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南の島物語

南の島物語

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2021.12.31
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カテゴリ:音楽と旅と釣り

 2021年を振り返り、2022年に向けて。

 

勿論、考える事は多かった。

まして、3年前のアキレス腱断裂のダメージ。それは傷の痛みでは無く、心の痛みだろう。
70歳を超えたあたりから飲酒が過ぎるのか?腹回りが増える毎に体のキレがない。磯場では、足が上がらずスパイクを岩に引っ掛けたり、また目が衰えたのか暗闇では足場の目測を誤る。

ただ、ジギングなどのオフショアの釣りは、取材などでは多少の見栄を張りながら頑張ることは出来た。しかし、キツイ海外取材などの後、何時もより疲れが抜けない事に気付いてはいた。
でも、こんな自分の衰えをグダグダと述べるのも恥ずかしい。人によっては、とても聞いてられない話だろうか。まあ、来年に向けての話だから、今まで通り前を向き、明るい話題を述べた方が良いだろう。

昨年の嬉しい出来事。それは私の念願であった、今で言うサステナブル。釣り具の環境配慮。それは、私が常々言っている、釣り具販売でのプラスチックパッケージの排除。ルアーのロストを無くする事、釣り具のリサイクルの取り組みが1歩前に踏み出した事だろうか?。
今、世界は全てにおいて環境志向だ。TVなどのメディア報道。その良し悪しはあるが、やはり何かにつけ環境に対しての報道は増えている。世界的な、環境保護運動は、今や若者から子供達にまで、いわゆる次世代に向けての社会的な課題として語られる。まさに時代はSDGs(持続可能な世界を目指す)なのだ。

それは、日本の企業でも、大企業から、小さな企業まで取り組み、この環境配慮の企業テーマを無くしては生き残れない時代を目の前にしている。

釣りの業界も、今までのように口先だけの環境を叫ぶのではなく(簡単な釣り場の清掃などでお茶を濁す問題ではないのだ)、実際にパッケージなどの過剰包装、ルアーやジグ、シンカー等のリサイクル、そしてラインなどの無パッケージ化、回収とリサイクル(いわゆる計り売りなど)。それはメーカー、釣具店、ユーザー、皆で努力していく時代に入っているという事だ。そして、その事から、私の関わるネーチャーボーイズがメーカーとして取り組み。再生紙を使ったジグのパッケージや、メタルジグのリサイクル(リュースプロジェクト)を始めた事だ。

環境負荷の大きいと言われるレジャー産業の中で、特に釣りは、立ち入り禁止区域への侵入、釣り場のゴミなど、たびたび悪者として問題提起をされている。それだけに、是非に他のメーカーも追従して欲しい。

確かに体力の衰えは隠せない。そんな中で如何に次世代に何を残すか?。それが私の残す人生の仕事なのかも知れない。確かに、今まで以上にパワーのいる事かも知れないので、あくまでも身の丈の範囲だが、2022年、そして今後は、釣りに音楽に、未だ未だ私でなければ出来ないもの、其処に向かって頑張って行きたい。

 

音楽の方も、この年だが(来年で喜寿)マダマダ勉強する事が多い。ようやく自分のサウンドで打ち込みが出来るようになったが、このプロトゥールスの機能の半分も理解しているだろうか?。硬い頭だが、未だ伸びしろがあると思っている。も少し努力をしたい。皆さんにも、来年一年も少し期待をして欲しい。







最終更新日  2021.12.31 19:37:00
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2021.05.19
もう五か月も更新していなかった。すみません。

パパ、環境の話。長い話で飽きる方は読むのを止めて良いです。

ここまで来るのに、長いこと掛かった。
もう15年以上になるだろうか?。鉛の環境負荷の大きさ、日本でも、その加工や移動に法的制限のある、PRTR法が(その中には、鉛などで加工されると有害化学物質と明記されている)施行され、私は鉛を使ったオモリ、漁具や、餌木、ルアーなど、その生産や販売に危機感を持った、その頃の話しである。

ネーチャーボーイズブランドでお馴染みの青森宝栄工業の現社長の和田さんから、釣り関連の道具の制作話から、鉛以外で環境負荷の少ない金属のメタルジグ、その生産を提案した。最初はステンレスのジグから色々と模索を繰り返してきた。
当時、日本ではアルミのジグ等多少はあったが、それは初めと言って良い、そんな挑戦だったろうか?。そこからの試行錯誤、やがてそれは鉄のジグに落ち着いたが、それでも、釣りの社会では簡単に受け入れてもらえるモノでは無かった。

あるショップの方には「あんなに錆びて汚れる、その在庫が増えてしょうがないモノを売りつけられた」
またあるショップには営業と一緒に私が出向くと「ここの店は一等地、坪単価が幾らすると思ってるんだい、その店にこんな商品を置くスペースなんて無い、帰れ」こんなこともあった。また、環境の話をすると「釣りをやってて、綺麗ごとを言うんじゃない」そんな事もあった。
鉛は加工のし易い金属である。それに比べ鉄は鋳造できるが、溶かす温度や型作りに時間がかかり、超高温の設備がいる。型抜きではエッジがきつく丸く研磨するのは容易ではない(鉛のように簡単に削れない)。ルアーにするには、アイは、その強度は。リングが入りにくいとか、形状でフックを抱いてしまうとか。数えきれないほどの苦労が続いた。
更に泳ぎの研究。鉛に比べ比重が軽いために沈下のスピードが遅いとか(逆に泳ぐという利点も判った)、形状が大きくなるので引き重りがするとか。その為の水中テストを繰り返し、気の遠くなるようなな試行錯誤だったろうか。そして、何よりも生産コストが高い。
ただ、私の中には、当時で環境負荷の大きい金属を使う罪悪感と、いずれは使えなくなってしまうのでは?、そんな危機感だった。

