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2019.09.08
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カテゴリ:書籍
戦争の物理学

戦争の物理学

 士官学校で数学と天文学、物理学を学んだナポレオンは、戦争にとって科学が重要であることを理解し、フランスの科学技術が常に時代の最先端となるよう、その振興に力を入れた。(157ページ)
著者・編者バリ・パーカー=著
出版情報白揚社
出版年月2016年3月発行

戦争が科学技術を進化させたとよく言われる。電子レンジやインターネットも戦争の産物だ。では、それより前の時代はどうだったのか――。
本書は、紀元前 1286 年のカデシュの戦いにはじまり、兵器が動く仕組みとその歴史を、物理学の視点から整理し直したものである。物理学の数式は登場するが、丁寧な図版が数多く盛り込まれており、理解の助けになるだろう。

本書を読むと、物理学が明確に兵器の発展に寄与するのは、ナポレオン戦争後であることが分かる。それまでは経験則で兵器を改良していた。
そして、1500 人の科学者を集めたマンハッタン計画でピークを迎える。第二次大戦後、理論上、威力に限界がない水爆が登場する。一方、トランジスタの発明により、兵器の様相が一変する。こうした電子機器を破壊する電磁波爆弾(e爆弾)も登場する。
物理学が進歩すればするほど、哀しいことだが、兵器はより強力になってゆく。だが、電磁波爆弾のように、殺傷能力は無く、戦争遂行能力だけを奪うような兵器もまた、物理学の産物である。
戦争は無くならないだろうが、技術屋としては、戦争をするのが馬鹿馬鹿しくなるほど物理学が進歩することを願っている。

紀元前 1286 年のカデシュの戦いでは、馬が引く戦車「チャリオット」が大きな役割を果たす。車輪は物理学で動く。
古代ギリシャでは、バリスタ(弩砲)や、オナガーやトレビュシェットといった投石機(カタパルト)が、物理学を基に誕生した。アレクサンドロス大王は、こうした新兵器を駆使し、史上空前の大帝国を築き上げる。
ここで、物理学の重要な概念である、速度、加速度、力について整理している。初期の兵器の多くは、物理学で「機械」と呼ばれるものに相当する。機械は仕事を簡単にするための装置であり、重い箱などを楽に持ち上げられるようにする長い板がその単純な例だ。

弓は、エネルギー保存則によって矢を放つ。弓はエネルギーを蓄える機械だと言える。射手の筋肉の力が矢を低速で引き、弓が蓄えたエネルギーを高速で解放したのである。
ローマ人はギリシャ人が使っていたバリスタやオナガーなどの兵器を利用していたが、それを改良しようとはしなかった。
1066 年のヘイスティングズの戦いではクロスボウが、百年戦争の最中、1346 年のクレシーの戦いではロングボウが威力を発揮する。ロングボウの矢は標的が 90 メートル以内にあれば、鋼鉄の板を貫くことができた。

火薬は中国で発明されたとされているが、酸化剤である硝石の質が悪かった。哲学者ロジャー・ベーコンは硝石の純度を高め、百年戦争最後のカスティヨンの戦いでは、大砲が威力を発揮した。
科学革命の時代、タルタリアやガリレオが、投射物の運動を解析し、大砲の照準器の精度を高めた。さらにハンドキャノンや銃が登場し、戦場での犠牲者数も増加した。戦い方も変わり、相対する軍隊どうしが接近する機会は減って、遠くから撃ち合うことが多くなると、砲弾を放つ兵士が、みずからが殺した相手を目にすることはなくなった。
ニュートンの研究は、直接兵器開発につながったわけではないが、光学の研究は双眼鏡となって結実し、馬入引力の法則と微積分法は弾道計算に応用された。

