032709 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

わたしのブログ

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

2018.06.28
XML
カテゴリ:短編小説
​   (十五)冬

 冬がくると、田舎の生活は雪ですっぽりと覆われてしまいます。トクはわら仕事を一生懸命しています。
「ぐずトクはよく手が動くようになったな」
 日ごろ無口なおとうが言います。
「ほんに、とくはようはたらくようになったわ、もうぐずトクでねな」
 ばばさんは、トクの顔を見て言います。トクは小さくうなずくのです。このごろ、ばばさんは口数が少なくなったとトクは思うのです。
「お坊さんに命助けてもらったからの」
 おっかは手を休めません。
「エイ様に介抱してもらったのだから、トクは果報者だ」
「エイ様の手は優しかったか」
「とてもやさしいてだよ、しろくて、やわらかい」
 トクは手を休めて、思いを引き出すように言うのです。
「そら、こっちとは違うからな、柔らかいだろうな」
 おっかも手を休めて、つぶやきます。
「おめえも、エイ様に介抱してもらいたいたかったろう」
 ばばさんはおとうの顔を見て言います。
「なにを言うか、このばばあ」
 おっかがふふふと笑い。ばばさんがあっははと笑います。
「お坊さんと、あの方はやっぱりお似合いだ」
「だんだんに、おさまってきよったな」
「ややができたらどうなさるだろ」
「ややができたらのう」
「あそこに住むわけにいかねだね」
「あんなとこに、エイ様が、そりゃ無理だ」
 ばばさんは手を振り言葉を続けます。
「やっぱ、上の屋敷で一緒に住むでねえか。いまでもひとがおおぜい来て、狭いんだから」
「お坊さんの説経聞きにくるひと増えたものな」
「あれはお姫様のお茶をのみにきとるんだ。説経なんて聞いとらん」
「でも、お坊さんがいなくなるとさみしゅうなるな」
「ああなあ」
 おとうが生返事します。ばばさんは手元を見つめて黙っています。
 トクも自分の手を見て、つぶやきます。
「あたいのトクだぶつ」
 そして、いろりの灰に、とくだぶと書いてみるのです。
「お坊さんのおかげで、トクは文字が書けるようになったからね」
「百姓が字なんか書けてなんになるか、ましてトクはおなごだ。おっかしょうが湯入れろや、きょうは冷えがきついわ」
 外は雪です。わたくしは田舎の雪は知りませんが、耐えて待つだけなのでしょうか、ひとも花も。
「あすは雪降ろさねば」
 おっかがうなずき、しょうが湯をトクにまわします。
「きょうのはちょっと苦いぞトク」
「あたいもゆきおろしやる」
「いっちょうまえの口ききよるわ」
 おとうは仕事の手を休めずにトクの顔をじっと見ています。
「あたいゆきなんかにまけないよ」
 なにもかも真っ白にしてしまう雪、そこには浄土のような静けさがあるとトクはいうのです。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2018.06.28 07:14:56
コメント(0) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.
X