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映像四郎の百人斬り

映像四郎の百人斬り

鼻腔童話篇

「パピコちゃん・リターンズ」

小学6年生のパピコちゃんは、

今日も、お友達のハナヂちゃんと一緒に、

学校帰りの、自動ガ丘の沼地で、

ザリガニ釣りをしておりました。

ちくわを輪切りにして、

ワッカのところに糸を結んで、

そぉっと垂らして、

ザリガニが、ガチャガチャ鳴らしている

ハサミの前に持っていくのです。

パピコちゃんは、6匹、

ハナヂちゃんは、5匹釣りました。

陽も暮れてきたので、

ふたりは、バケツにザリガニたちを入れて、

自分のおうちへと帰っていきました。

パピコちゃんが、おうちに帰ると、

スカートを泥だらけにして、

お洗濯が大変じゃないのよ、もう!

とお母さんに、怒られましたが、

赤黒いザリガニたちは、お鍋で茹でられて、

パピコちゃんの家族、お父さん、お母さん、

おじいちゃん、おばあちゃん、弟のカムリくん、

みんなで、一緒に、おいしく食べました。

夜、みんなが寝静まったころ、リビングで、

人気アニメ「かわいいヤクザロボVZ」を

パピコちゃんは、ひとりで見ていました。

すると、突然、大きい地震がきて、

グラグラ部屋がゆれだします。

びっくりしたパピコちゃんは、

急いで、お父さんとお母さんが眠る6畳間へ

走ろうとしましたが、ドアが開きません。

振り向くと、テレビは、白黒の砂嵐が、ざざざっと、

流れています。

何か地震情報がやってはいないかしら。

パピコちゃんは、

チャンネルを変えてみましたが、

どこもかしこも、砂嵐です。

急に、怖くなったパピコちゃんは、

もう一度、ドアを開けようとしましたが、

やはり開きません。

どんどんどん!

たたいても、びくともしないのです。

振り向くと、やはりテレビは、砂嵐です。

アンテナ、折れちゃったのかなぁ。

パピコちゃんが、テレビを見つめていると、

テレビの砂嵐の中から、ウサギが出てきました。

画面の枠を、よっこらしょと、

乗り越えてきたウサギは、

作業着を着て、腰に道具をぶらさげた、

電気工事士風です。

テレビを直しにきてくれたのかな。

パピコちゃんは、思いましたが、

電工ウサギは、パピコちゃんには、目もくれず、

もちろん、自分が出てきたテレビを振り向きもせず、

一目散に、パピコちゃんが、さっきまで食べていた、

お皿にのっているクッキーを、ぱりぱりと、

食べはじめました。

ねえ、たすけてよ!

パピコちゃんが電工ウサギに詰め寄ると、

電工ウサギは驚いて、テレビの砂嵐に、

飛び込んでしまいました。

まって!

パピコちゃんも、電工ウサギのあとを追って、

テレビの砂嵐に、飛び込んでいきました。

ぐいーん!

パピコちゃんの目の前がゆがんで、

白黒のテキスタイルが、

水に融かされた水彩絵の具のように、

ぐにゃぐにゃと渦を巻いています。

無重力状態の奥には、

アフリカ象にのった電工ウサギを発見しました。

電工ウサギは、マイナスドライバーとラチェットを、

自分の頭の上で、カチカチぶつけて、

火花を散らしています。

パピコちゃんは、何やら、不穏な空気を感じましたが、

こんな見たことも、聞いたこともない、

変な世界で迷子になるのは嫌だと思い、

電工ウサギに近づいていきました。

水の抵抗のないプールの中を進むように、

フニャフニャと宙空を進んでいきます。

ここはどこ?

パピコちゃんが、電工ウサギに向かって叫びました。

電工ウサギの黒い瞳には、

マイナスドライバーとラチェットの作り出す、

火花が映って、ピカピカ、ピカピカ点滅しています。

するすると、宙空の流れに沿って、

パピコちゃんが近づくと、アフリカ象は、

鼻を振り上げて、叫びました。

ぱお~ん!

