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カテゴリ:短編小説
(十五)冬
冬がくると、田舎の生活は雪ですっぽりと覆われてしまいます。トクはわら仕事を一生懸命しています。 「ぐずトクはよく手が動くようになったな」 日ごろ無口なおとうが言います。 「ほんに、とくはようはたらくようになったわ、もうぐずトクでねな」 ばばさんは、トクの顔を見て言います。トクは小さくうなずくのです。このごろ、ばばさんは口数が少なくなったとトクは思うのです。 「お坊さんに命助けてもらったからの」 おっかは手を休めません。 「エイ様に介抱してもらったのだから、トクは果報者だ」 「エイ様の手は優しかったか」 「とてもやさしいてだよ、しろくて、やわらかい」 トクは手を休めて、思いを引き出すように言うのです。 「そら、こっちとは違うからな、柔らかいだろうな」 おっかも手を休めて、つぶやきます。 「おめえも、エイ様に介抱してもらいたいたかったろう」 ばばさんはおとうの顔を見て言います。 「なにを言うか、このばばあ」 おっかがふふふと笑い。ばばさんがあっははと笑います。 「お坊さんと、あの方はやっぱりお似合いだ」 「だんだんに、おさまってきよったな」 「ややができたらどうなさるだろ」 「ややができたらのう」 「あそこに住むわけにいかねだね」 「あんなとこに、エイ様が、そりゃ無理だ」 ばばさんは手を振り言葉を続けます。 「やっぱ、上の屋敷で一緒に住むでねえか。いまでもひとがおおぜい来て、狭いんだから」 「お坊さんの説経聞きにくるひと増えたものな」 「あれはお姫様のお茶をのみにきとるんだ。説経なんて聞いとらん」 「でも、お坊さんがいなくなるとさみしゅうなるな」 「ああなあ」 おとうが生返事します。ばばさんは手元を見つめて黙っています。 トクも自分の手を見て、つぶやきます。 「あたいのトクだぶつ」 そして、いろりの灰に、とくだぶと書いてみるのです。 「お坊さんのおかげで、トクは文字が書けるようになったからね」 「百姓が字なんか書けてなんになるか、ましてトクはおなごだ。おっかしょうが湯入れろや、きょうは冷えがきついわ」 外は雪です。わたくしは田舎の雪は知りませんが、耐えて待つだけなのでしょうか、ひとも花も。 「あすは雪降ろさねば」 おっかがうなずき、しょうが湯をトクにまわします。 「きょうのはちょっと苦いぞトク」 「あたいもゆきおろしやる」 「いっちょうまえの口ききよるわ」 おとうは仕事の手を休めずにトクの顔をじっと見ています。 「あたいゆきなんかにまけないよ」 なにもかも真っ白にしてしまう雪、そこには浄土のような静けさがあるとトクはいうのです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018.06.28 07:14:56
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