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ある日ぼくがいた場所

2-12 新談話発表後


和久陛下の新談話発表後に


 和久陛下の談話画像が会見場から消えて、レイナが通常通りの記者会
見を始めようとしたがそれは無理な相談だった。
 相子殿下と奈良橋さんの婚約会見の時以上の混乱が会見場を覆ってい
た。あまりの事に混乱し過ぎて、逆に誰も騒ぎ出せず、見聞きした事が
本当なのかどうか、隣同士でささやき合っていた。
 抽選議員の大半も似たような状態だった。おれは二緒さんに小声で話
しかけてみた。
「二緒さんは知ってたんですか?」
「どうして?」
「いや、ただ何となく」
「知っていたとして、そう言えるわけもないでしょう?」 
 それもそうかと思った時、年輩の記者が手を上げてレイナに質問して
きた。
「中目副議長、あなたはこの談話の発表の依頼を受けていた。つまり事
前に知っていたんじゃないんですか?」
「重要な発表があると伺ってはおりましたが、内容までは存じ上げてお
りませんでした」
「陛下はなぜ首相や黒瀬議長ではなく、あなたに依頼されたんですか?」
「首相も黒瀬議長も皇室維持法の賛成派でした。私は反対派でした。そ
ういった点からも依頼され易かったのではないでしょうか?」
「あなたと陛下との間の個人的関係が有っての上だったのでは?」
「皆様ご存じの通り、私はパブリック・チルドレンです。過去の勤務履
歴の内には、皇室付き女官だった事もあり、陛下のお側にいた事もあり
ます」
「それは、閨でお相手をしていたという意味ですか?」
「いいえ。もしそちら方面の詮索をなさりたいのでしたら、この方の記
事でもご覧になられては如何でしょうか?」
 そしてまた記者会見場のあちこちに出現した仮想ディスプレイには、
良子さんと陛下の睦まじい姿が、それこそ一般に流されるにはぎりぎり
のきわどい画像付きで表示された。
 あちこちで記者達が電子手帳やカメラを取り落としていた。
「まともな会見にはならなそうですから、後は議事AIに進行を任せて私
は失礼させて頂きます。それでは・・・」
 レイナがすっと会見場から消えたのを追ったのは、おれだけではなかっ
た。黒瀬議長も横に並んでいたし、レイナの前方の控室には首相の姿も
あった。
 首相は厳しい表情をしていた。
「中目君、君は我々の要請を無視するのかね?」
「私の要請を先に無視したのはそちらだ。それに私はあなた達の要請を
いちいち聞き届け受け入れなくてはいけない義理も義務も持たない筈だ
が?」
「陛下は?陛下はどちらにいらっしゃるんだ?」黒瀬議長が詰め寄った。
「まだ彼を陛下と呼ぶのか?」
「当たり前だ!お前が用意し陛下が引用したデータの全てはすり替えと
改竄の結果だろう?陛下が天皇家の血脈に連なる方なのは間違いないの
だから」
 黒瀬議長が食い下がるのを中目は見下していた。
「好きに解釈すればいい。もし私が準備し、陛下が発表した全てが事実
だとしたら、あなた方はどうするつもりなのだ?」
「そんな、そんな事はあり得ない!」
「私という存在も、『彼ら』という存在も、あなた方は同じ言葉で否定
しようとした。そして結局は失敗した。同じ事を繰り返すつもりか?私
はどちらでもかまわないが」
「中目君、本当の事を教えてくれ」
 首相の言葉に中目は応えた。
「私にとって大事なのは、レイナであり、白木隆であり、二人の間の子
供だ。それ以外の存在とは比較にならない。そのレイナにとって、和久
という存在は、首相や議長という存在より遙かに重い。その希望を私達
は事前に伝えた。あなた達は無視した。この結末は必然以外の何者でも
無いと私には思えるが?」
「本当の事だけを、教えてくれ」
 首相は同じ質問を繰り返した。今では他の数名の議員達も背後に集まっ
てきていた。中目はぐるりと周囲を見渡してから、諦めたように言った。
「今回和久が発表した内容が真実であるか否か、決めるのはあなた達自
身だ。彼が皇統に連なる者だと信じたければ信じるがいい。先代天皇が
没した後、彼が皇居にて3種の神器を継いだ者だというのは事実なのだ
から。
 本当の事を教えてくれと言ったな。では教えよう。和久が天皇という
頸城(くびき)から逃れるには、自身が天皇ではないと、その血脈に連
なる者ではないと証明する以外には無かった。降りたいと言って降ろし
てもらえる座に彼はいなかった。あなた方はそれを許さなかった。それ
が本当の事であり、あなた方が招いた事だ」
 中目は首相や黒瀬議長の手を振り払うと姿を消した。
 首相や議長はおれを詰問しようとしたが、おれが何も知らなかったの
を悟ると解放してくれた。