あれは10年ほど前だったろうか、青森の竜飛でも釣行だった。その前に巨大クロマグロが飛び交うのを横目に、タイラバの取材だったが、そのタイラバにマグロがヒットする。当然に瞬殺だったのだが、その悔しさとジギングで食うという確信から、その数週間後に、鉄ジグを持ち込んで(当時発売されたばかりのスイムライダーショート)リベンジ。
未だ、マグロのジギングなど、誰もやっていない時代だろうか?。100キロ超のクロマグロを九時間超のファイトで釣り上げた。そこから少しずつだが、アングラーの認知がされてきたろうか。

今でこそ、マグロジギングが定着し、私のようなスタイルも、鉄ジグと共にようやく理解されてきた気がするが、その頃を振り返ってみると、その試行錯誤がようやく実りつつあるという事だろうか。


この事で、私が述べているのは、決して鉛が悪で使ってならないという事ではない。鉄ジグが優れていて、何よりも釣れるなんて事でも全くない。私の友人の中で、鉛のジグの優れた作者が沢山いるし、彼らはそれぞれに創意工夫をし、釣れるための良い製品を作っている。技術的にも優れたビルダー達だ。

ただ、此処でその金属や物質の論議をする以前に、提案がある。この釣りの世界で将来的にも、釣りを楽しんで行く為に、少しでも環境負荷を少なくする努力、その為にも。

まずは、ルアーの回収、リサイクルの提案。そのシステム作りの提案だ。お客さんに、使い古したルアーを持ち帰って頂き、それを作り直して再利用するシステム、その手数料で利益を得るというシステム作りだ。

当然に、アングラーはルアーを大切に使い、ロストも少なくなる。それだけ環境負荷が少なくなるという事だ。これこそ持続可能な、サスティナブルな社会を目指す事になる。

レジャーの中で、特に釣りは環境負荷の大きいかも知れない。それだけに釣り人のマナーなどが取りざたされると(何の世界でもマナーの悪い人はいるが)社会の悪者になりやすい。そんなことを払拭する意味でも、メタルジグの再利用。リサイクルを考えては如何だろうか。

バックリミットで言われる、魚の持ち帰りの制限。リリース。魚を取らないルール作り。勿論、とても大事な事だが、それと同様に、その魚の住む環境の保全。とても大事な事だろう。

私のこんな意見に、反発や嫌悪感を抱く方もいるだろうか。パパは76歳。アングラーとしては、あと数年だろう。そんな私だから「またあの爺さんが余計なことを」ぐらいに捉えて、ただ、少しでも心の隅に置留めて、容赦して頂ければ嬉しい。

(写真は、確か63歳の頃。約13年前の鉄ジグ・スイムライダーショートで釣った100キロ超のマグロ。壁に賭けた写真なので見難いが、鉄ジグの懐かしい写真。この頃から少しずつ鉄のジグが認知されてきたろうか)









最終更新日  2021.05.19 16:39:38
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2020.12.31
カテゴリ:釣りと音楽

昨年2月あたりからのコロナ禍。これは誰もが思う事だが、私たちの生活を一変させた出来事であろうか。春季の緊急事態宣言では、GWあたりまでの収束を願ったが、やはり思うようにはいかなかった。

そして、誰もが夏の暑い時期には収束するであろうと思ったろうか。しかし、それは医学的にも社会的にも、政治的にも、全く甘い願いだったようだ。秋の行楽シーズンから旅行を対象としたGotoキャンペーン。今振り返ると、まったく無謀だったのかも知れない。

確かに航空業界、運輸業、観光業、飲食業、その悲鳴が政府を動かし、それは甘い見通しから決断のGotoだったろう。そして私たちの見通しを遥かに超える感染力が、このウイルスを増殖させてしまったろうか。

まあ、専門知識を持つ医師でもなく政治家でもない私が、これ以上の意見を述べるのは憚るだろうか。ただ、振り返る2020年、そしてこの新年を語る上で、あまりにも大きすぎる出来事ではあった。

 

島では、釣り人専用の宿泊業を営む私だが、プロのアングラーの側面も持つ。そして、今は本業としていないが、ミュージシャン(音楽家)でもある訳で、其処から、このコロナ禍だった2020年を振り返ってみた。

「パパズイン」という宿泊業では、確かに壊滅的な打撃であった。4月、5月、そして6月の前半までは、それこそ全くのゼロ収入、休業である。その後にお客さんを受け入れると言っても、基本的には週末一組だけに決めていた。

それは、何しろ私は75歳、家内は69歳、いわゆる高齢夫婦。まして家内は胃癌を患ったばかりだが、術後の検査すら院内感染の怖さから上京も出来ていない(手術は東京の病院)。そんな、終活すら考えているような先の見えない状況である。

ただ、政治的に多くの論議はあったが、正直な話で給付金はありがたかったし、更に東京都の自粛による休業、その協力金は心から感謝の気持ちを持った。確かに順風満風の生活に比べれば不満かも知れないが、誰もが苦しむ社会情勢の中で夫婦そろって生きていけるだけでも幸せなのかも知れない。

そして、休業の間の有り余る時間、それは音楽を作り、絵を描き、それは多くの事を考える時間でもあった。それも、振り返る時間ではない。この年齢になってもコロナ禍が終わってからの先を考える、そんな前向きな思考である。



昨年、釣りでは、ハワイのカンパチ、ニュージーランドのヒラマサ、海外の釣りを含めて多くの遠征を考えたが、ことごとく中止に。音楽もライブ活動はおろか、リハーサルすらまともに出来ない。しかし、その事から、逆に多くの事を学んだのかも知れない。

