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ある日ぼくがいた場所

3-4 イワオ、おじさん、光子さん


3-4 イワオ、おじさん、光子さん


 中目零那がLV3の開始を告げてから1ヶ月が経つまでに、人類の99.9999%は
黒い透明な繭に包まれていた。
 その中には、イワオも、行徳おじさんも含まれていた。
 考えてなかったわけじゃないが、自分の中でどこか「自分の関係者だ
けは例外だろう」という甘えがあったことに今更ながら気がつかされた。
 みゆきの子供にノゾムが宿れたことを知った翌日には、眠りからさ
めない状態になってたイワオが黒い繭に包まれたことを知らされた。
 それまでにも抽選議員達が家族の解放を求めて中目に詰め寄るのを見
ていたが、おれ自身その一人になることを予想できていなかったのは笑
い草だった。
「すでに告げていた筈。最悪、私とあなたと、二人の間の子供しか助か
らないと」
 中目はそう冷たく突き放してきた。レイナも助けてはくれなかった。
どんな懇願も届かないまま、数日が経つ内に黒い繭は消え去り、イワオ
は死んでいた。

「葬式を出してもらえるだけマシかも知れないね」とは、参列したみゆ
きの言葉だった。
「そりゃそうかもだけどよ、冷たくないか?」
「たかし君。あたしの両親も、親戚も、学校で一緒だった友達も、残ら
ずあの繭にくるまれてるの。くるまれてないのはもう死んだ人だけ。だ
から、あたしはイワオ君の為だけに泣いてられない。これから全員死ん
じゃうかも知れないんだし」
「お前とその子供は大丈夫みたいだけどな」
「白木君と中目さん、そして二人の間の子供もね。それより白木君、行
徳おじさんはどうなってるの?」
「お前の両親と同じさ。繭の中で、融合の結果待ちだ」
「中目さん、助けてくれないんだ・・・」
「これだけは、えこひいきできないんだそうだ。立派ではあるけどよ」
「納得できない?」
「強引にでも納得しなきゃいけないんだろうな。LV3が来たら、レイナ
と婚約発表して、その場で、LV3がどうして起こったのか、その事実も
公表する約束にしてたんだから」
「そんなことできる?」
「やらなきゃいけないだろうな」
「そんな格好つけてる場合じゃないと思うけどな。事実を公表するのだっ
て、自己満足にすぎないならやめといた方がいいよ」
「けじめみたいなもんだよ。自己満足だって言われようと」
「でもさ、家族や恋人や友人達を全部奪われちゃった人が、その原因と
なった人を許せると思う?甘くない?」
「別にレイナだけのせいじゃないだろ?」
「そうかも知れないけど、中目さんは人類からすれば「彼ら」の移住の
象徴みたいな存在なわけでしょ?たかし君だって、生き別れになってた
ご両親が見つかったと思ったら黒い繭に包まれて話すことも触れること
もできないまま死に別れることになったら、どう?それでもレイナさん
を許せるの?」
「許そうとはするだろうな。そうできるかどうかはわからんけど」
「確率的に言えば、今回のLV3で死んじゃってる可能性が高いよね。こ
れから出会える可能性よりさ」
「おれの不幸を願ってるのか?」
「そうかもね。恋人も子供も死なないのがわかってるんだから、せめて
別の部分で他の人達と同じ痛みを分かちあうべきなんじゃないのかな?
あたしはそう思うよ」
「両親ねぇ・・・」
 父親が二緒さんに殺されたとはみゆきにも誰にも伝えていなかった。
母親の行方に関しては、どうせ死んだものと諦めて中目に訊いていなかっ
た。
 ささやかなイワオの葬式でみゆきと別れてから、おれは行徳おじさん
を見舞った。
 5歳の時に両親と生き別れてから行徳おじさんに引き取られて育った
家こそが、俺にとっての我が家だった。両親と過ごした家はまだ存在し
ていたし時々掃除や風通しに帰ることはあったが、そこで生活すること
は無かった。
 おじさんはベッドの上に横たわり、そこで半透明の黒い繭に包まれて
いた。
 このまま目覚めないかも知れないという不安に駆られながら、おれは
意味もなく書斎の本を抜き出してぱらぱらとめくってまた元に戻したり
した。
 おじさんが長年使っていただけあって、ほとんどが政治絡みの本だっ
た。
 書斎の机の引き出しには鍵がかかっていたし、パソコンの起動パスワー
ドもわからなかったので立ち上げられず仕舞だった。
「かあさん、AIならロックピックもパスワードのクラックとかも出来る
んじゃないの?」
 おれは背後に控えていたAIに頼んでみたが、いつも通りだった。
「無理に開けようとして中身を損なうような仕掛けをされていたら台無
しです」
「でもさ、どこかにおれへの遺言状でも入ってるかも知れないじゃん?」
「西行徳氏が実の孫のように思っていたタカシに、そんな無理をしない
と手に出来ないような遺し方をするでしょうか?」
「でもさ、当人がこのまま死んでしまうかも知れないならさ・・・」
「死なないかも知れません。それは他の方々も同じではありませんか?」
 おれは、以前二緒さんからもらった耐性値測定機を耳にかけ、行徳お
じさんの耐性値を表示させた。
 1/1000。死んだイワオの耐性値1/2の500倍だったが、生存が有望視さ
れていた1/100,000よりは大分低かった。
 その2週間後までに世界で30億人が死んだと中目から伝えられた時には、
まだ行徳おじさんは繭にくるまれたままだった。
 もしかしたらと淡い期待を抱いた1週間後には、行徳おじさんを包ん