あまりに巨大な砲声だったので、

パピコちゃんは、マグニチュード8の

直下型地震をモロに頭蓋に喰らったような衝撃を受け、

薄れゆく意識で、アフリカ象が大きな口で、

自分を飲み込んでゆくのを感じました。

アフリカ象の体内は、

ぐにょぐにょしたゴムの穴のようで、

真っ暗に律動する胎内を、

蛍光色に輝く、

ニンジンやピーマンやバナナと一緒に、

下降してゆきます。

全身をほぐされるような心地よい圧力で、

蠕動する肉壁に圧されながら、

徐々に、アフリカ象の体温は、

亜熱帯から熱帯へと移り変わり、

地球のマグマに近づくような熱さで、

パピコちゃんの頭はぼうっとほだされ、

熱帯フルーツのいい匂いにも包まれて、

だんだん、眠くなってきました。

ぷりりりん!

パピコちゃんは、アフリカ象の直腸を通過し、

オレンジ色に輝く巨大な「うんこ」に包まれ、

東京地下の下水溝へ排出されました。

迷路のように入り組む下水溝は、

CPUのプリント基板に刻まれた、

複雑な回路のように、

永遠にループするジェットコースターのように、

地中を右に左に、上に下に、

ぐるぐると廻る迷宮になっていました。

朦朧とした意識で、

地下溝のタラップに目をやると、

数年前から、棲みはじめた、

地下漂白民が、りんごの木の下で、

焚き火をして雑誌を読んでいたり、

サルの剥製にスーツをかけて、

100着も洗濯ロープに吊るしていたり、

円い鉄柵の中で、猫の皮をかぶって、

豚と格闘したりしていました。

戦後の闇市とサーカスが複合したようなバラッックが、

無限連鎖しています。

溝上にそびえる、

巨大な鳥居を通過すると、

ぴんぽん!ぴんぽん!

サウンドエフェクトと一緒に、

パピコちゃんの「うんこ艇」は、

巨大な地下運河へと合流しました。

一瞬のことでしたが、

鳥居の上では、電工ウサギが、

蛍光色に輝くニンジンを、

マイナスドライバーに、串刺しして、

ぽりぽり、食べているのがみえました。

ばしゅ!

その瞬間、パピコちゃんは、

太陽に不時着した人工衛星が、

最後にみた記録動画みたいに

強烈な閃光に包まれました。

パピコちゃんの目の前が青白くゆがみます。

気がつくと、東京湾の沖合いに浮かぶゴミの島に、

埋もれていました。

ガチャガチャと音を鳴らして、

洗濯機や、冷蔵庫、薬缶、鍋、電気釜、

さまざまな廃棄品を掻き分けて、

地上に出たパピコちゃんは、自分が、

雲ひとつない青空の下にいることに、

気がつきました。

空って、こんなに大きかったんだ。

遮るもののない大空は、

反転した、青い海のようで、

空に浮かんでいる錯覚を起こさせます。

青空を鼻で吸い込み、

青空に耳を澄ませていると、

ぼく!ぼく!

何やら、肉を打つヴァイオレンスな音響が響いてきました。

その方向にパピコちゃんが歩いていくと、

瓦礫の島の海べりで、

日本の鎧兜に身を包んだ二足歩行する豚が数匹、

なにものかを、タコ殴りしています。

それは、モグラ叩きゲームのようでもあり、

フットサルのようでもありました。

手には冷蔵庫の扉や、電気ストーブ、

蛍光灯などが握られ、そのリンチの迫力には、

凄まじいものがありました。

やめて!なにしてるのよ!

パピコちゃんが、止めに入ると、

鎧豚たちは、手を止めて、一斉に、

黒くて純粋そうな、つぶらな瞳を向けました。

こいつが、ぼくたちの、ニンジン畑を荒らしたんだ!

見ると、倒れているのは、電工ウサギでした。

ウサギがニンジン食べるのは当たり前じゃない!

パピコちゃんが叫ぶと、

鎧豚たちは、一斉に涙ぐみました。

アフリカ象のオレンジ色のうんこにまみれた

人間の女の子が怖かったのと、

自分たちが最初被害者だったのに、

悪者にされてしまったことが、

純粋な心をもつ鎧豚たちの心を傷つけたのでした。

寄ってたかっていじめるなんて卑怯だわ!

パピコちゃんが口角泡を飛ばすと、

鎧豚たちは、今までのヴァイオレントな緊張が解けたのか、

一斉に泣き出してしまいました。

さ!どいた!どいた!

パピコちゃんが、鎧豚の輪に掻き入ると、

迫力に気押されて、みんな逃げてしまいました。

大丈夫?