私がプロデュースする釣りメーカー、ネーチャーボーイズのブランドテーマに「進化は変化」という言葉だ。このコロナの影響であっても、その時代の変化、また環境の変化は、まさに人、生き方の進化であり、そのチャンスでもあるだろうか。



 

2021年、新しい年を考えた時に、4分の3世紀も生き、残る時間が少ない筈の私だから、その先を考えた時に、島に、この社会に、何を残すかだろうか?。

例えば音楽だが、やはり観光業が中心になる島で、民謡、太鼓などの伝統芸能、伝統音楽を、如何に自分のやってきた音楽(クラシックやジャズ)と融合させた、島の音楽、島唄だろうか。

一口に、私の作るオリジナル曲という枠では無く、島の海、島の山、島の空気、それらを感じさせる島の音楽。島のミュージシャン達、私を含めた島人の音楽だ。2020年はまともにライブ活動が出来なかったが、それ以上に思考を繰り返した創作活動が出来たので、それを今後は、表現して行きたいと思う。



 

釣りに関して、ここ数年はルアーフィッシングの中でも特にヘビーなジギング特化したプロ活動をしてきた。しかし、今までのようにトレーニングを積み筋力を強化する、そんなジギングは年々難しくなるだろうか。いくら鈍感な私でも、70歳を超えたあたりから無理に足搔く、そんな自分の姿に気付いている。

勿論、この釣りは体が動かなくなるまで続けるでしょうか?しかし、潮時と考えるのではなく、むしろ欲張りに、SLJ(スーパーライトジギング)という所にも入り込んでみたい。先月号のソルトワールド誌で、家内と一緒に取材釣行したSLJは、私にとっては、何か昔のジギング創成期に始めたような新鮮さがあった。

更に、アキレス腱の断裂から、ここ数年、夫婦で楽しんでいる防波堤の石鯛釣りだ。これはクロダイのへチ釣りの石鯛バージョンだが、相手がパワーのある石鯛だけに面白い。こういった釣りを、世に広める事が出来れば、それも生き甲斐になる。




あとは環境面の話だが(ネーチャーボーイズで鉄ジグを始めたのもこの考えだ)、このコロナ禍から、釣り具に限らずだが、従来の対面での商売をする店舗売りから、明らかにリモート、SNSなどの動画宣伝からインターネット通信販売する方向に変わっていくだろうか。そうなった時には必ず、今までのような過剰梱包を(プラスチックやビニール素材)なくする方向に進まなければならない。

やはり、環境負荷の大きいレジャーである釣りだからこそ、脱プラスチック、脱炭素、本来であれば移動や加工に届けが必要な化学物質(水銀や鉛加工品)の排除は大きな課題であり、このコロナ禍からの新たな変化を進化に結び付けなければならない。それを提案し続けたい。



いずれにしても、音楽も釣りも、墓まで背負っていくつもりだ。あ、あ、あ、まだまだやることが多いと言うのが、
2021年のパパ大津留だろうか。

 


島でのライブ、東京でのライブ告知なども。
音楽ジャンルは、JAZZ、R&B、島唄、オリジナルソング。






最終更新日  2020.12.31 16:39:31
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2020.10.02
いよいよ、東京でのGotoキャンペーンも始まりましたね。

このブログでは、なるたけ政治的な発言をしない私ですが、今回のGotoでは報道などでも色んな物議もあるようで、少々の考えと、パパズインの今後の方針を記します。

このGoto、例えば中身が良く分からないとか、結局は旅行社や旅行関係のNAVIを通しての予約なので手数料などの発生で宿泊施設への還元は少ないとか、また、インターネット申し込みが殆どなのでガラケーの方やインターネットに不案内なお年寄りには・・・とか。高い料金設定のツアー関係にしかお客様は利用しない、とか。まあ、確かに私どものように宿を経営している者にしても、その不公平感は否めないかも知れませんね。

だが、八丈島という観光地に住む人間としては、このコロナ禍で、宿泊業者皆さんが、この恩恵にあずかることはうれしい事だし、苦境に喘ぎながら再生に向けて努力をされてきた、大勢の従業員を抱える、特にホテルさんにとっては喜ばしい事で、そのお客様が増える事は、大いに島の活性に繋がり、結果的には他業種の皆さんも潤う事になると、大いに喜ばしく思っています。

ただ、個人的には(パパズインと云う釣り宿のオヤジとして)中々考えさせられることも多いですね。

まず、パパズインは旅行社との提携などは一切やっていない宿です。その理由は、釣りとして、八丈島ガイドサービスとして、安全で且つプロフィッショナルな仕事を、お客様に提供する為に、一般的な他の宿泊施設と同じような提携の仕方では、お客様が真に安心し満足いただけるサービスが難しいと考えているからです。
それは、ただコンピュータ上の一律に申し込み、全ての旅行と同じ横並びなご案内では、其々の釣りのレベルで種類やスタイルが違う中で、個人の技量、初心者に対しての安全に配慮したサービス、個人個人レベルでの安全性、日々に変わる自然天候の見極める。どれをとっても、ある程度の会話やメールでのコミニュケーションが要る訳で、お客様のニーズに対する対応は、インターネット上の申し込みフォームだけでは、その中身が伝わらないのです。

まして人の生き死にに関わるような事故、その安全対策はパーフィクトでなければならないのです。

八丈島はレジャーによる海難事故、死亡事故は後を絶ちません。それは、その事故に合われた方々には失礼な言い方になりますが、この島の海、自然を知らなすぎる事に起因していることが多いでしょうか。そこには、その宿、ガイドサービスの意識、責任の感じ方も大事な要素です。またお客様を送り込む旅行社にもその知識(意識)が低いからでしょうか(例えば、その旅行パンフレットに、その海、自然の危険な度合い、注意事項など、掲載しているのはほとんど少ない)。

