 | ブラッドリー・クリフォード「きょう、わたしがここに立っている理由は、基本的にいえば、正気の沙汰ではなくなった価値体系を後生大事に守っている社会に対して、抗議するためである」 |
| 著者・編者 | ジェイムズ・P・ホーガン=著 |
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| 出版情報 | 東京創元社 |
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| 出版年月 | 1981年10月発行 |
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1990年代の初頭、ドイツの理論物理学者カール・メーサンガーが、既知の場はすべて「6次元直交座標空間複合体」(K空間)で表すことができるという統一場理論を導き出した。ブラッドリー・クリフォードはK理論の虜となり、この理論の幾つかの側面を発展させ学位を取得した。だが、世界の政治経済情勢は悪化し、純粋な学術研究の分野も厳しい監理を受けるようになり、彼は人工衛星搭載のミサイル迎撃用レーザーを制御する方法を改善するために、徴兵も同然な形で高等通信研究所(ACRE)に務める形になった。
ACREでの雇用期間中に得られた科学的成果はすべて機密扱いになるが、クリフォードはK粒子と高次粒子の相互作用に関する論文の発表許可を申請し、リチャード・エドワーズ教授らの審議を受けることになった。
月の裏側にあるジョリオ・キュリー天文台では、ハインリッヒ・ツィンメルマン教授がブラックホールの放射の研究を行っていた。そこへ、クリフォードからの通信文が届く。
クリフォードの妻サラが食事の支度をしていると、バークリー研究所所のオーブリー・フィリップスを名乗る科学者からクリフォードに通信が入った。オーブは、クリフォードの理論的研究から導かれた予測の一部に対する実験的証拠を見せた。だが、バークリーの研究結果はACREに届いているはずなのに、クリフォードには知らされなかった。ACREでは、ワシントンから来た人たちが秘密会議を繰り返しているらしい。
クリフォードは辞表を叩き付けた。それに怒ったマイルズ・コリガンは、「客観的な事実などというものはない。事実とは、われわれが事実だと信じたもののことだ」と言い放つ。
帰宅したクリフォードは、サラと今後の身の振り方を話していると、突然、オーブが訪ねてきた。彼もバークリーを辞めたという。2人は祝杯をあげた。翌日、2人は、ダメ元でツィンメルマン教授にインフォネット通話を試みると、返事が返ってきた。2人はツィンメルマンに事情を話すと、国際科学財団の重力物理学研究所で研究しているアル・モレリ教授のところで働けることになった。
2人は精力的に研究を続け、クリフォードは、重力波がK波動がわれわれの宇宙に投影されたものにすぎないことを証明し、オーブが検出装置を作り、モレリ教授の実験用ミニブラックホールから放出される高次放射を検出した。だが、オーブの検出装置は、宇宙全体からやって来る高次放射をキャッチしていた。それは、ビッグバンがなくても宇宙背景放射を説明できると同時に、時間、方向、距離という概念が意味をなさなくなることを示していた。そんなとき、クリフォードらの研究を妨害する動きが出始めた。
地球を訪問したツィンメルマン教授は、クリフォードたちに国家権力を利用しろとアドバイスする。ツィンメルマンの手配で、米軍高級将校が重力物理学研究所を訪れ、アル・モレリから研究成果報告を聞き、軍事転用のアイデアが出てきた。クリフォードは浮かない様子だったが、将校たちは研究を加速するために、適応学習技術の粋を集めたコンピュータ「BIAC」を利用できるようにし、不足していた部材の調達にも手を貸すと提案した。
研究状況は改善し、クリフォードはBIACの操作訓練を受けた。だが、2005年の世界は白人種対非白人種の対立の最中にあり、軌道上から核攻撃を受けるような緊迫した情勢であった。米軍は研究の進捗報告を求めた。報告会の冒頭、クリフォードは「きょう、わたしがここに立っている理由は、基本的にいえば、正気の沙汰ではなくなった価値体系を後生大事に守っている社会に対して、抗議するためである」と宣言する。そして、高次波動を使って、世界のあらゆる場所を、莫大なエネルギーで、一瞬のうちに、しかも事前に探知されることなく攻撃できる新兵器の建造を進言した。