電工ウサギを抱きかかえました。

ありがとう、お礼をさてください。

電工ウサギが、ぴぃ!

口笛を吹くと、廃棄物の大地が盛り上がり、

めりめりと、巨大な亀が出てきました。

大きさはちょうど、都営バスくらいです。

甲羅は、赤いカボチャで出来ており、

パピコちゃんは、

茹でて食べたらおいしそうだなぁ、

心の中でよだれを垂らしました。

電工うさぎが、亀のしっぽに乗って、

手招きするので、パピコちゃんも、

よじ登りました。

すると、しっぽは、二人を、

赤いかぼちゃの甲羅の天辺に乗せてくれて、

ゆっくりと動き出します。

巨大な亀の足の下では、電化製品などの廃棄物が、

白煙を上げて、砕けていきます。

中には、ぼん!

爆発するものもありました。

次第に、ざぶざぶと、

東京湾の茶緑色に濁った海へと、

パピコちゃんと電工ウサギを乗せた巨大な亀が、

入っていきます。

波飛沫を上げながら、

移動する島が沈んでいく感じです。

パピコちゃんは、このまま海に沈んでいくと、

溺れちゃうんじゃないかと心配しましたが、

やはり、実際、溺れました。

ぶくぶく!

パピコちゃんは、口から気泡を吹き、

肺には、どんどん、汚れた海水が侵入してきます。

ぱぷぺて!

声にならない声で、電工ウサギを呼びますが、

前に座っていて、振り向きはしましたが、

溺れかけているパピコちゃんを、珍しそうに一瞥しただけで、

たいした関心も示さずに、また前に向き直ってしまいました。

しかも、身体は、亀の甲羅にぺたんと女の子座りをしたまま、

全然、浮かんでくれません。

強力な磁石のように、

パピコちゃんを捉えて離さないのです。

きっと、あたしのこと嫌いなんだ!

そういえば、あたしが、どんなに近づこうとしても、

このウサギ、全然、助けてくれなかったし、

信じたあたしがバカだったわ!

パピコちゃんは、泪も海水に混ざって、

泣いている実感も伴わずに、

どんどん海底に引きずり込まれてゆくのでした。

意識が海水に満たされると、頭の中の金魚鉢に、

赤いランチュウが3匹、泳いでいます。

胃袋には、海草がゆらめき、

血管の中には、メダカが泳ぎだしました。

身体中の細胞という細胞が、

絶望の叫びをあげています。

視界は、海水でくぐもり、

よく見えません。

仮装大賞がはじまり、

蛸が大量にくっついている電信柱の

着ぐるみの中に入って、根元のあたりから、

顔だけ出しているパピコちゃんは、

一升瓶で日本酒をラッパ呑みしながら、

おめめが、ぐるぐる回り、棒状のグラフになった点数表は、

凄まじい勢いで垂直に上昇してゆき、

積乱雲を突きぬけ、大気圏外へ飛び出し、

太陽を直撃するとファンファーレが鳴って、

どうやら、めでたく、入賞をはたしてしまったようです。

すると、肺の中にたっぷり入った海水が、

ごぼごぼと音をたて、含まれていた酸素を吸収しはじめ、

パピコちゃんの視界は、急にクリアになったのでした。

かなり深いところまで潜ってきたようで、

水面は、遥か、頭上にあるらしく、

太陽の光は、ほぼ届いていないのですが、

ダークブルーの深海世界は、

静かに透きとおっています。

前方に目を凝らしていると、

遠くに何か、きらめくものがあり、

しばらくすると、そのきらめきは急激に、

大きくなってきました。

銀色に光るブリキの魚の大群が、

弾丸のように、

パピコちゃんと電工ウサギを乗せた、

巨大な亀のまわりを、

横から降りしきるスコールのように、

通り過ぎてゆきました。

その瞬間、地鳴りのような水音の中で、

ブリキの声が響きました。

宿題は、わすれちゃいけないよ。

パピコちゃんは、はっとして、

漢字の書き取りを5百字、

算数のドリルを3ページ、

やってなかったことを想いだしました。

だけど、パピコちゃんは、

深海の中で、巨大な亀に乗せられているのです。

こんなところで、できるわけありません。

うさぎさん、おうち、帰りたい。

パピコちゃんが、ぽろっというと、

見えてきた!

