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ある日ぼくがいた場所

私は・・・ (その4)

私は・・・ (4)


私は神の存在を否定しない。
 自分の思惑を越えた所で
  自分の人生の幾部分かは
   巧妙に仕組まれた部分があると感じる事があるからだ。

 例えば
私は予知夢を見た事がある。
 それは単純な
  ある小学校の遠足風景の二コマだったが
   実際にそれは起こった。
私はこの予知夢の意味を
 まだ完全には理解してはいないが
  時間の流れというのは単純な一方通行では無く
   魂もその流れに従うだけの存在では無いと感じた。
    それだけでも私の人生に対する影響は甚大だ。

私はデジャブーも何回も経験した。
 既視感という奴で、これは事前に夢見た事を実際に起こるまで忘れているというもの。
  俗に言う「あ、この風景は以前どっかで・・・?!」という奴だ。

私は霊の存在も信じる。
 俗に言う幽霊だけでなく
私は万物に霊は宿っていると思う。
私は全てに神が宿っていると思う。
 全は一にして、一は全という、あれだ。
  詳しくはどれの事を指すのか、私は知らないが
   そう感じて信じている。

私はTVの気功師とかが「気を送ります」といって信者達だけがフラフラと揺れる様を
 当然の如く眉に唾つけて
  いやつけずとも信じていないが
   それでも自分の体内で渦巻いたり体外を包み込むような気を感じたりはする。
    もちろん証明なんてできないし、するつもりも無いけど。

私はだが視線の不思議には信憑性があると思う。
 何故かというと、私の視線を背後からでも感じたらしく
  こちらを一度も振り返る事無く
   私が見ていると絶対に見えていない筈なのに
    何故か足早に去る人達に不自由していない。
     ご想像に難くなく若い御婦人達が大半だが。

私は占いを信じない。
私は雨や曇りの日に星占い師がどうやって占っているのかに興味が有るが
 まぁ鉛筆を転がして何かを占うのと大差無いと思っている。
私はそれよりも
 XXは何々だ、というメッセージに偶然でも出会った
  その偶然性の方に何らかの意志は感じたりはする。
   だけど金運がどうのとか毎日言われても、
    給料日が月一でギャンブルもやらない人なら
     どう考えても、ねぇ?


私は天国の存在を信じていない。
 同じ様に
私は地獄の存在も信じていない。
私は神の存在を否定していないからだ。
私は神を雲の上の椅子に座っているおじいさんだとは感じていない。
 全知なぞ、まともに考えてみれば馬鹿らしい事が分かる筈だ。
  地球上の一粒の砂が生まれるまでと生まれて別の原子に組み変わるまでも
   一つの知だとすれば
    そこに何の意味が有るのだろうか?
     私には分からない。
私は神がグルメに凝るとも思わないし
 どのメーカー香水しか付けてはいけないと言う筈も無いと思う。
  ましてや乳母車を家のどこに置くかで人生を左右されるとも思わない。
私は人や全ての命は
 全体の命という一つの暗い水面に現れた光の照り返し程度に過ぎないと思っている。
  風にそよぎ、光が消えれば照り返しもまた消える。
   その程度の儚さで丁度いいのではないか?
私はそう気楽に構えている。

私はそれで充分に生きていけている。
 幸いな事に。




20個の私は・・・ ×5の詩のその四
2004/10/3 著


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