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2-11 再審議


皇室維持法再審議@抽選議院


 国体維持関連3法案の再提出から3日後、抽選議院での再審議が始まっ
た。
 再審議のスケジュールは、1日おきに1法案ずつを再審議していく事
になった。間に1日の予備日を設け、3法案全体に対しては1週間後に最
終的な評決を下す事になった。
 審議順は、可決・審議が容易だろう人工子宮利用法、人口維持法、皇
室維持法の順になり、最初の2法案は、日程の初日と3日目に順調に可決
されていった。

 そして日程5日目の皇室維持法の再審議は、懸念されていた通り難航
した。
 あまり活発な発言も無いまま、しかし投票への同意に必要な過半数の
票も投じられないまま、午前中の第一セッションは終わった。

 選挙院側が陛下の要望を完全に無視するつもりだという話をレイナか
ら聞いていたおれは、迷っていた。
 皇室維持法そのものは必要じゃないかと思えたが、それが和久陛下の
気持ちを決定的に動かしてしまい、中目が宣告通りに陛下を亡命なり神
隠しにしてしまうんじゃないか。
 そんな疑念は首相や黒瀬さんからも伝えられていたし、中目を説得す
るよう要請されてもいた。
 何度かレイナと話し合いもしたが、いつもはぐらかされて終わってい
た。
 そして今日という日を迎えた朝、レイナはおれに弁当を作ってくるよ
う命じた。第一セッションが終わると、おれはレイナに手を引かれて議
場の外の小部屋に連れ込まれた。
「ここで食うのか?」
 そう言う間にも、風景が屋外に切り替わった。目前の国会議事堂前通
りの向こうには皇居とお堀が、背後には議事堂の尖塔の段々があった。
「ここで食べよ」
 レイナはおれの手から弁当の包みを奪い、段々に腰掛けて弁当の蓋を
開いた。
 おれはその隣に腰掛けながら尋ねた。
「こんな目立つ所で大丈夫なのかよ?」
「だいじょうぶ、誰にも見えてないからさ」
 何となく落ち着かなかったが、中目なら簡単に出来てしまう事なのだ
ろうと割り切って、おれも弁当を食べ始めた。
「皇居、やっぱり近いもんなんだな」
 お堀の端まで直線距離で1kmも離れていない。
「そうだよ。そんな近くで、あたし達の審議の行方をじっと待ってる人
がいるの。その人自身にとっても関係があるのに、何も意見を言うこと
を許されていない人が」
「正確には、言えるけれども、言う事が許されてなくて、言った内容を
無視されてしまう人か」
「うん、そうだね」
 弁当をぱくつきながら、考えを巡らす。
「お前、何かするつもりなのか?」
「さあね」
「審議の結果によるのか?」
「そうかもね」
「おれは、お前を止められない。だけど・・・」
「だけど、何?タカシ君も、首相や黒瀬さんと同じなの?」
「いや」
 レイナの言葉を噛みしめながら、お堀の向こうの皇居を見つめながら、
言った。
「おれは、お前を止められないよ。別にこの件で人類が絶滅したりしな
かったりするわけじゃないんだろ?」
「まぁね」
「だったら、お前の好きにしたらいいさ」
「ほんとに?本気で言ってるのそれ?」
「ああ。おれだって好き勝手してお前を泣かせたりもした。だから罪滅
ぼしってわけじゃないけど、お前も好きにしたらいいって、そう思った
んだ」
「カズ君と駆け落ちしちゃいたいって言っても?」
「それはつらいな。けど、おれの思いはおれの勝手だ。だからおれはお
前に一緒にいて欲しいと思う。他の誰かとじゃなく、おれといて欲しい。
それはおれのワガママに過ぎないけど、本心からそう思う」
「駆け落ちじゃなく、カズ君の願いの手助けだけだとしても?」
「陛下の願いを、おれ自身は叶えられない。その願いを叶える為に身を
引くつもりもない。だから、迷ってたけど、皇室維持法にも賛成するよ。
おれは、必要だと思うから」
 レイナはおれをじっと見つめ、皇居をじっと見つめ、瞳を閉じて、ま
た開けてからきっぱりと言い切った。
「あたしも迷ってた。だけどやっぱり、あたしには受け入れられない。
反対することにする。当人がクローン再生しないでくれって言ってるの
に、周囲が強引にそれを実現しちゃう事に、私は賛成できないもの」
「おれはおれの思いを貫く。だから、お前もお前の思いを貫け。そうで
なきゃ、一生一緒になんていられないさ」
「お互いが別の道を進むことになっても?」
「進む道は別々になってもいいのさ。帰る家が一緒で、囲む食卓が一緒
で、幸せな時間を一緒に過ごせるなら、それでいいじゃないか?」
「はは、あはははは。す、すごいよ、タカシ君!く、あははははは!そ、
そんなクサイ台詞を真顔で言っちゃうんだ!?くくく、わ、笑いすぎて、
お、お腹がく、苦しいよ~!ひ~・・」
 おれは幾分照れながら弁当の蓋を閉じ、包みに戻し、咳払いをしてか
ら言った。
「おれはそう思うから言った。それでいいじゃんか?ここ、気持ちいい
な。また弁当食いに来ようぜ」
 レイナは笑い止み、うんと背伸びしながら言った。
「うん!ここは夜景もとっても綺麗なんだよ!」
「議事堂の屋上で酒盛りはさすがにどうかとも思うが・・・」
「堅いこと言わないの!じゃ、そろそろ戻ろうか?」
「あいよ」
 二人はどちらからともなく唇を寄せ合わせ、元来た小部屋へと瞬時に
戻った。