 二人が去り安堵したのも束の間、背後から牧谷さんに声をかけられた。
「あのさ、こうなってはもう些末事かも知れないけど、陛下もレイナちゃ
んも妙手を打ったと思うよ」
「どういう事です?」
「法案はね、議会の承認だけじゃ成立しないんだよ」
「え?でも選挙議院と抽選議院で可決された法案なら・・・」
「違うんだな。天皇の仕事はいろいろあってね、各地の視察とか外国賓
客のお相手とか勲章の授与とかくらいしかニュースに出てこない事が多
いけど、もっと大事な仕事があるんだ」
「祭祀とかですか?」
「もっと国会に直結したものだよ。国会で承認されたすべての法律は公
布されなければ無かったも同然となる。さて、その公布は誰によって行
われるのかな?」
「誰って・・・」
 思い当たるのは一人しかいなかった。
「そう、天皇陛下さ。その天皇位が空白になってしまったらどうなる?
皇室会議の結果次第だろうけど、今回の談話に用いられたデータは全て
誤った虚偽のものだとするにしても、陛下の意志は明確だ。国民感情的
にも揺らいでしまった信頼の象徴を掲げ続けるのも難しい。そして皇家
の残りは、陛下を除けばあと一人しかいない」
「天皇がいなければどんな法律も公布されない。つまり一般への効力を
発しない。その陛下が失踪して見つからなければ、周囲は次の天皇を用
意して即位させるしかない。談話で発表された内容の真偽がどうであろ
うと、ですか・・・」
「まさに神の一手と言いたくなる絶妙な手だよ」
「牧谷さんはどう思うんですか、あの発表?」
「これは個人的な考えだけどね、陛下が先代天皇后によって身籠られた
のは、先々代天皇夫妻に相子殿下しか世継ぎが生まれてなくて、女系天
皇を容認するかどうか、皇室典範見直しが取り沙汰され始めた時期だっ
た。
 当時人気のあった首相が先導役だったんだけど、そんな動きを潰す絶
好のタイミングで、先代天皇后が身籠られたと発表された。しかも産ま
れたのは男子だった。男系論者には天恵だったろうね。その当時の皇室
典範見直しは完全に頓挫したのさ。
 二人の姉が陛下にはいたが、10年以上年が離れていた。別にそんなに
珍しい話では無いだろうけど、前子から十数年経ったタイミングで突然
懐妊し、発表される事自体の不自然さに疑問を持ったのは、たぶんぼく
だけでは無いだろうね。
 一般のマスコミがそんな疑問を表明できるほど、この国はタブーに対
して寛容じゃないけど」
「じゃあ、本当に陛下は・・・」
「まぁ、皇家の血脈に連なっているのはたぶん真実だろうね。でもそれ
を証明するデータを全てすり替えられてしまったら、反証するのは容易
じゃない」
「でも診療記録とか、印刷されたものとかだって」
「物質変換もテレポートもできる相手だよ?物証や印刷された記録がな
ぜ当てにできるんだい?」
 おれは反論できなかった。
「ま、ここで君をいじめてもしょうがないし、そんなつもりもない。そ
れよか、今度つきあってもらえないか?陛下の騒動で議会もしばらくま
ともな運営にはならないしね。いいかな?」
「えっと、今日これからは別口でたぶん約束があるんでむずかしいです
けど」
「いいよ。都合のいい時に連絡くれればそれで」
「わかりました。お話ありがとうございました」


