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おじん0523のヒロ散歩

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2025.09.15
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カテゴリ:国内旅行
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親不知を後にし、今日の宿泊地富山県へ入る。

8月18日(月) 12:50
国道8号の標識は残念ながらピンボケだが「富山県」と。

新潟県と富山県の境を流れる境川を渡り、直ぐに右斜め方向の県道へ入る。
墓地があり観音像が立っていた。


県道374号線(境宮崎線)を西方向へ入る。道路には人影もなく車の通行も無い。
道路には融雪設備が設けられていた。


境関所跡
所在地:富山県下新川郡朝日町境1561
加賀藩が国境警備・治安維持を目的として構えた関所跡。藩が独自に構えた関所としては
随一の規模を誇り、警備も厳重であったとされる。関所内には参勤交代時に藩主が宿泊す
る御旅屋が設けられた。四大関所に匹敵する規模を持ちながら遺構は余りにも少ない。
隣接する「関の館」に境関所の関係資料を展示している。

復元された「大門」。
広場はかつての「御馬稽古場」であった。


御馬稽古場跡の街道側に標柱、「富山県指定史跡 境関跡」。
側面に「昭和四十年十月一日指定」と。

御関所大門
通行人を改め取り締まる御関所表の街道は幅広く、この街道をまたぐように「大門(街道
御門)」が建立されていた。岡番所東の出入り口側にある升方(枡形)の西端にあり、「升方
大門」とも言う。
大門は、左右に棚を広げて街道を狭め、一度に大勢の者が通るのを妨げる役割を担ってい
た。御関所全体は、塀や垣で囲われており、国と国との境界を越えて街道を行き来しよう
とする人は、必然、この狭間となった門の下を通らなければならなかった。
この大門は、元の位置から西へ八十メートル程離れた史跡広場出入口に。古絵図等を参考
に推定復原したものである。
   平成二十六年一月
              朝日町教育委員会

境関所略図
関所内には参勤交代時に藩主が宿泊する”御旅屋(おたや)”が設けられていた。
関所敷地:東西 87間、南北 40間。


街道沿いに「想い出の学び舎」と刻まれた石碑が立っていた。

横の石碑に、
境小学校の沿革
一、曠達小学校          明治六年十月九日
一、境村立境小学校        明治二十年
一、境村立境国民学校       昭和十六年
一、境村立境小学校        昭和二十二年
一、朝日町立境小学校       昭和二十九年
一、朝日町立境小学校創校
    百二十周年開校記念    平成六年三月三十一日
一、朝日町立さみさと小学校に統合 平成六年四月一日
   平成六年九月
       記念事業実行委員会

朝日町役場 関の館

所在地:富山県下新川郡朝日町境1561
朝日町の集会施設で、若者等創作活動施設。創作室、研修室のほか境関所周辺に関する歴史
資料の展示を行っている。


入口に「関の館」。
扉は閉ざされておりこの日は月曜日で休日であったか。


広場の山側に石碑が並んでいた。


右側の石碑には「境関阯」であったか。


境 関 跡

    富山県指定史跡 昭和四十年十月一日指定
ここ境地区は、越中(富山県)と越後(新潟県)との国境に位置するため、中世頃には国境警備
のために関所が設けられていた。
近世に入り幕藩体制が整えられると、加賀藩では慶長十九年(1614)に国境の治安維持と通
行管理のため、奉行と多くの警備役人を置き「口留番所」を「関所」とした。
境関所には、岡番所と浜番所があり陸上と海上の警備を行った。岡番所内には藩主の宿舎
となった「御旅屋」、関所役人の官舎の「御貸屋」や塩蔵、土蔵、牢、地区の西方に離れ
て「刑場」もあった。また、背後の山には国境街道と海上の見張所である「お亭(ちん)」
を設けて、陸海越境者の監視にあたり、境関所の厳重さは、日本随一と言われた。
明治二年(1869)に関所が廃止されると、跡地は境小学校などの敷地となった。小学校閉校
後に建てられた「関の館」には、「境関所」の歴史を物語る各種の資料が展示されている。
主なものは、天明五年(1785)に藩命で作成された関所の平面図で、関所絵図のうち最も古
く正確な「境関所御囲絵図」。関所設置以後約二百年間、関所で扱ったいろいろな出来事
を詳細に記録した関所運営の事例集「類従旧例古格」があり、いずれも町指定文化財とな
っている。また、屋外には当時の関所庭園を偲ぶために復元された関所の池がある。
    平成一七年十月
               富山県教育委員会
               朝日町教育委員会


