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2018.06.17
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カテゴリ:短編小説
​    (十一)
   ぐとくさんとエイ様

  わたくし、風邪をひいて寝込んでいましたので、しばらく筆を取ることができませんでした。熱も下がりましたので、こうしてまた書きはじめました。

 ばばさんもトクも、エイ様が訪ねてきたのは知っていますが、ぐとくさんが三善家に行ったわけを知るはずもありません。しかしその日を境にして、ぐとくさんの生活は大きく変わりました。
 まずふたりが目を見張ったのはその頭です。きれいに剃髪され、青々としているのです。顔も無精ひげが剃られて、さっぱりとしているのです。ぐとくさんは二人を見て、頭に手をやって照れくさそうに笑いました。さすがのばばさんもからかいの言葉を口にすることはできませんでした。

 この時期、村はもう冬支度です。
「ぐとくさんは、やっぱり立派な坊さんだったんだ」
 おっかあが言いました。
「馬子にも衣裳だよ」
 ばばさんが返しますが、言葉にいつものとげがありません。
「いいや、あれがあんひとの本当の姿でねえか」
 もう、ばばさんは黙ってしまいました。

 このころ、ぐとくさんは朝早くに、三善の屋敷に出かけます。そのときは必ず法衣をまとっていました。村のひとたちは、漢文を教えに行っているとか、阿弥陀経を教えに行っているのだとか、うわさしていました。また、エイ様に会いに行っているのだというやからもいました。
 本当のところは、三善の当主が、ぐとくさんの仲立ちで宋との交易を首尾よくおこなえたので、やはり漢文に精通していることが肝要と考えたのでしょう。そこで、ぐとくさんに家人の上級職の者に漢文を教えてやってほしいと、頼んだのでしょう。書庫には、仏典や五経もあるのでそれらを教材にしてはというのでした。このとき、ぐとくさんの知的な好奇心が働いたというのが正しい見方でしょう。書庫に入ると確かに、仏典や五経の本がある。さすがに『論語』を教本とするわけにはいかない。さりとて、流罪の身とあっては『浄土三部経』を教本とするわけにもいかない。ぐとくさんが手に取ったのは、鳩摩羅什訳、龍樹菩薩薯の『十住毘婆沙論』でした。
「これを」
「請け負って下さるか」
 当主はおおいに喜んだことでしょう。
「いや、すぐにお引き受けすることはできかねます。拝借して、まずは目を通してみませんと」
「もっともなことです」
 こうして、ぐとくさんは三善家に通うことになるのです。
 エイ様にお会いするのが目的ではないとしても、おたがい惹かれるものがあれば、その方向に行くのが自然というものでしょう。





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最終更新日  2018.06.17 23:42:28
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