電工ウサギが、はしゃいだ声をあげました。

見ると、巨大な鳥居が、ジャングルジムのように、

組み合わされた深海宮殿が、迫っていました。

巨大な鳥居でできたサボテンの中に、

自動扉が、ぐいいんと開き、

巨大な亀が、ゆっくりと呑みこまれてゆきます。

音符が鳴っています。

奇妙な場所でした。

パピコちゃんが連れて行かれたのは、

巨大な亀を駐車した地下階から、

貝のエレベーターで、数百階上に登った、

真っ白な半球体の部屋でした。

野球ができそうな広さです。

パピコちゃんは、

東京ドームへいったことはありませんでしたが、

お父さんと一緒に、ダフ屋さんをやるとき見た、

東京ドームの外郭からすると、

その2、3倍の広さはありました。

そのだだっ広い、球体ルームの真ん中あたりまでゆくには、

電工ウサギと一緒に、トコトコ、かなりのトコトコ、

いっぱい歩かなくてはいけませんでした。

パピコちゃんが、疲れたよぉ!

寝転ぶと、電工ウサギが、

手を引っ張って、

もう少し、もう少し!

励ましてくれます。

パピコちゃんは、自分が疲れたのに、

おんぶもしようとしてくれない電工ウサギに、

半ば、キレかけていましたが、

こんな、だだっ広い、

地平線が見えてるような錯覚を起こしてしまう部屋に、

ひとり、取り残されても怖いので、

渋々、歩きはじめました。

すると、音符が鳴っていたのです。

音楽でもなく、音でもなく、

音符がなっていたのです。

それは、目に見えるわけでもありませんでしたが、

身体で聴いていると、はっきり、音符のつながりが、

見えてくるのでした。

音符の集合体に、対して、

電工ウサギが、パピコちゃんに助けてもらった旨を、

これまた、心の声ならぬ、心の音符で報告しています。

音姫さまは、目には見えない音符の生命体でした。

音階が聴覚を介さずに身体に直接働きかけてきます。

パピコちゃんは、音姫さまから、

歓迎され、お礼を兼ねて、

しばらく、ここに滞在することになりました。

ここでの娯楽は、魚エンターテイメントです。

部屋に満ちた海水を立体的に泳ぎ廻る魚との鬼ごっこ。

十万十一個の部屋からなる深海宮殿での魚との隠れんぼ。

お腹が減ると、魚たちは、自分から鋭利な刃のもとに、

舞い泳ぎ、三まいおろしや、お刺身になってくれました。

夜、眠る前は、魚テレビを見ます。

世界各国の深海に住む魚たちが、報道番組や魚ドラマを、

水の波動によって放送していて、パピコちゃんは、

魚たちの生存環境や、魚世界の問題点や今後の展望、

魚の中にも、いい奴もいれば、わるい奴もいることを

知りました。

太陽がここからは、見えないので、

昼も夜も視覚ではわかりませんでしたが、

この深海宮殿の中では、耳では聞こえない音階によって、

今が、昼なのか、夜なのか、身体に聞こえるようになっていました。

そして、百十一日目の夜、

室内海中にプカプカ浮かんで眠っていたパピコちゃんは、

夜中のおしっこで目が覚めました。

トイレは、小さい密室空間になっていて、

もちろん、水中なのですが、用を足したあとは、

トイレから出て扉を閉めて、レバーを引くと、

水圧によって、深海宮殿の外に押し出され、

大海原の大水量によって、パピコちゃんの、

小さな、しっこや、うんこは、プランクトンの餌として、

まぎれて消えてしまうのでした。

また、眠りにつこうと、いつも眠る部屋の隅っこに漂っていると、

窓の外を、銀色に光るブリキ魚の大群が、

数秒で通り過ぎてゆきました。

そのとき、ひとつの音階を落っことしていったのです。

宿題は、わすれちゃいけないよ。

前にも、聞いたことばでした。

あたしもう、学校なんてやだ!