 午後からの第2セッションでは、おれとレイナに引っ張られるように、
今まで口をつぐんでいた他の議員達も発言し始めた。
 議論は白熱し、歴史観や宗教論、命の尊厳や、命は誰の物なのかといっ
た意見まで飛び交い始め、当然3時間の枠に収まりきるわけもなく、第3
セッションの終わりに、議長の特別加算5票を加えた14対7の賛成多数で
皇室維持法は可決された。
 賛成した議員達はその場での3法案全体の投票も行う事を要請したが、
レイナは最初に決めた通り2日後に最終審議と投票を行う事を譲らず、
黒瀬議長は閉会を宣言した。

 その晩のニュースは、抽選議院での審議の模様と2日後の全体の法案
可決後の予測番組で占められていた。
 皇居周辺や国会議事堂前には、3法案に関連した諸団体が入り混じり、
あちこちで小競り合いまで起きていた。
 世論は概ね抽選議院の再審議内容と結果を好意的に捉えていたが、抽
選議員宿舎周辺にも物々しい雰囲気の人々が数千人単位で詰めかけてい
た。

 そして迎えた最終審議の日の朝、ミノリーからメールが届いていた。
 結審後に会って話せないかという内容で、時間が遅くなっても合わせ
ると書いてあったので、おれは、状況次第で、とだけ書いて返信してお
いた。
 2日前には議長の特別加算票で何とか可決された皇室維持法だったが、
今日の最終審議と投票でひっくり返る可能性もあった。
 中日の昨日、レイナが一日中つかまらなかったのも気にかかっていた。
二緒さんや相子殿下も同様だったのが不安に拍車をかけた。

 抽選議員宿舎前には警察官が大量動員されて、1万人以上に膨れ上がっ
ていた人々の輪の中に道を通してくれた。
 たくさんの横断幕やプラカードに見送られながら国会議事堂にたどり
着くと、そこはもっとたくさんの人垣と警官達によって囲まれていた。

 議場に入り、ブースに収まるとほっとした。前回までの議事録や最新
ニュース、世論調査、国会議事堂周辺の様子などを仮想ディスプレイ上
に呼び出し、審議開始を待った。
 議場の前方、議長や閣僚の面々が詰めるところも、そしてレイナのブー
スも、審議開始直前まで埋まらなかった。
 その面々はほんとうにぎりぎりになってからケンケンガクガクと、い
や聞く耳を貸さないような雰囲気のレイナを取り囲みながら入場してき
たが、レイナがブースに向かうと諦めたように各々の席へと向かった。
 
