|
カテゴリ:短編小説
宗像が迎えに来ていないかと、あたりを見まわした。まあ親友とはいえ、直接来ることはないか、マネージャーとか芝居の関係者とか誰か来ていないかな。あそこの若い奴、芝居やっっていそうな感じやな、駆け出しの役者で宗像の付け人、きっとそうだ。
あいにくこまかいのを持ってないと言って、千円借りて出よう。 「もし、君」 こっち振り向いたがな。 「君、宗像竜介の……」 手を振って向こうへ行ってしまった。違うのか。 今こっちへ急ぎ足で入ってきた人、ネクタイ締めてメガネかけて、劇場の関係者みたいだな、あのひとだったらお金も借りやすい。目と目が合った。間違いない。宗像から俺の名前聞いているだろうけど、事務方のひとだったら向こうからスターに声かけにくいだろう。 「矢田部健作です。わたしが俳優のやたべ……」 券売機の方に……。また違うのか……。 俺はすこし焦ってきた。そうか、男が迎えに来ているとばかり思っていたけれど、女性だったのか。嬉しそうに手を振って、こっちも手を、いやいや、こっちはスター、スター、威厳を込めて、軽く会釈するだけにしておこう。 わ、いくらスターを迎えに来たからって、そんな素人みたいに手を振らなくても、また乗客が降りてきたがな、ちょっと恥ずかしいな。 「お久しぶり」 「すぐにわかった」 「わかる、わかる」 なんだ、また人違いかな、今の電車のひと待っていたのか。 ほんとうに宗像くるのかいな、担がれたのと違うだろうな、それともどっきりカメラ、今時分はやらないけど、今を時めく時代劇スター、宗像竜介の下積み時代の俳優仲間矢田部健作さん、ここはさんいらないのか、矢田部健作さんにドッキリカメラを仕掛けました。本来なら都内のホテルで共演の発表をするところを、宗像さんのいたずらで矢田部さんにこんな田舎まで来てもらいました。どこかにテレビカメラ隠れていないか、それだったら、それなりの演技しないといけないし。 もう一時間近くなるな、とにかく外に出よう。人目につかないところで待っているかもしれないしな。 スターになる人間が無賃乗車で新聞に載るわけにはいかない。ここは一円玉でも払うしかない。ほんとうにテレビカメラ回しているのと違うだろうな。 「乗り越しや」 「えーと、五百二十円ですね」 「あのね、財布忘れてしまってね、こまかいのしかないのよ」 「ええ、どうぞ」 「ほんとうにこまかいよ」 最後に一円玉積み上げていたら、汗がでたきた。 「はい、五百二十円な、こまかいでしょ」 「は、こまかいですね、確かにどうも」 若い駅員が笑いをこらえているのがわかる。 「君、宗像竜介知ってるかい」 「ええ、時代劇の」 それがどうしたというような顔をしよった。 「いまから会うからサインもらってやるよ」 「………」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018.04.13 05:24:59
コメント(0) | コメントを書く
[短編小説] カテゴリの最新記事
|