パピコちゃんは、深海宮殿での楽しいバカンスに、

大満足で、今の今まで、

おうちに帰ろうなんて思ったこともなかったのです。

だけど、寝ながら、夢の中には、お父さん、お母さん、

おじいちゃん、おばあちゃん、弟のカムリくんたちが、

みんなでおいしそうに、

パピコちゃんのとってきたザリガニを食べています。

すると、急に、さびしくなってきて、

パピコちゃんは泣いてしまいました。

そういえば、アニメ「かわいいヤクザロボVZ」の続きは、

どうなったんだろう。

ハナヂちゃんは、元気かなぁ。

あの夜、変な地震に巻き込まれて、

テレビには吸い込まれるし、

象には飲み込まれて、

うんこにはなっちゃうし、

みんな、無事なのかなぁ。

そんなことを思って、鼻をぐずぐずしていると、

もちろん、鼻水は、すぐに、海水にまぎれて消えてしまう、

タバコの煙のようなものでしたが、パピコちゃんの発した音階は、

すぐに音姫さまに伝わりました。パピコちゃんの部屋の天井が、

貝のように、ぐいいん!

開くと、目には見えない音姫さまと、

電工ウサギが浮いていました。

音姫さまが、繊細な音階で、

まるい鈴のような金色に光る箱を差し出しました。

パピコさん、ありがとう。

もっと、もっと、ここで遊んでいてほしかったのだけど、

時がきてしまったようですね。

これは、お礼です。

パピコちゃんは、

ドッジボールのような金の玉の箱を受け取り、

パピコちゃんも、音階で、語りました。

今まで、ありがとうございました。

そろそろ、学校にもいかなきゃいけないし、

家族のみんなにも会いたいので帰ります。

電工ウサギが、マイナスドライバーとラチェットを

頭の上でカチカチとぶつけて火花を散らすと、

電工ウサギの黒い瞳の中には炎の花火が打ちあがり、

床が、ぐいいん!

開くと、赤いかぼちゃの甲羅を背負った巨大な亀が現れて、

パピコちゃんと電工ウサギを背中に乗せると、

パピコちゃんの部屋から数百階上の部屋まで深海宮殿が、

きれいにぱっくりと割れてカタパルト変わりになり、

音姫さまが、音階で、手を振ると、

轟音と水煙をあげて、巨大な亀は垂直に浮上しました。

強力なGがかかったパピコちゃんは、

甲羅にびっちりと張りついて、

身動きもできず、

ジェットコースターの1億倍の恐怖を身体が抱きとめ、

おしっこちびりながら、泡も吹きはじめました。

しかも、急激に、水圧がかわっていくので、

内臓が拡がり、破裂しそうな勢いです。

このままじゃ、デブになっちゃう。

薄れゆく意識でパピコちゃんは、

肉がついてデブになったんじゃなくて、

肉が伸びてデブになった場合は、

どうやってダイエットしたらいいんだろうなどと、

心配しながら、一瞬、

広大な青空がパノラマに拡がったのを見たあと、

失神してしまいました。

頬伝う水滴で、パピコちゃんは、

目を醒ましました。

あたし、泣いてんのかな?

寝ながら、泣いてるなんて、

やっぱ、あたしって、かわいい女の子ね。

泣いてる意味なんてわからないけど、

悲しさと、嬉しさがブレンドしたような、

つかみどろのない気分でしたが、泪のわりには、

頬だけでなく、全身が軽く濡れています。

ぼうっとした意識が、ようやく外界を認識しはじめると、

パピコちゃんは、泪で濡れていたのではなく、

小雨で濡れていたのでした。

まわりには、電工ウサギも、巨大な亀もおらず、

灰色の空から灰色の海に、小さな雨滴が、

無限の数で、間断なく降り注いでいます。

帰ってきたんだ。

パピコちゃんは、ひりひりする、

ひざ小僧をさすりながら、上体を起こしました。

薄暗い湾岸地帯に、ひとりでいることに気づくと、

急に、心細くなり、さみしさが、湧き上がってきました。

今度は、本当に泪が、こぼれてきて、

ぽろぽろ泣いてしまいました。

ころん!