そこで、私どもパパズインは全ての旅行社との、ツアー、提携を止め、お客様のニーズ、その声を直接耳を傾ける。それには、電話での申し込み、またはメールでのやり取りによる宿泊申し込み以外は(当然にPC上でのフォームでの申し込みでは、便利ではあるが考えが伝わらないです)お受け付けしない事にしたのです。

そこから、数年前には旅行社に支払う手数料分も、お客様に還元する意味で値下げをしました。そんな料金設定の中で今回のコロナ禍、今年の3月から3か月間は休業、その後はお客様をお泊めしても1部屋1名、一日多くても2組にとどめ、安全対策をしてきました。

ただ、今回のGotoトラベルでは、旅行社と提携していない私どもでは非常に参加のし難い仕組みで、その上に個別で申し込むNAVIサイトでも、結局は手数料を支払う事に。これでは、私どもの理念とする「安全でプロフィッショナルなガイドサービス」は結局のところ難しいと考えました(お客様の釣り船料金なども、漁協に数日中に現金で支払わなければならないので、このGotoの対象には全くなりません)。

そこでそこで、其処で!!、パパズインとしては、このGotoに参加できない中で、さらに苦境の中でも釣りを楽しむ為に来て頂くお客様に(Gotoと同じようなサービスとはいかないまでも、この期間中に感謝の気持ちを示したい)、パパズインとして独自のGoto期間サービスをする事に致しました。

パパズインは、このGoto期間中は、宿泊料金は10パーセントOFFです。エアーチゲットは従来とおり「八丈交通 04996-2-0600」にパパズインからと申し込みください。

なんか宣伝のようになってしまいましたが、このコロナ禍、そしてGotoトラベル、多くの難しい意見がある中で、真にお客さんの事を考え、安全で楽しい釣りを提供する宿として、色々と考えてみました。














最終更新日  2020.10.02 13:00:51
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2020.03.20
カテゴリ:音楽と旅と釣り

 

パパズインは、この7月で30周年を迎える。私が島に来て30年という事だ。

私は。もともとミュージシャンだ(だった?)。クラシック音楽を目指した学生時代から、それは挫折したものの、ジャズに転向し多くの有名ジャズバンド(ビッグバンド)を経験した。更にビッグバンド時代には作編曲も手掛け、TVなどのレギュラー番組を持ち順風万風だったかもしれない。

しかし、当時で、モダンで難解なジャズの演奏に疲弊したのかも知れないが、当時のR&B、ソウルグループの「アイク&ティナターナー」の演奏を聴き、その躍動感に圧倒された。まさに「これからの音楽は、これだ~!!」そんな気持ちで、管楽器主体のボーカルバンドを作ることにする。

それから十数年は、デスコのダンスバンドやナイトクラブのハウスバンド、そしてライブハウスでの演奏が主になった。

 

釣りは、釣りの番組に縁があって、30代の頃から、磯の石鯛から沖釣りまで、そして40代には、暇を見ては八丈島に釣りに来ていた。その頃、渋谷のライブハウス「エッグマン」でのステージだったと思う。150人ほどのお客さんが待っている中、前日に八丈島で釣りをして、帰りの飛行機が天候悪化で欠航になってしまう。

音楽事務所には散々に怒られ、こんな失敗は2度と繰り返してはいけないと思うはずだったが、「それなら、島に住んでしまえば、その心配もないだろう」そんな勝手な解釈。そして音楽界からは、磔つけ獄門の罪を一等減じられて、八丈島で流人生活をすることになった(冗談話だが)。

そして1990年、平成2年に有限会社パパズインを設立し、島での観光宿泊業に(一応はペンションという形で)従事することになる。

それは考えるに、30年にもなる。生まれて18年の津軽の田舎に育ち、その後は都会での20余年。すっかり島暮らしの方が長くなってしまった。

島に来た当時は笑い話も多い。建築が遅れ、当初は3月の完成だったがゴールデンウィークにも間に合わず、ようやく完成と聞かされ荷物を畳んで愛犬の「モモ」、愛猫の「クロ」を抱えて島に来たが、トイレは出来てない、水道は使えない、ドアに扉すらついていない。家を前にして愕然、途方に暮れた。

近くの民宿に、無理やり頼み込んで世話になり3か月後の7月に、ようやく何とか住める状態で引っ越す事が出来た。

完成を間近に、港のコンテナに留め置いていた荷物を運びこむ。島の若い友人たちに手伝ってもらう。昼休みだった、「お~い、冷蔵庫に冷たいお茶があるから飲んでいいよ」手伝ってもらった彼らに言う。しかし、まさか!!!である。冷蔵庫には完成記念に飲もうと買ったドンペリニヨン、一本3万円ほどのシャンパンを2本入れていた。

奴らは、一緒に入っている、麦茶とかコーラは飲まず、そのドンペリを2本、しかも湯飲み茶わんでガブ飲みしていた。

「こら~!!、おいおい、お前ら車で来てるのに、まさか・・・・」ここでも愕然である。当時、飲酒運転は、島ではそれ程は煩くなかったのかも知れない。

 

その後も大変だった。知らない土地での馴れないペンション営業だ。朝から営業し、昼には昼食。夜には、宿泊客の晩御飯を出して、その後はレストラン営業。あと片付けの後で風呂掃除などすると、そのままベットにバタンキューだ。夏などは、歩いて3分の海すら見る暇がない。

