ぱふぅ家のサイバー小物

2011/10/05(水)17:45

【天皇誕生日に刻まれた史実】ジミーの誕生日

書籍(883)

ジミーの誕生日  12月23日午前0時1分30秒、東條英機らの絞首刑が行われた。皇太子明仁の誕生日に執行されたことに衝撃を受けた。(257ページより) 著者・編者猪瀬直樹=著出版情報文藝春秋出版年月2009年11月発行 著者は、皇室に関する作品が多く、現在は東京都副知事でもある作家の猪瀬直樹さん。学習院初等科の英語の教師にジミーと名付けられた皇太子明仁殿下の誕生日である 12 月 23 日に、A級戦犯7 人の処刑が行われた。それは偶然の一致だったのか、というところから猪瀬さんの追求が始まる。マッカーサーの厚木基地到着に始まり、昭和 21 年 4 月 29 日(昭和天皇の誕生日)の A級戦犯28 人の起訴、5 月 3 日(翌昭和 21 年 5 月 3 日は新憲法施行日)に東京軍事裁判が開廷、そして 12 月 23 日の処刑へと続く一連の流れは、すべてが芝居がかっている。GHQ が 1 つ 1 つの出来事を歴史に刻むかのように。そして、その裏で淡々と占領政策を進めていたのは、前線を指揮していたマッカーサー元帥ではなく、ホイットニー准将やケーディス大佐という民間出身の実務家たちだった。『昭和 16 年夏の敗戦』の巻末に収録されている勝間和代さんとの対談を読むと、GHQ の真意が明らかになる。勝間さんは私と同世代――戦争を知らない世代――である。だが、GHQ は日本人に戦争の歴史を忘れさせないために、あえて 12 月 23 日を選んだのではないかというのが、猪瀬さんの推理だ。われわれの世代が学んだ戦争の歴史は、じつに貧弱なものだった。太平洋戦争は軍部の独走で起きた――それだけである。だが皮肉なことに、GHQ による戦後教育を受けてきた我々は、12 月 23 日に刻まれた真実を知らずに暮らしている。おそれながら、その呪縛にとらわれているのは、今上天皇陛下のみになりつつあるのではないだろうか。

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