右ひざを動かしたとき、

何かが、ぶつかりました。

見ると、金の玉の箱が転がっています。

夢じゃなかったんだ。

パピコちゃんは、金の玉の箱を持って、

当てずっぽうに、歩きだしました。

しばらくいくと、何やら、ビルの上空がネオンで、

照りかえっているので、向こうが、都心部なのだなと、

当たりをつけ、ことこと歩いてゆきました。

古臭いビルを曲がると、思わずアゴの骨が外れそうなほど、

口をぽかーんと、開けてしまいました。

下アゴに、百トンの重りをつけられて、

地球の裏側まで、飛んでいきそうな勢いでした。

ビル群が、宙空に浮遊していて、

ゆっくりと、ルービックキューブのように、

重力を無視した回転をしているだけでなく、

その間を、蚊や蝿のように、

浮遊する金属の箱が飛び回っており、

どうやら、それは、車の代わりのようでした。

人々は、上下左右おかいまなく、

自由に重力を無視して、歩いていました。

どうやら、東京23区分の都市が、

鉄の宙空都市として、浮遊しながら、

パズルのように、微動しながら、

機能しているようです。

パピコちゃんは、金の玉の箱を、しっかりと抱いて、

交番を探して、自由重力都市の中に、駆け込みました。

道路の変わりに、直径が10メートル位の鋼管が、

神経のように立体的に、都市に入り組んでおり、

その外側を、360全方位感覚で、重力を自由に使いながら、

人々は歩き、箱の車は、縦横無尽に、走り回っていました。

道路鋼管の中には、列車が走っているようで、

ダクトの隙間からは、ときどき、轟!

生暖かい風と走行音を響かせていました。

電飾に彩られる広告看板を見ると、

どうやら、パピコちゃんにも読める

日本語がまじっていたので、

やはり、ここは日本なのでしょう。

「こうばん」

親切にひらがなで書かれた

「交番」の看板をようやく見つけました。

駆け込むと、お巡りさんのおっちゃんは、

パピコちゃんがいたころと同じ制服に身を包んでいましたが、

生地はメタリックで、

どうやら金属を布のように

精製する技術が開発されているらしく、

昔見た車のように滑らかな筐体になっていて、

まるでサイボーグのように見えました。

どうしたんだい、お嬢ちゃん?

着てるものは洗練されているのに、

お巡りさんのおっちゃんは、

髭剃りのあとが青々していて、

鼻は脂ぎっているし、

カールのおじさんみたいでした。

科学は進歩しても、人間の外見や、中身は、

そうたいして進歩しないんだなぁと、

半ば呆れながらも、パピコちゃんは安堵しました。

迷子になっちゃったんです。

泪が急にせりあがってきて、

それでも、必死にこらえながら、

お巡りさんのおっちゃんにいうと、

どうやら、今は、2312年で、

24世紀の日本国東京なのだそうです。

あたしが一体何をしたっていうんだろう?

苛められていた電工ウサギを助けてやったのは、

あたしじゃないか。

お礼をしてくれるっていうから、

喜んで、深海宮殿で遊んでいたのに、

こんなのあんまりだ。

これじゃ、時間のロビンソンクルーソーじゃない。

漂流しちゃったじゃない!

これ、浦島太郎?

あたし、女だから、浦島花子?

ありえねー!

あたしが一体何をした?

ハナヂちゃんと、学校の帰りに、

自動ガ丘の沼地で、

ザリガニ釣りして、

そのあと家族のみんなで、

おいしくザリガニ食べて、

夜にテレビ見てたら、

地震があって、

電工ウサギにつられて、

テレビに吸い込まれて、、

象に呑み込まれて、

オレンジ色のうんこになって、

東京地下水溝を下って、

東京湾のゴミの山で、

電工ウサギを助けたら、

深海宮殿でお礼されて、

音姫さまからは、

金の玉の箱をもらったら、

今度は、ここにいて、

なんで?

なんでこうなるの?

わかんない!

納得いかねえ!

絶対、納得いかねえ!

今が、24世紀なら、

もう、お父さんも、お母さんも、

おじいちゃんも、おばあちゃんも、弟のカムリも、

お友達のハナヂちゃんも、

みんな死んじゃってるってこと?

パピコちゃんが、目から血が出そうなほど、

憤激していると、お巡りさんのおっちゃんが尋ねました。

おうちは、いつのどこ?

口をぴくぴくわななかせながら、

パピコちゃんは、

多摩のおうちの場所と、

自分がいた西暦年月日を伝えました。

ん?

いつ?

いつってどういうこと?