 おれはブースの扉を閉めたレイナに内線をかけてみた。苛立った横顔
がすぐにモニターに現れた。
「おはよ、タカシ君。何かな、かな?」
 無理して微笑もうとしてるのがわかった。
「あんま無理すんなよ、とか言っても無理すんだろ?だからせめて、ほ
どほどにしとけよ。お前の事、おれは心配してるんだからな」
「ん、ありがと、タカシ君!さ、審議が始まるよ!」
「ああ」
 そしてモニターは消失し、黒瀬議長が開会を宣言した。
 最終審議の冒頭は、特に皇室維持法の反対派からの再考を促す意見が
相次いだ。しかし審議開始後30分も経たない内に賛成派から投票が提案・
可決され、国体維持関連3法案は、11対6で可決された。

 法案成立を喜ぶ閣僚達の姿を見つめている時、レイナからの通信モニ
ターが開いた。
「タカシ君、あのね・・・」
「何だよ?」
「何があっても、あたしの事、信じて。お願いだよ?」
「あ、ああ・・・。いきなりどうしたってんだ?」
「ううん。何でもないの」
 通信モニターは閉じられ、黒瀬議長の閉会の挨拶と、レイナからの共
同記者会見の案内があって、審議は解散した。

 それからレイナは真っ先に議場から出て行った。おれは急いで後を追っ
たが見つからなかった。仕方なく会見場の待合い室でレイナが現れるの
を待ったが、開始予定時刻になっても現れなかったので、黒瀬議長に引
率されて抽選議員達は会場入りした。
 レイナは会場の壇上に既にいて、抽選議員達が着席するのを待ってい
た。
 数百のフラッシュが瞬く中、抽選議員達と不安そうな黒瀬議長が着席
すると、レイナは告げた。
「今日は抽選議院での国体維持関連3法案の結審に伴う記者会見にお集
まりいただき、ありがとうございます。
 しかしここで、皇居におられる天皇陛下より緊急の入電と記者会見の
要請を受けましたので、この場をお借りして、そのまま会見の様子をお
伝え致します。
 それでは、陛下、どうぞお話し下さい」

 会見場のあちこちに仮想ディスプレイが出現し、そこには確かに和久
陛下が映っていて、誰かが疑念や制止を差し挟む前に、陛下は語り始め
た。


『国民の皆様、こんにちは。和久です。
 8歳の時に新天皇として即位して以来、12年が経ちました。
 今日は皆様に重大なお知らせがあります。
 それは、私は天皇家の血を引く者ではないという告白です。

 この談話と同時に公開された私のDNAと両親とされてきた先代天皇の
DNAは、一切合致しておりません。
 つまり私は、父とされてきた人の遺伝子を継いでいない者、偽りの天
皇なのです。

 その后、母のDNA情報とは合致する所があります。父親は誰とも知れな
い、しかし少なくとも皇統の血に連なる者ではありません。
 なぜなら、宮内庁が管理している歴代天皇の遺伝子サンプルのいずれ
のDNA情報にも私のDNAは合致していないからです。
 父母や姉達はいずれも死亡しており、母が私を懐妊した当時の侍従や
宮内庁職員も失踪またはLV2により死亡しています。人工授精の記録も残
されていない為、経緯の全てが明らかになる事も無いでしょう。

 私が皇室維持法に反対する理由が無くなってしまいました。私は天皇
家の末裔ではなく、人工的に生み出された誰でもないただの人間の一人
に過ぎない事が明らかになったのですから。
 国民の皆様のご心情を察するに忍びませんが、私の従姉である相子は
先々代天皇の血を継ぐ者とこの度のDNA鑑定で再確認されております。
 日本国に混乱をもたらす事は私の望みではありませんが、天皇という
位は偽りの者が継いでいて良いものではありません。
 私自身、今回の新事実に驚き悲しみ、かつ戸惑ってもおりますが、冷
静に受け止めようと努めております。

 皇室会議が開かれ、私は天皇の位から降りる事になるでしょう。その
後、私は市井の一員としてひっそりとした人生を過ごせれば望外の幸せ
と存じ上げます。
 従姉の相子には、いや血がつながっていない事が判明した今では相子
殿下に置かれましては速やかに新天皇として即位し、国民の皆様を慰撫
し導く新たな光となられますようお祈り申し上げます。

 ご静聴ありがとうございました。

 それではみなさん、さようなら』


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