エリザベスは「夜中は人っ子一人通らない」と嘆き。「此処は、デパートも無ければ、マクドナルドやミスタードーナッツ、コンビニもない。夜の明かりは、月と星だけ、雨の日は全くの暗闇。寂し~い」と、まるで人生を呪ったかのように悲しむ。

しかし、こんな頑張りだが、23年続けると「こりゃ、体がもたない」と開き直った。

自分で釣りをしたい、エリザベスだって釣りをしたい。そこで、ゲストを釣りのお客さんを中心にし、それも、他の釣り宿との競合を避けてルアーを中心に考えた。

 

当時のルアーフィッシング、今ほどメージャーではない。まして、ジギングとなると、またナイロンラインを使い60グラム程度のメタルジグでやられる程度だ。そこからは、私の勉強の日々だ。

ナイロンラインのジギングから、PEライン、ベイトタックルの使用、アシストフック、100グラム以上の重いジグ(今は300500gが当たり前になる、深場は1キロまで振る)、スローなスタイルも含め今は当たり前のジギングだが、当時、ここまでの道のりは長かった。

やがて、J-1グランプリという20年の長きに渡るジギング大会(相当のパワーが要った)など、多くのジギングアングラーが訪れるようになり、八丈島はジギングの聖地と呼ばれるようになった。

当時、「ジギングの鉄人」とか「ジギングの開祖」「ジギングの神様」と言われた私だ(当時は他にも多くのアングラーはいたが)、今はレジェンドと言われるが、それも中々気恥ずかしい。もう終活を考えるような75歳。この島に来て、いよいよ30年目という節目を迎えるのだ。

好きなジギングだ、も少し頑張りたい。後輩には、老いの醜態は見せたくない。楽しいジギングだけやりたい。プレッシャーの感じる釣りはしたくない、思想の違う奴とはやりたくない。殷々々、様々な思いが巡る。

幸い、まだまだ楽しい仲間がいる。そして、私にとって大事な大事なお客様がいる。この島の釣り、ルアー、ジギング、そういった仲間に、若いアングラーに、私は今後、何を残すか?それを考える時期だろう。う、う、う、腰が痛い、背中が痛い・・・だが(笑)。

 

 

この7月で30周年を迎える八丈島のルアーフィッシング、ジギングでお馴染みのパパズイン(Hachijojima Guide service)ですが、感謝の気持ちをこめて、これからも心を込めた釣りを提供したいと考えています。勿論、パパの釣りはルアーフィッシングだけではありません。一般的な船釣り(五目釣りや泳がせ釣り)は勿論、豪快なトローリング、そしてルアーフィッシングとパパ大津留が初心者でも楽しい釣りが出来るようにガイド、コーディネート致します。勿論、大物釣り、トローリング、ジギング共に最高のレンタルタックルを用意し、仕掛けもパパの手作りですから安心して巨大魚に挑む事が出来ます。

まだまだ、気持ちを新たにし、ご案内する所存です。












最終更新日  2020.03.20 14:31:00
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2020.03.15
カテゴリ:カテゴリ未分類
 

パパらしくない、なんか難しい話で申し訳ない。

コロナはウィルスであって細菌とは違う。ただ疫病と考えると重なる部分も多いだろうか?。私が昔、読んだ本にカミユの「ペスト」がある。

中身は、中世ヨーロッパで大流行したペスト、舞台は当時フランス領のアルジェリア。町で疫病に感染したらしい死者が出始め、ある医師がペストであることに気づく。そこから町はパニックになり、最初は楽観的だった町当局も対応に追われパニックになる。噂から暴動が起き、町は外部と完全に遮断され、逃げ場のない一般市民は精神状態が困憊、大混乱に陥る。神父は「疫病は人々の罪、神の祟り、ただ教会で祈ること」と説教する。

医師は、その友人たちと患者達の治療を続ける。疫病は収束するが、結局は対立した神父も、共に戦った医師も死に、妻も失う。戦争や疫病は、如何に不条理な世界を創り出すか、そんな事を描いた作品だろうか。

ペストがいわゆるパンデミックを起こしたのと言われるのは歴史上では3回だろうか?、しかしそれ以前の太古の時代から疫病が蔓延、常に戦争との関わりも多く、その大流行の度に世界史を作り変えて来た。


紀元前ではアテイナ(古代ギリシャのペロポネソス戦争)でのギリシャを襲った疫病(ペストではない説も)。紀元170年頃、ローマ帝国時代では、当時の皇帝である「アントニヌスの疫病」と呼ばれ大流行、500万人以上死亡したと言われる。541年には東ローマ帝国で大流行、当時の皇帝は西ローマ帝国との統一を目論んで起こした「ゴート戦争」の挫折は疫病が因と云う説もある。

そして「キプリアヌスの疫病」と呼ばれた感染症が大流行し、ローマだけで1日に推定5000人がこの疫病のために死亡。当時のローマ皇帝も犠牲になったほか、エジプトのアレクサンドリアでは人口の3分の2が死滅した。

ローマ帝国は、8世紀、14世紀とペスト(疫病)に見舞われているが、14世紀の大流行では3000万人とも5000万人ともいわれ、戦では攻勢に出ていた帝国だが、この疫病によって壊滅の打撃を受けた。

ルネッサンスから18世紀の大航海時代にかけては、売春の盛行につれ梅毒や壊血病がヨーロッパ全土に広まる。それらも、アフリカ、南太平洋、中南米の植民地化による黒人奴隷などの移動とも相まって世界中に蔓延する。

梅毒は、フランス人はナポリ病、イタリア人はフランス病と互いに言い合う浅ましさ。ナポレオンのロシア遠征では赤痢や発疹チフスはフランス軍将兵のおよそ3分の2を奪い、ナポレオン衰退の大きな原因となる。またナイチンゲールが活躍したクリミア戦争、さらに第一次世界大戦後も猛威を振るい、ロシア革命でもレーニンが「社会主義が勝つか、シラミが勝つか」と言わせた。さらに第二次世界大戦でも、マラリアが南方戦争での相手軍以上の打撃になったという。

