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カテゴリ:書籍
望月衣塑子氏の著書『新聞記者』が店頭になく、先に産経新聞が著した『新聞記者 司馬遼太郎』を読了。あとがきで、司馬遼太郎氏が亡くなって 10 日後、「司馬を『文学作家』としてもて囃すのはお門違いだ」と書いた東京新聞に対し、本書は「首肯しがたい」と否定。 ただし、本書の刊行は 2001 年。文庫本化は 2013 年のことなので、望月衣塑子氏の記事をめぐる産経新聞の批判とは全く関係がない。おそらく、両社の社風の違いなのだろう。本書は、司馬遼太郎氏の、産経新聞を中心に 15 年ほど勤めた記者時代のエピソードを、関係者から集めた内容。 ワシは司馬史観が好きではないし、産経新聞をヨイショするつもりも更々ないが、社会部や政治部の記者をやったことがない司馬遼太郎氏が、なぜあらゆる分野の人物から巧みに話を聞き出し、社会に影響を及ぼしているのかを、東京新聞の記者女史は考察した方がよろしいかと。 司馬遼太郎氏は、京都で寺や大学の取材を担当していた。戦後の福井大地震の際、現地に特派員として派遣され、京都に戻ってからは京大のツテで地震の専門家に取材している。また、寺社のツテで、金閣寺放火事件の真相もスクープしている。それを望月衣塑子氏より若い時にやってのけている。 もちろん、時の権力者を批判することも怠らない。産経新聞のコラムでお盆の話を取り上げ、「吉田さん(吉田茂首相)はじめ再軍備派の御一統、高野槙の 1 つも持って、トクと今後の心構えでもご懇談あればお盆の真義も現代的に生きようというものだ」とユーモアたっぷりにチクリ。 福井大地震の際、司馬遼太郎氏が現場で出会ったうだつの上がらない老記者は、春になると田んぼから出てくるカエルを取材するのだが、その記事が他社より常に早いという。老記者は「カエルも総理大臣もおなじですよ。大臣に会うばかりでは新聞はできない」(219 ページ)――これが産経の社風なのか。 司馬史観を好きになれないのは、ワシはマルクスの唯物史観に毒されており、その流れを汲む心理歴史学の実在を信じて疑わないからである。 このあと、東京新聞・望月衣塑子氏の著書『新聞記者』を読んだのだが、新聞記者としての決定的な違いが、この「知性」を備えているかどうかである。 巻末に、記者時代のコラムが掲載されている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018.02.03 19:15:46
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