 それからおれは、国会議事堂の地下通路に案内されて、そこから離れ
た地上でセレスティスに乗り込み、宿舎へと戻った。
 宿舎の部屋では意外な客人、ミノリーがおれを待っていた。

「タカーシ!一週間ぶりだな!」
 ミノリーは駆け寄ってきて、ジャンプしながら抱きついてきた。おれ
は支えきれずよろめいたが、背後にいたAIに何とか支えてもらった。
「ミノリー、熱烈な歓迎はうれしいんだが、ここへはどうやって?」
「いや、別にアメリカ国務長官名義で面会申請を出しておいたから、入っ
てきただけだぞ?」
「そういうのは宿舎じゃなく議院会館の執務室になるんじゃないのか、
面会場所?」
「会談の内容にもよるよ。ビリオンズなんて存在自体公表されてないん
だし、話す内容だって最高機密レベルなんだから」
「それもそうか。とりあえず上がっていいか?」
 玄関先で靴も脱げないままでいたおれはようやっとミノリーを体から
引き離し、靴を脱いで寝室に向かった。
「着替えるからリビングで待ってろよ。かあさん、何か飲み物でも出し
てあげて」
 ミノリーはおれの後ろにとことことついてきて、着替えをのぞこうと
したので、おれは扉を閉めて鍵をかけなくてはならなかった。
「今更恥ずかしがる事あるんだっけ?」とか言われたが気にしない事に
した。
 いつも通りのスタイルに着替えてリビングに戻ると、コーラの瓶を傾
けてるミノリーがいた。
「いいのか、コーラなんて?」
「ベイビーの事気にしてる?だいじょうぶ、ちゃんと無糖の奴だよ」
「そらよかったな。で、今日は何の用だ?」
「予想はついてるんじゃないの?」
 ミノリーはぐびぐびと豪快にコーラを飲み下していく。
 このタイミングでアメリカ政府の代表がわざわざおれの所にミノリー
を寄越す理由は、一つしか考えられなかった。
「陛下の事か」
「イエース!ザッツライト!」
「どうせ米国政府は今回の騒動には無関係だから勘違いしないでくれと
でも言うんだろ?」
「パーフェクト!話が早くて助かるわ、タカーシ」
「だったら大使館から外務省経由か、大統領からのホットラインでも首
相に直接伝えればいいじゃないか?」
「ノン。あと2ー3ヶ月もしたら、そんな既存の仕組みは全部ぶっ壊れ
ちゃってるかも知れないんだよ?大統領だって国務長官だって大使だっ
て、全員死んでる可能性は低くない。そしてあなたやレイナ、ミーは生
き残ってる可能性が高い。だからわざわざ会いに来たのよ」
「メッセージなんてついでなんだろ、どうせ?」
「かもね。どうせタカーシには見当ついてたろうし」
「ってことは、陛下は今アメリカ合衆国領土にはいないし、その所在地
を米国政府もつかんでいないってことか」
「コレクト!いいねいいね~、タカーシ!アレが大きいだけで頭が空っ
ぽな奴よりずっとイイヨ!ちなみに日本政府の要請を受けて、監視衛星
や電子ネットワーク上からも探索は続けてるけどね」
「当然、そんなものに引っかかるようなへまはしないだろうな、あいつ
は」
「だね。でも日本政府に協力しているというポーズは無駄じゃないから、
しばらくは続けてあげるんじゃないかな?」
「しばらくって、いつまで?」
「たぶん、LV3の始まる2ー3ヶ月後まで?その後はもう、先代天皇がど
うしたって騒ぎどころじゃなくなってるだろうし」
 おれはAIに頼んで、陛下関連の報道を流してる番組を映し出してもらっ
た。日本の全報道局はおろか、海外の多くのチャンネルでも報道されて
いた。
「この騒ぎが鎮まるまでにも、そんくらいの時間がかかるだろうな」
「日本人として、今回の談話、どう思った?」
