マリちゃん物語 第二部40
㊵「どうしたんだ」 ジェームス先生はマリエを取り囲んでいる生徒の後ろから声を掛けました。「この子泣いているんです」 このころになると、小さな子であっても人前で泣くということはたいへん珍しいことでありました。人前で感情をあまり出さないというのが習慣になっているのです。他人同士たがいに無関心であり、人の心のうちなんかあまり考えないのです。「先生、泣くなんて変ですよね」 マリエの顔を覗き込んでいた子が振り向いて言いました。「そうだが、マリエはJ地区からきて、ここの生活に慣れていないから感情が不安定なんだ」「感情が不安定、それでも泣くことはないと思いますがね」 ませた口を利く子もいます。「もういいから、みんな離れて」 J地区の子って変なんだ、頭も変な形にしているしね、まあ関係ないけどね、そんなことを口々に言いながらみんなマリエから離れて、教室から出て行きました。 カレンも出て行こうとします。「君はいてもいいんだよ、この子の友だちだろ」 カレンはもう一度腰をおろしました。 ジェームス先生はマリエの感情がおさまるのを待つようにして話しかけます。その間もマリエを見ていると、自分の感情のざわつくのにとまどっているのです。「マリエ、君はドラチャカエ先生の授業をよく受けていたね。だからドラチャカエ先生が解体されるのに、特別な気持ちが入ってしまった」 特別な気持ちと言ってしまって、ジェーム先生はそれは自分のマリエに対する気持ちではないかと、うろたえるのです。その感情を隠すようにして、口を開きました。「つまり、ロボットの解体と人間の死を結びつけてしまった、そういうことだね」 マリエはうつむいたまま黙っているが、もう泣いてはいない。 ジェームス先生は、マリエのためにハンカチを出してやりました。「さあ、涙を拭きなさい」 マリエはそれを受け取らず、立ち上がりました。「わたしは日本に帰りたいだけ、サヨウナラ先生」 マリエは教室を出ました。カレンがその後を追いました。(つづく)