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近代日本において、天皇を揶揄するような戯曲は存在する余地がない。日本人が、『蝶々夫人』(1904年初演)の物語を知っていても『ミカド』は聞いたことがないという事情は、天皇制にまつわる禁忌がもたらしたものである。(389ページより)
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著者・編者 | 猪瀬直樹=著 |
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出版情報 | 小学館 |
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出版年月 | 1986年12月発行 |
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本書は、東京に居を構えた明治大帝以降の天皇制について禁忌(タブー)をかいくぐりながら、時には歴史を遡り、時にはアメリカまで取材し、『週刊ポスト』昭和 60 年 1 月 18 日号から 8 月 1 日号まで連載された内容を加筆修正したものである。600 ページ近い分厚い本で、今のようにインターネットもない時代によくもこれだけ調べたものだと、まず驚かされる。著者は作家で、今や東京都副知事でもある猪瀬直樹さん。
冒頭で、東京の中心、つまり皇居が「空虚」であることに触れられているが、本書出版から四半世紀を過ぎた今も、われわれは皇居については知らないことばかりだ。
私は皇居東御苑を訪れたことがあるが、その隣で陛下が暮らしておられるという感覚が全くない。皇居内堀を一周しても、そこに天皇ご一家が住んでおられるとは想像もできない。
Google マップを見れば御所があるのは一目瞭然なのだが、現地に行ってみると、なぜかその存在が霞んでしまうのだ。建物の配置がそう仕組まれているのか、それとも日本人としての本能が天皇という存在を意識外に追い出そうとしているのか‥‥。
本書には初めて接する知識ばかりが収められている。
西武グループが旧皇族の土地を買収していたのは知っていたが、今上天皇が軽井沢の定宿にしている「『千ヶ滝プリンスホテル』はホテル業の登録さえしていない」(51 ページ)とは知らなかった。ここに皇室と西武グループの接点がある。
ギルバートとサリヴァンのコンビは有名だが、「1885 年 3 月 14 日にロンドンで初演され」(282 ページ)たオペレッタ「ミカド」というものが存在しているとは知らなかった。
米ミシガン州に「ミカド」という町があるのも知らなければ、イタリア人画家キヨソーネが明治天皇、西郷隆盛、神功皇后の肖像画を描いたことも知らなかった。
だが、そういうことを知ったところで、東京の中心にある存在の不確かさは増すばかりである。これだけの歴史的積み上げがあり、海外にも知られている存在である天皇について、なぜ当の日本人は“知らない”のだろうか。
まるで御所と東京の間には見えない結界が張られているかのようである。
私は猪瀬さんと直接の面識はないが、Twitter を介して彼の動静は“見える”し、RT で“繋がる”こともできる。ローマ法王も Twitter を始めたという。だが、天皇陛下は絶対に Twitter をやらないと思う。天皇陛下とはそういうものなのだと思う。
本書が出版されてから四半世紀、21 世紀になってもなお、日本国の首都のど真ん中には科学で説明できない神秘的な存在がおわす、としか言いようがない。