「わからん。談話の時に提示されてたDNA親子鑑定の化学式ぽいものな
んて、ぱっと見て真偽なんて判別つかないしさ。引用されてたデータが
本物かどうかさえわからないんだから、陛下の主張が正しいのかどうか、
わかりっこないよ」
「でも、彼をあそこまで追い込んだのは、日本国民だってこと、わかっ
てるよね?」
 ぐさっと来たが、正直に答えた。
「他の誰よりも、わかってるよ」
「オーケー。じゃ、とりあえずカズヒサの話はおしまい。次はレイナの
事と「彼ら」の事」
「レイナがどうかしたのか?」
「ミーとエンデの間の子供にも「彼ら」は宿れてないとレイナは言って
た。ミーはそれが本当なのか疑ってる」
「宿れてないってだけで、これからも宿れないとは言ってないんだろ?」
「そうかも知れないけど、もし宿れるなら、それを150億個複製して、
LV3騒ぎは終わりになる筈でしょう?レイナだってミーだってあなただっ
て、もう普通の生活に戻れる筈」
 おれはTV画面の向こうで小競り合いを繰り返す人々の姿を見ながら感
じたままを言った。
「たぶん、無理なんじゃないかな」
「どうして?」
「国の政治の一番上辺りに関わって、地球外生命体に関わって、何人も
ハラませたりもして、それで何も無かったような生活に戻れるとは、思
えないよ」
 ミノリーはじっとおれを見つめていたが、諦めたようにかぶりをふっ
て寝っころがると、おれの膝に頭を乗せて言った。
「タカーシの言う事が正しいね。例え人類も「彼ら」の誰も死ななかっ
たとしても、今までの社会とはもう違っちゃってるものね。あはは、
ミーも、何も知らなかったティーンエイジャーに戻れるわけも無いもん
ね」
「ミノリー・・・」
 ミノリーの瞳の端からは涙がこぼれ落ちていた。両手を伸ばしてきた
ので、体を抱き起こしてやる。
「キスミー」
 と言ってきたが、おれはそのまま抱きしめるだけに留めた。
「ごめん。またいつかはあるかも知れないけど、今は、今日はダメだ」
「・・・レイナが、カズヒサと行ってしまったから?」
「あいつはすぐに戻ってくるさ。そんでおれはあいつの盾になってやら
なくちゃいけない。社会的な体面みたいなものを含めてな」
「ミー達の間の子供はどうなるの?」
「む、難しいけど、ちゃんと認知するよ。たぶん、LV3の後に、一般に
何が起きたのか、おれとレイナがどんな選択をしてきたのか説明する時
に、ちゃんと言うよ」
「それまでは我慢しろって言うの?」
「出来ればな。そうしてもらえると助かる」
「そのご褒美は?何かもらえるの?何をしてくれるの?」
 間近で問いかけてくるミノリーに、おれはすぐに答えられなかった。
「なんてね。タカーシのおかげでミーはもう気が進まないセックスしな
くて済むようになったんだし、子供だって二人の責任だものね。タカー
シのだけじゃない。シングルマザーだって珍しくないんだからね」
「それは・・・」と言いかけておれは口をつぐんだ。
「いくら親の遺産があるって言っても、もしかしたら数十億以上の子供
の父親になる人が養育費払えるわけも無いでしょう?そのくらいの分別
はついてるから大丈夫。心配しないで」
 ミノリーはまたぎゅっと抱きついてきて、頬に唇を押し当ててから立
ち上がった。
「せっかく勝負下着を新調してきたのにな。本当に見たくないの?」
「また今度な」
「ちぇ。それじゃレイナによろしくね!シーヤ!」
「よろしくって言っても、そのレイナに送ってもらうんだろう?」
「まぁね。細かい事は気にしない気にしない!」
 ウィンクしてきたミノリーはそのまま姿を消した。