不審気な眼差しで、

お巡りさんのおっちゃんの目を上目遣いで、

凝視していると、

お巡りさんのおっちゃんは、うんこ爆弾が1億トン、

天から降ってきてもおかしくないぶっ飛んだことを、

飄々と答えました。

今の時代はね、過去、現在、未来、

いつでもどこでも、好きな時間と場所にいけるんだよ、

お名前は、パピコちゃんだったね、うん。

今、検索したら、出てたよ、捜索願い。

3百年前にね。

図書館にいって、時代と場所を確定すれば、

今日にでもすぐ帰れるからね。

最近、多いんだよ、時空の迷子がさ。

赤と白の光が、筐体全体で点滅する箱に乗せられて、

パピコちゃんは図書館に向かいました。

その途中、ウィンドウを降ろして、

街中を眺めていると、ビルの間を、イカの大群が横切り、

ビルの壁を大地に見立てて、豚を放牧している姿や、

棚田を耕作している人々や、ホログラムのゲームセンターや、

宙空に浮かぶベンチでじゃれあっている

カップルのお兄さんとお姉さんや、

カバンを持って、忙しそうに歩いている、

サラリーマンのおっちゃんたちや、

ママチャリを宙で漕いでいる買い物途中のおばちゃんたちが

目に入ってきました。

ディズニーランドを、おにぎりのように丸めて、

空に放り投げたような、立体的都市は、見ていて、

全然飽きなかったのですが、おうちに帰れると、

安心しながらも、何か、腑に落ちない気分がずっとわだかまっていました。

そのわだかまりは、パピコちゃんの膝に抱えられている、

金の玉の箱から、強力な磁力を発しているようでした。

苛められていた電工ウサギを助けたことで、

時空を漂流して、危うく家なき子になってしまいそうだったのです。

もうすぐ、おうちに帰れるといっても、

今の時代では、パピコちゃんは、まだ、家なき子なのです。

いいことしたのに、わるいことになってしまう、

その物語構造に納得いかないのです。

どういうこと?

てことは、つまり、さかのぼって、考えれば、

そもそも、ザリガニ茹でて食ったのがいけないってわけ?

ザリガニの呪いで、あたしは、

ここまで、アドベンチャーしなきゃいけなかったわけ?

何よ、それ!

世界からのメッセージは、

ザリガニにも、優しくねってこと?

因果応報を語りたいの?

納得いかねえ。

魚ならよくて、ザリガニはあかんのか?

米ならよくて、ザリガニはあかんのか?

必然性もなく、生き物を殺すなってこと?

だから、うちの家族でおいしくいただきましたですよ!

ってかさ、浦島花子なあたしが、

お土産にもらったこの金の玉の箱って、

もっかして玉手箱?

あけると、いきなり、老婆になっちゃうって、あれ?

冗談じゃないわよ!

あたしまだ、小学生で、青春?ってものだって、体験してないし、

大人にもなってないし、お嫁さんにだってなってないし、

彼氏だっていないし、旦那さんだって、子供だって、いないのに、

しかも、働いてもいないから、年金だってないのに、

いきなり、老婆になっちゃうの?

それって、残酷すぎねぇ?

納得いかねえ!

ありえねぇ!

だけど、これが、お話し的現実ってやつなのかしら。

やり場のない怒りを小学生ながらに感じながら、

衝動的に、パピコちゃんは、金の玉の箱を、

下界にひしめくビル群の、

ひときわ大きなビルめがけて投げつけました。

お巡りさんのおっちゃんは、運転に集中していて、

そのことには、気がつきませんでした。

しばらくして、ぼぼーん!

遠ざかった大きなビルは、壁が老朽化して崩れ落ち、

錆びた鉄骨が剥きだされ、白煙にまみれて、老人たちが、

ふあふあと、宙空に吹き上げられています。

パピコちゃんの脳みそは、

雑巾を巻き込んだオルゴールのように、

一旦停止し、一拍おいたあと、

人々と建物を一挙に老朽化させてしまったことへの、

罪悪感と、恐怖と、

そんなものを手渡されたことに関しての怒りを覚えました。

お巡りさんのおっちゃんは、

後ろを振り返り、

無線が入り、生物化学兵器によるテロの可能性あり!