長谷川地蔵
江戸時代に境関所の二代目奉行長谷川親子四人が切腹、斬首されたと。


長谷川地蔵

   加賀藩境関所
     長谷川宗兵衛吉久
江戸時代境関所二代目奉行の長谷川宗兵衛は国法を破り隣国の情報収集の為に娘を秘
かに越後の市振へ嫁がせた。職務遂行の為に加賀藩三代藩主前田利常公の了解の下で
行われたが万治三年(1660)四代若き藩主光高公は容認されず宗兵衛長男宗左衛門次男
伊衛門の親子三名に切腹を命じた。
厳しい取り調べが続き三男宗吉が五歳で近くの昌泉寺に預けられていたが露見し境奉
行所で斬首となった。この事を可哀そうに思った村人がこの長谷川地蔵を造り供養し
たと伝えている。        境関所史より


山側の東側に池、像があった。


関所の池
当時の関所庭園を偲ぶために復元された関所の池。


関所の池
この池は境関所についての絵図のうち、最も正確な天明五年(1785)製作された「境関所御
囲絵図」を基本として復元したものです。当時の規模は東西十六間(38.8メートル)、南北
6間(10.8メートル)でしたが、現在、規模は縮小されています。池は藩主の宿舎となった
「御旅屋」、関所役人の官舎だった「御貸屋」の西南に位置した関所庭園内の池でした。
明治二年(1869)二月、関所が廃止されると跡地は国有化、そして小学校地となり、現在に
至っています。
かつては、西南のふちに椎の古木があって池面に涼しい影を映していたといわれています。
明治以来池の東側が埋立てられ、また、昭和四十四年八月には集中豪雨による崖崩れによ
り埋没しましたが、昭和四十五年に復元したものです。
    平成一七年十月
               富山県教育委員会
               朝日町教育委員会   


像は「考える人」であったか。


東側から「関の館」を見る。
館の前には広い広場があったが利用は?。


休みであったので外から体育館?内を見る。ガラス戸に周りの景色が映り込む。


関の館の入口に貼られていたパンフレット。
右側上:「たら汁」とは、
   たら汁は新鮮なスケトウダラをぶつ切りにし、キモや白子と一緒に味噌で煮込んだ
   野趣あふれる料理です。ゴボウやネギを薬味として加える程度で、味の決め手はタ
   ラからしみ出す旨みと富山の白味噌です。漁師の女房たちが浜辺で作った朝食がは
   じまりとされ、素朴ながらもコクのある美味しさが評判となって今では町の名物と
   なっています。
右側下:「たら汁街道」とは
   宮崎海岸に並行して走る国道8号線沿いは、たら汁を出す飲食店が立ち並ぶ「たら汁
   街道」として知られています。地元客や長距離トラックのドライバーが訪れる昔な
   がらの食堂が多く、ローカルな魅力にあふれています。素材も作り方もごくシンプ
   ルなタラ汁ですが、その風味は各店で少しずつ異なり、地元の人もそれぞれ贔屓の
   お店があります。
左 側:[料理旅館 有磯]


境関所の向かい側に駐車場がありその隅に石碑。
龍泉 境簡易水道の沿革
一、昭和三十三年   口の谷水系の湧水を利用し簡易水道施設完成
一、昭和六十年十二月 北陸高速道路の隧道工事により水源が断水
一、昭和六十二年   配水池及びポンプ揚水施設完成
一、平成元年三月   施設の老朽化十一区周辺延長の基幹改良工事完成
           消火栓二十一基併設
    総工費 一億七千九百七拾万円
  平成元年四月
         境水道建設委員会


13:00
急遽立ち寄った境関所跡を後にした。
この後近くにある「仁王山 護國寺」へ行こうとしたが入口が分からずあきらめ富山へ。


国道8号を富山市内の、続日本100名城の「富山城」へ向けて走る。
途中、今夜飲む約束をしているYさんへ電話。
「社長が居るので工場へ立ち寄って」とのことで久しぶりに訪ねることとし、カーナビの
行先を変更。

13:30
当初から立ち寄るのであれば朝日町近くの「朝日インタ」から北陸自動車道を利用すべきで
あったが一般道を利用したため時間を要した。
黒部川に架かる「四十八ヶ瀬大橋(Shijuhachikase Ohashi Bridge) 長さ 590m」と。


14:55
Y株式会社
所在地:富山県富山市婦中町
現役時代によく訪れた会社で最後は平成29年(2017)3月3日であった。
遊びスタイルであったので、事前にズボン、袖シャツを着用。
工場の外壁、事務所の内装をリニューアルしたと。


玄関先の雰囲気も現代風にリニューアルされていた。
写真の撮影をしなかったが、会議室もリモート会議用に黒板も大型画面に替わっていた。


久しぶりに工場内を見学。
見覚えのある機械が検査前の状態。


納入先は式根島向けだと。


日本の全国各地に納入されている機種である。


納入先からの引き取り品もあった。


後方にはライバルメーカー(K社)の製品も多くあった。
今年は新入社員も3人はいり職業訓練所で教育を受け9月に正式入社すると。


17:00
8年ぶりに訪れ約2時間、工場の状況等を聴き後にした。
右側は神通川で上流には富山空港がある。


                                 
                                 ー 続く ー





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最終更新日  2025.09.15 03:00:04
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