まあ、以上は歴史家でもない私の能書きだ。

ただ、こんな疫病も多くのすぐれた医学者、その研究のおかげで収まりを見せる事もある。例えば、赤痢や黄熱病に生涯を捧げた野口英世。また、ペストの発見者の一人でもある北里柴三郎、日本にも多くのすぐれた医学者がいた。それでも、次々に新しい、細菌、ウイルスが生まれ、再び同じことを繰り返えす。

そして、このウィルス禍も疫病の一つとして考えると、如何に大変な戦いであり、その中で、デマ、噂、言いがかり、差別が渦巻く。疫病は、疑心を生み、人を疑い、人種を疑い、他国を疑い、国同士で罵り合う。宗教は隆盛するが、その差別も起こる。そして、戦争を終わらせもするが、時には大きな戦争の火種も生む。

そして今、世界の現状は間違いない無く、そんな状態ではないだろうか。

今回のコロナ騒動、蔓延する疫病は、個人主義的な疑心暗鬼を増幅させ、それは国を衰退させ、滅亡に追い込む。そして、一番の被害者は弱者だ。その事を私たちは、もっともっと考えるべきだろう。

過去の、未曽有と言われる大きな災害。その事で私たちは学習し、それに備える知識を持ち、国も対策をしてきただろうか。しかし、それ等に比べると、国を亡ぼすほどの大きな疫病に対しては、これだけの苦難な歴史を繰り返しながら、あまりにも無知ではなかったか。

 

このブログからの、デマになるような拡散は、くれぐれもお断りします。あくまでも個人的な思いであって、自分自身への反省なのです。




話は違うが(いきなり変わってすみません)、今日は良く釣れました。しかもデカい。
キハダは寺ちゃんの37.5キロ、カンパチは溝田女史の21キロ。他13キロカンパチなど。
























最終更新日  2020.03.15 16:01:35
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2020.01.25
カテゴリ:カテゴリ未分類



最近、私がプライベートで好んでやる釣りがへチ石だ。

これは、ライトタックルでの石鯛釣りでメチャメチャ面白い。

今のところ、専用のロッドが市販されてないので、お客さんなどに奨めるのは、マダイなどに使うバットパワーが確りとした強めのテンヤ竿だ。

何しろ幻の石鯛と言われ、底物釣り師達には垂涎の魚をライトタックルで、島も防波堤で簡単に釣ってしまうという不埒な釣りだから、怒られてしまうかも知れないが愉快でもある。

だが、実は今回の話だが、その釣りのウンチクではない。それは別の時に話すとして、今回はそれに使う4/1OZ~1OZのシンカーの話だ。

食い込みをよくするために、誘導式にするのだが、いわゆるテキサスリグで、中通しでバレット型のシンカーが最適だと思っている。そして、それも素材が鉄かタングステン、せいぜいブラスシンカーで鉛は使いたくない。

先日だが、私のバンドメンバーでもある晴美ちゃんが(ダイビングショップ・オリーブ)、海底清掃でのゴミの写真を送ってきた(ほとんどが鉛の錘だ)。

私も毎年ではないが、島の釣り場の海底清掃をする。まあ、錘に限らず、メタルジグ、以下の餌木、それら鉛製品が、なんと多いことか。

そういえば、以前、東北のオオカミ魚の取材から、枯渇の危険性は取りすぎる事よりも、鉛の錘、そのロストが多すぎて落ちている周囲岩盤の白化による海藻の減少が因ではないか?。その話からも、我々アングラーのアンカー素材に対する意識を高める事は重要と考えた。

別にシンカーだけの話ではないが、例えばメタルジグでも鉛のメタルジグに関しても、使う際の気遣い、そのぐらいは欲しい。まずはロストを減らす意識だ。

こんな提案をしてみたい。例えば、メタルジグや餌木のリサイクルだ。メーカーさんが古くなったものを引き取り、新品と交換する。古いものを再加工する手間賃ぐらいは頂けば良いだろう。それは、確実にロストを減らすことにならないだろうか。

まあ、安易と言われるかもしれない。無理なことかもしれない。しかし、アングラー、制作メーカー側、販売者、皆が多少でもこんな意識を持てば変わるだろう。

パッケージだって、もうソロソロ過剰パッケージはやめて良い。これは釣り具だけでないが、買い物をした後で、どれだけプラスチックやビニールのゴミが出る事やら。兎に角、メーカーは勇気をもって動き出すことが大事だろう。

と云う訳で、今回はへチのライト石鯛から、思わずシンカーのことを考えてしまう巻、そんな話でした。













島でのライブ、東京でのライブ告知なども。
音楽ジャンルは、JAZZ、R&B、島唄、オリジナルソング。






最終更新日  2020.01.25 14:46:03
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2020.01.11
カテゴリ:カテゴリ未分類
令和2年、年が明けて新たなことをいろいろ考える。

年齢的にも、先が見えている。

「もう、その辺で休憩すれば」なんて言われそうだが、も少し動けそうだ。
「止めない、逃げない、諦めない」のパパだから、釣りでも動けるうちはハードジギングは続けるし、新しいことにもチャレンジする。

まず今年の、島以外での取材釣行だが、私の場合は仲間との楽しい釣りだ。今年も多くの方と交流を持つ。

下記のスケジュールだが、まだまだ多くのアングラーと交流を持ちたい。


スケジュール

 

2月8日(土)~2月15日(土) パプアニューギニア・ラバウル    

 