 それからおれは、例のマネキン人形でレイナに電話をかけてみたが、
着信拒否でつながらなかった。
 次にダメ元で相子殿下にかけてみたら、つながった。
「あ、こんにちは、相子殿下。突然のお電話すみません」
「いいのいいの。こっちからもかけようかと思ってたくらいだしね」
「というと、今回の事、知っていらっしゃったんですか?」
「首相とかに言うと怒られちゃうだろうけど、そうよ。どうせこれから
皇室会議が開かれて、私も参加しなくちゃいけないから、そこで話すつ
もりだったんだけどね」
「やっぱり陛下は、皇室維持法に反対して、それで・・・?」
「もうそれだけじゃないけどね。残り3ヶ月を自由に生きてみたい。そ
れが一番強い願いだったみたいよ」
「そうですか・・・。レイナも陛下や良子さんと一緒なんですか?」
「見守って世話をしてるかも知れないけど、物理的に一緒にいるかどう
かはわからない」
「どこにいるかは?」
「私も含めて、当事者3人以外は知らないでしょうね」
「皇室会議って、やっぱり陛下の談話が真実なのかどうか決めるんです
よね?」
「あの談話は引用されてたデータごと全否定されるでしょうね」
「じゃあ、何のために開かれるんですか?」
「天皇がいなくなってしまったら、形式的に天皇が行っていた国事行為
が全て止まってしまうの。だから和久の行方を政府の威信をかけて探す
事と、摂政を立てる事を決めるんでしょうね」
「摂政、ですか」
「天皇が未成年で補佐が必要な時とか、重病とかで国事行為に携われな
い状態に陥った時とか、皇室会議の決定に基づいて置かれるの。本来な
ら皇族しかなれないわ」
「じゃあ、今なら相子殿下しか」
「そうなるわね。もう腹はくくってるからいいんだけどね」
「でも確か、皇室会議ってレイナも出るんですよね?」
「あの子なら、たぶん出てくるわよ。別に世間的には、あの子が陛下を
そそのかして逃亡させた事にはなってないし、ましてや神隠しした張本
人だなんて政府も発表できるわけないでしょう?」
「でも、政府とは真っ向から対立してしまうんじゃないんですか?」
「白木君、アイスベルトに飛ばされた中には、日本の特殊部隊の一部も
含まれていたのよ?それに米国大使達も列席した皇居での会合で、中目
さんは明確にその意志を伝えていた。皇室維持法を廃案にするか、もし
くは和久の亡命を認めるか、どちらかを選べと」
「そういえば今日、アメリカのビリオンズが来て、アメリカは無関係だ
からと断りを入れてきましたよ」
「でしょうね。AIから伝わってるでしょうけど、一応首相にでも伝えて
あげておいた方がいいかもね」
「後でそうしておきます」
「それじゃまたね。私もただで摂政とか次の皇位とか引き受けてあげる
つもりは無いんだから。せいぜい高く売りつけてやるつもりよ」
「はは、相子様なら敵無しですよ」
「ありがと。じゃね!」


 その数時間後、皇室会議が召集されたという速報が出て、出席する面
々の中にはレイナも映っていた。
 レイナが完全に行方をくらましたのでは無かった事にひとまず安心し
た。電話がつながる筈も無かったので、AIに伝言を言付けておきつつ、
晩飯の準備をし、いつもの数倍の速度で膨れ上がっていく受信メールボッ
クスを眺めたり、ニュース画像を横目で流し見し続けた。

 和久陛下の血統証明の信憑性については、過半数が判断しかねると態
度を保留していたが、どの番組が確認した限りでも、先代天皇と和久陛
下の遺伝子的つながりを証明できた所は無かった。
 そんな状況下でレイナや相子殿下も参加している皇室会議は深夜を過
ぎても終わらなかった。午前0時過ぎからの生討論番組なんてものを見
ながら時間を潰したが、番組終了予定時刻の午前4時を過ぎても会議は
終わらなかった。
 おれはAIに作ってもらった夜食を食べながら何とか眠気をこらえ続け
た。
 そして迎えた朝6時半過ぎ、皇室会議が終了したという報道が入るのと、
レイナが部屋に現れたのは同時だった。