との情報を得ましたが、小さい子供を乗せているので、

正体不明の危険地帯に無防備に駆け寄るわけにもいかず、

時空漂流民は、最近、流行化して問題になっており、

早期の対応が迫られていたので、そのまま、図書館へと直行しました。

お巡りさんのおっちゃんは、その旨をセンターへ報告して、

前なんかさ、鎌倉時代の武士の一行が流れついちゃってさ、

トチ狂って、市民を三名、斬り捨てちゃって、あんときは、参ったよ。

奴ら、弓も使えるからさ、市街地に入られると、

鉄砲も弓も、たいして変わらないし、下手に殺しちゃったりすると、

歴史っていうか、家系図っていうか、人脈っていうか、なんつうか、

時間のDNAが変わっちゃうから、生け捕りにしなきゃいけないから、

本当、参った。

テロリストの方が、まだマシだったよ。

過去の人間は、人権を越えて、徹底的に生命を保護されるし、

現在の法では、一切、裁けないし、キャッチしたら、

すぐに、もとの時代へ、リリースしなきゃいけないんだ。

まぁ、最近は、過去も未来も、現在も、

目の届かないところで入り組んで、

いろんな更新が勝手にされてるけどね。

遡られちまうと、変えられたことすら、

わからないから、厄介だねぇ。

パピコちゃんは、お巡りさんのおっちゃんがいってることなんか、

さっぱりわからず、ふんふんとうなずきはしたけど、

頭の中は、金の玉の箱のことでいっぱいでした。

こころよい音階で、話しかけてきてくれた音姫、

友達だと思ってたのに、

何故、あんな、怖いものをあたしに持たせたの?

パピコちゃんが、車のソファに身をうずめ、

俯いて考えているうちに、パトカーは、

河が、螺旋状に空間を貫いている、

森林地帯へやってきました。

森も、魚眼レンズで、寝転んで、

森を見上げたときみたいに、

重力が錯綜していて、天地に構わず、

幾何学模様を描いています。

河が、天に向かって逆流している、

天然の噴水をくぐると、

大理石でできた建物の前へと、

パトカーが止まりました。

じゃぁ、お名前と、住んでたところ、

生まれた日付を教えてね。

雛人形のお姫さまみたいに、

瓜ざね顔の司書さんが、

パピコちゃんに訊いて、

情報を検索器に打ち込んでゆきます。

検索器といっても、空中で、

なにやら、指をタイピングしていると、

押された透明キーが、赤や、黄や、青に明滅して、

情報がホログラムとして、浮かんできます。

そのあと、壁のハッチを開いて、

コインランドリーに入れられると、

司書さんと、お巡りさんのおっちゃんが、

パピコちゃんの方を見て、手を振っていました。

二人のにこやかな笑顔をみてると、

急に、悲しくなってきましたが、

さっき、老朽化爆弾と化した

金の玉の箱を落としたビルの片隅に、電工ウサギが、

頭の上でマイナスドライバーとラチェットをカチカチぶつけて、

目の中に、火花を散らしている残像が見えた気が、急にしてきて、

一瞬手を止めて、目を反らすと、

急にランドリーが回転をはじめて、

ぐるぐる回るうちに、

目も回り内臓も回って、

とろけたバターのように意識を失った途端、

小学6年生のパピコちゃんは、

お友達のハナヂちゃんと一緒に、

学校帰りの、自動ガ丘の沼地で、

ザリガニ釣りをしておりました。

そして、陽も暮れてきたので、

ふたりは、バケツにザリガニたちを入れて、

自分のおうちへと帰っていきました。

もしかして、ここで、ザリガニを食べたら、

また、あの変な世界に、逆戻り?

パピコちゃんは不安に思いましたが、

金の玉の箱への怒りが、

まだ胃袋のあたりにわだかまっていて、

んなもの、知ったこっちゃねえ!

やっぱり、赤黒いザリガニたちは、お鍋で茹でられて、

パピコちゃんの家族、お父さん、お母さん、

おじいちゃん、おばあちゃん、弟のカムリくん、

みんなで、一緒に、おいしく食べました。

そしてさらに、

夜、みんなが寝静まったころ、リビングで、

人気アニメ「かわいいヤクザロボVZ」を

パピコちゃんは、ひとりで見はじめました。

前、見た奴と同じでしたが、

いつまた、地震がきてしまうのかと、

内心、どきどき、びくびくしていました。

だけど、テレビを見終わっても、

何も起こりませんでした。

そのあと、パピコちゃんは、あ!

忘れていた宿題をそそくさとやり、

翌日からは、普通に学校へゆき、

成長したあとは、女子大にいって、

会社に入り、そのうち結婚して、

子供も生まれ、ふつうに幸せに暮らしました。

とっぴんぱらりのび?


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