ホワイトハウスに呼び出されたクリフォードは、合衆国大統領アレクサンダー・ジョージ・シャーマンの質問に対し、「兵器は、役に立つか、それとも立たないかだ」と答える。新兵器に「J爆弾」と命名された。アパラチア山脈の地下の岩盤を2キロ近くの深さにわたってコンクリートと鋼鉄で各階に区分した複合施設ブラナーモントが建設され、ジェリコ計画がスタートした。
J爆弾の実験は成功した。シャーマン大統領ら西側首脳が連名で、2007年11月に「革新人民共和国大同盟の代表者たちに対する最後通告」を発信する。
最後通告の時刻が過ぎた。攻撃第一段階が実行され、東側の軌道核兵器、対衛星レーザー衛星のすべてが消滅した。攻撃第一段階の命令が下るが、J爆弾の指令室はクリフォードとオーブに占拠され、しかも彼らは味方の軌道核兵器や対衛星レーザー衛星を消滅させた。間もなく、東側からの核ミサイルの全面攻撃が始まった。シャーマン大統領は恐怖のあまり、それ以上の命令が出せなくなった。そのとき、ミサイルがすべて〈消失〉した。東側から最後通告への回答が届いた――。
ジェリコは111年間稼動する完全にフェールセーフなシステムで、敵味方関係なく監視を続け、必要があれば兵器を〈消失〉させる機能を備えている。ドナルド・レイズ副大統領は、終末兵器のようだといまいましげに言うが、シャーマン大統領は「創世記機械」と名付けた。シャーマンは「あれだけの軍事予算で、何か建設的なことができるかもしれんとは、思わんのかね」と一同を諭した。
クリフォードと妻サラ、オーブの3人は、月面のジュリオ・キュリーにある天体観測施設に到着し、ハインリッヒ・ツィンメルマン教授が出迎えた――。
創元推理文庫の復刊フェアで電子書籍版を購入し、久しぶりに読み返してみたところ――冒頭、在宅勤務が多いクリフォード博士が乗るフォード“クーガー”は、テスラ車を彷彿とさせる自動運転の電気自動車ということに驚いた。研究室のコンピュータ端末は音声入力方式だし、超ひも理論に似た6次元の「K空間」が登場する。「PDP64」という、いかにも当時のミニコン「PDP-11」の64ビット版のようなコンピュータが出てきたかと思うと、生成AIとAR技術を合わせた更に先を行くコンピュータ「BIAC」が活躍する。本書は、いまから47年も前の1978年の作品である。ホーガンの未来予測、おそるべし。
さて、K波動を使ったJ爆弾建造プロジェクトは、マンハッタン計画そっくりだが、決定的に違うのは、ロバート・オッペンハイマーと違ってクリフォードにはオーブリー・フィリップスというウィットに富んだ仲間がいたことと、圧倒的な計算能力を誇る「BIAC」の存在であろう。
ジェイムズ・P・ホーガンのSF作品には、人間の能力を超えるコンピュータが登場するが、彼ら(?)は科学者の忠実なアシスタントとして活躍する。人類に反乱を企てたりはしない。コンピュータ・セールスマンだったホーガンの真骨頂を言えよう。加えて、イギリスのSF作家アーサー・C・クラークの名言「十分に高度な科学技術は、魔法と区別できない」に似た発言を主人公にさせる。オールドSFファン対策にも抜かりはない。
一人の科学者が世界を救うという点では、SF評論家の大野万紀さんが「あとがき」に記しているように、E.E.スミスやジョン・W・キャンベル・ジュニアのスペースオペラのようでもあるが、前述のように、K空間が実在の〈科学〉であるかのように説明するのに多くのページを割いており、本作は紛れもないハードSFである。
エピローグは、まるで日本のSFアニメを見ているようで、安心して読み進めることができること請け合いである。
本作の舞台は2007年であるが、現実世界はそこから18年も未来に駒を進めている。著者のホーガンも、訳者の山高昭も鬼籍に入ってしまわれたが、あらためてご冥福をお祈りするとともに、どうか宇宙の上から私達の世界を見守ってほしいと願う次第である。