「お帰り」
「ただいま」
 レイナはふらふらとソファに倒れ込んだ。
「お疲れさん」と言いながら、ソファに突っ伏したレイナの髪を撫でた。

 ニュースの速報番組はどれも一斉に、和久陛下の談話内容の否定と失
踪に伴う捜索の開始、そして相子殿下の摂政への就任が可決されたと報
じていた。

「帰ってきてくれて、おれはうれしいよ」
「ほんとに?」
「ほんとだって」
「どれくらいほんとなの?」
「今すぐおまえを抱きたいくらいに」
「うわ、そう来たか!んじゃ、すぐしよ、ここでしよ!」
 言う間にも服を脱ぎ始めたレイナを見ておれは苦笑した。
「おまえ徹夜明けだろ。まず何か軽く食って休んでからのがいいんじゃ
ないのか?」
「ううん。ぱっとヤッて、ぐっすり寝て、それからがつんと食べよ、
ね?」
「わかったよ」

 まぁそんなわけで波乱の一日というか夜というか明け方は、慌ただし
い行為を済ませたそのままにソファに倒れ込んで爆睡して終わった。

 それから2週間後、世界中で一番有名なWEBサイトは、良子さんのHPだっ
た。毎日、陛下と世界のどこかで記念写真を取り、二人で回った場所の
感想などが記事として掲載されていた。
 二人が回った場所に同じ時間に居合わせた人の証言によると、確かに
その場所には他のカップルはいたが、陛下と良子さんではなかったとい
う。
 合成画像によるイタズラ説が最有力だったが、良子さんが手にしてい
る携帯に映っている当地でしか受信できないTV画像などから、別の可能
性を指摘する声も上がっていた。つまり、一般には認知されていない最
先端科学の何かの装置の手助けで、当人達以外の姿に見えているのでは
ないかという意見だ。
 それからは世界中の観光地のカップルというカップルが疑いをかけら
れる顛末ともなったが、もちろんそんな大ざっぱな網に二人がかかるわ
けも無かった。

 日本政府は躍起になって和久陛下の身柄を確保し、日本に連れ戻そう
としていたが、和久陛下と良子さんはまさに神出鬼没。世界中のあちこ
ちに空港や港や道路などを一切使わずに移動しているのではないかとい
う意見がまことしやかに囁かれるようになっていた。

 さらにその一ヶ月後、海辺の小さな協会で、タキシードとウエディン
グドレスに身を包んだ二人がキスしている姿が掲載された時には、それ
までのインターネットの瞬間アクセス記録を塗り変えたという。

 皇族の結婚式が神道式で行われていない事に抗議する意見よりも、和
久陛下が妻を娶られた事を歓迎する意見が大半を占め、街頭では号外が
配られたり祝い酒が振る舞われたりして、国中が祝賀ムードに染まった。

 ちなみに、相子様や奈良橋さん、二緒さんやレイナやおれ、その他少
数は式に参列していたが、公にできるわけも無かった。

 全国で、皇室維持法の適用を和久陛下に対して除外するよう要請する
署名が数百万単位で集まったが、政府はこの動きを頑なに無視した。し
かし一方では、政府は皇室会議で和久陛下と良子さんが帰国すれば二人
の婚姻を認めるという決議を下していた。

 政治の運営に関しては、摂政に相子様が就かれた事で混乱は避けられ
たが、良子さんのサイトに掲載される記事の相手が本当に和久陛下なの
か、そうだとして日本からの逃亡生活を続ける天皇をいつまで天皇とし
て認め続けるのかも、大きな争点と化していた。

 世間では、和久陛下の退位を認め、摂政の相子殿下をそのまま天皇の
座につけるべきという意見と、和久陛下が健在であり、ましてや妻を娶
られたのであれば、帰国し次第政務に復帰し、正式な結婚の儀を執り行
うべきだという意見の半々に分かれていた。

 天皇の座の取り扱いを巡って国民投票を行うべきだという意見まで出
回る頃、暦は6月を終えて7月に入り、梅雨も終わる頃が近づいていた。

 それは、LV3が始まると予見されていた時期の到来でもあったが、お
れはまだ、みゆきにさえ真実を告げられていなかった。



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