メキシカン・アメリカンな暮らし

2007/09/29(土)12:13

アメリカでしっかりと身についてしまった癖

アメリカの文化・慣習(15)

2年半の日本での生活を終えて、アメリカに戻ってきてから半年ほど過ぎようとしているのだが、アメリカでの生活期間をトータルすると約7年間になる。 周りからは、『7年も住んでいると、さすがに色んなことを知っているでしょう』とか、『7年もアメリカにいるから、もう慣れたでしょう』などと言われることもしばしばあるのだが、アメリカに7年ほど暮らしていると言えども、未だに英語の壁が目の前に高くはだかっているし、アメリカの文化や暮らしに慣れたかと誰かに訊かれても、「うん」とも「ううん」ともはっきりと答えられないような、白黒つけられないグレーな境地にいると思っている。 その上、6年半ぶりに日本へ帰国した時は、自分の故郷のはずなのに色んなことに戸惑いや違和感を感じたりと、たった6年余りで外国人もどきになってしまった私を、周りの人や家族が本気で心配したこともあった。 そんな中途半端な(?)私にも、アメリカの習慣だけは、簡単には拭い去れないほどしっかりと身についてしまい、日本に帰国してからしばらく経っても、アメリカで身についてしまった癖がうっかり出てしまったことも多々ある。 ある癖その1:使用中かどうか確かめる為に、ついついトイレのドアの下に目をやってしまう。 アメリカの公衆トイレは、トイレのドアの下と上がかなり大きく開いており、ドア下からは中にいる人の足元が見えるほどで、ドア下にちょっと目をやるだけで使用中かどうか分かる。 しかも、ドアの上と下が開いているだけでなく、時に、鍵がついている横の部分のほうにも、ちょっとした隙間が開いていることさえあるのだ。 一見すると、「ドア用の材木が足りなかったのか?」と思うくらいに、ドアの丈が短いのだが、なるべく密室状態を作らないようにして犯罪を防止する為に、わざとドアの上と下が大きく開いているなどと良く耳にする。 最初は、アメリカの公衆トイレではなかなか落ち着けなかったものだが、床にかがんだり、ドアの上によじ登ったりなどと相当な努力をしないと外から中が見れないようになっているので、今では余り気にせず公衆トイレに入れるようになった。 トイレのドアの丈を短く出来るのも、やはり洋式トイレだから成せる業だろう。 ごく稀なことだが、親と一緒にトイレの中にいたはずの小さい子どもがふざけてドア下から外に出てきたり、外で待っている父親に母親を探すように言われた小さい子どもが、母親を見つけるまでトイレ一つ一つのドア下に顔を忍ばせて覗いたりということはあっても、大抵の場合は、ドア下を見やすいようにちょっと頭を横に傾けて、誰かの足元が見えれば使用中、そうでなければノックしてみるといった感じである。 日本に久々に戻ってから暫くの間は、トイレのドアがちゃんと天井近くから床の上まであるのにもかかわらず、ついつい反射的に首を横に傾けようとしてしまったほどだ。 ある癖その2:試着室に土足で入ろうとしてしまう。 アメリカでは、一旦外に出れば基本的に靴を脱いだりする必要もないのだが、試着室も例に漏れず土足で入れるようになっている。 パンツやジーンズなど足から通すものを試着する際には、靴を脱いだりはするものの、それでもやはり試着室の中で脱ぐ形になるので、試着室にはそのまますっと土足で入っていく癖がすっかりついてしまったほどである。 そのため、日本の洋服売り場にある試着室でもついつい土足で入ろうとしてしまうのだが、床と試着室に段差があることに気づいた時点で、土足で入ってはいけないということに気づいたりすることもしばしばであった。 最近では、日本の歯科医院も土足で入ってもO.k.のところが増えているらしく、私が通っていた歯科医院も土足O.k.であったのだが、診察室に名前を呼ばれて土足のままで椅子に座った時に『靴を脱いで下さい。』と注意されたことがあった。 土足O.k.だからと、アメリカの歯科医院で治療を受ける時のノリでうっかり靴をはいたままで椅子に腰を下ろしてしまったのだが、どこまで土足でいいのか感覚も掴めないでいたのを覚えている。 ある癖その3:何かを落としてしまった時や失敗をした時、思わずOops!(ウップス!)と言ってしまう。 Oops!(ウップス!)に限らずなのだが、気を抜いた時なんかはSorry(ソーリー)、 Excuse me(エクスキューズミー)、 Bless you(ブレス ユー)など、特に瞬時に言う短い言葉は口から思わず出てしまうこともしばしばであった。 例えば、人にぶつかってしまった時や人の前を通り過ぎる時、そして、人がくしゃみをした時などは、自分が判断する前に言葉が口から自動的に出ることも多く、日本で生活をしていた間もずっとその癖は直せなかったような気がする。 ある癖その4:自分の後から入ってくる人の為に、ドアを開けたまま押さえてしまう。 自分でも気がつかないうちに、ドアを開ける際には自分の背後を何気にチェックするようになっていたようで、日本でも、後ろから来る人のためにドアを開けたまま押さえてしまったこともあった。 しかも、すぐ後ろに続いている人のためにだけではなく、アメリカでのノリで、とりあえず「視界に入った人でかつドアまで十歩以内の人」のためにもドアを開けて待っていたこともあったから、された方はかなり戸惑ったのではないかと今振り返っても思うのである。 私がドアを開けて待っていると、相手は「すみません」と言いながら急いでドアの取っ手を掴みに来たり、小走りになったり、かえって気を遣わせてしまったのだが、これもなかなか取れない癖であった。 今思い出せるのはこれくらいであるが、いやはや、体や感覚で覚えた癖はなかなか取れないものである・・・。

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