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カテゴリ:続 日本100名城
東北の旅三日目は津軽半島巡りでつがる市、五所川原市へ。 10月23日(木) 13:25 県道189号線から県道12号線(鯵ヶ沢蟹田線)と合流し南下、途中県道228号線を西へ走る。 ![]() 高山稲荷神社 大鳥居(一の鳥居) 県道228号線を高山稲荷神社へ向かっていると目の前に現れた大型鳥居である。 ![]() 鉄製の鳥居であったか。 ![]() 13:30 大鳥居(二の鳥居) 大鳥居の周りに駐車場(無料)があった。 ![]() 左に、社務所、右に参集殿。 ![]() 高山稲荷神社社務所 所在地:青森県つがる市牛潟町鷲野沢147-1 ![]() 参拝時間 午前7時 ~ 午後5時 警備上の都合により参拝時間外のお参りはできませんのでご了承ください。 ![]() 社務所に隣接した授与所、車祓所。 ![]() 高山稲荷 おやすみ処 小綺麗な小さな休憩所で、軽食を食べることができる。 ![]() 急な階段を登った尾根に高山稲荷神社がある。 ![]() 右側の狛犬、阿形像。 ![]() 左側の狛犬も口を開けた、阿形像。 ![]() 参道の両側に石燈籠。 正面の階段は高山稲荷神社への石段(男坂)、石段下右側に女坂があった。 ![]() 鳥居の扁額「高山稲荷神社」。 ![]() 境内案内図、高山稲荷神社由緒 ![]() 境内案内図 山越えで南側に「高山稲荷神社 千本鳥居」がある。 ![]() 高山稲荷神社 御祭神 宇迦之神魂命(うかのみたまのみこと) 佐田彦命 (さたひこのみこと) 大宮能売命 (おおみやのめのみこと) 主な祭事 歳 旦 祭 一月 一日 夏期大祭 旧暦 六月十日 元 始 祭 三日 鎮 魂 祭 八 月 十日 節 分 祭 二月(立春前日) 例 大 祭 九 月二十五日 初 午 祭 (二月最初の午の日) 新 嘗 祭 十一月二十三日 紀 元 祭 十一日 天 長 祭 十二月二十三日 春季大祭 旧暦三月 十日 年越の大祓式 三十日 昭 和 祭 四 月二十九日 朔 日 祭 毎月 一日 交通安全祈願祭 六月の日曜日 十 日 祭 毎月 十日 夏越の大祓式 六 月 三十日 月 次 祭 毎月 旧暦十日 由 緒 当社の御創建の年代は詳らかではないが、鎌倉時代から室町期にかけて此のあ たりを統治していた豪族安倍安東(藤)氏の創建と伝えられる。 江戸時代の古地図には、高山の地は三王(山王)坊山と記されており、当社の境 内社である三王神社御創建の社伝には、十三湊東方に山王日吉神社を中心に十 三宗寺が建ち並ぶ一大霊場があり、安東(藤)氏の祈願所として栄えるも一四四 三年(嘉吉3)[または、一四三二年(永享4)]頃に南部勢の焼き討ちにより焼失。 この時、山王大神さまが黄金の光を放って流れ星のように高山の聖地に降り鎮 まられた、と伝えられる。 稲荷神社創建の社伝には、江戸時代の元禄十四年(1701)播磨国赤穂藩主浅野内 匠頭長矩の江戸城中での刃傷事件による藩取りつぶしの際、赤穂城内に祀って いた稲荷大神の御霊代を藩士の寺坂三五郎が奉戴し、流浪の果て津軽の弘前城 下に萬し、その後鯵ヶ沢に移り住み「赤穂屋」と号し醸造業を営み栄える。 その子孫が渡島に移住するにあたり、この高山の霊地に祀れとのお告げにより 遷し祀った、と伝えられる。稲荷創建の社伝は他にも諸説あるが、何れも江戸 時代に入ってからのことである。 これらを総合して考えると、元々は三王神社が祀られ、その後江戸時代に稲荷 神社が創建され、江戸時代の稲荷信仰の隆盛とともに稲荷神社が繁栄し元々の 山王神社が後退したものと考えられている。 ![]() 十月祭事歴 一日 朔日祭 十日 十日祭 十七日 神嘗祭当日祭 三十日 月次祭 ![]() 皆さんがお目当ての「高山稲荷神社 千本鳥居」。 ![]() 男坂の急な石段を登り見下ろす。 ![]() 石段を上ると狛狐が迎えてくれたがきつかった。 尾根に多くの社殿があり、松林の中に囲まれていた。 ![]() 手水舎 ![]() 命婦社 高山稲荷神社の命婦社は、通称「おじょう」と呼ばれています。命婦社は、稲成大神の御眷 属(お使い)のお社です。京都の伏見稲荷大社に通じるとの伝説があり、霊験顕著な神域とし て崇敬されていると。 ![]() 命婦社の鈴緒に「命婦社・夫婦円満・縁結び」と。 ![]() 拝 殿 ![]() 拝殿を見上げる。 ![]() 右側の狛狐。 ![]() 左側の狛狐。 ![]() 拝殿には大きな絵馬が掲げられていた。 「令和七年乙巳年 高山稲荷神社」。 ![]() 拝殿の扁額「高山稲荷神社」。 ![]() 拝殿の左側に建つ「御祈祷昇殿所」。 ![]() 拝殿の右側から、後方の境内社へ廻る。 案内板に、 「山王神社 熊五郎稲荷神社 よんこ稲荷神社 作丈一稲荷神社」。 ![]() 拝殿の右側に立っていた石碑には「拝殿新築記念」と刻まれていた。 ![]() 拝殿の裏側に廻る。 多く境内社がありそれぞれの境内社に鳥居が建ち、周りには松の古木が聳えていた。 ![]() 作丈一稲荷神社 作丈一稲荷神社は、往古牛潟村の工藤氏が、神様のお告げを受けお参りし、布教師となっ て教勢を広め社殿を建立し奉斎した、と伝えられております。現在は、黒石市の千葉氏か ら御寄進いただいた神明造の社殿でありますと。 ![]() よんこ稲荷神社 鳥居が建ち、右側の石碑には「よんこ稲荷神社 平成二庚午年九月十五日」と。 ![]() 山王神社 唐破風の山門で山王神社は板塀で囲われていた。 ![]() 山門の彫り物。 ![]() 熊五郎稲荷神社 熊五郎稲荷神社は、昭和13年東京都の小島氏が神様のお告げを受けお参りし、やがて家業 が繁栄。その神恩に感謝をして社殿を奉建した、と伝えられていると。 ![]() こちらの境内社は?。 ![]() 高山稲荷神社の本殿を見下ろす。 ![]() 高山稲荷神社の下側にも多くの境内社。 手前から「千代稲荷神社、最下段には、大島稲荷神社、三五郎稲荷神社」。 境内社には説明板がなく詳細は不明。 ![]() 13:45 お目当ての「高山稲荷神社 千本鳥居」へ階段を下りる。 またこの階段を登るのかと思いながら下った。 下の窪地には「龍神宮、千本鳥居、神明社」とある。 ![]() ー 続く ー お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2025.12.11 03:00:05
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