3月6()~3月8日 伊豆神子元  3月10日と11日(水)3月12日(木)八丈島のジギングのマラソン取材、

 

420日~423日 三陸海岸のサクラマス

 

6月中旬 小笠原母島釣行  

 

7月27日~31日 サンライズ 男女群島

 

8月後半~9月初旬 茨城の夏タラ&アブラボウズ   

 

11月 ニュージーランドのヒラマサ 

3月の神子元沖と八丈島のジギングだが、XESTAの連中との初コラボ。ものすごく先鋭でやる気満々の彼ら、伊豆須崎からの釣りは、私の原点。楽しみだ。

3月、三陸のサクラマスだが、多くの釣りをしたい仲間たちとの釣行を考えた。バリバスで活躍の横島君とはもっとも一緒に釣りをしたい仲間だが、今回はゴメン。三陸メンバーで私の教え子たちと一緒の釣りになる。

楽しみなのは、7月の男女群島だろうか。サンライズの田代君には初めてお世話になる。大型カンパチ1本に絞って、根性を入れたジギングに絞りたい。

他のもニュージー、スリーキングのヒラマサなど楽しみは多い。近年は自分の釣りよりも、仲間の釣りを見て一緒に喜びを分かち合える、そんな釣りが良い。

このスケジュールの他にも、八丈島での釣りも今以上のチャレンジをしていきたい。

パパは、今年も頑張るつもりだ。


今年は、絵も描こう。



 

 

 



島でのライブ、東京でのライブ告知なども。
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最終更新日  2020.01.11 01:12:31
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2020.01.04
カテゴリ:音楽と旅と釣り

明けまして、おめでとうございます。

 

75歳になって迎える新年、あまり振り返ることをしない私だが、新しい年に向かっては、過去を振り返り反省もする。

音楽活動は、20代、30台、40代の頃は、日々の生活に追われ、その時々の仕事(音楽)を消化していく事に精一杯だったろうか。ただ、その中で気持的には、食うための音楽と目指す音楽とのギャップに苦しみ、音楽的評価を得たいと思う気持ちと、その中で、焦りと満たされない部分も多くあった気がする。

しかし、若造だった頃、生意気盛りの頃は、自信が過信を生む。自信は己を高めるが、過信は過ぎるほどに精神が病む。私の場合は、そんな狭間を生きて来たのかも知れない。

べつに、其処から抜け出したいとかの気持ちはなかったが、息抜きで、たまに島に釣りに来ると、そりゃ気持ちは安らぐ。いっそ、こんな楽しいことを仕事として、ライフワークとして持てたら…、そんな気持ちから今の島暮らしを始めた訳だ。

釣りが好きだが、それを商売とすると半端な気持ちではなれない。「初心に帰った努力を」それが、音楽生活を20年間も中断させる事になる。

まあ、釣りと釣り宿業、それと僅かばかりの執筆業で、何とか食えるようになり、再び音楽を始めたとき、既に年齢は70歳を超えた。そして、普通ならばアマチュアで仲間同士の楽しむバンドで良いのだが、昨年あたりから、それなりの向上心がわいてくる。中途半端はしたくない、プロ意識を持って挑みたい。そんな気持ちを持てるようになってきた。

まず、昔のようにメンバーの育成、音楽の理論的な教育から始める。幸いに沖山芳樹という良き仲間にも巡り合えた。教育というと口幅ったい言い方になる、皆と相談しながら、向上心を持ってこれからの音楽活動を、レベルの高いものに押し上げたい。

ただ、75歳という年齢は残りの時間が決して多くない。短い時間の中で、何を残すかだろう。その中で、この島の生活、空気、風、匂い、そして文化、それらが私のアイディンティティーと上手く調和が出来、新たな音を創り出せれば、それが私の存在意義として、一つの島の文化の端に加えられるだろうか。

昨年の末から、狛江市のFMラジオのパーソナリティーにミュージシャンとして加えて頂いた。FMラジオの利点は、限られた電波範囲とはいえ、地方の文化、音楽、産業などを伝えることは勿論、地域防災、過疎地のコミュニケーション、など多くの利点とその可能性がある。

私の中には、この八丈島のFM放送局の必要性は勿論、これが伊豆七島、例えば大島、神津島、三宅島、御蔵島、青ヶ島、小笠原と連携することにより、海難事故、防災、さらには産業、観光など多くの面で寄与すると思う(昨年の台風以来、神津島や青ヶ島では未だに通信被害が続いている)。その手始めとして、今年からの私たちの活動は、一つの起点にはなると考えている。

確かに、先の見えている人生で、音楽での目標を持つことは焦りも生む。しかし、身の丈を考えながら、まずは島の空気を感じるような音を残していく、それが今年の私の目標だろうか。

パパは、音楽でも、も少ししぶとく頑張っていく。








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最終更新日  2020.01.04 11:30:56
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2019.12.28
カテゴリ:音楽と旅と釣り

 

年の瀬、毎年振り返って見る。反省ばかりだ。

だが、反省と後悔は違う。後悔は、過去を振り返り恨めしく思いうが、反省は次に生かすための教訓だろうか?前向きな考えともいえる。

しかし、いつもの事だが、どうも反省が多すぎて、それを生かし切っていないかもしれない。

それは、釣りも音楽も一緒だ。島の生活を30年近くも続け、20年以上も音楽を絶ったのだから、今更どちらが本業か?といえば、もちろん釣り関係(パパズインという宿も含め)だろう。しかし、音楽では収入を得ていないアマチュアだが、島に来る前は何十年もプロ活動をしてきたわけで、それは今でも、いったん音を出せば、それはプロとして手は抜かない。