でいた繭は消え、その体は冷たく動かなくなっていた。
 憤りと悲しみが胸の内側を満たした。
 泣きわめきながら、中目を呼び出した。
 しばらくしてから中目は現れたが、自分から口を利こうとはしなかった。
「何か言えよ!おまえ等のせいだろう?!」
「確かにそうだ。何の言い訳もできない」
「それで済むと思ってるのかよ!?」
「済まないだろうな」
「ふ、ふざけるな!」
「ふざけてないどいない。あなたも知っている通り、私はこうなること
をあなたに告げていた」
「予告していれば、相手を殺してもいいって言うのか?」
「そんなことを言うつもりはないが、私にしろレイナにしろ伝えていた
筈だ。こういう結末を避ける方法を・・・」
「お前達を殺せってか。だけど、今更っ・・・!」
「そうだな。世界のほぼ半数が既に死に、残りも繭にくるまれてしまっ
ている現在、今更ではある。が、助けられない命が無いわけでもない」
「どういうことだ?」
「あなたは信ずるものの為に、己の最も大切なものでさえ差し出す覚悟
があるか?」
「何のことだ?」
「誰か他の人を一人助ける為に、自分にとって最も大事な一人を生け贄
に捧げることができるか?」
「おれは、そんな立派な人間じゃない。だけど・・・」
「YesかNoか。はっきり答えてくれ、白木隆」
「それがお前や子供やおれの命なら、Noだ。行徳おじさんの命を助ける
為に他の人の命を犠牲にしなきゃいけないなら、やっぱりNoだ」
「では、こういうのはどうだ?」
 第3の声に、おれは振り向いた。AIの背後には見たことの無い男がいた。
 AIが振り向くと、男は手をかざして光子さんの頭部を淡い光で包み込
んだ。
 男を拘束しようとしていた光子さんは床に崩れ落ち、見る間に半透明
の黒い繭にくるまれていった。
「ど、どういうことだ?なんでAIが?」
 パニックに陥りかけていたおれに男は言った。
「AIだけどAIじゃないからだろうに。我らが宿れるのは生命体だけだと
いうのなら、残された可能性は数えるほどしかない」
「かあさんが生命体?まさか、だって・・・」
 かあさんと接触したのは数えるほどの回数しかなかったが、人体特有
の温もりとかは無かった。
 おれはかあさんの傍らにひざまづき、腹部や腿を押してみて、その堅
さからそれが機械であることを確かめた。
「中目、AIに『彼ら』は宿れないんじゃなかったのか?」
「それが無生命体であるAIなら宿れない。だが・・・」
「例外は存在する。生きた人間から脳を移植されたAIなら、我らは移住
可能だ」
 最悪な想像の一歩手前でおれは踏みとどまろうとした。が、男はそれ
を許さなかった。
「そのAIは、お前の母親の脳を移植されている。つまりは実の母親だな」
 光子さんと名付けたAIの全身は、今では全身を黒い繭にくるまれて触
れなくなっていた。
「だ、誰だ、お前!かあさんを解放しろ!!!」
「条件がある。お前がこのAIを助けたいと言うのなら、そこの中目零那
を殺せ。胎内にいる子供ごとだ」
 混乱するおれの手の中には、物騒なナイフがいつの間にか握られてい
た。
「そんなことできるわけないだろっ!中目、こいつを何とかしろよ!」
「同族に対して強制テレポートはできない。だが・・・」
 本棚から何百冊もの本が抜き出されて空中に浮かび、男に向かって次
々に叩きつけられた。しかし男に触れた途端、分厚い本は姿を消して元
の本棚へと戻っていた。
「ぼく達の間では勝負はつかないよ、中目。さぁ、どうする、白木隆?」
「決まってる!」
 おれは左拳を握り込むと一気に男の元へとダッシュした。2歩で懐に入
り込んで相手の鳩尾めがけて拳を放つ。
 拳は相手の服をかすめて壁にめりこんだ。
 続けてナイフを握り込んだ右拳を相手の顔面に叩き込もうとしたとこ
ろで男の姿が消えた。
「やれやれ、完全耐性者とは厄介なものだな。だからこそ中目を殺す資
格を与えられているのだろうが。名残惜しいけど、このAIはもらって行
くよ」
 男はかあさんを包んだ黒い繭に手をかけてそのまま姿を消した。
「ま、待て、お前、一体誰なんだ?!」
「ゼノン。根絶派の中でも最も過激な一派のリーダーだ」代わりに中目
が答えた。
「根絶派って、『彼ら』を滅ぼそうとしている連中か?」
「そうだが、ゼノンの一派は、人類まで根絶やしにしようとしている。
もちろん、物理的に移住してきた以前の宿主達も」
「む、無茶苦茶じゃないかよ、そんなの!」
「私もそう思う。それに、襲撃を受けたのはここだけでは無いようだ。
いったん戻るぞ、白木隆」
「おじさんをここに置き去りにしたままでか?」
「然るべき処置はする。だが、今は一刻の猶予も許されない。わかって
くれ、白木隆」
「何をわかれって言うんだよ!」
「世界中の高耐性者同士の受精卵の保管施設や人工子宮施設が襲われて
ほぼ全滅した。その中には、白木隆、あなたとミノリーとの間の子供達
も含まれていた」
「複製されてた子供達が?」
「そうだ。それだけでなく、施設の一つを訪れていたミノリーヌ・アプ
レシオ本人までさらわれたようだ。我々は一刻も早く体勢を立て直さな
くてはいけない。違うか?」
「わかったよ・・・」
「戻ったら、渡す物がある」
「何だよそれ」
「西行徳からの遺言状だ」

 そして高耐性者達動ける人達が集められているNBR所有の島の宿舎に戻っ
てから、その遺言状はおれに手渡された。
 

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