産業革命の時代、ウィルキンソンはワットの考案した新型蒸気機関を使って、それまでより小さな労力で多くの大砲を製造できるようにした。また、ロビンズは弾丸の速さを測定するために、「弾道振り子」と呼ばれるものを発明した。ロビンズの大発見は戦争に革命を起こし、イギリスをヨーロッパ屈指の強国へと変えることになった。化学者ラヴォアジェは、火薬の製造法の改良し、フランス軍の火薬庫を満杯にした。
士官学校で数学と天文学、物理学を学んだナポレオンは、戦争にとって科学が重要であることを理解し、フランスの科学技術が常に時代の最先端となるよう、その振興に力を入れた。
フランス陸軍のクロード・ミニエー大尉は、円錐形の銃弾を開発し、雷管式の薬莢を備えた。すでに開発されていたライフル銃と併用することで、銃の性能は飛躍的に向上した。
これら新兵器が総動員されたのが南北戦争である。
継電器を使った遠距離電信、気球を使った観測、スクリュープロペラを搭載した艦船、機雷と潜水艦――決戦となったゲティスバーグの戦いでは、両軍とも 2 万 3 千人を超える死者を出すことになった。

第一次世界大戦では、発明されたばかりの航空機が登場する。また、南北戦争の時に発明されていたガトリング法を改良した機関銃が活躍する。さらに、迫撃砲や高射砲、手榴弾が登場した。火炎放射器やガス兵器も投入され、兵士は恐怖した。1916 年、イギリスで「マーク I」戦車が披露されると、ロイド・ジョージは感銘を受け、すぐさま戦車の量産を命じた。無線技術も導入された。

第二次世界大戦では、無線技術やレーダー技術が活躍する。イギリスで性能の高いレーダーが開発されたが、心臓部のマグネトロンを量産できないことが分かっていたチャーチルは、アメリカにマグネトロンを提供する見返りに、それを大量生産してもらった。ドイツがレーダーの威力をみくびっていたことが、イギリスに幸いした。
第二次世界大戦ではジェット機が登場し、なかでもイギリスの「スピットファイア」は性能が高く、多くのドイツ軍機を撃墜した。
ロケット兵器も登場した。ドイツのV2ロケットは、命中精度は低かったものの、時速およそ 3500 キロという圧倒的なスピードは住民に恐怖を与えた。
無線電信では盗聴を防ぐために暗号が用いられた。ドイツのエニグマは解読が困難な暗号化装置だったが、コンピュータの父と呼ばれるイギリスのアラン・チューリングが、その解読に貢献した。
原子爆弾は、リーゼ・マイトナー、レオ・シラードなど、開戦前からその可能性に気づいていた科学者がいた。ナチス・ドイツは「ウランフェアアイン」(ウラン・クラブ)を作り、原子爆弾の研究を行った。1940 年、イギリスでは MAUD 委員会が設立された。アメリカでは、真珠湾攻撃の直前にマンハッタン計画が立ち上がる。最初 30 人だった科学者は、最終的には 1500 人に膨れ上がった。原爆の開発には膨大なリソースが必要だった。
一方のドイツでは、ハイゼンベルクが原子炉を機能するように研究を続けていたが、原子爆弾を製造するにはほど遠い段階にあったことがわかっている。

第二次世界大戦後、水爆やミサイル、レーザー兵器の開発が進んだ。
エンリコ・フェルミは、マンハッタン計画が始まる前に、核融合爆弾に気づいていた。最初の水素爆弾「マイク」の組み立てが公式に始まったのは、1952 年 9 月のことだった。原爆の威力には限界があるが、理論上、水爆の威力には限界がない。
電磁波爆弾(e爆弾)は、人を死傷させずに電子機器を破壊することができる爆弾だ。

著者のパーカーさんは、未来の兵器として、人の脳から出る電磁波を解読するセンサーを挙げる。「こうしたセンサーを人工衛星やドローンに搭載すれば、戦場で敵の『心を読める』ようになる時代が来るかもしれない」(408 ページ)と指摘する。
そして、「20 世紀に頻繁に起きていたような悲惨な虐殺行為を起こすことなく、紛争を解決する方向へ導く技術の登場を願っている」(408 ページ)と締めくくる。







最終更新日  2019.09.08 12:06:32
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