反省があれば、それを次回に生かす事を考え、常に向上心を持つ。マダマダ技術を上げて、うまい釣りをしたい、良い演奏をしたいなのだ。

 

まず、釣りの話だが、いくらか釣行の回数が減っただろうか。確かに、年齢的に体力の下降線は否めない。その中で背負う荷物を軽くしたい。というか、お世話になった方ほど気遣いがいるし、先方にも気を使わせてしまう。我が儘な言い回しになるが、このあたりで自由になりたい。も少しFreeな考えで行動したい。ジャンルやカテゴリーにこだわらない釣りをしたい、と言う事だ。

そして、来年は?、もちろん釣りは続ける。今まで、表立ってはジギングを中心にやってきた私で、だから皆さんは「ジギングのパパ」と呼ぶだろうか。しかし、本質はただの釣り好きなのだから、そんな原点にも立ち返りたい。

自分なりに、この世界では(ジギングの創成期から)それなりのものを残してきた自負もある。だからこそ、令和2年になるだろうか、来年からもそんな気持ちは無くしたくない。釣りも音楽も常に新しいものを模索し、まだまだチャレンジ精神を持って頑張りたいのだ。

私のジギングというと、今までメディアなどで話していたこと。それは「休まない釣り」「やめない釣り」「釣れない事を嫌がらない釣り」だ。重たいメタルジグを懸命に振り続け、諦めずにロッドを動かし続けてこそ、釣れる一尾の感動も大きい。そんな考えだ。

ただ、ここで誤解される部分もあったと感じているのは「魚を欲しがるな!、ステータスを求めろ」とい主張が、魚を数釣ることを嫌うと思われてしまう事だ。

そして、こんなことを言うと怒る人もいるだろうか?、私は、数釣りを否定はしないし、魚を持ち帰ることも否定しない。楽しい釣りなのだから、いっぱい釣ったって良いに決まってる。魚を食べることも好きだし、沢山釣って自慢する、大きい魚を釣って自慢する。それも良い。中には、話が膨らみ倍ぐらいの大きさになったって、それはそれで楽しい。「別に良いじゃないか」なのだ。

最近、隆盛を極めるスローピッチジャーク、いわゆるスロージギングと言われるジャンルだが、自分ではあまりやらないが(下手だからだが)、理屈的にもよく判るし、楽しい釣りの一つとして、技術的にも確立されたものだと思っている。

ただ、下手と自覚するぐらいだから、自分としては上手くなりたいと思っていても、現状では、この釣りの私より上手いアングラーはたくさんいる。フックを幾つもつける事に多少の抵抗はあるが、その理屈も理解できるし、そのジグの動かし方を考えると正しい考えかも知れない。ただ、私には向いてないと思うぐらいだ。
でも、そんな下手な釣りでも、やれば楽しいのだから「それで良いじゃないか」。なのだ。

 

最近、最も好んでやっている釣り。その中にはライト石鯛(石鯛のへチ釣り)がある。ライトなタックルで(市販のものでは鯛のテンヤロッドが向いているだろうか)、家内と一緒に防波堤などで楽しんでいるファミリーフィッシングだ。これはコアな石鯛釣りのファンは怒られるかも知れないが、意外にコツを覚えると誰にも簡単にできそうな気がする。

とにかく、来年の目標の一つとして、まずは、この釣りを確立させ(当面はエサ釣りではあるが)広めていきたい。

 

さらに来年の目標としては、目指したい釣りがある。これは、まだ頭の中に或る程度で、暗中模索の中にある。幸い、多少のスタイルは違うと思うが、シマノでは既に始めている電動リールを使ったジギングで、私はそのディープ&ハイスピードのジギングに興味を持っている(その程度だが)。

ただ、これを私がやるというと、「なんだ~」とか「やっぱり」とか「口ほどもない」「パパも年をとったか~?」とか色々言われそうだ。まあ、人の言うことは気にはしないが、それでも年齢のせいに思われるのは些か悔しい。私の中では、マラソン競技と同じ距離を自転車で走るみたいなもので、単に競技の違い、種目の違い。いわゆる同じスポーツとしてルールの違いを明確にすれば、それで済む事だろう。

いわゆる、ジギングをスポーツに見立てた場合も、釣りのジャンルの違いとしてルールを明確にする。あくまでも、レジャーの中の釣りと考えると、(新しい釣り方が出て来た時には、何時も問題提起されるが)あくまでも向き合い方の問題だろう。

 

ただ、この釣りの可能性を考えたとき、いろんな意味で世界が広がる。まずは、今、マニアの釣りとしてスローピッチの深海のジギングだ。これは200メートル~600メートルあたりのジギングで、私がパームス時代の20年ほど前から提唱していた800グラムあたりのジグを使う深海ジギングだ。その深海までターゲットを万人に広がる可能性を考えたときに、高齢と言われるアングラーや、体力のない女子アングラーにも、この楽しさを伝える事が出来るかも知れないのだ。

さらに、この黒潮本流の島だからこそ感じる、透明度の高い水色が澄んだ時期のジギング。それは、生き餌でしか釣れないといわれるジギングには厳しい釣りになる。その中でカンパチなどは、目の前を速いスピードでかすめるような動きに、まれにだがリアクションでバイトする。そして、そんな時は、ハイスピードな電動ジギングが圧倒することがあるのだ。そのあたりのジギングを、確証を持てるまでに技術を(未だに確証のあるテクニックではないが)高め、公表出来るぐらいまでにしたい。

勿論、様々な意見も出てくるだろうし、その中で皆さんのご意見なども伺いたい。まあ、今春まではユックリと練っていきたい。
それでは、良い年をお迎えください。パパ拝。





音楽の話は、新年明けてからでも。


 


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最終更新日  2019.12.28 18:13:19
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