか?」
「そんな事が出来たんですね。予想はしてましたけど、まぁどうぞ。こち
らも説明する手間が省けますしね」
「では、その内容を閣内で検討してみる。やれやれ、また緊急招集だよ」
「どうもすみません」
「いや、君のせいではあるまい。ではまたいずれ」
 そう言い残して、首相のミニチュアはマネキン姿に戻った。

 それからおれは飯を作る気にも食べる気にもなれなかったので、フィッ
トネスジムに行って、筋トレやマラソンマシンでへばるまで汗を流した。
部屋に帰って風呂に入り、AIの作ってくれた夕食を胃に流し込んだ後は、
テレビを横目に見ながらメールチェックをした。
 タイトルだけぼーっと眺めていた時、ふとその題名が目に留まった。

『あなたの婚約者と和久陛下がどんな関係だったのか、知りたくはあり
ませんか?』

 差出人の名前は、樋口良子となっていた。気になったおれはAIに尋ね
た。
「かあさん、このメールの差出人、身元とかってわかる?」
「相子殿下の私的専属報道官であり、ご親友でもあられます。NBR社か
らの支援も受けられていらっしゃいますので、身元は確かな方かと」
 AIが仮想ディスプレイを一つ開くと、そこには相子殿下と奈良橋さん
が私服姿で抱き合っている写真が大きな反響を呼んだ記事が表示されて
いた。その記事を書いた人の名前が、件の樋口女史だった。
 ネットで検索してみると、相子様や二緒さんと学友の良家のお嬢様と
いうことや、相子様が以前の恋人を亡くされた事件以降の酷い中傷報道
を見兼ねて報道大学へと進み、卒業後からずっと相子様個人の専属報道
官として、相子様のスポークスマン的な存在になっていたらしい。
 今回の記事も、そして当人のWEBサイトの過去記事も見てみたが、ど
れも意図的な歪曲や誇張は見当たらなくて好感が持てた。
 メールの返信でいくつかの条件を提示したが、それらは全て承諾され
たので会ってみることにした。レイナには相談せずに。


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